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案内され入った殺人現場は変わらない状態でそこにあった。

渇いた鉄臭い血のベッドの上で金髪の女性が安らか眠っている。

 魔法という超常現象がある異世界とはいえ、死者を生き返らる方法は存在しない。

歴史上に、これまで何人もの権力者や研究者が生命の蘇生を試みてきたが成功した例は一度もない。あるとすれば、神話に語られる眉唾な伝説くらいのものだ。

 魔法研究をする学者達のなかで、死者蘇生は不可能だという意見で概ね一致している。
それでも、熱心に研究を続けている連中もいるらしいが、その殆どが人体実験など法を越えた行いをしている犯罪組織だ。

 だから、ここで胸を刺されて眠る彼女が、突然目を覚ますことはない。

僕はそれが正しいことだと思う。罪もない何人もの人を犠牲にし、完成された術なんてあるべきじゃないのだ。

もちろん、僕だって彼女が生き返ってくれたら嬉しいが、人には超えてはいけない一線がある。

それをまたいでしまった者を捜査し、捕まえて白日の下に真実を晒すのがハードボイルドな探偵の仕事だ。

それに、死者蘇生なんてものまで可能になったら、本格的に僕の居場所がなくなってしまう。

永久にペット捜査官として生きてくことになる未来が容易にみえる。そんなのごめんだ。

 死体を観察していると、僕を案内してくれた警部補と呼ばれていた男が説明をしてくれる。

 「この女性が今回の被害者、シーナさんです。以前は飲み屋で働いていたみたいですが、クビになったらしくその後は仕事もなく質素に暮らしていたようです」


 親切に情報をくれるのは有り難いが、会ったこともないのに、なぜここまでしてくれるのか分からない。疑問に思い僕は素直に聞いてみた。

 「あのー、どっかで会ったことありましたっけ?」

 「いえ、マーロさんとお会いしたことはありません。これが初めましてですね。そういえば自己紹介がまだでした。私の名前はコグレ、この事件の現場担当をしています」

 そう言ってコグレ警部補は右手を差し出してきた。

紳士として僕も右手を差し出し握手を交わす。ごつごつとした大きな手であった。

一流の戦士は握手しただけで、相手の力量を読むというが、僕にはさっぱりわからない。

おおきな手だなぁと思うくらいだ。それでもコグレ警部補が僕より強いことは間違いないけど。

 コグレ警部補は挨拶をかわすと朗らかに笑い、僕のことを知っている理由を説明してくれた。

「お会いした事はないですが、以前からマーロさんのお話しはよく聞かされていまして」

「ほう?」

「実は、麻薬捜査課のバンティスと私は学び舎時代からの同期でして。酒の席でよくマーロさんの話を聞かされるのですよ」

「ああ、なるほど。そういうことですか」

 バンティス君とは僕も良く酒を飲む間柄だ。

それなら、話を聞かせれていてもおかしくはない。彼とは、幾度となく仕事の姿勢について、熱い話を語り合った仲だ。

しかし、いったいどんな話をしていたか気になる。最近はすれ違いになりがちな僕等だが、彼はとてもいい奴だ。きっと、僕がハードボイルドで最高な探偵と噂していたに違いないだろう。だからこそ、コグレ警部補も捜査の協力を承諾したんだ。

イヤ、絶対そうだっ。

バンティス君、そうだよな?

前回のミランダの件は忘れよう、僕等は友達だ。過去のことは水に流そう。信じているぞ・・

僕は恐る恐る聞いてみる。

「ちなみに、どういった話を・・・?」

「えーっと、この前会った時はたしか、『一年以上探し回っても手に入れられなかった物ブツをマーロさんが持ってきてくれて助かった』と言っていましたね。それであの人は出来る人だ。とても頼りになるとべた褒めでしたよ」

「物ブツ??」

なんだろう、心当たりがないな?

僕は必死になって思い出そうとするが、探偵や捜査に関連することはなかった。どう考えても、僕が思い出せるのはたった一つだけだ。そう、ヤニスから貰った差し入れの・・アイス。

・・・どんだけ甘党なんだよバンティス君。

もっと話すことあったでしょ。僕の探偵としてのポリシーとか、こだわりとか。よりにもよって、アイスって・・・

ひどすぎる。

いくら僕が万年ペット探しの男だからって、それはもはや探偵云々の話じゃない。ただのお使いじゃないか。しかも、アイス一つで一年も探し回ったとかイカれてる。

前回会ったとき、捜査が行き詰ったら頼りにしてると言ってくれたけど、違う・・違うよ、そうじゃないんだバンティス君。

僕は探偵として事件の捜査で頼られたかったんだよ。

こんなことで頼りになると褒められても嬉しくない。

僕が落ち込んでいると、傷口に塩を塗るようにコグレ警部補が追い打ちをかけてくる。

「マーロさんの話になるとバンティスの奴、本当に嬉しそうにするんですよ。あれこそ帝国一のハードボイルドな探偵だってね」

いや、馬鹿にされている気しかしないんだが?

みんな、探偵を近所にいる便利屋さんと勘違いしてないか?

というか、それで納得して僕の捜査協力を許可したコグレ警部補クレイジーすぎない?

警察組織の仕組みガバガバだな。

これ以上、話を聞いていても自尊心が傷つけられるだけの気がしたので、僕は気持ちを切り替えて捜査を開始することにした。

殺害されたシーナさんをもう一度よく観察する。

魔術師の恰好をしているくらいで特別変な所は見当たらない。家の中も暴れた形跡はないから、恐らく刃物の一突きであっけなく死んだようだ。

しかし、僕はここでおかしなことに気がついた。

「あれ、どこにもないな」

試しに色んな所を探し回ってみたがなにもなかった。

うーん、と僕は腕を組んで考える。

おかしいな・・・何がおかしいかというと、何もおかしい所がないからだ。

僕は奇妙な殺人事件が起きていると聞いて、これは連続殺人につながると踏んでここまで来たんだ。

たしかに今朝、婆さんは言ったはずだ。『奇妙な殺人事件が起きている』と。

だというのに、この殺人現場におかしな点がひとつもみつからない。

これじゃまるで、ただの殺人事件みたいだ。

「絶対どこかにあるずだ」

僕が探し続けていると、コグレ警部補が不思議そうな顔で訪ねてくる。

「マーロさん、なにを探しているので?」

「それは・・・まだ言えないな」

僕だって自分で何を探しているかなんて知らない。知ってたらとっくに見つけている。

「コグレ警部補、この部屋でなにか不自然なことはなかった?」


「不自然?・・・さあ、ないと思いますが。凶器につかわれたナイフも遺体の傷口と一致しているのが魔法の鑑定で分かってますし」


凶器のナイフ? そんな物あったかな。一通りみたけど、みあたらなかった。

すると、コグレ警部補は部下に凶器のナイフを持ってこさせた。どうやら袋の中に保管していたらしい。血が付着してるが、どこにでも売っている普通のナイフだった。

「これが犯行に使われたナイフです」


僕はナイフをよーく確認したけど、やっぱりおかしなところはどこにもない。

捜査に行き詰って思案しているとコグレ警部補がとんでもない爆弾発言をした。

「このナイフは犯人が出頭したときに持っていたものです。本人の証言と鑑定が一致してるので間違いないですね」

「・・・・え?」

「私も驚きましたよ。昼頃にいきなりナイフを持った男が人を殺したと自首してきたんですから」

自首? 犯人はもう捕まっている?

僕は頭がくらっと揺れるのを感じた。

馬鹿な、ありえない。それでは僕は何のためにここへ・・・

「そんなの嘘だ・・・たしかにあの怪しい宗教の婆さんは・・・」

もしかして全部婆さんのデタラメだった?

信じられない。僕は奇妙な殺人事件と聞いてたのに既に解決済みなんて。


「じゃあ、僕が予想した連続殺人は・・」

「え!?」

全部空振りだったと?

よもや、探偵をだましにくる者がいるとは誰が想像できようか。婆さんの人の好さそうな笑顔に油断してしまった。というか、冷静に考えると怪しさ満点だったわ。なぜ僕は気がつかなかったんだ!?

くっ・・。どうやら報酬の金に目がくれて自分を見失っていたのかもしれない。

連続殺人事件を解決すれば名声が広がり、依頼が沢山きてガッポガッポに稼げるとおもってたのに。


『自分で自分に仕掛ける罠ほどたちの悪い罠はない』と僕の敬愛する小説の探偵は言ったが、まさにその通りだ。自らの策に溺れてしまった。

 「あ、あのマーロさん、さっきからなんの事です?、嘘だとか、怪しい宗教とか連続殺人とか。もしや事件に関係あるのですか?」

 コグレ警部補がなにやら聞きたそうに質問してきたが、あいにく僕はもうなにもする気力が湧かなかった。やっとピンチを打開する方法が見えたと思ったのに、一瞬で崩れ去ってしまった。心が折れるとはこのことか。

ふう、なんかもう疲れたな。ここ最近で僕の探偵としての矜持はズタボロだ。

立ってるのもきつい。座って休憩しようかなと辺りを見渡すが、この部屋に椅子はなかった。いっそこのまま、地面に腰をつけようかと考えているとギガンテス君が視界にはいった。

「そうだ、ギガンテス君、おんぶしてよ」

「えー、嫌だなぁ」

「まあ、そう言わずに。どこにも座る場所がないんだよ。かわりに酒でも奢るからさ」

こんな日はもうとことん飲んで忘れるに限る。使い道のないデクの坊だと思っていたが、コイツも愚痴くらいは聞けるだろ。

むしろそれくらいしか使い道がないのだから、普段世話してあげている僕に付き合うのは義務だ。

「しかたないな。ほら乗りなよ」

かがんでもらい、ギガンテス君の背中に飛び乗る。

大男なだけあって、普段みえない高い所まで良く見えた。

「僕もこのくらい身長があれば、捜査がもっと楽になるのにな」

現場を調べる時にいちいち椅子に登ったりしなくて済む。

便利な体だ。ホント宝の持ち腐れだよ。

「さあ、もうここには用はない。出発だ」

「へい」

僕の命令でギガンテス君が走りだす。

「ちょ、ちょっと待って下さい、マーロさんっ」

コグレ警部補がなにか叫んで追いかけてきたが、ギガンテス君の身体能力はこの世界でも随一だ。

あっという間に離れて見えなくなってしまう。

彼には悪いが、僕ははやく酒でも飲んで全て忘れたい気分だった。



⚂⚃⚄⚅⚂⚃⚄⚅⚂⚃⚄⚅⚂⚃⚄⚅




 夜も更けり、僕とギガンテス君はもう何杯目になるかわからない酒をグイッとあおった。

いまや僕の行きつけとなった『カフェバー・スミル』は多くの客で賑わっている。



「でさーギガントゥス君も、ほんっと、探偵ってのをみんな勘違ひしてる。そう思ふだろ?」



「そうだね。ぷはー」



「ミリャンダもバントゥス君も僕をハードボヒルドなお手伝いさんと勘違ひしてる。そう思ふだろ?」



「うんうん、あ、マスターこれとおなじやつね」



「ちょっとちゃんと聞いてるぅー?」



僕らが気持ち良く飲んでいると、勢いよく店のドアを開けて人が入ってきた。

驚いてそちらを向くと、昼間会ったコグレ警部補が顔を真っ赤にしてまっすぐ僕達のところに駆けてくる。息を切らしていてハアハアと呼吸が乱れていた。



 「ど、どうひたの、コグレ警部補?」



「マーロさんっ、貴方の言う通りでした! 自首は偽装ですっ、犯人はまだ捕まっておりません」





「はひ?」



なに言ってんの、この人?
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