泥棒と探偵

射谷友里

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囚われの少年達

協力者現る

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「よお、ツグミちゃん。日参とは真面目だねえ。大学の方は大丈夫かのか?」
「藤島さん」
 事務所のドアを開けると、カケスと生活安全部所属の警察官である藤島が談笑してた。
「それにツグミちゃん、暗躍してるそうじゃないか」
「えっ」
「あの気難しい小森さんに気に入られるなんてな」
 カケスにもついでに褒められた。
「そう言えば小森さんってカケスの元師匠なんですよね……」
「ああ。ツグミには話しておくが、このビルの店は皆んな小森さんが昔世話した人間かやってるんだ」
「えっ。それって……」
 このビルにはヘアサロン、整体、ネイルサロンが入っている。
「技術があればやり直せるってな。刑務所で資格取得させて、出所したあとは方々の知り合いに頼み込んで修行させて、自身も罪を償った後で持ちビルで店を持たせたんだ。凄い人なんだよ」
「へえ……そうなんだ」
 カケスの過去がほんの少しだけ垣間見えた気がした。
「藤島もその時からの付き合いでな」
「ふん。本当はもっと感謝して欲しいくらいだ」
 ひそめた眉がさらに強面の顔を際立たせた。
「……感謝してるさ」
「まあいい。お前のおかげで事件になる前に止められる事もあるからな。ほら、お前が探していた新聞記事を見つけた。悩み相談への投稿ってやつだ」
「よく見つけたな。助かる」
「この手のは一応チェックしておく必要があるからなーーなんてな。自宅でこの記事を読んだ時に有名人の息子だってピンと来て気になってたんだよ」
「刑事の鏡だな」
「ふん。でも知っていても何も出来ない事が多いが……もし、子供がよからぬ事を企んでいるのなら、ジェイ……どうか止めてくれ」
 藤島は頭を下げた。
「やめてくれ。俺にだって何が出来るか分からん」
「それでも頼む」
「……参ったな」
 カケスは受け取った記事をじっと見つけた。
「何の記事なの?」
「佐竹圭太の兄、平良の所在が気になって調べたら今は自宅からそう遠くない母親の実家から、不登校支援の為のフリースクールに通っていて、週末だけ自宅に戻ってくる様だ。原因は自身が起こしたいじめだと噂だが、でも根はもっと深いところにあるんじゃないかな」
「それがこの記事だな。読んでみな」
 藤島が私に記事を見せてくれた。投稿欄にはこんな事が書かれていた。
『……父の夢はプロのサッカー選手でした。でも怪我で夢は叶いませんでした。僕が父の代わりにその夢を叶えると心に誓いました。なのに、父の様には上手く出来ず悔しくて涙が出ます。それでも父は僕にもっと頑張れば上手くなる。俺の子なのだからと言い続けて、期待に応えたい気持ちとやめたい気持ちが溢れてきてとても苦しいです。その苛立ちを同じチームの仲間にぶつけてしまいます。悪い事だと分かっているのに止められません。僕はどうしたら良いでしょうか……』
 読み終えて、複雑な気持ちになった。
「小学校でもこの記事の事が噂になってな。いじめをしていた平良君が今度はいじめの標的になったんだ」
「それで学校に行けなくなってフリースクールに? その時、佐竹コーチは辞めなかったんだ……」 
 心の中に暗く、嫌な感情が湧き出てきた。私の気持ちを察してか、カケスが私にミルクたっぷりのカフェラテを入れてくれた。
「父親の恭太郎さんは、サッカーの指導者としては有能なんだろうな。他の保護者から続けて欲しいと懇願されたくらいだ。だが、もし今回の騒ぎが大きくなったら今度こそ辞めさせられるかもしれんな」 
 カケスが言った予言めいた言葉が胸に重くのしかかった。
「それで、その悩み相談に対しての答えは……」
 記事の続きを読む前にカケスが答えた。
「信用できる大人に相談しろってさ。いないから藁にもすがる気持ちで投稿したのにな。でも、俺は人の事は言えんな」
 悠真に言った事を気にしているらしい。
「でも、カケスは何とかしようとしてるじゃない」
「……まあな」
「ジェイは経験上、子供からのSOSは無視出来ないんだよな」
「そんな格好いいもんじゃない。自分みたいにほんの少しのきっかけで道を外してもらいたくないだけだよ」
 カケスの言葉に先日見かけた三人組の少年達を思い出し、備品を壊した事とボヤ騒ぎの話をする。
「……運動着来てたし、もしかして悠真君が言ってた三人は、この子達なのかなって思って」
「その可能性はあるな。圭太君は団地近くの一軒家に住んでるのは確認済みだ。二人の友人は団地住まいなのかもしれない」
「……自宅に帰るまで、自分をいじめている子達と一緒なのは辛いな」
 藤島が同情する様に言った。
「圭太君も平良君同様にお父さんの期待に応えようと頑張り過ぎて、そのストレスで悠真君をいじめてるって事?」
「平たく言うとそうなるな」
「……そんなあ。悠真君だって、悩みがあっても一人で抱えちゃうタイプなのに」
 親に心配をかけさせたくないという気持ちは、私にも分かりすぎる程分かった。
「いじめの加害者と被害者の悩みが親という点では共通しているのか……」
 カケスがそう言ったきり、何も話さなくなった。
「こうなったらしばらくだめだ。今日は帰るとしようか」
 藤島に促される様に事務所を二人で出た。
「俺は署に戻るが、ツグミちゃんはぶらぶらしてないで真っ直ぐ帰るんだぞ」
「……分かりました」
 強面の藤島がふいに見せた不器用な笑みに、思わず素直に頷いてしまった。とはいえ、団地へと足が向かってしまうのはカケスの言葉が頭から離れなかったからだった。
「あれ? あの人……」
 団地の公園で名前を呼ぶ女性の姿があった。ベージュの上着を着ていたものの、足元はサンダルと軽装で慌てて家を出て来た様に見えた。気になって近づくとやはり見た事がある人物だった。携帯電話を握りしめてあちこちに素早く視線を走らせていた。その携帯電話に大きなサッカーボールのストラップがぶら下がっている。
「あの、もしかして悠真くんのお母様ですか? 何かあったんですか」
 初めは確信が持てなかったが、ストラップを見て思い切って声をかける。
「えっ。あの、あなたは? なぜ悠真の事を?」
 探偵事務所で会ったとは言えず、咄嗟に言い訳を考える。
「……原田つぐみと申します。すぐ近くの大学に通っていて、悠真君が夕方に一人でいた所を気になって声をかけたことがあります。その時、そのストラップと同じものを見かけまして、お母様かなと」
 本当の事はこの時点では言いにくかった。
「ああ、そうだったんですね。それはお気遣いありがとうございます」
 母親は深々と頭を下げた。
「いえ、少し話をしただけで……そのお守りをとても大事そうにしていました。おそろいなんですね」
 母親は少し緊張が解けたのかお守りを見て微笑んだ。
「ええ。これは私の手作りなんです。中に簡単なメッセージを入れてあって……でも最近、公園の木に引っかけてお守りの紐が切れてしまっと自分で直していました」
「え? そのお守りは今も家に?」
「ええ。もう少し頑丈にするとか言って……」
 話しながら焦ったようにあたりを見渡した。依頼を断られたと思って、お守りは自分で圭太から取り返したのだろうか。
「今日もサッカークラブありましたか」
「ええ、そうなんです。入れ違いになったのかも」
 そうであって欲しいという気持ちが滲み出ていた。
「家に戻ってみます」
「私はもう少しこの辺りを探してみます。もし、お家に戻っていたらメッセージ下さい」
 携帯電話の番号を教えて別れた。陽が翳り、頬を刺す様な冷たさと吐く息の白さが不安にさせる。
「悠真君、いたら返事して」
 一人でどこかにいるのなら心細い思いをしているに違いなかった。団地の中にも小規模ながら公園があるらしい。幼児が母親にしがみつき、甘えながら団地の奥へ帰って行った。
「こっちにもいないか……」
 携帯電話にはまだ連絡が入らない。家にはいなかったのだろうか。
「ん?」
 自転車置き場の隣に木造の物置があった。そこからくぐもった声が聞こえた気がした。
「まさかあの中に」
 嫌な予感がして駆け寄ると物置の戸に突っかけ棒が置かれていた。鍵は何か固いもので壊されていた。
「悠真くん?」
 声をかけるとどんどんと中から戸が叩かれた。急いで突っかけ棒がわりの箒を取り除き、戸を開けると口にタオルを巻かれた悠真が転がり出てきた。閉じ込められて間もないのか、ダウンジャケットを着ているおかげか最悪な事態にはならなかった様だ。タオルはゆるく結ばれており、すぐに解けた。
「悠真君!」
「ツグミさん」
「何があったの? あっ、その前にお母さんに連絡しなきゃ」
「それはやめて! やめて下さい」
 真っ赤な顔で懇願する悠真の肩に手を置く。
「こんなこと、許しちゃだめ」
「でも、僕がレギュラーになったせいだし」
「どういう事?」
「先週、練習試合があって、試合に出るはずの上級生が体調を崩して来られなかったんです。急遽、他の人が出る事になって、少しだけ僕も出られたんです。でも、圭太君も僕と同じポジションでずっと頑張ってたから」
「圭太君に閉じ込められたの?」
 悠真はしまったという表情をした。
「悠真君、こんな真冬にこのまま誰にも見つからなかったら……お母さんだってすごい心配してたんだよ?」
 悠真の目に迷いが見えた。もう一押しだと思った時、悠真の口が開いた。
「……圭太君は兄ちゃんの真似をしただけなんだ」
「えっ?」
 悠真はまだ迷っている様で黙り込んでしまった。
「分かった。お母さんには見つかったことだけを言う」
「……ありがとうございます」
 悠真は迎えに来た母親に叱られながら、帰って行った。悠真がちらりと私を見たが、何も言わなかった。何か理由がありそうだが、心を閉ざした悠真からは話を聞けなさそうだ。しかし、今回のことはあまりにも悪質な行為だ。たとえ悠真に嫌われたとしても、母親には話さないといけないだろう。そう密かに決意していると携帯電話が鳴った。
「カケス!」
『でかい声出すな。びっくりするだろう。お前、まだ帰ってないのか?』
 鷹揚に話すカケスの声に少し気持ちが落ち着いて来た。
「悠真君の事で大変なことがあったの」
 順序立てて説明しているつもりだったが、段々と感情的になってしまった。それでも、カケスは根気よく私の下手な説明を最後まで聞いてくれた。
『……そうか。圭太君の兄ちゃんか……調べる必要がありそうだな』
「どうするの?」
『また噂好きに聞いてみるさーー今日は大変だったな。お疲れ。また明日話そう』
 私は圭太という子を知らない。悠真の事も二度会って少し話しただけ。そんな二人の関係性を想像しても、もやがかかったみたいに見えなかった。本人が目の前にいて、本音を話してくれないと共感力なんて何の役にも立たない。だが、その事に気づいて人付き合いが出来る様になったのも確かだった。
「私、役立たずだな……」
 仕方なく駅へと歩く足取りはひどく重かった。


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