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第7章 ヤーベ、王都に向かって出立する!
閑話9 ローガの大冒険 中編
しおりを挟む仕留めた赤毛熊の獲物を村まで引きずって行かせる。
「わ~、高いね~」
「うん、すごいねー!」
二人の娘たちはゆっくり村へ向かって歩いているローガの背の上ではしゃいでいた。
「二人とも、油断して落っこちないようにね」
二人を後ろから抱きしめる様に母親もローガの背に揺られていた。
「それにしても・・・このまま村へ行ったら驚かれるかしら?」
母親はまた別の心配をするのであった。
「何っ! ローナが村の外へ子供を探しに出て行った!?」
村の自警団長ロドリゴは槍を持ったまま村の住人が話していた内容を聞き返した。
「まずいよ! 北の森の方へ行ったら・・・」
若いトニーがローナの心配をする。
明らかにトニーは未亡人のローナに惚れていた。
ロドリゴはトニーに落ち着かせるように言う。
「わかってる。自警団の奴らに村の北門辺りに集まる様に言え!」
「わかった!」
トニーは元気に走って行く。
若いってやつはいいねぇ、と思いながらも、ロドリゴは最悪の状況にならなければいいが、と考えていた。
約20人近くの自警団員が村の北門に集まっていた。
一応ながらも柵があるため、北門と呼ばれているが、柵が切れているから出入りできるので門と呼ばれているだけで、実際に敵の襲撃を防御出来るような門自体があるわけではない。
「見ろ! トンデモないバケモノみたいな狼がゆっくりこっちへ歩いて来るぞ!」
「なんだと!」
「それ以外にも5~6頭くらいデカイ狼がいるようだ!」
「信じられねぇ、あんな図体の狼初めて見るぜ!」
ローガ達が村へ近づいているのを見つけた自警団員達が口々に喋る。
「弓だ! 弓を用意しろ!」
狩人で生計を立てている者も多い。
何人かは弓を準備し始める。
「待った! 一番デカイ狼の背中にローナさんが乗ってる!」
若いトニーが叫ぶ。
「はあ? 馬鹿言ってんじゃ・・・」
トニーが焦り過ぎてとち狂ったのかと思ったロドリゴだったが、よく見ると本当にローナが狼の背中に乗っていた。2人の娘たちも一緒のようだ。
「おーい、みんなー! この子達は大丈夫! 味方だよー! すごく頭がいいの!」
ローナが狼たちを「この子達」などと呼ぶ。
とても「この子」などという可愛げのあるようなサイズではない。
間違いなく牙を剥けば村が瞬時に壊滅に追いやられるほどの災害級の魔物であるとロドリゴのカンが告げていた。
だが、実際にローナは狼の背中に乗せられて村へ帰って来た。
よく見れば赤毛熊の死体を狼たちが運んでいるようだ。
あの赤毛熊は間違いなくローナの旦那を含め、何人もの村人を襲って殺してきた憎き村の敵の熊であった。
「あ、あの赤毛熊を仕留めたってのか!」
ロドリゴは戦慄した。
狼たちはそれほどの強者であるという事に他ならないからだ。
もう村のすぐそばまで来ている。
改めてその巨体が浮き彫りになる。
見れば見るほど精悍ですさまじい力を持った狼だ。
だが、凶暴で恐ろしい魔物、という印象は無かった。
ローナと娘二人を背に乗せ、ゆっくりと歩いてくる様はある意味優しさすら感じられた。
「どうしたんだ、ローナ」
「森の泉に娘たちがこっそり向かってしまって・・・。慌てて連れ戻しに行ったのだけど、そこへこの赤毛熊に出くわしたの。絶体絶命でもうダメだって思った時に、この大きくて優しい狼さんが助けに来てくれて・・・。それはもうあっさりとあのにっくき赤毛熊の首をスパーンッて落としてくれたんだから!」
ローガから降りてその首をぽんぽんと撫でながら、我が事の様に自慢して話すローナ。
「あの赤毛熊を一撃・・・マジか」
「すげー、でけー!」
「うわっ! ホントだ! 赤毛熊の首が無い」
「でえっ! こっちの狼が首咥えてた!」
赤毛熊の死体を村の入口まで運んできた狼たちは、獲物を放すとローガの後ろへ控える様に歩いて行く。
「狼さん。この赤毛熊・・・本当に私たちの村で貰ってもいいの?」
「わふっ(うむ)」
そう言って首を縦に振るローガ。
「・・・ありがとう。夫の敵を討ってくれて」
そう言ってローナはローガの首に抱きついて顔を埋める。
「助けてくれてありがとう!」
「ママを守ってくれてありがとう!」
まだローガの背中から降りていない二人の娘も、母親がお礼を言いながらローガの首に抱きついたのを見て、自分たちや母親を熊から守ってくれたのを思い出したのか、お礼を言いながら背中に抱きついて全身でモフモフする。
『わっはっは、なに、大したことはしておらん。気にせずともよい』
わふわふと笑いながら応じる大きな優しい狼さんに母子3人は心の底から感謝した。
「ローナ、とにかく無事で何よりだ。だが、まだ森は安全ではない。巨大なヘビがいると言う情報はバリエッタの町にもうそろそろ届いているはずだ。討伐隊が来るまでは森に近づかないようにな」
「ええ、心配かけてゴメンなさいね。いい、2人とも。もう絶対にお母さんに内緒で森に入っちゃダメだからね! 今回は優しい狼さんが助けてくれたけど、いつも狼さんが助けてくれるわけじゃないんだからね」
「「はーい!」」
元気よく返事をする二人に、苦笑するローナ。
「で、ローナ。この狼達はいったい・・・?」
「わからないの。本当に絶体絶命のタイミングで助けに来てくれたのだけど・・・。あ、でも首輪をしているわ。確か夫が前に狩人仲間に<調教師>という職業の人がいて、魔物を使役する事が出来るから、獲物を見つけやすくなって羨ましいって話していたのを思えているの。たぶんこの子達は使役獣なんじゃないかと思うんだけど・・・。村にどなたか<調教師>の人来ていないかしら」
「いや、こんな時だから、村に来る人間はチェックしているけど、行商人くらいだぞ?」
「そう・・・」
『我がボスはバリエッタの町でのんびりされているはずでな。ここには来ておらんぞ』
わふわふ何か言っている狼さんを見ると、ローナは何となく言いたいことが分かる気がしてきた。
「あら・・・ご主人様はこの村に来ていないのね?」
「わふっ(うむ)」
首を縦に振る大きな狼。
「・・・信じられん。人間の言葉を理解しているのか」
「ええ、そうみたい。本当に賢いのね、あなたたちは」
そう言ってローガの首を撫でてやるローナ。
「さあ、あなたたちもいい加減降りなさい。お家に帰るわよ」
「「えー!」」
明らかに不満な返事をする二人にローナは苦笑するが、
「いい加減にしないと、夜ご飯抜きにしますからね?」
「「はい!降ります!」」
二人綺麗にハモッて返事をする。
ローガはわふわふと笑いながら目一杯地面に伏せてやり、子供たちが降りやすいようにしてやる。
「ありがとう、優しい狼さん」
娘二人を地面に降ろしてから再度、ローガに向き直ってお礼を伝えるローナ。
『お礼など、不要だ』
そう言って首を横に振るローガ。
「ふふっ」
お礼を言っている事が伝わって、その上で気にするなと言われていると思うと、ローナは自然と笑顔になる。
その時だった。
「キャ――――!!」
同じ北の森でも、西寄りの方角から女が走り出してきた。
よく見ればそれは薬草取りのアナルダであった。
「だ――――! 本当に森は立ち入り禁止って連絡、伝わってんだろうな!」
ロドリゴは苛立ちながら槍を構える。
だが、アナルダのすぐ後ろからはとんでもない数のゴブリンが湧き出て来ていたのだった。
「な、何だと!」
「やばいっ! 何て数だ!」
「アナルダが危ない!」
アナルダの位置までかなり距離がある。
だがゴブリン達はアナルダのすぐ後ろまで迫っていた。
しかもその数、優に百匹は下らない。
「アナルダ!」
ローナもアナルダとは顔なじみだ。子供たちがはしゃいで転んで擦り傷を作った時などは、簡単な薬草をくれたりもしていた。
『むうっ! ここからでは距離が遠すぎる!』
ギリッと歯ぎしりをするローガ。
だが、その頭に天啓の様に技が閃く。
『ウォンッッッ!!』
咆哮一閃!
凄まじい衝撃波がアナルダをかすめて後ろのゴブリン達を飲み込み、吹き飛ばす。直撃を打受けなかった後続のゴブリン達も足が完全に止まる。
『ふむ・・・<竜咆哮>・・・なかなか強力な技だ。我は竜ではないのだが、何故か頭に浮かんで使用する事が出来た。これもボスの恩恵か』
都合の良い事はなんでもボスのおかげにするローガだった。
「す、すごい・・・」
ローナは大きな狼さんが吠えた一撃でゴブリン達が完全に足止めされたことに驚いていた。
「アナルダ! 今のうちに逃げるのよ!」
だか、アナルダは腰を抜かしてしまったのかその場でヘタり込んで動けない。
「ワオ――――ン!!」
今度はいきなり遠吠えをするローガ。
「ど、どうしたの?狼さん」
ローガを見るローナだったが、次の瞬間、ローナを含めた村人たちは驚愕する。
北の森から、大きな狼さんよりも一回りくらい小さい、多分部下の狼達が大挙して出て来たのだ。中には獲物を咥えている者もたくさんいた。
『お呼びですかい?リーダー』
集まった狼たちの中では大き目の狼が代表して口を開いたようだ。その狼は他の狼とちょっと違った毛並みで左目を怪我して片目の様だった。
『緊急事態だ。村を襲うゴブリンの集団が出た。今狩った獲物は出張用ボスに全て収納いただき、迅速に村の周りの魔物を殲滅する。まずはあの雑魚たちだ。行け!』
『『『ははっ!』』』
獲物を持っていた連中はローガの頭からそっと降ろされた出張用ボスにお辞儀をしてからどんどん獲物を収納して行く。
「な、なんだと!」
「狩りの獲物が消えてる!」
「こいつぁ・・・収納魔法、いや、魔導具なのか?」
大量の魔物が目の前で消えて行く光景を見て驚きを隠せない村人たち。
「狼さん、やっぱりご主人様の命令で魔物を狩りに来ていたんだね。でも、いいの? 赤毛の熊はきっと大物だよ? ご主人様に怒られない?」
狩った魔物を次々集めて消していく不思議な光景を見て、少なくとも狼達を使役しているご主人の命令でここへ来てるのだろうと悟るローナ。赤毛熊をローナに譲ってくれた優しい狼さんがご主人に怒られないか心配だったのだ。
『はっはっは、何も心配することは無い。我がボスはそんな心の狭い方ではない』
そう言って大きな前足でローナの頭をポンポンした。
「ふわっ!?」
あまりの柔らかさに驚くローナ。
「こら、狼! 気安いぞ!」
何故か狼に文句を言うトニー。
ロドリゴは仕方のない奴だと溜息を吐く。
「それより、アナルダを助けに行くぞ! 俺について・・・」
そう言おうとしたロドリゴを狼の前足が制する。
「ん?」
そして見た。獲物を渡した狼たちがすさまじい速度でゴブリンに肉薄して行くのを。
『はっは! この風牙、ゴブリン狩りはお手の物よ! わが身に纏いし風よ! 切り裂け!<真空烈波>!』
『ゴブリン狩りならこの雷牙も忘れてもらっては困るな!<雷撃闘波>!』
『四天王がゴブリン狩りを自慢しているのもどうかと思うが・・・、まあよい、どのみち殲滅する事には変わりない。この氷牙も一撃見舞うとするか! 大気に集う零下の子らよ、氷雪に舞え!<凍結細氷>!』
一瞬にして葬り去られるゴブリンの群れ。
「し・・・信じられねぇ! 狼が魔法を操っただと!?」
ロドリゴは自分の目で見た光景をすぐには信じられなかった。
この目の前の大きな狼はロドリゴが救援に向かうのを手で制した。
つまり、自分の部下に任せれば事足りると最初から分かっていたという事だった。
「と・・・とんでもねぇ。何かとんでもねぇ助っ人が来ている気がするぜ・・・」
変な冷汗が止まらなくなる。だが、ロドリゴはそれでもこの狼たちが助けてくれなかったらこの村の自警団員達だけでは到底村を守り切れなかった事は明白だと分かっていた。
『・・・この雑魚の群れ・・・。間違いなく追い立てられているな。来るか・・・』
大きな優しい狼さんの目が細くなり、表情が少し険しくなった気がした。
「まさか・・・、まだ魔物が?」
ローナは心配になり、大きな優しい狼さんに話しかける。
ちらりとローナを見下ろす大きな狼。
そしてローガの元へヒヨコたちが戻って来る。
『ローガ殿! でました! ダークパイソンです!』
「シャギャ―――――――!」
『やはり出たか』
森の木々をバキバキとなぎ倒し、その巨体は現れる。
優に二十メートルはある巨大な黒い蛇、ダークパイソンだった。
しかもそれより小さめの個体ではあるものの、ダークパイソンは1匹ではなかった。小ぶりな個体を含めれば、視認できるだけでも10匹以上いたのだ。
「バ、バカな!」
「あんなバケモノが10匹以上!」
「終わりだ! もうこの村は終わりだー!」
パニックを起こす自警団員達。
ローガはやっと自分の敵が出て来たと向き直る。
「狼さん、行っちゃうの?」
「狼さん、大丈夫?」
かわいい2人の姉妹が大きな優しい狼さんを心配してくれたようだ。
『何の心配もいらんよ。ゆっくり待っているがいい。お前たちが安心して森で遊べるように、少し掃除をしておくとするか』
ローガは二人の姉妹の頭を前足でポンポンする。
「にへー」
「むふー」
ポンポンが心地よかったのか、2人の姉妹はニコニコ顔になった。
『さて、森の大掃除と行くか!』
ローガは巨大なダークパイソン目掛けて駆け出した。
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