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 ミミィをつれて帝都の中心から離れた大きな霊園にやってきた。


 ここは、緑が多く小さな川が緩やかに流れていて、冷たい空気が心地よい場所だ。
ミランダからもらった資料から、逃げ出した犬が行きそうな所をいくつか推測して、しらみ潰しにまわっている。

 「それにしても種族的に墓地が好きな犬とは珍しいものだね」


 地球の犬では考えられない。さすがはファンタジーな異世界。非常識ここに極まれりだ。

「ケルベロスはもともと冥界のモンスターなので、死者の魂が集まる場所を好むのです」

 と、ミミィが教えてくれる。

迷信の類いはわりとどうでもいい派の僕だが、昔から動物は霊感が強いというから、そういうこともあるのかもしれない

 ご近所さん家の犬もよくなにもないところに向かって吠えている。僕自身は幽霊を一度も見たことがないから分からないが、きっと見えるものには見えるのだろう。


 「でもなかなかみつからないね。ここでもう4ヶ所目だ」


 見上げれば空が薄っすらとオレンジがかってきている。

ミミィが駄々をこねたせいで出発がおそくなったとはいえ、休みなく動いて足がもうクタクタだ。

 このまま犬を発見したとしても、体力がもたなくて逃げられるかもしれない。


 「ミミィ、いい時間だしそろそろ・・・・」

「帰りますか!?わかりました、マーロのあにきぃ。すぐもどりましょう!」



 ミミィも疲れていたのか帰れると思ってとても嬉しそうに僕の手を握って跳び跳ねている。昨日からこの仕事にくるのをやけに嫌がっていたし、もともと体調が万全ではなかったとのかもしれないな。

 しかし、これはミミィが探偵になるために必要な大切な研修だ。甘えは許されない。

 探偵とは想像以上にハードでタフネスが求められる仕事であり、その日の体調で自由に休めるほど柔なものじゃないということを教えてあげないといけない。 

 だから僕は心を鬼にしてミミィにつげた。

 「違うよミミィ、帰るんじゃなくて休憩をするんだ。日が落ちるまでね」 

「き、きゅうけいですか?」

「ああ、夜にまた再開する。今日中に見つけ出して任務を遂行するんだ」



 ミランダからもらった資料によれば、逃げ出した犬は夜に活発に行動する夜行性と書かれていた。つまり夜になれば遭遇率はグッとあがり捕獲するチャンスだ。本当は昼間の大人しく休んでいる隙に捕まえたかったけど、見つからないならしょうがない。



 僕が仕事はむしろこれからだと告げてもミミィからの反応が返ってこない。おかしなと思ってミミィの顔を見てみると、目に溢れる涙をためてえづいていた。え、どうした?



 「あ゛、あ゛に゛ぎぃー無理でずぅぅー」



 ミミィがかわいい顔をぐちょんぐちょんに崩して大泣きする。

いったいなぜ、彼女がここまで迷子の犬の捜索を嫌がるのか、その理由が僕には全然理解できない。 


 もしかして動物アレルギーとか持っているのか?

それなら僕だって無理させずに別の仕事をさせるけど、ミミィはよくご近所さんの犬にエサをあげてるから違うだろうし。



 「わだしはマーロのあにきぃみたいに強くないからケルベロスを捕まえことなんてでぎまぜん」


 ポコポコと僕のお腹を叩きながらミミィが全力で泣き叫ぶ。朝から思ってたけど、彼女はなにかを勘違いしている。ペット捜査に強さんてこれっぽっちも関係ない。

 それに、ミミィは僕なんかよりずっと強い。もしミミィが僕のお腹をポコポコと殴っている拳を少しでも握り締めれば、それは僕がいままで経験したことのない強烈なボディーブローとなって襲ってくるだろう。

 ミミィが弱かったら僕なんか雑魚だ。雑魚中の雑魚。ミジンコ以下のチキン野郎さ。自分でいっといて泣けてくるよ。


 「ミミィは十分に強いから大丈夫だよ」

 「うぞですぅ、けっ、けんの一本もないのに夜の活性化したケルベロスなんて勝てまぜん!こういことはスティングさんやギガンテスさんのおじごとです。わだしはみんなみたいになれまぜん!!」


 「そりゃ、あの二人に比べればミミィは弱いだろうけど・・・」


 「てきざいてきしょです、わたしには向いてません、ぐずっ」


「わかった、わかった。もう無理しなくていいから落ち着こうな?」



「・・・・・・はい」





 僕は興奮したミミィの背中を撫でて落ち着かせてあげる。この状況では捜査を続けるのは無理かもしれない。まさか、簡単なペット捜査でミミィがここまで嫌がるとは想像していなかった。

 原因はどうもミミィがペット捜査を命掛けの戦闘かなにかと勘違いしているのと、自分のことをとても非力と思い過ごしていることにあるみたいだ。


 多分、これは僕の責任だ。日頃からわたしは特別なホビット族と言っている妄想豊かないたいけな少女を暖かく見守りすぎたせいで、彼女は現実と向き合うことに不慣れになってしまっているらしい。


 日頃から僕がもっと彼女と向き合って接していれば避けられていた事故だ。これからは気をつけるとしよう。それに、僕は最も大切なことを彼女に伝えれていなかったらしい。僕も父さんに口酸っぱく言われてきたことだ。



「ミミィ、君も僕と一緒で一流の探偵をめざしているのだろ、それなら、さっきみたいなことは言ってはいけない」


「・・さっきですか?」



「ああ、スティングやギガンテス君みたいにはなれないというやつだ。いいかい、ミミィはミミィで他の誰でもない。一流の探偵というのは、誰にも真似にできない自由な発想を持ち合わせている人のことだ。他の誰かになろうという者に探偵の道は開かれないのさ」


 普通の人が解けない難事件を解くには、いつだって柔軟な脳が必要だ。誰もが気に向けないところに目をつけ、予想とは違う角度で切り込んでいく。そのビジョンこそが名探偵にもっとも大切なことなんだと僕も父に教わった。





 それに、僕個人としてもミミィにはいつもミミィらしくいてほしい。間違ってもマーロ探偵事務所に所属するあの二人のようにはなってほしくない。



 いや、スティングのようになるなら最悪僕も許せるが、ギガンテス、あいつはだめだ。許せない。



 毎日事務所の空き部屋でだらどらと過ごす穀潰しに救いの道はない。僕はミミィが同じ道をいこうとするなら全力で阻止する。可愛いミミィの未来を奪わせるわけにはいかないからな。


 「ミミィは、ミミィでいて良いんですか?」

「もちろんさ、その方が僕も嬉しい」

「は、はい!」

僕がいうとミミィはとても嬉しそうに頷いた。結局、依頼を今日中に終えることはできなくなってしまったが、将来有望な少女の勘違いを正せただけでも収穫があったとして、よかったとしよう。


 「ほらミミィ見てごらん。あそこにいい感じの場所があるから少し休んでいこう」

 「はい、マーロぅのあにきい!」



 ルンルンとメロディーをきざむ上機嫌なミミィの手を引っ張って歩けば、小道の脇に、疲れた僕らを受け入れてくれてるかのように、古びたベンチが置き据えられていた。

 ミミィと二人並んで仲良く腰かける。 

 すると、僕はおしりに違和感を感じた。凄く硬いものがちょうど肛門あたりにあって不快指数がとんでもなく高い。

 僕はおしりのしたに手を滑り込ませて探ってみると、そこには水切りをするのにちょうどよさげな小石がひとつあった。

 ベンチの上に石を置かれるなんてとんだトラップだ。まだ平べったいから良かったものの、角がたった石なら僕の肛門はいまごろ血の海をつくりあげていたことだろう。

 僕はすぐその石をつかんでミミィに見せてあげる。

 「ミミィみててごらん。僕がこの石をあの木の股の間に通して絶妙なコントロールというのを教えてあげる」

 「はい、マーロのあにきぃ!」

 ワクワクとこちらに期待の目を向ける少女にこたえるべく、僕は小石を思い切り投げた。

 ヒュンと鋭い音を鳴らして寸分違わず木の股を通り抜ける。

小石は目標を達成したあともスピードをつけて飛んでいき、やがてボトンと鈍い音をたて藪の中に消えていった。


「あ、あにきぃいまの鈍い音はなんですか??」


 ミミィが急にそわそわと不安そうに僕の方を見て言ってくる。

そんな薮の中のことまで僕に分かるわけないじゃないか。朽木かなにかに当たった音じゃないの?


 そんな僕の予想を裏切るように、ガサン、ガサンと薮のが大きく揺れ、この世のものとは思えない大音量の咆哮が3重に折り重なって聞こえてきた。

 そして薮の奥からギラギラひかる六つの瞳が僕達をみつけた。


 「・・・・なんかあれだね、ミミィの出番はやくもきちゃった的な?」



 「あにきぃの嘘つきぃ!!!!!」



 僕は颯爽と逃げ出そうとするミミィを捕まえてケルベロスの前につきだした。グリグリと僕が背中を押してあげると、イヤイヤと首をふって泣き叫びながら逃げ出そうとするミミィ。そんな姿をみて、僕は「ミミィは出会った時から変わらず、子供のままだなぁ」と場違いにも思うのだった。
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