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チュートリアル担当、謹んで辞退。
暗躍、不実施。
遭遇確率、極めて低い。
良い感じなのではないでしょうか。
エマは意気揚々とした様子で、
──ボフン。
フラスコの中の魔法液を爆発させていた。
研究に至っては難航中である。
けほ、と咽てから、顔に付いた煤を拭う。
この研究のオチが、主役でしか成せない奇跡でした、なんてものだったらどうしようか。そんな不安は拭えないが、夢を追うのは楽しかった。
何かしている方が気が紛れる。
自分の夢まで自分の心を守るための防波堤のようだが、それはもう気にしないようにしている。
「やっぱり液体に落とし込むのは無理なのかなぁ……」
物を軽くする魔法、それを固定、圧縮し、液体にその効果を持たせようとしているのだが、上手くいかない。
魔力の吸収力が高い素材を何種類も試しているが、未だ当たりはない。
しかしまぁ、魔法研究とはこんなものである。トライアルアンドエラー。作業は単純かつ地味である。成果が出てはじめて輝く。
エマは成功のイメージをモチベーションに、ガリガリと記録を綴った。
そんな時、軽いノックが響き、すぐに扉が開いた。
いや、ノックの意味。
そう思いながら振り返れば、
「お疲れ様、エマ」
いつも通りの美麗な微笑みを浮かべた王子のご来訪である。
ともあれ今更辟易することもない。慣れたものだ。
定期的に顔を合わせるのは子どもの頃からのもはや習慣で、今ではお互いに、一息つくために必要な時間でもあった。
凝り固まっていた肩をほぐしながら、茶請けはあっただろうかと勝手に思考が進み始める。
「お土産あるよ~」
「わ! やった! 流石ユー……」
リ、と彼の名を口にする前に、エマの体は固まった。
彼の斜め後ろに、眉を八の字に倒して申し訳なさそうにしているアリスの姿があったからだ。
(何故に連れてきた!?)
良い感じなのでは、などと思った矢先にこれである。
「すぐ近くで会ってね」
あっけらかんと言い放たれると、なんとも言えない。
「す、すみません……お邪魔だとは思ったんですが……」
彼女の様子から察するに、ユーリが誘って、断れなかったパターンだなと思った。
そして、取り繕ってはいるがどこか元気が無く、顔色が悪い。造形科の近くになんて用はないだろうに、『すぐ近くで』会ったと言うなら、人の目を避けてここまで来ていたのだろう。
(──ふむ)
ゲームでのプレイ時間と、現実で体感する時間が同じはずがない。
よく寝た、なんて文字だけで夜から朝になるくらいだ。
そしてそれは自分たちのリアルではない。
エマの知っている事がこの世界の一つの在り方なのだとしても、それはあくまで平面的だ。
貴族の中に平民の女の子を一人、抱えきれない装備を持たせて放り込むなんて、本来、ずっとずっと苦しいことなのかもしれない。
しかしそれを救う為の人間が、彼女の周りにはいる。
自分が勝手をしている分、彼らが少しばかり違った動きをするのも仕方がない。邪魔する気など毛頭ない。
物語が幸せに進もうとしているのなら、それはエマにとって純粋に喜ばしいことだった。
ただ、最後に殺されなければ、自分はそれだけでいいのだ。
そしてそれは、目の前の困っている女の子を助けない理由には、
(ならない……気がする……)
相変わらず不安で胃が雑巾みたいに絞られているような気になるが、エマは小さく深呼吸をした。
「邪魔なんてとんでもないです。造形科研究室にいらっしゃいませ」
アリスに向けて、柔らかく微笑みかけた。
「改めまして、エマです。よろしく」
主人公って大変だよね、きっとお腹痛いよね、そんなことを思いながら、慰めたい一心でエマは彼女の手を握った。
髪のように頬を色づかせたアリスは、少し驚いた後、美しい瞳に涙の膜を作った。
零れ落ちないようにぐっと顔を歪ませている顔も可愛らしくて、エマは「私が男だったらこれだけで好きになっちゃう」なんて思った。
涙は流してはいけないものだと、物心ついた時から思っていた。母親に教えられて、未だにそう思っている。
でも、許されているのなら泣けばいいと、そんな風にも思えるようになった。
咎めがないのなら、自由に泣くべきだ。
「泣いてもいいよ」
「…ぅ……」
「あ、ユーリはあっち向いてて!」
エマがビッと反対側を指差して言えば、ユーリは軽く肩を竦めてから言われた通りに二人に背を向けた。
すると遠慮がちに体を寄せてきたアリスが、エマの肩口でスンスンと小さく涙を流し始めた。
(可愛い……)
場違いな感想が浮かんだ。
残念なのは自分がアリスよりも身長が低いことだった。
彼女を包んであげられるほどの背があれば! なんて思うが、その辺りは自分の役目ではないと、エマは真面目に自重した。
そもそもこんなに美味しい役をもらってしまっていいんだろうか、ユーリとアリスはどの辺りまで進んでいるんだろうか、途中からグルグルとそんなことまで考え始めた。
ここまで連れてきたということは、仲は良さそうだ。というか、全てアリスを気遣ってのことだろう。
(一応無害だと思ってもらえてるってことかな……)
エマはこっそり安堵の息を吐いた。
ガッツリ主人公と絡むことになってしまい、それなりに覚悟は決めたのだが、まぁ怖いものは怖いのだ。
「ぅ、ぅぅ……」
それにしてもこの様子、自分が悪役を辞退したところで彼女に起きる問題は変わらなかったのかと、つい呆れてしまう。
自分も自分だが、周りも周りで、どうしようもない愚か者だらけだ。
エマは拙いながらも彼女の背に手を回した。
──守ってあげなくてはと思わせるこの雰囲気は流石だ。
そういえば『MLS』の主人公は個性がないと有名だった。
選択肢も簡素な内容が多く、どうにも彼女自身のキャラクター性が見えてこないと、そこも苦情を受けていたなと思い出す。
彼が彼女をどうして好きになったのかわからない、そんな文句が飛び交って、最終的には『顔だな』という答えに行き着いていた。
それを思うと、今目の前にいるアリスがどんな子なのか、自分は本物を知れるのだ。
これで死亡キャラでさえなければ役得だったのになぁ、と悟ったような顔で息を吐いた。
「たくさん泣いた次は水分補給ですね」
「は、い……」
パッと体を離せば、目も鼻も赤くしたアリスがいる。
「待ってくださいね、今氷嚢を…」
「あの、」
ついと羽織っていた白衣を引かれて、エマは不思議に思いながら立ち止まった。
「………わたしにも、どうか口調を砕いてくださいませんか……」
「え?」
「ど、どうか…」
「あ、ああ、うん。わかり…じゃなくて、わかったよ」
答えれば、アリスは嬉しそうに表情を綻ばせた。
アリスを含めたお茶会は随分と盛り上がり、エマも心の底から楽しかった。心の底から楽しくて、少し切なかった。
/
「うわぁ……」
鏡に映った自分の体を見て、エマは思わず声を上げる。
所々に、黒い痣のようなものが浮き出ている。
じくじくと痛むそれは、治癒の魔法でも治らない。
アリスの魔力には、人間が持つのはごく稀だという浄化の力が宿っている。
悪しきものをはらう力。
知っていたことだが、いざ目の当たりにすると堪えるものがあった。
「まぁ、時間を掛けて塞げばいいよね」
この日からエマは、肌の出る衣装を避けるようになった。
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