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25.噂

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 こんなに不調に陥ったのは生まれて初めてかもしれない。
 前世の記憶から自分の運命を知ったあの時でさえ、ここまで心身ともにガタなど来なかったというのに。

(まぁあの時は無我夢中だったしね…)

 と、ここ二日知恵熱に魘され、久しぶりに登校したミアは遠くを見るような心地で思う。

「ちょっと貴女、私の話を聞いてらして?!」

「え、あ、はい」

 因みに現在、現実逃避にも浸りたくなるようなシチュエーションに襲われている真っ最中だ。

 他人事のようなミアの相槌に、相対する女生徒の筆頭──確かレイチェルという名だったか──のこめかみに筋が立った。

 彼女によるとミアは『弱小貴族家出身のくせに自分よりも下ができたからと調子に乗り平民のクロエに散々嫌がらせをしたいじめ犯』かつ『裏ではグレンにしつこく付きまとって迷惑を掛け、挙句教師にまで色目を使うふしだら女』なのだそうだ。

 なのでこうして登校を待ち伏せしていた女子たちに囲まれているわけだ。

(ああ…頭が痛い…)

 脇役だって生き残りたいと、それだけを願っていた。
 別にそれ以上何を求めたわけでもないのに、あろうことか自分は脇役から悪役に昇格してしまったらしい。
 あまりにもいらない称号である。

「あの、言っても無駄かも知れないけど、誤解です」

「ハーニッシュさんのお母さまからのプレゼントを滅茶苦茶になさったとか。恐ろしい攻撃性ですこと!」

「それは元々壊れていたのを拾っただけで、」

「別にハーニッシュさんを庇うつもりもないけれど、下層の方の醜い行動って耳に入るだけでも不快なのよねぇ」

「あのぉ……」

「その上グレン様に無謀にも取り入ろうと、それが上手くいかなかったからと次に手を付けたのがあの曰く付きの教師だなんて、おぞましさに鳥肌がたちますわね」

「………(この人たちも全く人の話を聞いてくれないわ)」

 これでは弁解の余地もない。
 はぁ、と嘆息すれば、そういった事には過敏に反応したレイチェルが「ちょっと!」と声を荒げた。

「とにかく、貴女のような下品の方はこの学園から出て行っていただけるかしら!」

「お断りしますし、風紀を気にするほど学園を愛しているというなら、今日はこの辺りでお開きにしましょう。授業に遅れてしまいます」

「魔法史の授業など出なくても何の問題もありませんわ。──ああ、貴女は愛しの先生の授業ですものね。出られなくて残念ねぇ」

「先生の沽券に関わりますのでこれだけは聞いてください。私とラルフ先生は貴女方が思うような関係では一切ありません」

 流石に苛立ちが募り語調が強くなる。

「何やら都合よく妄想を膨らませているようですが、そのような思考に至るそちらの方が下品極まりないのでは?」

 その言葉に、レイチェルはカッと顔を赤らめ手を振り被った。
 ミアの頬目掛けて打ち付けられる──前に、ミアは彼女の手首を掴んで制止させる。

 ギョッとしたレイチェルにミアは「鍛錬不足ね。止まって見えるわ」とおよそ令嬢ならざる発言を、何食わぬ顔で呟いた。

「こうして手を上げたということは、もちろん貴女も打たれる覚悟があるということよね?」

 言いながら、ミアは握った拳を構えた。
 心なしか楽しげで、確実に平手打ちではなくパンチをキメるつもりのファイティングポーズである。
 女生徒たちの顔がザッと青ざめた。

((((なにこの子こわい))))

 その場にいた全員が同じことを思った。

「全員で掛かって来てもいいわよ」

「な、何なの!? 下品どころか野蛮ですわっ!」

「まぁまぁそう言わず。言葉で聞いてもらえないなら、拳で語るのも一興よ」

「こ、拳!?!?!?」

 パワープレイに振り切った途端喜々とし始めるミアであるが、レイチェルがガタガタと震え始めたので、少々残念だが拳を下ろした。

「ねぇ、今度こそちゃんと対話をしましょう。色々と誤解が「ミア!!」

 聞き覚えのある声に呼ばれ、ミアの肩はこれでもかというほど飛び上がった。
 次から次へと悩みの種が飛び込んできて、また頭が痛い。

「コレットさん!」

 グレンだけでなく、ラルフ、その後ろからマルセルと、俯いているせいで顔は見えないがクロエまでもが、ゾロゾロと集まってきた。
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