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親子喧嘩
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「ではヴァリアンツ伯爵。良い返事を待ってるぞ」
「ええ、それではまたお会いしましょう」
馬車に乗り立ち去るディズモン伯爵を見送る。
朝は快晴だった空は、どんよりと曇り小雨が石畳に降り注いでいた。
俺が濡れないように、隣には執事のジェフが傘を差して立っている。
何日も神経を使う相手ばかりでまるで休まる暇がなく、ストレスで俺の胃がチクチクと悲鳴を上げている。それでも、問題は絶えずやってくるのだから大変だ。
俺は振り返らずに、背後からこちらに視線を送っている息子に声をかける。
「顔はだすなと言ったはずだぞ、ジン」
「……ええ、しかし、父上の命令を守るだけが私の仕事ではありませんので」
兄弟の中で一番冷静で優秀な息子。反抗期など一度もなく、いつも言いつけを守り忠誠心に篤かった男。
振り返ると、そんな男が険しい表情でこちらを睨みつけている。
まるで、俺を信用してないとでも言いたげな表情。
「父上、これは一体どういうことです?」
「どう、とは?」
「とぼけないでください。なにやら協力関係を結ぶような発言をしていましたね」
「俺は関わるなと言った。言いつけを破り盗み聞きしていたのか?」
「いえ、ただ見送りに立ち寄っただけです。ただずいぶんとディズモン伯爵と仲よくされていたようで」
「まわりくどいぞ。言いたいことがあるなら直接いってみろ」
俺がそういうと、ジンの視線は余計に厳しくなり、怒りを噛みしめるように表情が歪んだ。
「では言いましょう。父上、あんな奴とは縁を切るべきです。アイツが、我々の領土を荒らしているのは明白。さっさと捕まえてしかるべき対応をとるべきかと」
「ならん。ディズモン伯爵とは今後も協力関係を続ける。説明はできないがこれには意味がある」
「ふざけるな!」
ジンが雨に濡れるのも構わず俺の目の前まで近づいてきて怒鳴り声をあげる。
「あのような悪人と手を組むなど貴族の風上にも置けない下賤な者がすることだ! その上事情も説明もできないなら、父上も加担していると自白してるも同然!」
「……そう思われても仕方がないのは分かっている」
「……それでもなお、私に言うべきことは無いと?」
「…………無い。俺は俺のすべきことをしているだけだ」
ジンが何を考えているのかは分からない。
俺を睨みつける瞳には、迷いがみえたように一瞬揺れて、視線をそらし、今度はなにかを決意したように力強い瞳で見返してくる。
「見損ないましたよ。まさか父上がこんな愚物だったとは」
「……」
「言っておきますが、いつまでも私が味方だとは思わないことです。ヴァリアンツは敵に容赦などしない。もし、不正をみつけたらこの手で父上を断罪する。これは脅しではないということを忘れないでください」
汚物でもみるような目で、そう吐き捨てたジンは踵を返して屋敷へと戻っていった。
我が息子ながら手厳しい言葉だ。
しかし、おのが正義を貫いてこそヴァリアンツたるというもの。ジンは何一つ間違ったことはしていない。だが、愛する家族の手を汚させるつもりはない。泥はすべて俺が被る。
仕方がないとはいえ、息子の非難は、どんな言葉より深く刺さり心にくるものがあるな。
空を見上げると、いつしか雨は強くなっていた。
俺は隣で、ずっと黙ったまま傘を広げるジェフに声をかける。
「お前も俺が間違っていると思うか?」
ジェフは暫く何も言わずに、どうということもないとでもいうように、肩を竦めて笑った。
「私はルドルフ様を信じておりますよ。これからも執事として変わらず支えていくだけです」
「ふっ、お前らしいな」
「先代の頃から仕えてるので、この程度のこと慣れております」
「それはとても頼りになる言葉だ。親父は俺の百倍キレっぽかったからな」
ジンにここまで気を使わせてしまったのだ。
俺も領主として、そして父として、出来ることは全てやりきるつもりだ。
「これから忙しくなるぞ。手を貸してくれジェフ」
「ええ、もちろんですとも」
「ええ、それではまたお会いしましょう」
馬車に乗り立ち去るディズモン伯爵を見送る。
朝は快晴だった空は、どんよりと曇り小雨が石畳に降り注いでいた。
俺が濡れないように、隣には執事のジェフが傘を差して立っている。
何日も神経を使う相手ばかりでまるで休まる暇がなく、ストレスで俺の胃がチクチクと悲鳴を上げている。それでも、問題は絶えずやってくるのだから大変だ。
俺は振り返らずに、背後からこちらに視線を送っている息子に声をかける。
「顔はだすなと言ったはずだぞ、ジン」
「……ええ、しかし、父上の命令を守るだけが私の仕事ではありませんので」
兄弟の中で一番冷静で優秀な息子。反抗期など一度もなく、いつも言いつけを守り忠誠心に篤かった男。
振り返ると、そんな男が険しい表情でこちらを睨みつけている。
まるで、俺を信用してないとでも言いたげな表情。
「父上、これは一体どういうことです?」
「どう、とは?」
「とぼけないでください。なにやら協力関係を結ぶような発言をしていましたね」
「俺は関わるなと言った。言いつけを破り盗み聞きしていたのか?」
「いえ、ただ見送りに立ち寄っただけです。ただずいぶんとディズモン伯爵と仲よくされていたようで」
「まわりくどいぞ。言いたいことがあるなら直接いってみろ」
俺がそういうと、ジンの視線は余計に厳しくなり、怒りを噛みしめるように表情が歪んだ。
「では言いましょう。父上、あんな奴とは縁を切るべきです。アイツが、我々の領土を荒らしているのは明白。さっさと捕まえてしかるべき対応をとるべきかと」
「ならん。ディズモン伯爵とは今後も協力関係を続ける。説明はできないがこれには意味がある」
「ふざけるな!」
ジンが雨に濡れるのも構わず俺の目の前まで近づいてきて怒鳴り声をあげる。
「あのような悪人と手を組むなど貴族の風上にも置けない下賤な者がすることだ! その上事情も説明もできないなら、父上も加担していると自白してるも同然!」
「……そう思われても仕方がないのは分かっている」
「……それでもなお、私に言うべきことは無いと?」
「…………無い。俺は俺のすべきことをしているだけだ」
ジンが何を考えているのかは分からない。
俺を睨みつける瞳には、迷いがみえたように一瞬揺れて、視線をそらし、今度はなにかを決意したように力強い瞳で見返してくる。
「見損ないましたよ。まさか父上がこんな愚物だったとは」
「……」
「言っておきますが、いつまでも私が味方だとは思わないことです。ヴァリアンツは敵に容赦などしない。もし、不正をみつけたらこの手で父上を断罪する。これは脅しではないということを忘れないでください」
汚物でもみるような目で、そう吐き捨てたジンは踵を返して屋敷へと戻っていった。
我が息子ながら手厳しい言葉だ。
しかし、おのが正義を貫いてこそヴァリアンツたるというもの。ジンは何一つ間違ったことはしていない。だが、愛する家族の手を汚させるつもりはない。泥はすべて俺が被る。
仕方がないとはいえ、息子の非難は、どんな言葉より深く刺さり心にくるものがあるな。
空を見上げると、いつしか雨は強くなっていた。
俺は隣で、ずっと黙ったまま傘を広げるジェフに声をかける。
「お前も俺が間違っていると思うか?」
ジェフは暫く何も言わずに、どうということもないとでもいうように、肩を竦めて笑った。
「私はルドルフ様を信じておりますよ。これからも執事として変わらず支えていくだけです」
「ふっ、お前らしいな」
「先代の頃から仕えてるので、この程度のこと慣れております」
「それはとても頼りになる言葉だ。親父は俺の百倍キレっぽかったからな」
ジンにここまで気を使わせてしまったのだ。
俺も領主として、そして父として、出来ることは全てやりきるつもりだ。
「これから忙しくなるぞ。手を貸してくれジェフ」
「ええ、もちろんですとも」
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