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第4話「騎士団団長」
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「あの、随分疲れた顔をしていますが、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ……」
湯浴みを終えたジュリエッタは疲弊していた。何度も見たことがある、といってもそれは戦場でのこと。なんだかんだと言ってダメージはそれなりにあった。そしてそれは継続ダメージである。一度意識し始めると、見慣れぬ器官が付属しているのがジュリエッタにはどうしても信じがたかった。
だがどうにか湯浴みを終え、用意して貰った衣服に着替えユーファと共に兵舎の外へと出る。
外はまだ明るく、人々は各々の仕事や娯楽を楽しんでいる。七百年前よりもあらゆる所で文明が進んでいた。着ている衣服でさえそうだ。王族のみが滑らかで色鮮やかな布を使用できていたジュリエッタの時代と違い、人々が着ている衣服も多種多様で色鮮やかだった。細かな意匠が施されているものもあり、ジュリエッタは目を奪われる。ユーファの着ている衣服も、シャツの上から袖なしの上部とスカートが一体になった色鮮やかな青いワンピースだ。
建物はジュリエッタが記憶しているものより総じて高く、ガラスは透明に近く、地面は揃った石が並べられ馬車の通りやすいように整地されていた。
そして何より、君主がいるのであろう天に届くのではないかと思われるほどの高さを誇り、幾つもの塔とその先に尖頂が鋭利に伸びている荘厳な城が目を引く。ジュリエッタの時代、どの国の城にもここまで立派なものはなかっただろう。
――けれど、七百年経っても大きな変化がなくて良かった。
七百年。想像も出来ない時間だ。ジュリエッタが生きていた時代の七百年前など、神話の世界だった。
――そう思えば、私が神格化されてしまっているのも無理はないのかもしれませんね……。女が戦場など、珍しかったでしょうし。……納得はできませんが。
キョロキョロと周囲を眺めていれば、視界の上に被さる茶色い布が気になり手を伸ばす。それを見て、隣のユーファが慌ててその手を制止した。
「だ、ダメですよ! フード取っちゃ!」
「ああ。取らないよ。けど、少し気になってね」
ユーファの注意にそう返す。
兵舎から出るときに、ユーファはフードの着いた上着を手渡してきた。日差しは暖かく、上着は必要がなさそうだったが着るように促し、被ったフードを取らないように伝えてきた。
理由は後で説明します。と言われ言うとおりにしていたが、深く被るように言われていたのでどうしても視界に入って気が散ってしまう。
「不自由な思いをさせてすみません……。でも、絶対取っちゃダメですからね!」
「はぁ……」
理由が分からないので生返事になってしまったが、しっかりと頷く。すると、安堵した表情になるのだから、やはり何かしら訳があるのだろう。
それでも、ユーファの言うことに従っておけば悪いことにはならないだろう、とジュリエッタは少し上がってしまったフードの先を摘まんで下へと下げた。
そんなジュリエッタをユーファが横で見つめていた。
「……あの、エヴァンさんは記憶がないのですよね」
「えッ、そうだが……」
――わ、私何かおかしな行動をしていましたか……!?
記憶がない、というのは半ば嘘であるため、ジュリエッタは内心戦々恐々と、見つめてくるユーファを見つめ返す。大きな灰色の瞳がフードを被ったジュリエッタを映していた。疑いの色はないようにジュリエッタには見えたが、それでもやましいものを抱える身として、凝視されるのは心臓が冷える気分だった。
「私の事も、全然覚えていないんですよね」
自然と止まった足並みに、周囲の人々が二人を避けて歩いて行く。
ジュリエッタの息をのむ音が、嫌に鼓膜に響く。
「覚えて、いないよ」
ユーファは今どんな気持ちでそれを問うているのだろうか。一度は医務室で応えていた、同じ質問。
慕っていた上司に忘れられてしまった部下。仕事のこともあるだろうが、信頼していた相手に忘れられたとしたらそれは――悲しい、のかもしれない。
ジュリエッタが発した言葉を聞いて、ユーファは目を細めて、寂しさと――僅かな喜びが混ざったような表情で笑った。
「じゃあ、また一から私という人間を伝えさせていただきます!」
「……あ、ああ。よろしく頼むよ」
「はい!!」
一転し、元気溌剌といった具合になったユーファに、ジュリエッタは目を瞬かせる。
――どうして、喜んだのでしょう。
僅かな疑問に、足を取られる。しかしユーファはスタスタと歩き出してしまった。仕方なく、ジュリエッタもその背を追っていく。
ジュリエッタは、エヴァンという人間はユーファに慕われていると思っていた。とても親身になってくれたし、世話をこれでもかと焼いてくれていたからだ。しかし、沸いた疑問がそれに新たな解釈を加えようとしてくる――もしかして、忘れていたから親身になってくれたのではないか?
ユーファとエヴァンは共に騎士で、上司と部下の関係だという。騎士団では女性というのは珍しいだろう。もしかしたら肩身の狭い思いをしているのかもしれない。そして、エヴァンは彼女の上司である。良い上司であるなら問題ないかも知れないが――上司であることを笠に着て、威張りちらしているような人物であったら。
――ああ、そんな! あんな良い子のユーファさんに! そんなの絶対許せません! で、でもそのエヴァンというのは今は私の事ですし……!
「あ、そうです!」
「なッ、なんだろうか! 私に出来ることならなんでも……!」
「へ? いえ、ここの近くに美味しい屋台があるんです。もしお腹の具合が大丈夫そうでしたら、いかがかなぁと!」
「屋台……」
「はい! 美味しいんですよ~! さっきはお腹に優しいものということで、軽い食事でしたから、お腹空いてないかなって思いまして!」
パッと眩しい笑顔に思わず目を細める。
――もしかしたら、考えすぎ、なのかもしれません……。それにもし、以前どんな関係性であったとしても、私がしっかりユーファさんと仲良くできれば良いのです。
内心でぐっと拳を握り締め、ジュリエッタは『お願いするよ』と笑みを浮かべた。様々な事を知った今日、これ以上自身を混乱させる必要も無い。ジュリエッタにとって、ユーファは良い人物。それでよかった。
ちょっと待っててくださいね! と言い残し、屋台にかけていく背中を見る。待っていて、と言われたものの往来で立ち尽くすことも出来ず、路肩に寄るために歩を進める。
「おい、待てって!」
そんな時だった、ユーファが走っていた方向と逆側からそんな声が聞こえてきたのは。
男性の声で、距離のあるジュリエッタにも聞こえる声量だった。荒々しい声色に、思わず視線が向く。歩く人の隙間から見えたのは、数人の男性とその中央にいる幼い少女だった。
――なんでしょう、女の子の周りを男性が囲むなんて。
穏やかではない。周囲の人々もその様子に気付いているようだが、目を逸らしてそそくさと早足で歩き去ってしまっている。露店前に集まっている彼らに、露店の店主も非常に困った表情をしていた。
――どうしましょう……。女の子が、絡まれているんでしょうか。
喧嘩、だろうか。それにしては、少女一人に男性が複数人など大人げない。少女は大人に囲まれて、恐ろしい思いをしているかもしれない。それに、もしかしたら暴力を振るわれることすらあるかもしれない。
ジュリエッタの足が思わず一歩動いたが、二歩目が出なかった。見知らぬ土地、知らぬ身体――自分がいくより、ルーファを待った方がいいのかもしれない。
――いえ、きっと、勇者様ならこんな状況でも、迷わず行動なさるはずです!
弱きを助け、強きをくじく人だった。そんな勇者に姫は憧れたのだ。
ジュリエッタは人々を避けながら、足早に雑踏から遠巻きにされている彼らの元へ辿り着いた。
――わ、私は今男なんだから、ドンと行くのよ!
「申し訳ない。何をしてらっしゃるので?」
思ったより硬質な音が出て、ジュリエッタは自分の声なのにびびってしまった。が、声をかけられた男性達は振り返った。――のだが、ジュリエッタはそこで眉間に皺を寄せた。
なぜ男性達は、困惑したような顔をしているのだろう。
「あ、あんたからも何か言ってやってくれよ!」
「へ」
「そうだよ、俺たちは別にわざとぶつかったわけじゃないんだよ!」
――これは、どういうことなのでしょうか。
唖然とするジュリエッタをよそに、なんだかおかしな雰囲気のまま会話が進んでいく。理解が及ばなかったジュリエッタは、男性達の陰に隠れてよく見えなかった少女に視線を向けた。
そこには、確かに少女がいた。身長は今のジュリエッタの鳩尾あたりで、以前のジュリエッタよりも身長が低いだろう。茶髪の髪を後ろで軽く縛った少女は、随分と布の面積が少ない服装をしていて、胸当たりと腰当たりが隠れているだけの服装だった。そこにこれまた丈の短い皮の上着を羽織っていた。そして――その露わになっている肌からは幾つもの大きな傷跡が見てとれた。
大きな翡翠の瞳の片方は前髪に隠れていた。しかし、現れている片目は、針のように鋭く尖り、下から相手を射殺すように見上げている。
――こ、これは……。
「なんだ、テメェ」
低い、まるで魔獣のうなり声のようだった。少女の声、というにはあまりにも低すぎる。女性であることは間違いないだろうが、純粋無垢なそれとはかけ離れている。ジュリエッタは息が詰まるのを感じていた。
敵意。それが声色からヒシヒシと伝わってくる。しかも、一切の怯みがない。言うならば、欠片も自分の優位を疑っていない、強者のそれ。
「テメェもまとめて亜獣の餌になりてェのか?」
少女が一歩踏み出した。前にいた男性をその細腕で押しのける。男は短い悲鳴を上げて避けるように身を引いた。目の前にやってきた少女の瞳がジュリエッタを射貫く。深緑の瞳孔が開いていた。
「その度胸は買ってやるがなァ」
少女の足先が地面を擦る僅かな音。
瞬間、少女の手が目の前にあった。
「ケチを付けたくせに顔も見せねぇってのはどういう了見だ!」
開ける視界、少女の華奢な手。駆け抜ける風。
パサリとフードが滑り落ち、ジュリエッタは驚きに何も言えなくなってしまった。
――強い。しかも、もの凄く。
動きが見えなかった。もしかすると、純粋な素早さだけで言うのならば勇者よりも早いかも知れない。
と。気付いた。ユーファからの言いつけを破ってしまった。
「だ――」
様子を見守っていた男性が口を開く。その顔はみるみると歓喜に染まっていく。頬を紅潮させる男性とは逆に、目の前の少女の顔は驚きに目を見開き、その後にまるで親の敵でも見るようにみるみる内に歪んでいった。
男性が、喜びが弾けたように叫ぶ。
「団長!!」
――だんちょう?
ジュリエッタは目を瞬かせた。フードから開放された髪を風が撫でる。
ジュリエッタからフードを取り去った少女が、先ほどよりも更に強い敵意の瞳で睨み付けた。つり上がった眉からは、明確な怒りが浮かんでいた。笑えば愛らしいであろう顔を歪ませながら、鼻で笑う。
「男の希望の星、ケントルト隊隊長兼ユーピテル騎士団長様がなんのご用だ? 今年の団長決めの前座でもやろうってか?」
――ケントルト隊、隊長? ユーピテル騎士団……団長!!??
そんなの、聞いていませんユーファさん!!
「ああ、大丈夫だよ……」
湯浴みを終えたジュリエッタは疲弊していた。何度も見たことがある、といってもそれは戦場でのこと。なんだかんだと言ってダメージはそれなりにあった。そしてそれは継続ダメージである。一度意識し始めると、見慣れぬ器官が付属しているのがジュリエッタにはどうしても信じがたかった。
だがどうにか湯浴みを終え、用意して貰った衣服に着替えユーファと共に兵舎の外へと出る。
外はまだ明るく、人々は各々の仕事や娯楽を楽しんでいる。七百年前よりもあらゆる所で文明が進んでいた。着ている衣服でさえそうだ。王族のみが滑らかで色鮮やかな布を使用できていたジュリエッタの時代と違い、人々が着ている衣服も多種多様で色鮮やかだった。細かな意匠が施されているものもあり、ジュリエッタは目を奪われる。ユーファの着ている衣服も、シャツの上から袖なしの上部とスカートが一体になった色鮮やかな青いワンピースだ。
建物はジュリエッタが記憶しているものより総じて高く、ガラスは透明に近く、地面は揃った石が並べられ馬車の通りやすいように整地されていた。
そして何より、君主がいるのであろう天に届くのではないかと思われるほどの高さを誇り、幾つもの塔とその先に尖頂が鋭利に伸びている荘厳な城が目を引く。ジュリエッタの時代、どの国の城にもここまで立派なものはなかっただろう。
――けれど、七百年経っても大きな変化がなくて良かった。
七百年。想像も出来ない時間だ。ジュリエッタが生きていた時代の七百年前など、神話の世界だった。
――そう思えば、私が神格化されてしまっているのも無理はないのかもしれませんね……。女が戦場など、珍しかったでしょうし。……納得はできませんが。
キョロキョロと周囲を眺めていれば、視界の上に被さる茶色い布が気になり手を伸ばす。それを見て、隣のユーファが慌ててその手を制止した。
「だ、ダメですよ! フード取っちゃ!」
「ああ。取らないよ。けど、少し気になってね」
ユーファの注意にそう返す。
兵舎から出るときに、ユーファはフードの着いた上着を手渡してきた。日差しは暖かく、上着は必要がなさそうだったが着るように促し、被ったフードを取らないように伝えてきた。
理由は後で説明します。と言われ言うとおりにしていたが、深く被るように言われていたのでどうしても視界に入って気が散ってしまう。
「不自由な思いをさせてすみません……。でも、絶対取っちゃダメですからね!」
「はぁ……」
理由が分からないので生返事になってしまったが、しっかりと頷く。すると、安堵した表情になるのだから、やはり何かしら訳があるのだろう。
それでも、ユーファの言うことに従っておけば悪いことにはならないだろう、とジュリエッタは少し上がってしまったフードの先を摘まんで下へと下げた。
そんなジュリエッタをユーファが横で見つめていた。
「……あの、エヴァンさんは記憶がないのですよね」
「えッ、そうだが……」
――わ、私何かおかしな行動をしていましたか……!?
記憶がない、というのは半ば嘘であるため、ジュリエッタは内心戦々恐々と、見つめてくるユーファを見つめ返す。大きな灰色の瞳がフードを被ったジュリエッタを映していた。疑いの色はないようにジュリエッタには見えたが、それでもやましいものを抱える身として、凝視されるのは心臓が冷える気分だった。
「私の事も、全然覚えていないんですよね」
自然と止まった足並みに、周囲の人々が二人を避けて歩いて行く。
ジュリエッタの息をのむ音が、嫌に鼓膜に響く。
「覚えて、いないよ」
ユーファは今どんな気持ちでそれを問うているのだろうか。一度は医務室で応えていた、同じ質問。
慕っていた上司に忘れられてしまった部下。仕事のこともあるだろうが、信頼していた相手に忘れられたとしたらそれは――悲しい、のかもしれない。
ジュリエッタが発した言葉を聞いて、ユーファは目を細めて、寂しさと――僅かな喜びが混ざったような表情で笑った。
「じゃあ、また一から私という人間を伝えさせていただきます!」
「……あ、ああ。よろしく頼むよ」
「はい!!」
一転し、元気溌剌といった具合になったユーファに、ジュリエッタは目を瞬かせる。
――どうして、喜んだのでしょう。
僅かな疑問に、足を取られる。しかしユーファはスタスタと歩き出してしまった。仕方なく、ジュリエッタもその背を追っていく。
ジュリエッタは、エヴァンという人間はユーファに慕われていると思っていた。とても親身になってくれたし、世話をこれでもかと焼いてくれていたからだ。しかし、沸いた疑問がそれに新たな解釈を加えようとしてくる――もしかして、忘れていたから親身になってくれたのではないか?
ユーファとエヴァンは共に騎士で、上司と部下の関係だという。騎士団では女性というのは珍しいだろう。もしかしたら肩身の狭い思いをしているのかもしれない。そして、エヴァンは彼女の上司である。良い上司であるなら問題ないかも知れないが――上司であることを笠に着て、威張りちらしているような人物であったら。
――ああ、そんな! あんな良い子のユーファさんに! そんなの絶対許せません! で、でもそのエヴァンというのは今は私の事ですし……!
「あ、そうです!」
「なッ、なんだろうか! 私に出来ることならなんでも……!」
「へ? いえ、ここの近くに美味しい屋台があるんです。もしお腹の具合が大丈夫そうでしたら、いかがかなぁと!」
「屋台……」
「はい! 美味しいんですよ~! さっきはお腹に優しいものということで、軽い食事でしたから、お腹空いてないかなって思いまして!」
パッと眩しい笑顔に思わず目を細める。
――もしかしたら、考えすぎ、なのかもしれません……。それにもし、以前どんな関係性であったとしても、私がしっかりユーファさんと仲良くできれば良いのです。
内心でぐっと拳を握り締め、ジュリエッタは『お願いするよ』と笑みを浮かべた。様々な事を知った今日、これ以上自身を混乱させる必要も無い。ジュリエッタにとって、ユーファは良い人物。それでよかった。
ちょっと待っててくださいね! と言い残し、屋台にかけていく背中を見る。待っていて、と言われたものの往来で立ち尽くすことも出来ず、路肩に寄るために歩を進める。
「おい、待てって!」
そんな時だった、ユーファが走っていた方向と逆側からそんな声が聞こえてきたのは。
男性の声で、距離のあるジュリエッタにも聞こえる声量だった。荒々しい声色に、思わず視線が向く。歩く人の隙間から見えたのは、数人の男性とその中央にいる幼い少女だった。
――なんでしょう、女の子の周りを男性が囲むなんて。
穏やかではない。周囲の人々もその様子に気付いているようだが、目を逸らしてそそくさと早足で歩き去ってしまっている。露店前に集まっている彼らに、露店の店主も非常に困った表情をしていた。
――どうしましょう……。女の子が、絡まれているんでしょうか。
喧嘩、だろうか。それにしては、少女一人に男性が複数人など大人げない。少女は大人に囲まれて、恐ろしい思いをしているかもしれない。それに、もしかしたら暴力を振るわれることすらあるかもしれない。
ジュリエッタの足が思わず一歩動いたが、二歩目が出なかった。見知らぬ土地、知らぬ身体――自分がいくより、ルーファを待った方がいいのかもしれない。
――いえ、きっと、勇者様ならこんな状況でも、迷わず行動なさるはずです!
弱きを助け、強きをくじく人だった。そんな勇者に姫は憧れたのだ。
ジュリエッタは人々を避けながら、足早に雑踏から遠巻きにされている彼らの元へ辿り着いた。
――わ、私は今男なんだから、ドンと行くのよ!
「申し訳ない。何をしてらっしゃるので?」
思ったより硬質な音が出て、ジュリエッタは自分の声なのにびびってしまった。が、声をかけられた男性達は振り返った。――のだが、ジュリエッタはそこで眉間に皺を寄せた。
なぜ男性達は、困惑したような顔をしているのだろう。
「あ、あんたからも何か言ってやってくれよ!」
「へ」
「そうだよ、俺たちは別にわざとぶつかったわけじゃないんだよ!」
――これは、どういうことなのでしょうか。
唖然とするジュリエッタをよそに、なんだかおかしな雰囲気のまま会話が進んでいく。理解が及ばなかったジュリエッタは、男性達の陰に隠れてよく見えなかった少女に視線を向けた。
そこには、確かに少女がいた。身長は今のジュリエッタの鳩尾あたりで、以前のジュリエッタよりも身長が低いだろう。茶髪の髪を後ろで軽く縛った少女は、随分と布の面積が少ない服装をしていて、胸当たりと腰当たりが隠れているだけの服装だった。そこにこれまた丈の短い皮の上着を羽織っていた。そして――その露わになっている肌からは幾つもの大きな傷跡が見てとれた。
大きな翡翠の瞳の片方は前髪に隠れていた。しかし、現れている片目は、針のように鋭く尖り、下から相手を射殺すように見上げている。
――こ、これは……。
「なんだ、テメェ」
低い、まるで魔獣のうなり声のようだった。少女の声、というにはあまりにも低すぎる。女性であることは間違いないだろうが、純粋無垢なそれとはかけ離れている。ジュリエッタは息が詰まるのを感じていた。
敵意。それが声色からヒシヒシと伝わってくる。しかも、一切の怯みがない。言うならば、欠片も自分の優位を疑っていない、強者のそれ。
「テメェもまとめて亜獣の餌になりてェのか?」
少女が一歩踏み出した。前にいた男性をその細腕で押しのける。男は短い悲鳴を上げて避けるように身を引いた。目の前にやってきた少女の瞳がジュリエッタを射貫く。深緑の瞳孔が開いていた。
「その度胸は買ってやるがなァ」
少女の足先が地面を擦る僅かな音。
瞬間、少女の手が目の前にあった。
「ケチを付けたくせに顔も見せねぇってのはどういう了見だ!」
開ける視界、少女の華奢な手。駆け抜ける風。
パサリとフードが滑り落ち、ジュリエッタは驚きに何も言えなくなってしまった。
――強い。しかも、もの凄く。
動きが見えなかった。もしかすると、純粋な素早さだけで言うのならば勇者よりも早いかも知れない。
と。気付いた。ユーファからの言いつけを破ってしまった。
「だ――」
様子を見守っていた男性が口を開く。その顔はみるみると歓喜に染まっていく。頬を紅潮させる男性とは逆に、目の前の少女の顔は驚きに目を見開き、その後にまるで親の敵でも見るようにみるみる内に歪んでいった。
男性が、喜びが弾けたように叫ぶ。
「団長!!」
――だんちょう?
ジュリエッタは目を瞬かせた。フードから開放された髪を風が撫でる。
ジュリエッタからフードを取り去った少女が、先ほどよりも更に強い敵意の瞳で睨み付けた。つり上がった眉からは、明確な怒りが浮かんでいた。笑えば愛らしいであろう顔を歪ませながら、鼻で笑う。
「男の希望の星、ケントルト隊隊長兼ユーピテル騎士団長様がなんのご用だ? 今年の団長決めの前座でもやろうってか?」
――ケントルト隊、隊長? ユーピテル騎士団……団長!!??
そんなの、聞いていませんユーファさん!!
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