上 下
20 / 32

20

しおりを挟む
事件のあったあの夜の翌日、コグレ警部補に呼ばれて有名なスイーツ店の厨房へとやってきていた。

 店内に入り、大きく息を吸い込むと、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。甘いのがそんなに好きじゃない僕は少し胸やけしそうな気持になった。

「マーロ、俺暇だから店に売っているケーキ食ってきていいか?」

昨夜に引き続き連れてきたギガンテス君は、どうやら甘い匂いに誘われてお腹が空いたらしい。
珍しい物でも見るような目で、近くに置かれているモンブランを眺めている。

「・・・・まあ、君の出番はいまないし好きにしたら?」

僕は適当にそう答えると、ギガンテス君は心なしか嬉しそうに厨房から出ていった。
本当は捜査に協力するのが彼の役目だが、魔界にはスイーツなんて殆どないし、帝都にきてからも僕が甘いのを食べないこともあり、こういった場所には連れてこなかった。

だから今回は大目にみて、必要な時がくるまで好きにさせることにした。


 僕はギガンテス君がでていった厨房を眺める。

ここには帝国中から集められた大勢のパティシエが集結している。もちろん全員がコンテストで賞をとるほどの腕利きばかりだ。彼らは『第一回帝キャンディー王選手権』の景品をつくる為に試行錯誤を繰り返していた。

僕の指示に警察が急いで集めた・・・らしい。
らしいというのも、コグレ警部補たちは徹夜で段取りをつけて文字通り不眠不休で働いていたみたいで、僕はその間疲れていたので事務所でぐっすり寝ていた。

たしかに事件のあった夜に、コグレ警部補には急いでパティシエを集めたまえと言ったが、いくらなんでも早すぎる。

だから事務所に僕を迎えにきてくれた警察官を見た時、部下に無理やり社畜根性を押し付けるコグレ警部補のブラックさに呆れてしまった。モンスター上司にも程がある。人を巻き込んで茨の道を突き進むのも大概にしてほしい。

けれど、僕がこの規模の人を動員しようとすれば準備だけで数日はかかったハズ。
それを警察はたった一日で、いや半日でここまで出来るのだから感心しかない。

急遽呼び出されて来た職人たちがせっせと汗を流し働く姿をみていると、やはり国家組織には敵わないなと、つくづく思い知らされる気分だった。

だが僕にとって幸運なことに、今回は何故か僕が指揮官となってこの巨大組織を操ることが許されている。普通だったらありえないが、事件担当のコグレ警部補が僕に絶大な信用を抱いているのが功を奏した。

本当、人生どう転がるか分からないものだが、間違いなく流れはこちらにきていた。時代がついにハードボイルドな探偵に追いつこうとしているのは間違いない。

 これは我が探偵事務所が抱える問題を一挙に解決できるチャンスだ。
理由はしらないが、何故か警察達は今回の事件に力を注いでいる。この危険な異世界なら殺人事件なんてしょっちゅう起きていそうなものだが、僕にはそんなの関係ない。

大切なのは警察組織がこの事件に注目しているという所にあるっ!
もしこの事件を華麗に解決することができれば我が名声はおおいに高まることだろう!
そしたら依頼がザックザク、お金もザックザクだっ!


だから、この大舞台は絶対に失敗が許されない。
僕は自分で考えた作戦第一回帝キャンディー王選手権を必ず成功させる必要がある!

優勝者の景品は世界一と銘打ったキャンディーだ。飴の為なら殺人もいとわないクレイジー奴だ、必ず飛びつくに決まっている。

そして大勢の参加者の中から犯人を炙りだす!
なーに、とても簡単なことさ、犯人の特徴は既に、この名探偵の手の中にあるっ。
しかも僕には誰にも喋っていない第2の作戦も用意してある。

それは大会の表彰式で犯人を壇上にあげて、観衆の面前で犯人の悪事を暴き劇的な逮捕を演出することだ。


さすれば人々は僕を絶賛し、その日の夕刊には僕の写真が一面トップに載る事だろう!!!


ふふふふふふ、完璧だ、恐ろしすぎる。ぼくは自分の才能に恐怖すら感じるよ・・・


僕が今後の予定を企てていると、パティシエの渋いおっさんがキャンディーを持って話かけてきた。

「マーロさん、とりあず試作品が完成しました。これでよろしいですか?」

「ほう、どれどれ味見を・・」

ぼくは世界一美味しいキャンディー(仮)を口に入れてもごもごと舐める。

何度も口のなかで転がして味を確かめていく。


「うーーーーーーん」

「ど、どうでしょうか」

「どうっていわれてもねぇ」

そもそもよく考えたら世界一美味しいキャンディーって何だ?
不味いキャンディーはともかく、美味しいキャンディーに差とかあるのだろうか?

もっと一口でこれは世界一だっ!!と言えるものが欲しい。


「もっとインパクトが欲しい」

「い、インパクトですか、具体的にはどのような?」

「そうだな・・・口の中に入れた瞬間に脳が飛び散るような衝撃的ななにかだ」

「そ・・・それはもう劇薬では?」

僕の要望にパティシエのオジサンは頭を抱えてしまう。やはり、世界一とは簡単に目指せるものではないらしい。


僕もどうしたものかと、考えていると脳の中に光るものを感じた。


そうだ、そうだよ、僕はもう知っているじゃないか!!!

口の中に入れた瞬間に脳が飛び散るような衝撃的なインパクトをもつ味を!!!!!


「コグレ氏ぃぃぃ!!!」

僕は厨房の片隅で会議をしていたコグレ警部補に大声で伝える!!!


「今すぐここに連れてきてほしい人がいるんだが頼めるかい!?」

「は、はいっ! どなたでしょうか!?」


「ふふふふ、決まっているだろ? 「CAFE・BAR スミル」のマスターさっ!」







ふて腐れた顔で警察に連行されてきたスミルのオーナーを僕は歓迎した。

「やあ、マスター!! よく来てくれたっ、待っていたよ!」


「お、お客様、これはいったいどういう事で?」


「ぜひマスターがつくる最高のカクテルの味をこの人達に教えてあげて欲しいんだ!!」


僕がそういうとバッッチンっ、と自転車のチューブがちぎれたような音が聞えた気がした。何故かマスターが頭を抑えてしゃがんでいる。


「ど、どうしたのマスター?」


「い、いえ。ちょっと頭に血流が・・」


「高血圧なのか、健康には気をつけたほうがいいよ」


「くっ・・・き、気になさらずに」


腕のいいマスターが倒れてしまったら、帝都から素晴らしいBARが一件きえてしまう。僕は本気でマスターの健康を心配してしまう。

僕がマスターのスペシャルドリンクのことを褒めると、パティシエのオジサンもマスターに是非教えて下さいと頭を下げる。

「お願いします、教えてくれませんか?」

「とんでもない! あんな毒・・・」

「毒?」

「あっいや、あんな独特なものきっとお気にめしませんよ!!!」



マスターが謙遜して断ろうとしている。
だが僕は確信している。世界一のキャンディーをつくるのはマスターのスペシャルドリンクの味しかないとっ!!

僕の人生で口に入れた瞬間に脳が飛び散るような衝撃的を受けたのは、後にも先にもマスターのスペシャルドリンクだけだろう。ここはぜひとも協力してもらいたい。


首を決して縦にふろうとしないマスターにコグレ警部補も必死におねがいする。

「マスターさん、これには警察の威信もかかっているのです。どうかお願いします、この通り!!!」


「ちょ、頭をあげて下さい!! わ、分かりました、協力しますっ」


「本当ですかっ!? では早速レシピを教えていただきたい!!}


「承知しました・・でも・・」



そういってマスターは僕のことをちらりと見つめてオロオロと戸惑う。

どうしたんだ? と不思議に思ったが名探偵の僕にはすぐ理解できた。

ははーん、なるほど、どうやら、マスターは僕に手の内を見せたくなくて恥ずかしがっているのだな?
気持ちはよくわかるぞ。普段からマスターのドリンクに驚かされている常連の僕がレシピを知ってしまうのは、マジシャンがマジックの種を見破られるに等しい。

だから僕は気を使って言った。


「僕は離れた所で完成を待つからできたら教えてくれ」


一人だけ、席を外して部屋の端で待機をする。

するとマスターは安心した様子で皆にレシピを教えはじめたようだった。

「ポイズンスネークの肝!?」

「ブラッドベアーの睾丸だとっ!!」

「麻痺ネズミの腎臓まで・・・これはもう劇薬じゃないかっ!?」


全員がレシピを聞いて驚きの声をあげている。驚き過ぎて腰を抜かすものまでいた。
いったいどんなレシピか気になるが、僕の所までは何を言っているのか分からなかった。


だが僕は自信をもっていえる。
マスターのレシピを参考につくったキャンディーは間違いなく世界を制すると!!!!











・・・・・・・・・・・・こうして職人たちの昼夜を問わない共同作業により、大会景品のキャンディーは完成された。そしてついに『第一回帝キャンディー王選手権』の幕があがる!!!!!!!!!!


えっ? 完成したキャンディーの味見? そんなのしてないよ、僕はマスターの腕を信じてるからねっ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界でスローライフを満喫

美鈴
ファンタジー
タイトル通り異世界に行った主人公が異世界でスローライフを満喫…。出来たらいいなというお話です! ※カクヨム様にも投稿しております ※イラストはAIアートイラストを使用

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

ゲームのモブに転生したと思ったら、チートスキルガン積みのバグキャラに!? 最強の勇者? 最凶の魔王? こっちは最驚の裸族だ、道を開けろ

阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
 どこにでもいる平凡なサラリーマン「俺」は、長年勤めていたブラック企業をある日突然辞めた。  心は晴れやかだ。なんといってもその日は、昔から遊んでいる本格的ファンタジーRPGシリーズの新作、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日であるからだ。  「俺」はゲームをプレイしようとするが、急に頭がふらついてゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。目覚めた「俺」は驚く。自室の床ではなく、ゲームの世界の砂浜に倒れ込んでいたからである、全裸で。  「俺」のゲームの世界での快進撃が始まる……のだろうか⁉

処理中です...