泥棒と探偵

射谷友里

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囚われの少年達

ツグミ、尾行する

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 次の日、金曜日最後の講義が終わった開放感で学生達が盛り上がる一方で、私はどうも気持ちが落ち着かなかった。友人達との会話も早々に切り上げ、小学校のグランドへ向かった。何が出来るわけでは無いが、じっともしていられなかった。自動販売機で買ったお茶をカイロ代わりにして、少年達が声を掛け合い走り回るのを眺めていると隣に人の気配がした。黒いパーカーのフードをかぶった人物が私と同様に飲み物を片手にグラウンドを見つめていた。表情は見えなかったが、身長や体格から察すると中高生男子に見える。近くに住む子だろうかと見るとも無しに、青年に意識を向けていた。
「……ふざけんなよ」
 それは、意識していなければ聞き逃すくらいの小さな呟きだった。ガシャンとフェンスを蹴り飛ばした青年からふわりと火薬の匂いがした。一瞬見えた鋭い視線に、思いつきを口に出していた。
「……平良君? あなた、もしかして佐竹平良君?」
 青年は振り向いて、警戒心をあらわに睨みつけてきた。
「……あんた、誰?」
「えーと、近くの大学生で原田つぐみっていうの。たまたま、あなたの弟さんとその友達に会ってね……それで、その」
 話しかけたは良いが、平良から何を聞きたいのか自分でも分からなかった。
「原田つぐみさん……怪我しないうちに関わるのやめた方が良いよ」
「え?」
「俺達、ヤバい兄弟だから」
 ふんと笑って足速に去って行ってしまった。グラウンドを見つめていた平良は孤独に見え、また何かをしでかしそうな雰囲気があった。私は平良に気づかれない様に距離を保ちながら後を追った。気づかれて問い詰められても、帰り道だと言い張るつもりだった。平良は猫背気味にポケットに手を突っ込んだままスタスタと歩く。どこへ向かうか疑問の余地なく、彼は団地の奥へと迷わず進む。そう言えば、週末には母親の実家から自宅へ戻って来ると聞いたばかりだった。
「考え過ぎか……」
 ほっと、ため息をつくのも束の間、どこかで何が燃えている臭いがした。嫌な予感がして、公園を突っ切り、団地内へと進む。異常が無いかどうか辺りを見渡しながら進むと、悠真が閉じ込められていた物置の方角に小さな煙が上がっているのが見えた。
「嘘っ」
 自転車置き場の隣にある物置は木造だ。もしかして、物置自体に火をつけたのではと焦る気持ちを抑え走る。
「あっ」
 燃えていたのは物置では無く、積み上げた雑誌だった。物置の鍵はまた壊されていたが、そのおかげでバケツを取り出せた。側の手洗い場で水を汲んでいると、黒いパーカー姿の人物が走り去ったのが見えた。殆ど燃えてしまった雑誌に水をかけ、完全に鎮火するのを確認して安堵のため息をつく。
「はあ……」
 水場のある場所を選んだところを見ると、最初から大事にする気は無かった様だ。一体なんの目的でこんな事をするのだろう。これは、これ以上関わるなという私への警告なのだろうか。
「どうしたんだい? あら、ツグミちゃん」
 声に驚いて振り向くと、買い物袋を下げたオーナーの小森が立っていた。
「それ、もしかして燃えてたのかい」
 燃え残りの雑誌を見て、さっと顔色が変わった。
「はい……」
「不審者を見たのかい?」
「……黒いフードをかぶっていたのではっきりとは。ただ……」
「何だい?」
「もしかしたら、佐竹平良君かもしれません」
 死角もあった為に、ずっと平良の姿を見ていたわけではない。それでもタイミング的には平良の可能性が高い。グラウンドで会ったと小森に伝えると、「驚いたね……あの子、殆ど出歩いたりしないのに」と目を見張った。
「あの、どうしたら?」
「そんな悲しい顔をしなさんな。事情のある家だとはこの辺の人間なら薄々気づいてたんだ。これ以上、道に外れない様にするのが大人の役目なんだけどね。あの家はねえ……これは、私に任せて頂戴ね」
「……はい」
 どのみち、私には何も出来ないだろう。ここに小森がいなければ、カケスに頼る事になったはずだ。
「お手柄だよ、ツグミ助手」
「えっ」
「本当は本人達もこんな事したくないと思うよ。あらあら、また鍵壊されて。でもそのおかげで火事にならなかったのか」
 小森は火が鎮火したのを確認し、ゴミ袋に燃えかすを入れた。
「また、聞く事があるかもしれないけど……元気出してね」
 ぽんと私の背中を叩いた。
「……はい」
「悪いやつばかりが悪い事をするわけじゃない。正攻法で戦えないやつもいるんだ」
「……小森さん?」
「ああ。これじゃ自己弁護か。ああ、こっちだ」
「え?」
「ツグミ!」
「カケス、何で?」
「ばばあ……じゃなかった。小森さんに呼ばれたんだ」
 いつの間に電話をしたのだろう。
「しっかり送ってやりな。私はこの事を自治会長に話をしておかねばならないからね」
「分かりました」
 小森が去り際に振り向いて、「罰金だよ」とにやりと笑い、手を差し出した。
「はい……」
 小森に千円札を渡すのを見てびっくりする私に、クリスマス貯金だと笑った。
「クソババア貯金だろ」
「なんか言ったかい?」
 小森が遠くで叫んで手を振った。
「地獄耳なんだよ……帰るぞ」
「うん」
「何だよ、笑って」
「ううん。ありがとね」
「……おう」
 車で送ってくれるというカケスに、今日は甘える事にした。何だかとっても疲れてしまい、ラジオから流れる優しい歌にほっとして、気づくと助手席で寝てしまっていた。
「ほら、着いたぞ」
「……うん」
 車を夢心地のまま降りる。
「早く家に入れ。じゃあな」
 カケスが去って、空を見上げると空には沢山の星が瞬いていた。願い事を言う間もなく、流れ星がすっと落ちて消えた。

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