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第10章 ヤーベ、貴族としての生活が始まる
第129話 カッシーナ王女との馴れ初めを語ってみよう
しおりを挟むみんなの視線が俺に集まる。
「なぜ私がカッシーナ王女と知り合いだと? 王家に捕らわれた生活に嫌気が差して市井の平民にかこつけて王家を脱走しようと考えたとか?」
俺はあえてトボけて見せるが、キルエ侯爵に笑われてしまった。
「はははっ、それはありえんよ。あの方はそれなりに王国の事を考えて下さっているお方だ。それに、事前に知っていると示したのはお主の方ではないか。馬車の襲撃時に私を救ってくれた後、「カッシーナの警護は!」とカッシーナ王女様を呼び捨てにしてグラシア団長の胸倉を掴んでおったではないか」
はうあっ!!
そういやそうだ! 騎士団長のグラシアに確認した時、大ポカかまして護衛付けていなかったんだ! だから、口調が焦って厳しくなってしまった。
俺はギロッとグラシア騎士団長を睨む。
なぜ睨まれたのか瞬時に理解したグラシア騎士団長はハッとして顔を伏せて両手を合わせて拝んできた。
「あー、まあなんだ、深夜の散歩で偶然出会ったといいますか・・・」
「深夜の散歩?」
キルエ侯爵が首を傾げる。
「深夜の散歩で何故王城の端にある塔の最上階にいたカッシーナ王女と知り合えるのだ?」
「えー、あー、俺の散歩は空を飛ぶので」
何気なしに言ったのだが・・・
「「「「「えええええっ!!」」」」」
驚かれてしまった。
「そういえば、馬車の襲撃現場から空を飛んで行ってしまっていたな。あのままカッシーナ王女の住む塔に直行したのか?」
「ええ、ギリギリでしたよ。まさに暗殺者の一撃が王女を襲う直前でしたし」
「うぐっ!」
グラシアが呻く。それは俺が間に合わなければ王女が暗殺者に殺されていた事を示している。そうなれば王国騎士団の責任問題に発生する事は間違いなかっただろう。
「ほうっ! では物語よろしく、姫君の絶体絶命のピンチに颯爽と現れ、暗殺者を撃退し、その命を救ったと?」
「え、ええ・・・まあ」
キルエ侯爵はプッと笑う。
「それはそれは、王女ではなくても私でも落ちてしまいそうなシチュエーションではないか。物語でもそんなストレートな状況書かないかもしれないぞ? だが、それが事実ならば、吟遊詩人たちが間違いなく歌い継いで行くだろうな!」
快活に笑うキルエ侯爵。他の貴族たちも笑っている。
「そんなに詳しい話は漏れないだろ! 俺は喋らないぞ!」
俺は必死に抵抗する。そんな物語が町の至る所で歌われた日にゃ、こっぱずかしくて町中を歩けない!
「はっはっは、何を言う。婚約を認められたカッシーナ王女が至る所で吹聴するに決まっておるではないか。何せ王からお主との婚約を勝ち取ったのだぞ? その理由を聞かれるに決まっているだろう。その理由を王女が語らないとでも?」
「うわわわわっ!」
俺は頭を抱えた。そうか、『なぜ俺に求婚を』その理由を聞かれることは想像に難くない。そして、俺の能力から『国のために』だけでは納得しない連中が多い事も事実。ならば命を救ってもらったことを話すことは必定・・・というか、カッシーナ王女ならば、俺に助けられたという内容をのろけ話にでもして嬉々として話しそうな気がする!
「これは、クギを刺しに行かねば・・・」
悲壮な表情でいきなり出かけようとする俺をイリーナたちが止める。
「ヤーベ、どうした?」
「このお時間から一体どこに行かれるおつもりですか?」
「わたくしもそんな状況でヤーベ様に助けて頂きたいですわ!」
「ふおおっ! リーナにとってもご主人しゃまは王子しゃまです!」
イリーナ、ルシーナはともかく、フィレオンティーナとリーナは話変わってるよね?
てか、フィレオンティーナはもう絶体絶命のピンチを救ったよね?
でもってサリーナは何故か手を合わせて遠い目をしている。村娘の錬金術師を間一髪助けるシチュエーションなんでないからね!
「ところで」
さらにキリッとした美しい瞳をヤーベに向けるキルエ侯爵。
「その暗殺者から身を挺して姫を救った話は分かったが、カッシーナ王女と初めて知り合ったのはその時ではないだろう? カッシーナ王女を呼び捨てにして、護衛状況を心配したのだ。その前から親密な知り合いであったという事だ」
「・・・確かに」
「うむ、どう知り合ったというのだ?」
「いやー、ヤーベも隅に置けねぇな!」
ぐっ! 名探偵キルエ侯爵の言葉にコルーナ辺境伯、ルーベンゲルグ伯爵、タルバリ伯爵がそれぞれに反応する。
タルバリ伯爵だけは面白がっているだけだな。
「実の所、最初に説明した空の散歩中に出会ったのですよ。夜遅くに塔の窓辺から月を見ていた彼女を見かけたので、声をかけたのがきっかけでしょうか」
ヒヨコ隊長が見つけてきたとは言わないが、空を飛んで会いに行ったのは事実だからな。
「本当に空を飛んで行ったのだな。カッシーナ王女はさぞや驚いたことだろう?」
「それが、随分と落ち着いておられましたね。私に対しても怪しむことも無くお話してくださいましたから」
俺の話にキルエ侯爵はふむ、と頷く。
「だが、カッシーナ王女は一年に一度しかお姿をお見せにならなかったからな。空からの来客には心を躍らせたことだろう。ヤーベ殿が暗殺者や質の悪い不審者じゃなくて本当によかったな」
「誰が質の悪い不審者ですか!」
「いやいや、そうでなくてよかったなという話ではないか」
カラカラと笑うキルエ侯爵。
「キルエ侯爵の御言葉は素直に受け止められませんよ」
ブツブツと俺は文句が出てしまう。何となくキルエ侯爵に手玉に取られている気がしてならない。
だいたい、何でカッシーナとの出会いなぞ話しているんだ、俺は。
「では、私もヤーベ殿に嫁いでも大丈夫か」
ブフォッ!
「い、今なんとっ!?」
「だから、私もお主に嫁いでも大丈夫かと」
「どこをどう解釈するとそうなるのですか!」
俺はキルエ侯爵の言葉に思わず噴いてしまう。
「むうっ! もうヤーベに新しい奥さんはいらぬのだが?」
「そうです、ヤーベ様の奥さん枠はもう一杯です!」
「そうですわ! 王女様で打ち止めですの」
「侯爵様が嫁いではお家の存続に問題が出るのでは?」
イリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナの文句に混じって、まさかの村娘サリーナが一番まともな事を言うとは!!
「はっはっは、あながち冗談とは言えぬのだが、侯爵家の存続に問題が出るのは困ったな」
そう言ってキルエ侯爵が溜息を吐く。
「まさか、キルエ侯爵殿もヤーベが好きなのか?」
イリーナが若干プルプルしながら聞く。
ライバルが現れたとでも思っているのか?
キルエ侯爵とは何の関係も持ち合わせていないけど。
「カッシーナ王女の傷を治したのもヤーベ殿なのだろう? 魔法なのかどうかは知らぬが、それが出来るだけの技術を持っているという事だろうからな。ならばそのような神にも匹敵するような技術を持った男を手元に置きたいと考えるのは必然的な事だ。それこそ金で雇えるならいくら出しても良いくらいにな。もっとも国王から叙爵を賜れる機会を断っていたような男だからな。金でどうこうできるとは思えないのが素晴らしく好感が持てるような気もするし。残念な気もするが」
そう言いつつ、キルエ侯爵は少し寂しそうに笑った。
「どこまで本気なんだこの人・・・」
俺は貴族のお付き合いにどっと疲れた。
これが俺の事を好意的に思う人たちでさえこれだけの疲労感があるのだ。
俺に敵対的な貴族との会話など想像したくもない。
「うん、王城には近寄らないことにしよう」
俺はこの時固く誓ったのだが、その誓いが数日後あっさり破られることになるとは、今の俺には知る由もない事であった。
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