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21.伝わらない
しおりを挟む「先生方の部屋にも清掃員さんを入れられるとは、いやはや魔法学園お金持ちね。お手伝いがあれば、片付けは手分けしてそのうち済むでしょ。あとは食生活の改善、睡眠と、適度な運動と…まぁ筋肉さえつけばある程度の悩みは気にならなくなるわよね」
筋肉に絶大なる信頼を寄せるミアの独り言は、誰に拾われることも、ツッコまれることもなく教室の喧騒に溶けた。
未来がどう転ぶかはわからないが、一先ず魔道具は回収できたし、ラルフの精神衛生向上計画も始動に踏み切れた。
恐ろしい目にあった甲斐があったなと、ミアは首元を撫でる。
ハイネックの洋服で何とか隠せたが、首周りにははっきりと絞められた跡が残ってしまった。
まぁラルフは土下座をして謝っていたし(ちゃんと止めた)、時間さえ経てば消える類のものなのであまり気にしていない。
それよりも生存率が少しでも上がったことを喜ばしく思う。
気になっていたラルフの不健康も直接手が加えられるようになったし、なにより先ほど、グレンとクロエが仲睦まじく話しているところを見たのだ。
あちらもあちらで軌道に乗ったようである。
(順調って、素晴らしい!)
今日の昼食は何にしよう、そんなことを考えるのにも手放しに胸が躍る。
ミアは足取り軽やかに食堂への道を歩いていた──
「はわぁ!?」
食堂へ続く人波から外れ、腕をグイグイと引っ張られる。
何やらデジャヴを感じるシチュエーションと、少し低い手の温度には覚えがある。
足を縺れさせながらも目を向ければ、やはりグレンだった。
しかしこちらを振り返らない。
歩幅が違い過ぎるせいで何度も転びそうになっているのに、気にも掛けてくれない。
掴む力が痛いくらいに強くて思わず名前を呼ぶが、それに返事もない。
そのままどこかの空き教室に放り込まれた。
扉の閉まる音がミアには何故か死刑宣告のように感じられる。
目の前に立つ彼の視線がそれはもう冷え切っているからだ。
「……グレン?」
おずおずともう一度名前を呼べば、こちらを見下ろす深黒の瞳がゆっくりと瞬いた。
「君が誰を想っていようと、僕には何を言える資格もないが」
話の意図が掴めない。
怒っているのような、それでいて悲しんでいるような彼の声音に、ミアは戸惑うばかりで、
「君は僕に嘘を吐いたのか?」
「嘘…? な、何の話だか、わたし、」
さっぱり、と口に出す声は自分でも驚くほど弱々しかった。
グレンが何の話をしているのかはわからない。
わからないが、前世の記憶を持ち、足掻く為に様々なことを誤魔化してきた自覚はある。
その場を凌ぐための嘘など、これまで沢山使ったことだろう。
知らず知らずのうちに、彼の気分を害することをしてしまったのだろうか。
そう不安になった気持ちが声に乗ったのがいけなかったのか、グレンは眉を顰めた。
「何のことかわからないと言いながら、どうしてそんなに後ろめたそうにする? ──君が自分の為にと買った土産物が、他の男に宛てたものだったという話を人伝に聞いた。僕はそれならそうと誤魔化さずに言ってほしかった」
「え…? そ、それは、あの時点ではそのつもりだったから……」
「その反応からして君が思っていた”嘘”とは内容が違っていたか? これ以外にも僕に対して後ろめたい何かがあるのか」
グレンに対する後ろめたさ。
問われて一瞬でミアの頭に浮かんだのは『禁則事項』についてだった。
思わず言葉に詰まる。
こんな時に何を考えているんだ自分はと、ミアは己の思考回路を恨んだ。
口籠ったミアをグレンは怪訝そうに見た。
沈黙は『ある』と答えているようなものだ。
何か言わなければ、でもこのままでは墓穴を掘り続けるだけだ。
ミアは切り替えるように小さく息を整えた。
その実、体の中では心臓が胸を突き破って出てくるのではないかというほどに鼓動していた。
「後ろめたいことなんて、ないわ。お土産の件は、結果として私の言葉が嘘になってしまってごめんなさい。貴方に選んで貰っておいて…咎められても仕方がないし、悪気はなかったなんて言い訳にしか聞こえないでしょうけど…だからまた、お礼とお詫びも兼ねて何かご馳走させて」
そう言って、何とか笑顔を向ける。
上手く笑えているかどうかは自分にもわからない。
──しかし、言葉選びに失敗したことだけはわかった。
「君はいつもそうだな。自分の中だけで事を完結させて、僕に付け入る隙なんて与えてくれない」
感情を感じさせない声と共に、グレンの手がミアの首元へと伸びた。
咄嗟に後ずされば、背後にあった机にぶつかった。
それに気を取られているうちに、肩を押されて押し倒される。
いつも自分に向けられていた視線は柔らかいものだったのだと改めて思わされるほど、本当の意味で冷たい目に見下ろされていた。
体が凍てついたような、魔法にかけられたような心地だ。
グレンの指が確かめるようにミアの首の裏を撫で、そしてほんの少し力が籠った。
「ッ…!」ミアの口から痛みを堪える声が漏れて、グレンは確信を持った様子でハイネックの首元をグイと引っ張った。
「……この首の痣は何だ」
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