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ケルベロスを捕まえて帝都に戻ってきた頃には、空は暗く満天の夜空にうつりかわっていた。
活気ある帝都の歓楽街を見渡せば、仕事を終えてアルコールと友情を結ぶ人達で華やいでいる。

 屋台の近くを通ると、美味しそうな料理の匂いに誘われて翔んできたのか、可愛らしい腹の虫が鳴く音が後ろから聞こえた。考えてみれば今日は朝食を摂ったきりなにも食べていなかったな。

 僕は後ろを振り返らずに、可愛いミミィに提案する。

「そうだミミィ、ミランダの所に行く前に食事にしよう」

「そ、そのぉ・・・わたしは平気です」

モゴモゴと口ごもりながらミミィは恥ずかしそうに答えた。
僕は笑ってしまいそうになったが、なんとか我慢して会話を続ける。

「僕はもう腹ペコだよ。それに昨日とてもいい店をみつけたんだ。是非ミミィと一緒にいきたいとおもってね」

「マーロのあにきぃが行きたいならミミィはついていきますです。でもこの子はいいんですか、すごい目立ってますけど・・」

 この子と言われて、僕は目線をさげた。

そこには、僕とミミィを乗せて歩くケルベロス君がいた。
言われてみると、さっきからやたらとすれ違う人達に見られてる気がする。

 この犬自体に危険は全くないし、問題ないと思うが図体がデカイから通行の邪魔になるかもしれない。

 僕は淡い期待を込めてケルベロス君に質問する。

 「ねえ、もしかして小さくなったりできる?」

ケルベロス君はピタと足を止めてクゥーンと申し訳なさそうに鳴いた。

 「どうやらできないらしい」

 「当たり前じゃないですかあにきぃ」


 もしケルベロス君が小さくなれれば一緒に連れていこうと思ったけど、出来ないならしょうがない。ケルベロス君には諦めてもらって待機してもらうことにしよう。

 僕は道の端っこでポカーンとこちらを見つめている少年を見つけると手をあげて呼び寄せた。ポケットの中から硬貨を取り出しその少年に与える。

「ラボラトリー動物園にいるミランダって奴に伝言を頼めるかい?」

少年は硬貨を握りしめて、こくこくと頷いた。

 「カフェバー・スミルで待ってるからはやく来いと伝えてくれ」

もう一枚硬貨を投げ与えると、少年は急いで駆け出していった。
それに僕は満足して頷く。これで仕事後の一杯が気兼ねなく飲めるというものだ。

 探偵の仕事とは、依頼の終わりにかっこよく酒を飲むところまで含まれている。そのことをミミィにもきちんと教えてやるのが先輩探偵としてのつとめだろう。

 「さぁミミィ、急いで向かうぞ、ミランダがきたら騒がしくてゆっくり飯もくえないからな」

そういって僕は帝都の夜の歓楽街を、ケルベロス君に乗って颯爽と駆け抜けていく


⚀⚁⚂⚃⚄⚅⚀⚁⚂⚃⚄⚅⚀⚁⚂⚃⚄⚅⚀⚁⚂⚃⚄⚀⚁⚂⚃⚄⚅⚀⚁⚂


 口のまわりをケチャップで汚して、がっつくようにスパゲッティーとエビフライを食べるミミィを横目で眺める。だれもとりはしないのだから、ゆっくり食べればいいのにと、何度注意しても変わらなかったので僕は諦めて様子をみるだけにしている。

「・・・・・・・はいよ」

 体格のいい強面の男がその風貌に似合わない、八色に輝く繊細な美しいカクテルを差し出してきた。

僕は触れれば折れてしまう花を扱うように、グラスを優しく手にとり、そっと口をつける。
 カクテルが舌の上を通過した瞬間、僕は驚愕で目を限界まで見開いた。
 それを見てマスターがふっ、鼻でわらう。
「・・・・・・マスター、こ、これは?」

「お客様のご要望どおり、見た目を美しくするためさらにアレンジさせてもらいました」

 そういわれて、手元のカクテルを見れば確かに昨日飲んだスペシャルドリンクとは見た目からして変わっていた。僕は信じられない気持ちで口に手を当ててしまう。あまりにも油断していた。

 マスターは僕の反応に余計調子づいて雄弁に語り始めた。

「いやぁ、お客様のご要望に合うお酒を見つけるのにとても苦労しました。まず冒険者ギルドにお願いしてポイズンスネークの肝を・・・・」

「んっまい!なんてことだマスター、貴方は天才か!?」

「・・・は?」

「たった一日でここまで腕をあげるとはたいしたものだ!」

 僕がマスターのたゆまぬ努力とその才能に興奮していると、スパゲッティーを絡めたままのフォークを持ったミミィが不思議そう首をかしげる。

 「あにきぃ、それ、そんなに美味しいんですか?」

 「ああ、間違いなく、これ以上のものはこの店にないね」

 僕が感想をのべると、ブチンと太い血管が切れたような音がした。どこかで聞いたことある音の気がしたが気のせいだと思う。

 マスターをみると青いか顔でプルプルと震えている。わかる、わかるよ。自分の努力が認めら嬉しくて震えてるんだろ?

僕も探偵になる自分の夢が叶ったときは嬉しくておなじような気持ちだった。マスターもきっとそうなんだろう。

 「ミミィものんでみたいです」

「うーん、一口だけだぞ?」

 本当はミミィは子供だからあまり飲ませちゃいけないけれど、この国にはお酒の年齢制限とかは特にないし、僕自身、背伸びしたくてよく父さんにお酒をせがんだものだ。
 これも経験として一口くらいなら構わないと、ミミィがグラスに手を伸ばしたが、マスターにガチッと力強く捕まれてしまった。

 「嬢ちゃん、これは飲んじゃだめだ死ぬぞ?」

 「あー、離してください、ミミィは子供じゃないです!」
 ミミィがどうにか飲もうと抵抗するが、マスターがマジ本気な感じで手を離さない。
 きっとマスターは子供にアルコールをあたえるのを、たとえ一口とはいえ断固反対派なんだろう。人それぞれポリシーというものがあるからね。お酒に関わるマスターは特に曲げられないものがあるのかもしれない。

「ミミィ、諦めなさい。かわりにリングジュースおかわりしていいから。マスターが困っている」

 「・・・・・・はい、わかりました」

 僕が諭すとミミィは諦めたみたいで、名残惜しそうに手を引いた。

 しかし、マスターも大げさだ。いくらミミィに飲ませないためとはいえ、死ぬぞ?はヤバい。そんなのもはやカクテルじゃなくて劇物だ。交ぜるな危険にもほどがある。

 バーテンダーとして一流のマスターがそんなことするわけないので、僕は笑いそうになってしまった。

 とても面白いジョークをはくマスターに僕がさりげなくウィンクすると、歯をくいしばってにらみつけてきた。不器用なマスターらしいとても独特なかえしだ。

 「ミミィはもう半分大人です」

 マスターにはじめてのお酒をお預けさせられたミミィは、不満気に頬を膨らます。

 半分大人とは、つまり子供ということに他ならない気がしてならないが、ここで突っ込めばミミィの機嫌はもっと悪くなるのが目に見えているので僕は余計なことは言わないで、おかわりのリンゴジュースをミミィにさしだす。

 「そうだね、ミミィ大人だよ。依頼だって頑張ってるし。ほら、元気だしてくいっと一杯やりなよ」

 僕がリンゴジュースをみせると、チラチラと膨れっ面のまま視線を向けてくる。僕とマスターの視線を気にしながらもミミィは我慢できなくなったのか恐る恐るリンゴジュースに手を伸ばした。が、突然うしろから手が出てきてミミィのリンゴジュースを奪うと、ぷはー、と一気にのみほしてしまった。

 あまりのことに、ミミィは目を見開いたままリアクションがとれずゆっくりと犯人の方に振り返った。

 「み、みらんださん?」
 
そこには繋ぎ姿の女が満足そうにリンゴジュースの入ってたグラスを持って立っていた。

 「はーい、ミランダですよミミィちゃん!」

 「それ、わたしのリンゴジュースなのに・・」

 「あれ、そうなの?でもおいしかったですよ!」

 ミランダは元気を失い固まったミミィを、まるで人形を扱うかのように持ち上げて席を奪うと、自分の膝の上にミミィを座らせた。

 そして、相変わらずスパゲッティーが絡まったままのフォークを持つと、ミミィの口元に運び無理やり食わせ始める。

 「ほーら、ミミィちゃん。好き嫌いはダメですよ。ピーマンもたべないと大きくなれません」


 なにかしゃべり出そうとしているミミィだが、口のなかがいっぱいで何も言えない。僕は二人のやりとりをみてため息をはいた。
残念な娘が二人あつまれば、大抵残念なことがおきるのだ。

 「いつも突然現れるなミランダ」

 「ああごめんなさいマーロさん、ミミィちゃんがあまりに可愛くてついつい」


 一応謝ってくるミランダだが、反省している素振りはなく、まだミミィの口にスパゲッティーを無理やり運び続けている。

僕はミランダとの付き合いが長いから、この馬鹿な女になにを言っても無駄なことを知っている。

だから、深い溜息をひとつこぼして、黙ったままミミィの食事風景を眺めさせられるのだった。
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