Justified_Spirit

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Prologue

〝目覚め〟

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_Prologue__
〝目覚め〟

あー、あー、あー。
あぁ…おはようございます。起きましたか。
気分は如何ですか?どこか、気分が悪いところは?

そう、それはよかった。
まずは…僕…ああいや、私の声は、聞き取れますか?
聞こえるようでしたら…ふむ。大丈夫そうですね。
これから、少しの間貴方の身体の動作テストをさせていただきますがよろしいでしょうか。
もし、少しでも痛むようでしたら…動きを中断するか、口で言うか…あぁ、目と表情で訴えていただいても構いません。
…よろしいですか?

…首は動かせますか?こう、左右に。……ふん、ふん…あぁ、問題は無さそうですね。
今度は上下に…あぁ、ゆっくりで良いですよ。
ゆっくりで。…そう、上手。
腕、は持ち上げられそうですか?…右腕で構いませんよ
左足は動かせますか。こちらは、すごく損傷していたので痛むかもしれませんが…もし難しそうでしたらすぐ辞めていただいて構いません。
まずは膝から……うん、では…腿の付け根からから。
…足の指先も……素晴らしい。
そのご様子ですと左右の動きに問題は無さそうですね。
酷い事故の後に半身不随になってしまう方も、とても多いですから。貴方はとても運がいい。

………今貴方の目に、私の手を、ちらつかせています。
人差し指の動きに合わせて瞳で追ってくださいますか?……では、今指は何本立っていますか?

聴覚、視覚、動作に問題なし。いやあ、素晴らしいですね、あれほどの事故、普通の人なら死亡していてもおかしくないのに…
これから、貴方が何故今ここにいるのかをお話しさせていただきます。その後に、貴方の質問を伺いましょう。
もしかしたら長くなってしまうかもしれませんが、身体の調子は大丈夫そうですか?あー、ええと、私の心配はしないで。貴方が理解できるまで、教えてあげますから。


まず…何がなんだか、わからないと言う顔ですね。


貴方は今、15歳。今年高校生になります。
それで…何故、貴方が病室で、私のような医者に話しかけられてるのかと言うと……
貴方は3歳の頃、父親とショッピングモールに出かけていた…しかし、運悪くも、その日にある犯罪組織…ギャングの爆破テロに出くわしてしまった。
その際ショッピングモールにいた、3000人の人が死亡し、数えきれない人が負傷した。…貴方は、その数えきれない人間のうちの一人です。
今でも貴方と同じく目を覚さない方は沢山いらっしゃいます…貴方が目覚めるまでの間に爆破テロで受けた傷が原因で死亡してしまった方もいる。…そんななか貴方のような若者が目覚めてくれたのはとても、僕としても喜ばしいことです。

ええ、まずは…父親の事ですよね。それが、父親は……

お父さんの事は、自分はよく知らないから、事実を話してくださって大丈夫と…?…とても、勇気のある方だ。
あるいは…無関心、でしょうか?

確かに心配ではある、自分も…親がいないと不安と。
でも、私が気を遣う必要はない…そうですか。

ええ、私は医者ですから、貴方方が事故に遭った当初の現場には行っていないものの…貴方を救ったという自衛隊の方は言うに…貴方を…その、ガラスや破片などから貴方を庇って亡くなられたそうです。
なんとか父親を病院に連れ出す事はできたのですが…処置をしようとした頃には…
父親が亡くなられてしまったので、貴方のお母さんを警察の方が探してくださったようですが…貴方を産んだ直後に亡くなられてしまっていた、と。

でも、貴方の目覚めを確認した医者として、私は生活についての責任を取るつもりでいます。進学についても、住む場所についても…何も心配する必要はありません。…というのも、テロに遭われたお子さんの中で、貴方が唯一の生き残りです。
…驚かれても…無理はありませんね。
…生き残った上で、貴方が今やるべき事は…そうですね、まずは社会復帰の為暫く円滑に体を動かすためのリハビリと、受験のための勉強をしていただきます。貴方の学習速度に左右されるかと思いますが、そのご様子ですと勉強についていくのも苦労はしません。私も教授をやってる身ですからご心配なく。わからないことがあったら今のように、カウンセリングの時にでも聞いて下さい。
貴方がここにいる理由、今やるべきことはお話しいたしました。何か、不安な事、わからないことはありますか?

そうですね、御親戚の方を頼るのが私も一番かと思ったのですが…私がご挨拶に行ったところ、家計に余裕がない、と突き返されてしまいました。このご時世、高校生にもなる子ども1人を突然養う、となると相応の家庭でないと難しいですからね。…でも、どうしても、血縁者の方にと私は思ったのですが…お力に添えず、本当に申し訳ありません。…ですが、貴方が学生生活を営めるようになるまで私が協力いたします。
ああ、ええと…僕は医者ですので…子どもを診てるとは言っても、親代わりになれるかはわかりませんし、僕は親になったことが無いので……

はははっ…そうですか。…でも、そうですね、天涯孤独の身、貴方の面倒を見てくれる。今の時点では私が一番自分の親に近いと。…ははっ確かに。…わかりました。ならそれは…貴方が望む時に。

他にも何か、聞いておきたいことはありますか?
貴方を安心させるための質問ですから…
いくら目が覚めたと言っても貴方はまだ、子どもだ。
遠慮しないで、少しでも何かあるならどんどん聞いて下さい。

目の傷…ですか?あぁ…テロの時、貴方の父が庇いきれなかった部分にガラスの破片が掠めてしまったようですね…失明しなくて、本当に良かった。痕になってしまったのは僕の力不足です。…皮膚の移植手術も任せていただけるなら……

自分が治療されていたとはいえ、眠らされて、身体にメスを入れるのが少し怖い、ですか。そうですよね、ええ、大丈夫です。貴方が落ち着いたとき、もしも傷を消したい、となったらいつでもお引き受けしますよ。
そうだ、学校生活が始まっても友達ができるように病院の子や大人と話してみる機会も設けます。なのでその辺りもご心配無く。

もうよろしいですか?…そうですか。
…そうだ、大切なことを一つ忘れていましたね…
覚えていたら、で結構です。



自分の名前は、覚えてますか?






───キリュウ、アユム






全く、左右も分からず、何も知らない。
そんななか、自分の名前、と聞かれてふと過ぎった。

目覚めた瞬間、自分が何かわからなかった。
無機質な天井があり、暑くも寒くも無く、仰向けで寝転んでいる。
話を聞いて、意識がはっきりしてきた。手足が動かせて、目が見えて、言葉が聞こえる。
最初はよく理解できなかったけど、少しずつ理解した。質問は、と聞かれて「なぜ自分は3歳で事故にあったのに貴方の言葉がこんなにも理解できるのか」ということだった。
しかし、自分は本当に記憶が全くない、それこそ…自分は賑わうショッピングモールで、父に手を引かれたことを朧げに覚えている。それ以外は何も覚えていない、本当に、3歳児で止まってしまっているのだと思う、記憶が。


イメージは、音。キリュウアユムと自分は呼ばれた、男性の声で。
遠い、遠い記憶の中にいるお父さんが、自分をそう呼んでくれたからだろうか。
これが自分の中にある記憶なのかはわからない。でも。
そうである、と。今は思い込みたい。
これが自分の過ごした時間から生まれたものだと嬉しいな。

ひとまず、これが正しい名前か。これを否定されてしまったらどうしようかと思う。目の前の医者は子どもの自分を、孤独な自分を怖がらせないように話しかけてくれていた。でも自分の存在を確かめる手段が音で過った名前があってるか、まちがってるか確認してもらうことしかない。
怖い。これさえも間違っていたら、自分は一体何なんだろう、この世界に、本当に繋がりのない人間になってしまうのだろうか。

音、視覚、全ての感覚を思い出せ。
自分が何なのかを、12年の空白はあるけれど、確かに自分は、いまここに存在している。

「おに…の鬼(キ)に、ヤナギを…柳(リュウ)で…カタカナで、アユム。…キリュウ、アユム…そう、だと思います。……それ以外の事は、ちょっと、あんまり……正しいでしょうか?その…わたし?の、名前?」 
「……よかった。名前も忘れていたらどうしようかと。…いまのためにずっと貴方呼びをしていたんですけどね」
「…名前しか…覚えてない気がするけど後、最後に見た景色が、ぼんやり」
「いえいえ。十分です、記憶に関するものも、これから一つ一つ、思い出したり確認したりしましょう…よろしくお願いしますね、アユムさん」

「………もう少し、優しく、話してくれますか?」

目の前の医者はうーん、と悩む。青みがかった、暗い銀の睫毛がぱち、ぱちと上下した。その奥に潜んでいるのは…紅い。まるで血の色をした、眼球だ。

「………わかった。…こんな感じでいいかな?アユム君」
「…ありがとうございます。よろしくお願いします……すみません、貴方の名前は?」
「あぁ、ごめんごめん、言わなくちゃいけなかったよね」

自分が望むなら、お父さんになってもいい。
そう言った目の前の医者は、名前を言ってくれた。

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