メタモルフォーゼ

あとさわいずも

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3.無神経な奴ら

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 グリトス人が日本――というより、地球の社会に浸透するスピードは驚異的だった。ついこのあいだまで、ポラキャの普及速度の異常さに目を丸くしていたが、グリトス人は、その比では無かった。
 もはや彼らを見ない日は無く、確実に彼らは無くてならない存在となっていった。とは言え、それはあくまでも社会の経済活動に関してであって、では彼らが我々に好かれているのかと言うと、決してそんな事はなかった。
 仕事以外に彼らと接点を持とうと考える者はいなかったし、実際、グリトス人を友人とする者に会ったことがない。
 経済活動に関して言えば、最近では(と言っても俺にとってはこの二、三日の話なのだが……)ポラキャとその関連用品の輸入だけではなくなってきている。地球製の――特に日本製のポラキャ用品は、グリトス人にも非常に評判が良いとの事だ。さらに地球にビジネスや観光に来るグリトス人の増加は、必然的にグリトス人向けの食事に衣類や住居ばかりではなく、彼ら向けの娯楽用品や、そもそも何の為に必要なのか判らない物の需要を生み出していた。
 ポラキャを嫌う者はほとんどいなかったが、グリトス人に関しては沢山いた。
 俺と同じ職場にも、何人かいる。本当はみんな内心、嫌ってはいるのだろうが、あえて公然と口にはしないだけだ。でも中には「グリトス人嫌い」を、まるで自慢でもするかの様に吹聴して回る者もいる。会社の先輩・河村さんだ。
 俺も今本も、確かにグリトス人は嫌いだが、そうかと言って、わざわざ他人にそれをアピールしたりはしない。時間の無駄だ。こんなところでグリトス批判をしてみたところで、どうなるものでもない。
 今本に言わせると「あれは自分のグリトス人嫌いを、周囲に伝えたいというよりは、グリトス人のことを通して会社の悪口を言ってるつもりなんだ」ということになる。俺の所属する会社でも世間の風潮と違わず、商売第一、グリトス人様々という調子なのだ。つまり、自分はそんな会社に物言う事が出来るんだという、アピールなのた。
 今本の指摘は概ね正しく、その時の俺は思わず失笑したものだが、その後程なくして、笑うどころではない事態が発生した。
 その日の業務にオシロスコープを必要としていた俺は、朝、計測器が収めてある倉庫に取りに行ったが、一台もなかった。オシロスコープは全部で三つあり、うち二つは他の者が出張に持って出ている事を知っていたが、あと一つはあるはずで、それは先週確認済みだ。
 なんだか少し倉庫の配置が変わっている様な気もしたが、『異変』慣れしている俺にしてみれば、そんな些細なことを気にしてはいられない。
 俺は昨日、河村さんがオシロスコープを持ち出していたことを知っていたので、河村さんに聞くことにした。オフィスに戻り
彼を探すが、姿が見えない。さては、もう客先に向かったか。そんなことを考えながら、俺はパソコンで河村さんの予定を確認しようとしたが、やはり名前が見つからない。
 どういう訳で見つからないのだ……。
 たまたま多村という後輩がそばを通りかかったのて、俺は呼び止めた。彼は河村さんと同じ機種を担当し仲も良いので多分知っているはずだ。
「かわむらさん? 誰ですかそれは」
 俺の問いに多村はそう返してきた。
「河村さんだよ。お前の師匠の」
 河村さんは多村の新人時代から指導してきたので二人は自他共に認める師弟関係だ。
「僕の師匠? 坂下さんのことですか。東京の」
「じゃなくて……」
 口ごもりながら、俺は悟った。
 これは『異変』なのだ。河村さんはここにはいないのだ。どこにいるのかは判らないが、少なくとも今ここの職場には在籍していないのだ。
 俺は質問を変えた。
「オシロスコープが足らない様だが……」
「ああ、二台とも今週は空いてませんからね。だいたいウチの業務内容と在籍人数考えりゃ、二台で足りる訳ないんですよね。こんなとこケチる前に、上の交際費削りゃいいのに」
「それは同感だが、ウチには三台オシロスコープがなかったっけ」
「ありませんよ」不思議そうに多村が俺を見つめた。
「そうか……。勘違いか」
 これ以上の問答は無意味だ。わざとらしい笑みを浮かべながら、俺は話を打ち切った。
 どうやら『異変』は河村さんのみならず、オシロスコープも俺の職場から奪ったらしい。今回の『異変』については後でゆっくりと考察するとして、目の前の現実問題をどうすべきか、俺は頭を抱えた。
 そんな俺の様子が気になったのかどうか判らないが、今度は多村が俺に問うた。
「でもオシロスコープを何に使うんですか。今日は社内でデータ整理の予定じゃないんですか」
「!」
 俺はあわててパソコンを操り自分の予定を確認した。彼のいう通りだった。
「大丈夫ですか。なんか顔色良くないですよ」俺の意味不明な言動に、彼は気遣いを見せた。
「いや、大丈夫だよ。ちょっとした勘違いさ……」
 俺は力なく応じた。

 先日の俺が作業したらしい(俺の記憶にはない)定期点検データの整理やその時の外勤に伴う旅費精算などをしていると、つい最近やったことのある内容に思えた。作業自体は全然記憶にないのだか、書類整理だけは何故か記憶にある。
 もしかしたら……。
 ある思考が俺の脳裏を駆け巡り、あわてて日付を確認したが、俺の認識と一致していた。
 まさか過去へ遡ったのではあるまいか? そう思ったのだが、さすがに思い過ごしのようだ。
 ただの既視感デジャヴか……。
 そう言えば世界が少しずつ変わっているが、時間の流れだけは一定な気がする。『異変』と言えども時間の改変は無理なのかもしれない。
 今日為すべき仕事をあっという間に終えた俺は、朝から気になっていることを密かに調べることにした。
 純粋な疑問だ。
 河村さんは今どこに所属してるんだろう? ウチの支店にはいないにしても何処かはいるだろう。まさか消えて無くなる訳でもないし。
 だか河村さんの所属する部署は存在しなかった。全社はもちろんだが、関連会社の全てまで検索の範囲を拡げてみても結果は同じ。パソコンの画面上に「該当データ 0件」とだけ表示される。
 予感はあった。いや、そうではない。本当は今朝、多村と話した時から気づいていたのだ。
 俺が敢えて排除していた現実……。
 河村さんが存在しない。
 そもそも河村さんのことを尋ねられた多村が「誰ですか」なんて返すはずがないのだ。「かわむらさんって、◯◯支店の河村さんの事ですか」とでも言うだろう。
 何か得体の知れない感覚が俺を包んだ。
 俺には他にも気になっていることがある。明らかに事務所の机の配置が変わっていて、昨日よりも数が減っているのだ。
 俺は再び社内ネットワークで、ここの支店のページを開き、机の配置と名前が記してあるファイルをダウンロードした。更新日は約三ヶ月前になっている。
 このファイルによれば、河村さんも含め四人、ウチの支店からいなくなっていた。
もっとも、知らない名前も二人いるので、実質的に減ったのは二人だ。
 さらに俺は、河村さん以外の支店からいなくなってしまった三人の名前を全社で検索して見た。多分……。
「該当データ 2件」
 予想どおりの結果だ。
 これはウチの支店に俺の知らない名前が二名あったので、容易に想像がついた。しかし、もう一人の名前がヒットしない。少なくともデータ上ではウチの会社とその関連会社には存在しない。
 玉川という俺の一つ後輩で、仲が悪かった訳でもないが、あまり話したことのない男だ。気が強いが女性のような男で、休日には女装して街を歩いていたなどという、今一つ信憑性に欠ける噂もあった。
 河村さんと玉川。業務の担当も年齢も性格も異なるこの二人。会社の同僚という以外、共通点は無い。いや、一つだけある。
 それはふたりとも大のグリトス人嫌いで、会社で公然とグリトス人批判――というより悪口を良く言っていたことだ……。
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