iの艦隊

あとさわいずも

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3.処女航海——未知の世界へ

20.約束の海にて

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「iシステム全セクション起動準備確認」

 菊池艦長が命じた。

「既に準備完了しています」

 早希が答えに菊池艦長が満足げに微笑んで力強く命じた。

「iシステム全起動!」




 菊池美紗子艦長の命令は、ルイたちにも聞こえていた。
 少し遅れて、ルイの感覚に新たな変化が起きた。
 急に、ルイの目の前に視界が開けたのだ。
 ハッキリとしないが、海の中の様な気がする。しかし、海中にしては何故か明るい。
 ハッキリしないにもかかわらず、遠くまで見渡せる気がするから不思議だった。
 依然として紗穂莉の姿は確認出来なかった。
 とてもすぐ近くに感じられるのに……。
 そして新たに二人の存在を感じるようになっていた。

「琴愛ちゃん?」

「やっぱり、ルイなの? 紗穂莉なの」

「そうだよ」
 紗穂莉が答えた。
「もしかして真里花もいるの?」

「さあ、判らないわ」

「私はここだよ!」

 ここ、と言われてもどこなのか、紗穂莉にも琴愛にも、そしてルイにも判らない。
 仲間の存在は感じられ、会話も出来るが、姿は見えない。
 そもそも自分が今、どこにいるのかさえ判然としないのだ。

「つまり、これがiシステムってことなのよ」
 琴愛が言った。彼女は常に不思議女子だ。だから、この状況にも冷静に対処している。

——そう、私たちは今、iシステムを動かしているんだった。

 美紗子艦長の命令も聞こえていたし、早希副長の問いかけにもちゃんと返答した。
 よくわかっているのに、iシステムの事は意識の外にあった——つまり、忘れていた。
 ただし全システム起動によって、紗穂莉ばかりでなく、琴愛、そして真里花もすぐ近くに感じられるようになったことで、むしろルイは安心感を得ていた。逆に言えば、知らず知らずのうちに、緊張していたことにルイは気づいた。
 やがて、ルイたちは少し離れた位置に何か船の様なものの存在を知った。



「す、すごい」

 思わず早希は口にしていた。
 iフィールド・ビューアーがこれほど鮮明に海底の状況を映し出すものだとは思わなかった。
 空間位相の歪みを視覚化するiフィールド・ビューアーは、光学的な要素に依存しなから暗いという概念自体無い。

「想像以上ね」

 菊池艦長も驚きを隠せないでいる。
「でもこういうのに慣れると、通常艦の指揮が執れなくなりそうね」

 しばらくすると、船務長の上川栄光うえかわえいこ中尉から報告が上がった。
「0-4-0方向に約10キロ先に艦影を確認。本艦より約50下」

 i701はソナーではなく、ビューアー同様、空間の歪みから探知を行うから、従来の艦船では発見不可能な潜水艦も容易に発見出来る。しかも、iフィールドに包まれたi701は、他の艦から発見することは、事実上、不可能だ。

「ビューアーにはまだ映ってないようね」
 
 艦長が残念そうに言った。
 ビューアーと同じ方法で相手を探索するiフィールドレーダーだが、探知範囲はビューアーよりも広い。

「一キロ先までは確認出来ていますが……。オペレーターの訓練がまだ完全では無いので、やむを得ません」

 早希の説明に艦長は頷いた。
「そうね。でもこれでも十分よ。高城少佐の言う通り、本艦は世界最強の潜水艦だわ」

 絶対に敵に発見されずに、必ず敵を発見できる潜水艦——まさに無敵の戦闘艦だ。少なくとも既知の海軍を相手なら。
 しかし、謎の海底勢力が送りこんで来る戦闘艦に本当に対抗出来るのか?
 その不安が完全に拭えきれた訳ではなかった。


「艦種判明しました。アメリカの攻撃型原潜——バージニア級」

「レディーを待ち伏せなんて、趣味が悪い男性やつね」
 菊池艦長は余裕の表情で笑った。
 見張るつもりで逆に見張られているのだが、原潜の方は全くその事を知らない。
「ま、新型艦だからデータを採りに来たんでしょう」

「ストーカーみたいなやつです。音響魚雷でも打ち込みますか?」
 早希が言った。勿論、冗談だ。

「やめなさい、同盟軍よ。でも——」
 菊池艦長は少し思案の後に言った。
「船務長。バージニア級に水中通信。『こちら日本海軍実習潜水艦i701,貴艦の丁重なお出迎えに感謝する。航海にご無事を祈り申し上げます』
 ——きっと彼ら驚くわ」
 いたずらっぽい笑みを早希に向けた。

「でも艦長。よろしいのですか。勝手な通信をして後で司令部からクレームかつきませんか」

「かもね。——でも、これは単なるいたずらじゃない。本艦を発見出来ないでいる彼らは、本艦の実力の一端を知るでしょう。米国が日本近海で核魚雷を撃たなくても、日本海上防衛軍が、海底の敵に充分対抗出来るという、メッセージよ」

 実際、この後、何処からとも判らない水中通信に驚いたバージニア級潜水艦は慌てて海域を離脱した。同盟国の潜水艦だから攻撃を受けないことは判っていても、攻撃を受ければ100パーセント敗北である。
 何しろ水中通信が入ろうが、ピンガーを打とうがi701の位置がバージニア級には特定出来ないのだ。しかも明らかに自艦の位置は特定されているのだ。




 しばらくするとルイたちはiシステムのオペレーションから離脱する事を命じられた。
 マザーシステムが能力をフルに発揮するには、ルイがオペレーションを担当する必要があるが、十ノット程度で航行するだけなら、AIによる自動制御でも可能だった。いくらルイでも、いつまでもオペレーションを続けられる訳ではない。
 それに短時間なら先輩の麗華や瑠璃子にもルイとほぼ同じ能力を発揮させることが出来る。

 iシステム・コントローラーの外では医官の来堂真子少佐が待っていた。

「どう? 身体的、精神的に異状は無い」

「大丈夫......だと、思います。それより——」
 真子の問いにそう答えたものの、ルイは激しい睡魔襲われていた。

「眠そうね」

「はい」

「あと一時間で目的地に到着するらしいわ。それまでは医務室で睡眠をとるように命じます」

 医務室? 
 とルイは思ったが、今はそんな事より、とにかく眠りたかった。





 目を覚ますと、ベッドのそばに紗穂莉と琴愛そして真里花の姿があった。

「来堂先生。ルイが目を覚ましました」

 紗穂莉の報告で、来堂先生が近寄って来てルイに問うた。

「気分は悪くない」

「大丈夫です」
 むしろ気分は爽快だ。

「そう。倒れるように眠り込んだから心配したわ——彼女たちもね」

「心配かけてごめん。私は大丈夫だよ」

 ルイはそういいながら、三人を見渡した。
 まだ、数ヶ月の付き合いなのに、こんなに自分を、心配してくれる友人がいることが嬉しかった。
 でもルイには琴愛の表情が、いつになく沈んでいるように見えた。

「琴ちゃん、どうかしたの?」

 ルイが言うと、琴愛の代わりに紗穂莉が答えた。

「システムから離脱してから、ずっとこうなのよ。本当に大丈夫なの? 琴ちゃん」

「大丈夫。それにこれはiシステムとは無関係」

「iシステムとは無関係って——やっぱり、体調が悪いんじゃないの?」

「ううん。そういうことじゃなくって——どう言ったらいいのかな・・・なんか、この海域に来て何か不思議な何かを感じるの」

「不思議な・・・何か?」
 と、ルイ。

「不思議なのは琴愛ちゃんでしょ」
 真里花が妙に明るい調子で言うと、ルイと紗穂莉が思わず「確かに」とハモって笑った。
 でも琴愛だけは笑わない。
 怒ってる訳でもなさそうだが、浮かない表情のままだ。

「何かの存在を感じるの」

 ルイ。
「それは何なの?」

「判らない。でもそれは、私たちに近い存在のような気がする・・・」

 「幽霊みたいなもの?」

 相変わらず明るい表情で真里花がそう言うと、紗穂莉が怯えた。

「もー! やめてよ怖いから」

「あれ。紗穂莉、幽霊が苦手なんだ?」
 ルイが笑った。

「得意な訳ないでしょ!」

「だよね」
 まあ、ルイも幽霊は苦手だ。

「私は平気だよ。昔、家で監禁されてた時、よく暗闇の中で薄白い人影を・・・」

 屈託の無い笑顔のままさりげなく、もの凄い事を言う真里花を、ルイが遮った。

「ちょっと待って——監禁って何よ? 幽霊より、そっちの方が怖いんだけど」

 ルイだけではなく、他の二人の視線も真里花に釘付けだ。
 真里花って一体どんな人生を送って来たのだろう?

「そう?」
 しかし当の本人はケロっとしていた。
 三人が、これ以上その事に触れていいのかどうか、考えあぐねていると、艦内放送が流れた。早希副長の声だ。

『全乗組員に伝達。本艦はただ今浮上中。浮上完了後、全員速やかに外部A甲板に集合。繰り返す——』

「何だろう?」

 ルイたちは目的地と今回の任務の内容を聞かされていなかった。





 ふたたびここへ戻ってきた・・・

 早希とって、十余年前の実習艦『きぼう』襲撃事件は、昨日のことの様に鮮明な記憶だ。
 思い返す度に、身体が震えるほど、恐ろしく悔しく、そして悲しい記憶だ。
 i701の処女航海にこの海が選ばれたのはある意味必然かも知れない。
 この海域に到着する前、早希にはある恐れがあった。
 足がすくんで、人前をはばからずに怯えてしまうのではないか?
 でも、それは杞憂だった。
 自分でも不思議なくらい、淡々とした気持ちだった。
 それでも今は亡き親友の事を思い出すと、流石に涙が溢れそうになる。

 はな——。

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