上 下
22 / 32

22

しおりを挟む
シカゴブーを逮捕した後、僕は警察署の待合室でギガンテス君と一緒に待機させられていた。
手持ち無沙汰に暇そうに待っていると、笑顔の素敵な女性警察官が気を利かせてくれて僕達にアイスコーヒーをいれてくれる。

「聞きましたよ、探偵さんが凶悪犯を逮捕したんでしょ?」

「うん、まあね。名探偵からしたら余裕かな? あっ、コーヒーをいただくよ」

僕はお礼を言って、グラスに水滴が滴るアイスコーヒーを口に含み、真夏の暑さも相まって格別にうまく感じた。やはり夏はキンキンに冷えたアイスコーヒーに限る。

それに素敵な女性が淹れてくてたのも大きな要因だろう。たとえ同じ豆を使っていても、むさいオッサンが淹れたなら、ここまで美味く感じないはずだ。僕は二度、三度と口をつけてこの幸せを味あう。


「美味いじゃないか、どうだろ僕の事務所で秘書でもやらない?」

「ふふふ、ありがとうございます。でもコーヒーをいれたのは彼なので、向こうで頼んでみたらどうです?」

女性が指さした先を目で追うと、ハゲた巨漢のオッサンが手を振っていた。
ワイシャツの脇には汗が染みだして、首回りや手まで全身べっちゃり濡れている。

「ほ、ほう? 彼がこのコーヒーを?」

「ええ」

笑顔の素敵な彼女はにっこりと頷くと、自分の仕事に戻っていった。

衝撃の事実に僕は震える手でグラスをテーブルに置いて、反対側へと押しやった。


「ギ、ギガンテス君、君は体が大きいから多めに水分をとらないと脱水症状になるよ。これも飲むといい」

「・・・まあ、いらないならもらうよ」


 鈍感すぎて何も理解していないギガンテス君がごくごくとコーヒーを飲むのを見て、「ふっ警察署は魔境だな」と心の中で呟ていていると、奥の部屋からコグレ警部補が現れて僕らの所にやってきた。

 シカゴブーを取り押さえる時に勢いよくダイブをかましたせいで、所々擦りむいてケガをしている。
あれは本当にやんちゃなプレイだった。おかげで僕の計画も全て台無しになったし。

コグレ警部補は疲れた顔でヤレヤレと溜息を吐き、僕等に現状を報告しはじめた。

「シカゴブーの奴、一切口を割りません。常に容疑を否認していて弁護士を呼べというだけです」

「捕まった犯人なんてそんなもんじゃないの? 知らんけど」

キャンディー欲しさに殺人を犯す奴が、世界一のキャンディーを目の前に逮捕されてしまったんだ。いまごろ内心では相当お怒りのはずだし、素直に口を割らないのはしょうがないさ。
こういうのは気長に待ってゆっくりほぐしていけばいい、きっと。

「とりあえず、私達はシカゴブーの調書をとりつつ、奴の犯行時の行動を調べていこうと思います」

「うん、ごくろだねー。これで、一件落着だね?」

「いえ、これはまだ始まりに過ぎないでしょう。まだアイスを狙う物は後を絶たないハズだし、肝心のアイスを流している人の正体がつかめていません」

いまだにキャンディーをアイスと呼び、己の間違いを認めないゴグレ警部補の言葉に僕は驚いてしまう。
まさか、まだキャンディーの為に人を殺そうとする奴がまだいるのか!? そんな馬鹿なのシカゴブーだけかと思ってたけどちがうの!?

僕は嫌な予感がしてもう一度確かめる。

「こ、コグレ氏、ちなみにそのアイスを狙っているのって何人位いる感じなの?」

「私達も正確に把握してませんが、少なくとも裏組織が関与しているとして数百、いや千人単位でしょう」

「千人!?」

僕は予想外の人数に冷や汗がダラダラと流れてくる。
異世界の非常識さには慣れてきたつもりだったが、大きな間違いだったようだ。

けれど、そんな事は今はどうでもいい。
僕はキャンディー王選手権の会場で、自分がした行動を思い返してみて心臓がバクバクした。


僕はあの青い飴をそこまで危険なものだと思っていなかった。だから、何も考えもせずに、人目の多い場所で僕は・・・僕は・・あの飴をファンの女の子にあげてしまったっ!!!!?

ガタンと音をたてて席を立ちあがった僕は、マズい、マズいと頭を抱えて、そこらじゅうを歩きまわる。

「どどどどうしたんですかマーロさんっ!?」


コグレ警部補が心配して聞いてくるが、こちらはそれどころでなかった。

彼女は僕のファンの中でも貴重な常識人だ。今すぐ救出しにいかないとっ!?
ぼくは急いで警察署を飛び出そうとしたが、一瞬冷静になってもう一度考え直す。

そういえば彼女はあんな見た目でもA級冒険者だったはずだから、僕程度が言ったところで爪楊枝ほどの助けにもならないだろう。

だが、このまま放っておくことはできない。
せめて忠告だけでもしておくべきか?・・・いや、それはもちろんだが、それでは根本的な解決にはならないぞ。 僕のせいで無害な幼い少女が狙われる可能性があること事態が非常に問題なのだ。

どうする・・・どうすれば・・・・だがいくら考えて良い案は思いつかなかった。


「くそっ!!! こうなったら怪しい奴を片っぱなしから一斉検挙してやる」


「一斉検挙ぉぉ!!?? マーロさんっ、なにを始めるつもりですか!!!??」


僕はこうしてはいられないと、慌てふためくコグレ警部補を無視して、アイスコーヒーを飲んでいるギガンテス君の肩に飛び乗った。


「いや降りてくんない?」

「うるさい黙れっ! 幼い少女の命がかかってるんだぞ!?」

「意味わかんないんだけど・・・」

僕は動こうとしないギガンテス君のツルツルの頭をひっぱたき、進めぇぇぇと命令する。

「俺、最近働き過ぎで眠いんだよ」

そう言いながらも、ギガンテス君が諦めて立ちあがり、僕の視線はぐんと高くなった。
なんだかんだやってくれるのが彼の良い所なのかもしれない。

ダルそうな声でギガンテス君が「どこいくの?」と行先をきいてきたので、僕はふふと不敵に笑い名探偵の完璧な作戦を教えてやることにした。

「ギガンテス君、この帝都で後ろめたい人間が隠れようとしたら何処に向かうと思う?」

「んーースラム街?」

「その通りだ。では駄菓子が好きな人はどこに集まると思う?」

「・・・・駄菓子屋?」

その答えに、僕は、ふっと笑い、良く出来たと褒めてギガンテス君の頭を優しく撫でてあげる。


「つまりそういうことさ」

「いや全然わからないんだけど・・まあいいや。とりあえず道案内お願いね」


僕等が出発しようとすると、コグレ警部補があわわわわと追っかけてきたが、魔族随一の身体能力を誇るギガンテス君は疾風のように駆けだして一瞬で突き放して警察署を飛び出した。


高速で走るギガンテス君の上に乗る僕は、強い向かい風に目を細めながらも、ハードボイルドな探偵として必ず幼いミアちゃんの安全を守ると心に誓う。


「ギガンテス君、目指すはスラム街にある駄菓子屋さんだっ! 怪しい奴は全員捕獲だぁぁぁ!!」

「はいはい」


こうして僕らは韋駄天の如く目的地に向かうのだった・・・・









キャンディー王選手権の会場を後にしたミアは、慌てて隠れ家であるアジトに逃げ込んだ。
いつもなら周りの目を警戒して、追ってがいないか確認した上で遠まわりして隠れ家に向かうのだが、今はその余裕はなかった。

ただ全速力で一刻もはやく安全な場所に帰りたいと願うので精一杯だった。


なんとか無事にたどり着いたミアは、疲れ果てて自室のベッドに倒れ込む。
ハア、ハアと息が切れて、汗がベットについてしまうが、そんなの気にならにくらいにミアは焦燥していた。

ポケットに手を入れて、中から青い結晶を取り出して凝視する。


それは間違いなく、ミア達のパーティー『死の宣告者』が流していた物だった。
アイスを持つミアの手が汗で湿る。

ミアは何度も考える。あの探偵は何故ミアを見逃した上に、これを渡してきたのか、色んな事を想定してみるが全く意味不明であった。

もしかして偶然? と一瞬頭をよぎるが絶対にあり得ないな、とミアしょんぼりと落ち込む。

探偵の口調からしてミアが犯人だと確信している様子だった。その時の光景をミアは思い出す。

マーロは分かり易いくらいの作り笑いを浮かべて、ミアを見ながら犯人をおびき寄せる為にこのイベントを開いたんだと堂々と言った。

そしてこれまた分かり易いくらいに、ミアの名前の所にバッテンをつけた参加者リストをわざわざミアの目に入るように落としてきた。明らかにミアを煽っているとしか思えなかった。


自分はいったいこれからどうなるんだろうと、ミアは何十年も牢屋で過ごすのを想像して枕をギュウと抱きしめる。いや、もしから死刑かもしれない。

ミアは安易に犯罪に手を貸したことを後悔した。正直にいえばミアは殆ど何もしていない。
ただパーティーの仲間がやりたいことがあるからと言うので、軽く手伝っただけだ。

元々ミアはスラムの孤児だ。それを仲間のフローラとエミリアがお前には魔術の才能があるなと拾って育ててくれた。

命の恩人の彼女らが、研究したいことがあるからこれを配ってくれとアイスを渡されて、ミアは指定された人の所にアイスを届けていた。

アイスを配る意味も、彼女たちの研究内容と目的も全部知っていたが、それを聞いてもミアはふーん、そうなんだといった感じで興味が湧かなかった。

ミアが一番興味があるのは自分、そうミアは自分大好き人間なのだ。
どうすれば可愛く見られるかが一番重要でそれ以外は二の次だ。

それなのに、まさかこんな所で捕まってしまうなんて・・・後悔の涙が頬伝う。

もう自首しようかなーとウジウジ考えていると、瞼が重くなって睡魔が襲ってきた。疲れていたミアはその誘いの逆らわずゆっくりと目を閉じて眠った・・・・・・・



それからどの位眠っただろうか・・・ミアはジリジリと鳴る警報の音で飛び起きた。
慌てて耳をすませて音を確認すると、侵入者が現れた時になる警報音だった。


ついに時がきた・・・・ミアはどうせ死刑になるくらいなら、戦って死んでやると覚悟きめる。
だが、その前にしておかなくてはならない事がある事を思い出した。

「僕としたことが、世界一のキャンディーを忘れるなんてどうかしてるよ、テヘ♡」

 ミアはせめてもの抵抗だと想い鏡に向かって全力で可愛いポーズを決める。こんな可愛い子を追い詰めるなんてどうかしてるよと、愚痴をこぼして、敵であるマーロが慈悲でくれた箱を手に取った。

箱の蓋を開けると、美しく八色に輝く宝石のようなキャンディーが現れた。


「綺麗・・食べるのがもったいないよ・・」

芸術品に触れるように、指先で慎重に持ち上げる。
光に透かしてみると夜空に輝く星にも似た魅力を感じとれる。

それでもミアは、もう死ぬかもしれないなら、勿体無いと言ってる場合じゃないよねと、名残り惜しい気持ちと、それ以上にワクワクと期待する想いで、その世界一のキャンディー(CAFE・BARマスター風味)を口に含んだ。



・・・・・・・そしてミアの意識はここで途切れるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

おじさんが異世界転移してしまった。

明かりの元
ファンタジー
ひょんな事からゲーム異世界に転移してしまったおじさん、はたして、無事に帰還できるのだろうか? モンスターが蔓延る異世界で、様々な出会いと別れを経験し、おじさんはまた一つ、歳を重ねる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...