27 / 34
27.夢現な男(no side)
しおりを挟む「アロイス! アロイス! どこ行くのナ!」
覚束ない足取りで森を歩く主人を、悪魔は心配そうに呼び掛ける。
それに対しアロイスは「なんか、いい感じの、高所、とか、水辺、とか」と彼らしくない弱り切った声音で、曖昧な返事をした。
「な、なんでまたそんな場所に…」
「ちょっと死んでくる……」
「はぁ!?!?!?」
「一回死んだら、俺の病気は治るかもしれない」
「病気の自覚が生まれただけでも進歩ナッ! でも死んだら流石におしまいだナ! 気をしっかり持つナ!!」
ナーチがどう呼び掛けようがアロイスは虚な視線を自分の足先に落としたまま、普段は美しい白髪も今はどこか輝きを失って見える。
「ただ会いたくて、会って…謝らなくちゃって、思ってたのに……あの子を前にするとどうしたって冷静でいられなくて、しかも久しぶりに会えたと思ったら他の男と手なんか繋いでて、俺もうわけわかんなくなっちゃって…結果これ……最悪だ……懺悔も含めてやっぱり一回くらい死ななきゃ……」
「だから死ぬのに一回も二回もないナ!!」
二度とリリに会えなくなってもいいのか、そんな使い魔の決死の問いかけに、アロイスはピタリと足を止め、
「それは無理。だからまぁ…ゴーストなりなんなりになってリリの側にいるしかないね…」
「化けて出てくる気満々なのかよッ! でもそれじゃオマエ、リリが他の男と仲良く暮らしたり、いつかは恋だの結婚だのして成長していくのを、見てるだけしかできなくなるけど、それでいいのナ?」
「当然悪い虫は呪い殺すけど」
「変わってないナァァァ!!!」
そういうとこ、そういうところナ! と声を荒げる悪魔に、アロイスは珍しく聞く耳を持って「なるほど…?」と小さく呟いた。
「オマエが更生すれば、まだ希望は無きにしも非ずナ! なんたってリリの懐はちょっとびっくりするくらい広いナ! クズなオマエに何年も付き合ってくれるくらいには寛大ナ!」
「でも今はあの男がいるわけでしょ、もう俺なんてどうでもいいんだよリリは…」
「い、家のことはどうするのナ!?」
「あ、そっか…それがあったなぁ…うーん……あー……だめだ…もうあたまいたい……」
言いながらアロイスは近くにあった大木に背を預けてズルズルと座り込んだ。
魔法で誤魔化して、半年ほど人間らしい睡眠や食事はとっていない。
半身を残し、休む暇なく彼女の痕跡を追う最中、退魔の瞳の情報を得て狙う輩を、しらみ潰しにして回っていたのだ。おかげでここへ辿り着くまでに何度も回り道をした。
魔の森という場所で常に魔法障壁を体の周りに貼っておく必要もあり、加えて想い人に拒絶された特大ダメージにより、アロイスは精神的にも肉体的にもボロボロだった。
自業自得ながら、悪魔は目の前の男を不憫に思う。
多くのものと引き換えに落としてきたネジは、恐らく彼が最も欲するものだったのだろう。
彼の心を映すかのようにしとしとと雨が降りだした。
魔法でそれを弾くこともせずに身に受けながら、立てた両膝に額を擦り付けるようにしてアロイスは小さくなっている。
しばらく雨が地や葉を叩く音だけが響いていた。
濡れ鼠になってからまたどのくらいの時間が経っただろうか、アロイスにはそんなことを考える余裕もなく。
ただ雨とは別のもので、自分の膝を濡らし続けていた。
「………………たしかに、たしかにさ…おれもおれをやなやつだとおもう。けど、あっちだってひどいよ。おれのことさっさとわすれて、べつのやつとなかよくやってたなんて。おれはむかしからずっとかわらず………すきなのに…」
「なるほど…そういうことだったんですね」
はぇ、とアロイスの口から呆けた声が溢れた。
鉛のように重たい頭を上げる。何故だか視界が霞んでいて、世界がゆらゆらと揺れているかのように思えるが、聞こえた声が最愛の人のものだと言うことは何となくわかった。
「……リリ…?」
「はい。アロイス様、もしかして魔力酔いしてるんですか? 体調が悪いからでしょうか…アロイス様のこんな姿、珍しいどころの話じゃないですね」
困ったような顔をして笑うリリを、アロイスは幻ではないだろうかと座った目でじっと見つめた。
彼史上最高に頭が馬鹿になっているせいで、これといって言葉を返すわけでもなく、ただ拙い手付きでリリの手を握る。
元々の面倒見のいい性格からリリがその手を振り払うことはなく、「戻りましょうか。このままでは二人とも風邪を引いてしまいますから」と立ち上がるよう促す。
アロイスは大人しくリリに従って立ち上がった。
あまりに足元がおぼつかずフラフラなのでリリが肩を貸すが、いかんせん上背のある男なので支えきれない。
馬鹿に長い四肢の男を少女が引き摺るように連れている図はひやひやするような光景だが、フラフラと揺れながらも研究所への道を引き返す。
「まさかアロイス様がシオンさんをお慕いしていたなんて……自分を追いかけてきただとか、わたしってば自意識過剰にもほどがありましたね…」
リリの小さな呟きはアロイスの耳に届くことなく雨の音に紛れた。そうでなくとも、今のアロイスには正常な聞き取りはできそうにない。
ぽやぽやとした表情のまま、
「……………ごめん」
アロイスが突如溢した謝罪に、リリはぎょっとした。
こんなに素直な『ごめん』、素面では絶対に聞けない言葉である。
「き、きっとシオンさんなら許してくれますよ!」
「ごめん、ごめんね、すき、すきだよ、だいすきなんだ」
「アロイス様のお気持ちはしっかり伝わりました…でもそれはご本人に言わないと…」
「すき、だいすき、ずっとずっと、きみだけがすきで、どうしようもなくて……」
リリの肩口に額をグリグリと擦り付けながら、何度も何度も、好きだと、魘されたように呟いている。
これは聞いてはいけないものな気がする。
シオンがこの場にいるわけでもないのに…相当酔っ払っているようだと、リリは元主人の大っぴらな大告白に目を回しそうになりつつも、ぬかるんだ道を踏み締めた。
548
お気に入りに追加
4,218
あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました

氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる