【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

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恋話

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 誰もいない研究室に、男女が二人きり。
 男の指が女の肌を撫でるたびに、彼女はビクビクと体を揺らして反応した。それによって軋む椅子の音と、小さな声だけが部屋に響く。

「ん……ぅ……」
「……ッ…」
「ひぅ……ん……ぁっ……」

「あ゛ーーー!! ちょっと静かにしてもらっていいですか!?」

 リュカは堪らずといった様子で叫んだ。

「だ、だって──」

 治癒がくすぐったくてくすぐったくて、声が上がるのを我慢なんてしていられなかった。

 研究室に辿り着くやいなや、エマを座らせ患部の具合を確かめ始めたリュカは、腫れあがっている足首を見て表情を歪めた後、直ぐに治療に取り掛かった。
 しかし彼の魔法は如何せん優しすぎるというか、見た目に似合わず超慎重な手付きに、エマはくすぐったくて仕方なかった。

「自分でやるよ?」
「いや、ここまで来たら俺がやりきります」

 何故かそんな風に燃えてしまっているリュカは、やる気だけではなく物理的にも燃えているようで顔が真っ赤である。

「リュカ、熱ある?」
「まじで黙ってもらっていいですかね」

 ヒクヒクと口元を引きつらせながらも治癒を施せば、エマは「ひー! やっぱくすぐったい!」とジタバタと暴れた。

 腫れが引く頃には、くすぐったさに息を荒げるエマと、心労により肩で息をするリュカがいた。

「む、無駄に疲れた……」

 げっそりと疲れ顔を晒すリュカに、魔力切れだと思い込んだエマは「ごめんね、ありがとう」と無邪気な礼を入れている。
 それもまたリュカとしてはどうにも後ろめたく。

「あ゛~~~~………」

 長い長い溜め息とも言い難い唸りを上げた後、リュカは切り替えたように一拍置いてから顔を上げた。

「…痛みはないですか?」
「うん、ばっちり。ありがとう」

 元気にその場で足踏みをしてみせるエマに、リュカは安堵の息を吐く。

「顔色も良くなりましたね」
「……悪かったかな?」
「少し、そんな感じしましたけど」

 そう言われてはじめて、エマは自分がいつも以上に余裕のない状態だったということに気付いた。
 引き篭っているつもりが、ばっちり初日からアリスと顔を合わせてしまったのだ。焦りもする。

 自覚するとどっと疲れが押し寄せてきた。ワーズ内を走り回りすぎた結果でもある。
 今日は研究も何もかも放ってお菓子でも食べながらゆっくりしよう、そうしよう。
 エマは気の抜けた表情でふらふらと作業台へと向かった。

「リュカもお茶飲む?」
「あ、俺がやりますよ」
「いいよ~座ってて~」

 言いながら大きなビーカーに水を張り、熱石──魔力を込めれば熱を持つ魔石──をその中へと落とした。
 直ぐにボコボコと沸騰し、茶葉を入れたティーポットへと注ぎ込む。
 そんなエマの一連の作業を見ながら、リュカはバツが悪そうに視線を逸らした。

「多分リュカが淹れた方が美味しいだろうけど、まぁそこはご愛嬌ということで許してね」
「……いえ、有難くいただきますよ」

 そっとカップを傾ける姿はどうにも様になっている。普段は大雑把だが、所々で美しい所作をしてみせるのだ。
 こういうところも、アリスが彼を好きになる要素だろうか。

(ていうか、彼女が誰を選ぶのか純粋に気になるなぁ)

 エマではなくもっと他の、名前もないような人物に生まれ変わっていたのなら、きっとこの物語の結末をどきどきワクワクと見守ったことだろう。
 違う意味でドキドキしてしまう今の立ち位置は何とも運が悪い。

「リュカ、クローデルさんのことどう思った?」

 それでも、こういう話はしたくなる。

「? 誰ですかそれ」
「さっき私がぶつかった子だよ。アメジストの瞳の可愛い子」
「ああ、あの人。──どうって、別に、何も。そういえば久しぶりの平民枠でしたっけ?」
「うん。そうだけど、そういうのじゃなくて、なんかビビビッと来るものとかなかったの?」

 乙女ゲームというだけあって、攻略対象から何かと気に掛けられるのだ。プレイヤー側の時は「この子必要以上にモテるな」くらいにしか思わなかったが、今は対象の彼らの心情までこうして聞けてしまうのだから、少し美味しいかもしれない。

「ビビビッて……なんすかその抽象的なの」
「こう、多分電気が走るみたいな感じの」
「よくわかんないですけど、アンタが思う電気的なのは特に。ていうか、なんか楽しそうですね。元気になってよかったです」

 紅茶を傾けながらナチュラルに話を流すリュカに、エマは唇を尖らせた。

「つまらぬ」

 そんな言い草がおかしかったのか、リュカは咽た。
 ゴホゴホと腕で口元を抑えながら咳き込む彼を、エマは頬杖を付いて眺める。
 思えばリュカは随分と雰囲気が柔らかくなり、誰彼構わず威嚇するような威圧感はなくなった。
 ユーリは勿論だが、アルやフェリクスとも本来以上に親しくなっているように見えるし、王宮でもそれなりの立場を得られているようだった。
 普通に話してしまえば、彼はただの『いい奴』なのだから、こうなるのも不思議ではない。

 アリスと関わり始める時の『傷負いの狂犬』具合が些か足りないような気がする、というか皆無なのだが、これは大丈夫なのだろうか。

「リュカ、ちょっと私のこと睨んでみて」
「はい?」
「早く」
「………」
「そういうジト目じゃなくてさぁ」

 もっと鋭いやつをくれ、というエマに、

「わけわかんないのも相変わらずですね。ていうか、輪をかけてやばくないですか? 大丈夫です? フェリクスさんに薬出してもらいますか?」
「ぬぁーー!」

 睨むどころか酷い憐れみを向けられた。
 エマは躍起になってバタつくが、

「ふは」

 堪らずといった様子で笑ったリュカは、彼女の頭にポンと掌を乗せ、その後わしゃわしゃと撫でまわした。

「久しぶりに話すと、やっぱ改めて面白いですね」
「──」

 ボサボサになった頭のまま、エマは放心した。
 その笑顔は恐らくエンディングまで取っておくやつ、なんてことを思うほど、リュカが楽しそうに笑うのだ。
 もしも彼に本気で冷たい視線を向けられるようなことになったら、果たして今の自分は耐えられるのだろうか。
 そうならない為にも、

「リュカ、私、頑張るね」

 頑張りますとも、自分の為に。
 今一度気合を入れ直すエマである。

「まぁ、気張ってんのはよくわかりますよ」
「?」
「だって──」

 そう言って彼が目を向けたのは、滅茶苦茶になっている作業台である。
 それなりに綺麗に整頓されている部屋の中、そこだけは嵐でも通り過ぎたのかと思うほどの荒れっぷりである。

「……あそこは見ないふりして……」
「そう言われても、流石に見ちゃいますって」
「ぅぅ……」
「そもそもアンタって、どういう研究してるんですか?」

 訊かれ、エマは数度視線を彷徨わせた後、少し恥ずかしそうに口を開いた。
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