たんぽぽ 信一・維士

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信一 盛岡

2007年 春 信一  

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2007年 3月 信一

 おれはドクへの卒業記念の時計を選んでた。
 とても迷ったが、全財産ドクになら上げても惜しくないが、迷惑の押し付けにしかならないので手頃なのを選んだ。

(会ってくれる)ってメールがドクから返って来た。

 胸が躍るとは今のおれの事を言うんだろう

 ドクは時計をジィと見ている。
 何か問題があるのか、気に入らないのか、わからなかったが、返されるのが一番困る、心臓がバクバクしてきた。
 
 ドクは全く嬉しいそうではなかった、間違ったのは何処だと、考えたがわからなかった。

(返されてると困る)と軽くドクに言った。

 昨日から、今日で会うのが最後になるのかと考えていた。

 今迄は、ドクの通っている高校を知っていたので会おうと思えば会える気がしていたが、もう卒業だ、途切れてしまうと、途方に暮れて、

(行き良い良い 帰りは怖い)と、何十回も口ずさんでいた、
(童謡は怖いな)と、独り言を無意識に言っていた事、思い出した。


「家に来ませんか、、、、」ドクが言った、

(えっ ドクの家)(直ぐ行きたい)一気に気持ちが高揚した、
(落ち着け)(落ち着け)と、自分に言った。
 
 明日はドクの家だ。

 帰りの新幹線でドクから、明日の件のメールが来た、

(降りる駅名聞いたので全て大丈夫だ
東京駅で駅弁買っていくから 昼一緒に食おう
明日12時 駅で  楽しみだ  信一)と返したら、

(僕は、#維士____#イシです ドク)とまた返信がきた、色々考えてたら直ぐ東京に着いた。

 そのまま事務所に行った。
 今日の休みも、昨日の夜のドクからの返信の後、急遽無理矢理もらった休みだった。
 今日明日の2日でCM撮影の予定だったが明日、1日で終わらせる事になんとかして、今日を休みにしてもらった。

「明日、休みたい」と、社長に言った。
無言で怒っていた、下を向いていたので顔は良くわからなかったが、たぶん怒っている。暫く、無言だった。

「おれ、生きて行く自信ないんだぁ、みんなに迷惑かけるのは、わかったている、中途半端な事して、今後仕事がなくなるのも確実している。
 言いたくなかけど、毎日が苦しい、死んで忘れたいと思う、けど会えなくなる、会いたんだ、全ておれの我儘だとわかっている」と、独り言のように社長に言った。

なんの涙か知らないが、涙が社長の目から溢れていた。

 無言で社長はパソコンを打っていた。
(関係各位 様
弊社所属の、田真 信一は 急性胃腸炎にかかり3日間の入院となりました。 大変ご迷惑をお掛けしますが、何卒宜しくお願い致します。)仕事先に、一斉メールを送ってくれた。

「明日、明後日、2日あげる。なんとかしてきてね、」と社長が言ったので、

「なんとか出来たらいいなぁ」って心許無くおれは答え家に帰った。

 新幹線の始発は静かだった、
今日は首の皮一枚繋がった日だ、
涙が勝手にでくる、帰りを想像しただけでも気が狂いそうになる、何も考えないようにしても、涙が溢れる、ドクに会ったら笑顔だと心で繰り返した。

 12時、おれは無人の小さな駅に降りた、探さなくても目の前にドクが待っていた。
前もって14時の電車で帰る事はメールで伝えている。

「時間があまりありませんので、僕の家で絵を選んでください」と歩き出した。

 おれは駅弁をぶらぶらさせながら、たわいもない話を2人でして歩いた。
 相変わらずドクからは単語しか返ってこなかったが、最高に嬉しいかった。

 木に囲まれた細い道で、古屋も所々に建っている。20分くらい歩いたら急に木の陰の古屋の前で止まった。

「僕の家です」とドクが言った。
小さな古屋だった。

 涙が出そうなのを歯を食い縛って我慢した、涙ものの小説のようだと思った。


 玄関は2足並べば一杯だった。おれは元気よく、

「お邪魔します」と言って入った。
 玄関から2メール先のテーブルの上に綺麗にファイルされた絵が積み重なっていた。
 選んで下さいと言われてたが、素手で触れないとおれは思い、

「おれに良さそうなの選んでほしい」と言ったら、
「わかりました」とドクが言ってくれた。
 ふとドクの右手を見たらおもいっきり握り締めていた、おれは見なかった事にした。

 一番上のを差し出した、
(選んでくれてたんだ)と思い絵を見たら、引き込まそうで涙が出そうになり、

「ありがとう」って言って、もってきたカバンにしまった。

 周りを見渡した、狭い流し台、小さな冷蔵庫、小さなタンス、小さなTV、煤けた襖の奥は、ドクの部屋だろう、だんだん慣れてくれると、何故か居心地が良くなった、安心できる部屋だった。
 
 テーブルを見て、
「絵を仕舞おう、弁当食おう」と無駄に元気を出して言った
「後でしまいます」と言って下に下ろした。
 弁当食べながら、

「この家、びっくりしましたか、母と2人暮らしです、絵を買って頂きありがとうございます。時計もありがとうございます。
 大学の授業料と生活費の為、絵を売ってます。
 母には奨学金とバイト代で大丈夫だから、仕送りは要らないと言ってます。
 初めて、信一さんと会う日は不安でした。高校生の僕が行って、何を言われるのか想像出来ません。
 17時に同級生が僕を助けに来たかと思いました。同級生と信一さんはとても良く似ています。
 その同級生がドクと付けてくれました。
 この家に人を呼んだのは信一さんが初めてです。
 人の名前を呼んだのも信一さんが初めてです」と淡々と話してくれた。

「ありがとう 嬉しいよ」と、おれは返して歯を食い縛ってた。


 不安にさせてた何て、知らなかった。普通に考えたらわかるはず、それさえ気付かず浮かれてた。
 泣くのを堪えて今は考えない事にした。

 駅までの帰り道、少し心が落ち着いてきたので、ドクの絵を最初見た時の感動と、会える事に自分は嬉しいかったが、ドクには不安にさせた事を謝った。
 言わなければならない事を言えて安心した。
 駅に着いたら、安堵感のせいか、潮の匂いがした。
 14時の電車の次は16時だった。

 ドクに「海が近いのか」と聞くと、
「近いです」と「ー

「海が見たい、16時で帰るけど、もし良かったら一緒に見ないか」と聞いた、

「いいですよ」と、ドクが言った。

 駅の反対側が岩の海岸だった。
 2人で岩に座った。
 沈黙も心地良かった。
 暫くして、

「おれの町見にこないか、ここは海だけどおれん家の方は山だ、ここから日帰り出来る、父さん母さん仕事でいないけど近くにばあちゃんいるんだ」と言ったら、

暫くしてから、
「行きたいです、引っ越しとか色々あるのでなるべく早めでお願いします」

「急だけど明日はどうだ」

「いいです」と返してくれた。

 明日また会える、また首の皮一枚繋がった。

次の日、昼頃ばあちゃん家に着いた。

「久しぶりだね」と、ばあちゃんがおれに言った。

おれの友達のドクだよ」と、ばあちゃんに言ったら、

「ドクくん初めまして、良く頑張ったね、大丈夫だね」って、よく分からない挨拶をしてた。

 ドクは無言で会釈をしてた。

 昼ごはんをたわいのない話をしながら3人で食べた。
 帰り際ばあちゃんが、おれ達に、

「程々ね」って言って目を光らせて泣くのを堪えていているのが伝わった。

 帰り道どこの大学に行くか聞いたら、東東大だと教えてもらった。
 その後は、踏み込んだ話はしなかった。
 おれは焦った、後10分くらいで盛岡駅だ、ドクの家迄は付いていけない、今日中に東京に戻らなくてはならない、思い切ってドクに、

「おれを頼ってほしい、力になりたい」と真剣に言ったら、

「僕からお願いしようと思ってました。ありがとうございます。
 2-3日中にアパート探しに東京に行きます、はっきり行く日が決まったらメールします。
 おばあさんに合わせくれたて、ありがとうございました。」と、言って乗り継ぎの電車に急いで行った
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