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第10章 ヤーベ、貴族としての生活が始まる
第128話 立食パーティを楽しもう
しおりを挟む王城で王との謁見を済ませて無事(?)コルーナ辺境伯家に帰って来た。
・・・暗殺者に首を落とされたり、暗殺者を捕まえたりするのを無事にと言って良いかどうか微妙なところだな。後、謁見で全然望んでいなかった男爵への叙爵や、王女からの求婚がぶち込まれたりしたことも無事と言って良いかどうか微妙なところだが。
まあ、とにもかくにも乗り切って帰って来たのだ。
ゆっくり夕食でも食べて休みたい。そう思っていたのだが・・・。
何故か現在、コルーナ辺境伯邸には続々と(?)貴族が訪問して来ている。
イリーナのご両親であるダレン・フォン・ルーベンゲルグ伯爵とその奥方アンジェラさん、王城では挨拶できなかったが、目線ではお互いを認識できたガイルナイト・フォン・タルバリ伯爵とその奥さんのシスティーナさんである。
さらにハーカナー元男爵夫人救出の際に協力を受けたラインバッハ・フォン・コルゼア子爵。
トドメはキルエ侯爵家当主シルヴィア・フォン・キルエ侯爵までもがやって来たのだ。
そして、訪れたのは貴族だけではなかった。王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオと王国騎士団団長のグラシア・スペルシオの兄妹もコルーナ辺境伯邸にやって来た。
急遽だが、コルーナ辺境伯邸ではテーブルについての食事会から、立食形式のパーティ仕様に変更して夕食会を行うことになった。
こんなパーティみたいな雰囲気、すげー貴族っぽい! うれしくないけどな!
「それにしても、ヤーベ君には参ったよ、本当に」
ルーベンゲルグ伯爵が飲み物を片手に俺に話しかけてきた。隣には奥さんのアンジェラさんもいる。
「どうされたのですか、あなた?」
「いやね、謁見の間で最初に王国からの叙爵を断り続けて、そのうちリカオロスト公爵と口頭でやり合ったかと思えば、しまいにカッシーナ第二王女から直接求婚だからね・・・」
「まあ、まるで物語の勇者様の如きご活躍ですわね」
謁見の間の雰囲気をダレン卿から説明されて嬉しそうに笑うアンジェラさん。
「それで、国王様から男爵の叙爵とカッシーナ王女との婚約を認められたんだけどね。いや、認めさせられた、と言った方がいいのかな? ヤーベ君にとっては」
「ははは・・・」
ルーベンゲルグ伯爵の言葉に乾いた笑いを返す俺。
謁見の間で普段は姿を見せないカッシーナ王女にもしかしたら出会ってしまうのでは・・・と思わなくも無かったが、平民だった俺に直接結婚を申し込んで来るとは、想定外のさらに外だ。
「謁見の前にイリーナを妻に迎えたいと伝えたかったって言ってたよね? もしかして謁見でカッシーナ王女から求婚されることを見越していたのかい?」
ルーベンゲルグ伯爵のその言葉に会場の他の人々もざわつく。
「いやいや、そんな事まで想像していませんでしたよ。ただ、何となく俺のカンが、イリーナとのことを早く伝えた方がいいような気がすると・・・」
「え・・・ヤーベ様、イリーナちゃんを奥さんに下さいって、ルーベンゲルグ伯爵様に申し込んだのですか?」
俺の横に来て、俺の服の袖をつかみながら真剣な眼差して聞いて来たのはルシーナちゃん。
「え、ああ。そうだね。イリーナとの結婚を申し込んだんだ」
「そうなんですね! じゃあ次は私の番ですね!」
満面の笑みで両手を胸の前に組んで嬉しそうに話すルシーナちゃん。
私の番ですって、すでに決定なのね?
「しかしフェンベルク卿、うちのイリーナが先に求婚を申し込まれましたが、よろしいのですかな? ましてカッシーナ王女との婚約も決まってしまいましたし、夫人の序列も見直しが必要でしょうか?」
苦笑しながらコルーナ辺境伯に問いかけるルーベンゲルグ伯爵。
コルーナ辺境伯は苦虫をかみつぶしたような表情で、
「いや、私はまだルシーナとの結婚を認めたわけでは・・・」
隣にいた奥さんであるフローラさんが圧力を掛けたため、その続きを口にすることは出来なかった。
「ア・ナ・タ? 往生際が悪いですわよ?」
フェンベルク卿には申し込みにくいねぇ。ルシーナちゃんには悪いけど。
「はっはっは、ヤーベ殿、男爵叙爵おめでとう!」
「おめでとうございます、ヤーベ様」
そう声を掛けてきたのは、タルバリ伯爵と奥さんのシスティーナさんだ。
「お姉さま、お久しぶりです。お元気そうで何よりですわ」
奥さんのシスティーナさんはフィレオンティーナの妹だからな。
自宅を処分して王都に旅立ってしまった姉を心配していただろうから、ここで会えてうれしいんだろうな。
「システィーナも元気そうね。私は幸せでいっぱいよ? 自分の占い通りだったもの。すぐに旦那様を追いかけて正解だったわ。王女様との婚約が決まった後だったら、奥さんにして欲しいなんて言えなかったかもしれなかったし」
「まあ、売れっ子占い師の面目躍如ですわね?」
「今日ほど自分が占い師でよかったと思ったことはなかったわね!」
姉妹で笑い合うシスティーナさんとフィレオンティーナ。仲良きことは美しきかな。
「ガイルナイト卿、ありがとうございます」
俺はタルバリ伯爵の祝福にお礼を述べる。
「まあヤーベ殿は最初貴族への叙爵を断りまくってたし、実際はおめでたくはないんだろうけどな」
そう言ってがっはっはと豪快に笑うタルバリ伯爵。
裏表のなさそうな人で気持ちいいけどね。
「ヤーベ男爵、叙爵おめでとう」
次に挨拶してくれたのはラインバッハ・フォン・コルゼア子爵だ。
「ラインバッハ卿、ありがとうございます」
「家名の登録はこれからかな?」
「そうですね、あの後いくつか叙爵についての説明も受けましたが、家名の登録も必要とのことでしたので」
「そうか、家名の登録が済んで、正式に男爵に叙されたらまたお祝いさせてもらうよ。今後ともよろしく」
「こちらこそ、若輩の身ではありますが、よろしくお願い致します」
「はっは、若輩の身の青年はリカオロスト公爵とやり合わんよ」
そう言って笑うコルゼア子爵。いやいや、若輩は若輩ですって。
「いやはや、全くコルゼア子爵の言う通りだと思うぞ?」
そう口を挟んできたのはキルエ侯爵家当主シルヴィア・フォン・キルエ侯爵その人だ。
フリルが少ないエレガントでシックな薄い紫のドレスがシルバーブルーの髪と相まって年齢以上の大人感を演出している。
「先日は危ないところを王都警備隊のクレリア隊長と共に助けてもらったな。改めて礼を言おう」
「いえいえ、私は大したことはしておりません、お気になさらず。御身の救出はクレリア隊長のお手柄ですから」
そう言って手を振るのだが、それが聞こえたのか兄の騎士団長グラシアと共に俺の男爵叙爵の祝いを伝えにやって来ていたクレリアが俺の横に飛んできた。
「とんでもない! キルエ侯爵様の襲撃情報をもたらしてくれたのもヤーベ殿ですし、襲撃者を撃退できるだけの武器と戦力を用意してくれたのもヤーベ殿なのですよ! 手柄は全てヤーベ殿にあります!」
勢いよく捲くし立てるクレリアを後ろから兄のグラシアがぽかりと殴る。
「あいたっ!」
涙目になってクレリアが後ろを振り返れば兄のグラシアは溜息を吐く。
「キルエ侯爵様がヤーベ男爵様とお話し中だろう・・・失礼致しました」
そう言って頭を下げるグラシア騎士団長。
「ははっ、気にはしておらんぞ。何より、妹殿にはヤーベ殿と同じく命を救ってもらった恩ある相手だ。何を憚ることもない」
そう言ってクレリアに笑顔を向けるキルエ侯爵。
「ヤーベ様、男爵への叙爵おめでとうございます」
「あ、おめでとうございます!」
丁寧に頭を下げて来るグラシアにつられて慌てて祝いの言葉を述べるクレリア。
「グラシア騎士団長殿。祝いの言葉はありがたいですが、様付けは窮屈ですよ。今まで通り呼んで頂けるとありがたいのですが」
俺の言葉に首をブンブン振るグラシア騎士団長。
「何をおっしゃいますか。『救国の英雄』であるヤーベ様が男爵に叙されて貴族になられたんですよ? 様付け以外の選択肢なんてありませんよ」
真顔で行ってくるグラシア騎士団長。そんなもんかねぇ。
「がっはっは、グラシアはいつも固ぇな! だが、腕はなまっちゃいなかったな。一本もとれなかったしよ!」
「いや、私は現役の騎士団長ですからね。いかに凄腕の元冒険者であったタルバリ伯爵といえど、領主としての務めも長くなっていますでしょう。模擬戦とはいえ負けていては面目が立ちませんよ」
「そりゃそうか」
こいつら、謁見前に模擬戦やってたのかよ!
「私もグラシア騎士団長には負けておりますから。王国の騎士団長は見事な腕前なのですね」
俺はここがチャンスと、そう言ってグラシア団長を褒めたのだが。
「ヤーベ様は魔法戦闘の方が圧倒的にお得意だとか。私としては模擬戦用の剣での接近戦闘など遊ばれた程度だと認識しておりますよ」
いや、さすがにその認識おかしくない?
どこから俺様は魔法戦闘が得意だとバレたのかは知らないけど、遊んでないから。
アンタの剣技スキル超ヤバかったから!
「それはそうと、ヤーベ様は先日アローベ商会を立ち上げられたとか?」
唐突に話を変えたグラシア騎士団長に慌てて話を合わす。
「え、ああ。そうですね。娯楽商品や武具などを取り扱う商会として立ち上げさせてもらったのですが」
「実は、このような場所で無粋な真似をして恐縮なのですが、我が父はアンソニー・スペルシオと申しまして、この王都でも比較的規模の大きい商会を運営しております。その父が先日王家に申請成されました『対戦型バトルゲーム ゴールド オア シルバー』に大層ほれ込みまして。王家の独占許可が出たらぜひアローベ商会から商品を卸して頂き、我が商会で取り扱いさせてほしいと・・・その利益につきましてもご相談に上がりたいと面会を希望しておりまして・・・」
祝いの席で父親からの頼まれ事とはいえ商売の話を持ち込んだことにバツが悪いのか、頭を掻きながら苦笑するグラシア騎士団長。
「スペルシオ商会は比較的規模が大きい、ではなく、間違いなく王都一の大商会ですぞ。それにしても商会も運営なされて娯楽商品の開発も行っておるのですか・・・これはまた多才な英雄殿だ」
俺の後ろで話を聞いていたコルゼア子爵が随分とへりくだったように話す。
叙爵したとはいえ、男爵ホヤホヤな俺の方が下っ端なはずだが。
「ふふふ、これほどの逸材。フェンベルク卿のヤーベ殿の力を見抜いた慧眼、誠見事なものよの」
キルエ侯爵はコルーナ辺境伯が俺を見出したことを褒める。
囲い込みはほぼ無理矢理でしたけどね!
「一つ聞いてもよいかな?」
キルエ侯爵が俺に向き直って声を掛けてきた。
「何でしょう?」
「カッシーナ王女とはどうやって知り合ったのだ? それに、カッシーナ王女の傷がきれいさっぱり消えたのはお主の御業なのか?」
会場全員の意識が一瞬ピリッとなり、視線が俺に集中する。
謁見での最大の謎。唐突にも思える第二王女カッシーナの平民への結婚申し込み。
そして、半身に傷を負っていた第二王女カッシーナの傷が奇跡の様に消え去って美しい容姿を取り戻していた事。
謁見後の貴族間でも、王城の侍女たちや騎士団の間でも、そしてその噂は市井にも広がっていた。
はてさて、どこまで正直に話していいのやら。
俺は少し視線を外し、上を見上げて少しの間考えた。
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