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シカゴブーを逮捕した後、僕は警察署の待合室でギガンテス君と一緒に待機させられていた。
手持ち無沙汰に暇そうに待っていると、笑顔の素敵な女性警察官が気を利かせてくれて僕達にアイスコーヒーをいれてくれる。

「聞きましたよ、探偵さんが凶悪犯を逮捕したんでしょ?」

「うん、まあね。名探偵からしたら余裕かな? あっ、コーヒーをいただくよ」

僕はお礼を言って、グラスに水滴が滴るアイスコーヒーを口に含み、真夏の暑さも相まって格別にうまく感じた。やはり夏はキンキンに冷えたアイスコーヒーに限る。

それに素敵な女性が淹れてくてたのも大きな要因だろう。たとえ同じ豆を使っていても、むさいオッサンが淹れたなら、ここまで美味く感じないはずだ。僕は二度、三度と口をつけてこの幸せを味あう。


「美味いじゃないか、どうだろ僕の事務所で秘書でもやらない?」

「ふふふ、ありがとうございます。でもコーヒーをいれたのは彼なので、向こうで頼んでみたらどうです?」

女性が指さした先を目で追うと、ハゲた巨漢のオッサンが手を振っていた。
ワイシャツの脇には汗が染みだして、首回りや手まで全身べっちゃり濡れている。

「ほ、ほう? 彼がこのコーヒーを?」

「ええ」

笑顔の素敵な彼女はにっこりと頷くと、自分の仕事に戻っていった。

衝撃の事実に僕は震える手でグラスをテーブルに置いて、反対側へと押しやった。


「ギ、ギガンテス君、君は体が大きいから多めに水分をとらないと脱水症状になるよ。これも飲むといい」

「・・・まあ、いらないならもらうよ」


 鈍感すぎて何も理解していないギガンテス君がごくごくとコーヒーを飲むのを見て、「ふっ警察署は魔境だな」と心の中で呟ていていると、奥の部屋からコグレ警部補が現れて僕らの所にやってきた。

 シカゴブーを取り押さえる時に勢いよくダイブをかましたせいで、所々擦りむいてケガをしている。
あれは本当にやんちゃなプレイだった。おかげで僕の計画も全て台無しになったし。

コグレ警部補は疲れた顔でヤレヤレと溜息を吐き、僕等に現状を報告しはじめた。

「シカゴブーの奴、一切口を割りません。常に容疑を否認していて弁護士を呼べというだけです」

「捕まった犯人なんてそんなもんじゃないの? 知らんけど」

キャンディー欲しさに殺人を犯す奴が、世界一のキャンディーを目の前に逮捕されてしまったんだ。いまごろ内心では相当お怒りのはずだし、素直に口を割らないのはしょうがないさ。
こういうのは気長に待ってゆっくりほぐしていけばいい、きっと。

「とりあえず、私達はシカゴブーの調書をとりつつ、奴の犯行時の行動を調べていこうと思います」

「うん、ごくろだねー。これで、一件落着だね?」

「いえ、これはまだ始まりに過ぎないでしょう。まだアイスを狙う物は後を絶たないハズだし、肝心のアイスを流している人の正体がつかめていません」

いまだにキャンディーをアイスと呼び、己の間違いを認めないゴグレ警部補の言葉に僕は驚いてしまう。
まさか、まだキャンディーの為に人を殺そうとする奴がまだいるのか!? そんな馬鹿なのシカゴブーだけかと思ってたけどちがうの!?

僕は嫌な予感がしてもう一度確かめる。

「こ、コグレ氏、ちなみにそのアイスを狙っているのって何人位いる感じなの?」

「私達も正確に把握してませんが、少なくとも裏組織が関与しているとして数百、いや千人単位でしょう」

「千人!?」

僕は予想外の人数に冷や汗がダラダラと流れてくる。
異世界の非常識さには慣れてきたつもりだったが、大きな間違いだったようだ。

けれど、そんな事は今はどうでもいい。
僕はキャンディー王選手権の会場で、自分がした行動を思い返してみて心臓がバクバクした。


僕はあの青い飴をそこまで危険なものだと思っていなかった。だから、何も考えもせずに、人目の多い場所で僕は・・・僕は・・あの飴をファンの女の子にあげてしまったっ!!!!?

ガタンと音をたてて席を立ちあがった僕は、マズい、マズいと頭を抱えて、そこらじゅうを歩きまわる。

「どどどどうしたんですかマーロさんっ!?」


コグレ警部補が心配して聞いてくるが、こちらはそれどころでなかった。

彼女は僕のファンの中でも貴重な常識人だ。今すぐ救出しにいかないとっ!?
ぼくは急いで警察署を飛び出そうとしたが、一瞬冷静になってもう一度考え直す。

そういえば彼女はあんな見た目でもA級冒険者だったはずだから、僕程度が言ったところで爪楊枝ほどの助けにもならないだろう。

だが、このまま放っておくことはできない。
せめて忠告だけでもしておくべきか?・・・いや、それはもちろんだが、それでは根本的な解決にはならないぞ。 僕のせいで無害な幼い少女が狙われる可能性があること事態が非常に問題なのだ。

どうする・・・どうすれば・・・・だがいくら考えて良い案は思いつかなかった。


「くそっ!!! こうなったら怪しい奴を片っぱなしから一斉検挙してやる」


「一斉検挙ぉぉ!!?? マーロさんっ、なにを始めるつもりですか!!!??」


僕はこうしてはいられないと、慌てふためくコグレ警部補を無視して、アイスコーヒーを飲んでいるギガンテス君の肩に飛び乗った。


「いや降りてくんない?」

「うるさい黙れっ! 幼い少女の命がかかってるんだぞ!?」

「意味わかんないんだけど・・・」

僕は動こうとしないギガンテス君のツルツルの頭をひっぱたき、進めぇぇぇと命令する。

「俺、最近働き過ぎで眠いんだよ」

そう言いながらも、ギガンテス君が諦めて立ちあがり、僕の視線はぐんと高くなった。
なんだかんだやってくれるのが彼の良い所なのかもしれない。

ダルそうな声でギガンテス君が「どこいくの?」と行先をきいてきたので、僕はふふと不敵に笑い名探偵の完璧な作戦を教えてやることにした。

「ギガンテス君、この帝都で後ろめたい人間が隠れようとしたら何処に向かうと思う?」

「んーースラム街?」

「その通りだ。では駄菓子が好きな人はどこに集まると思う?」

「・・・・駄菓子屋?」

その答えに、僕は、ふっと笑い、良く出来たと褒めてギガンテス君の頭を優しく撫でてあげる。


「つまりそういうことさ」

「いや全然わからないんだけど・・まあいいや。とりあえず道案内お願いね」


僕等が出発しようとすると、コグレ警部補があわわわわと追っかけてきたが、魔族随一の身体能力を誇るギガンテス君は疾風のように駆けだして一瞬で突き放して警察署を飛び出した。


高速で走るギガンテス君の上に乗る僕は、強い向かい風に目を細めながらも、ハードボイルドな探偵として必ず幼いミアちゃんの安全を守ると心に誓う。


「ギガンテス君、目指すはスラム街にある駄菓子屋さんだっ! 怪しい奴は全員捕獲だぁぁぁ!!」

「はいはい」


こうして僕らは韋駄天の如く目的地に向かうのだった・・・・









キャンディー王選手権の会場を後にしたミアは、慌てて隠れ家であるアジトに逃げ込んだ。
いつもなら周りの目を警戒して、追ってがいないか確認した上で遠まわりして隠れ家に向かうのだが、今はその余裕はなかった。

ただ全速力で一刻もはやく安全な場所に帰りたいと願うので精一杯だった。


なんとか無事にたどり着いたミアは、疲れ果てて自室のベッドに倒れ込む。
ハア、ハアと息が切れて、汗がベットについてしまうが、そんなの気にならにくらいにミアは焦燥していた。

ポケットに手を入れて、中から青い結晶を取り出して凝視する。


それは間違いなく、ミア達のパーティー『死の宣告者』が流していた物だった。
アイスを持つミアの手が汗で湿る。

ミアは何度も考える。あの探偵は何故ミアを見逃した上に、これを渡してきたのか、色んな事を想定してみるが全く意味不明であった。

もしかして偶然? と一瞬頭をよぎるが絶対にあり得ないな、とミアしょんぼりと落ち込む。

探偵の口調からしてミアが犯人だと確信している様子だった。その時の光景をミアは思い出す。

マーロは分かり易いくらいの作り笑いを浮かべて、ミアを見ながら犯人をおびき寄せる為にこのイベントを開いたんだと堂々と言った。

そしてこれまた分かり易いくらいに、ミアの名前の所にバッテンをつけた参加者リストをわざわざミアの目に入るように落としてきた。明らかにミアを煽っているとしか思えなかった。


自分はいったいこれからどうなるんだろうと、ミアは何十年も牢屋で過ごすのを想像して枕をギュウと抱きしめる。いや、もしから死刑かもしれない。

ミアは安易に犯罪に手を貸したことを後悔した。正直にいえばミアは殆ど何もしていない。
ただパーティーの仲間がやりたいことがあるからと言うので、軽く手伝っただけだ。

元々ミアはスラムの孤児だ。それを仲間のフローラとエミリアがお前には魔術の才能があるなと拾って育ててくれた。

命の恩人の彼女らが、研究したいことがあるからこれを配ってくれとアイスを渡されて、ミアは指定された人の所にアイスを届けていた。

アイスを配る意味も、彼女たちの研究内容と目的も全部知っていたが、それを聞いてもミアはふーん、そうなんだといった感じで興味が湧かなかった。

ミアが一番興味があるのは自分、そうミアは自分大好き人間なのだ。
どうすれば可愛く見られるかが一番重要でそれ以外は二の次だ。

それなのに、まさかこんな所で捕まってしまうなんて・・・後悔の涙が頬伝う。

もう自首しようかなーとウジウジ考えていると、瞼が重くなって睡魔が襲ってきた。疲れていたミアはその誘いの逆らわずゆっくりと目を閉じて眠った・・・・・・・



それからどの位眠っただろうか・・・ミアはジリジリと鳴る警報の音で飛び起きた。
慌てて耳をすませて音を確認すると、侵入者が現れた時になる警報音だった。


ついに時がきた・・・・ミアはどうせ死刑になるくらいなら、戦って死んでやると覚悟きめる。
だが、その前にしておかなくてはならない事がある事を思い出した。

「僕としたことが、世界一のキャンディーを忘れるなんてどうかしてるよ、テヘ♡」

 ミアはせめてもの抵抗だと想い鏡に向かって全力で可愛いポーズを決める。こんな可愛い子を追い詰めるなんてどうかしてるよと、愚痴をこぼして、敵であるマーロが慈悲でくれた箱を手に取った。

箱の蓋を開けると、美しく八色に輝く宝石のようなキャンディーが現れた。


「綺麗・・食べるのがもったいないよ・・」

芸術品に触れるように、指先で慎重に持ち上げる。
光に透かしてみると夜空に輝く星にも似た魅力を感じとれる。

それでもミアは、もう死ぬかもしれないなら、勿体無いと言ってる場合じゃないよねと、名残り惜しい気持ちと、それ以上にワクワクと期待する想いで、その世界一のキャンディー(CAFE・BARマスター風味)を口に含んだ。



・・・・・・・そしてミアの意識はここで途切れるのだった。
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