【完結】お世話になりました

こな

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27.夢現な男(no side)

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「アロイス! アロイス! どこ行くのナ!」

 覚束ない足取りで森を歩く主人を、悪魔は心配そうに呼び掛ける。
 それに対しアロイスは「なんか、いい感じの、高所、とか、水辺、とか」と彼らしくない弱り切った声音で、曖昧な返事をした。

「な、なんでまたそんな場所に…」

「ちょっと死んでくる……」

「はぁ!?!?!?」

「一回死んだら、俺の病気は治るかもしれない」

「病気の自覚が生まれただけでも進歩ナッ! でも死んだら流石におしまいだナ! 気をしっかり持つナ!!」

 ナーチがどう呼び掛けようがアロイスは虚な視線を自分の足先に落としたまま、普段は美しい白髪も今はどこか輝きを失って見える。

「ただ会いたくて、会って…謝らなくちゃって、思ってたのに……あの子を前にするとどうしたって冷静でいられなくて、しかも久しぶりに会えたと思ったら他の男と手なんか繋いでて、俺もうわけわかんなくなっちゃって…結果これ……最悪だ……懺悔も含めてやっぱり一回くらい死ななきゃ……」

「だから死ぬのに一回も二回もないナ!!」

 二度とリリに会えなくなってもいいのか、そんな使い魔の決死の問いかけに、アロイスはピタリと足を止め、

「それは無理。だからまぁ…ゴーストなりなんなりになってリリの側にいるしかないね…」

「化けて出てくる気満々なのかよッ! でもそれじゃオマエ、リリが他の男と仲良く暮らしたり、いつかは恋だの結婚だのして成長していくのを、見てるだけしかできなくなるけど、それでいいのナ?」

「当然悪い虫は呪い殺すけど」

「変わってないナァァァ!!!」

 そういうとこ、そういうところナ! と声を荒げる悪魔に、アロイスは珍しく聞く耳を持って「なるほど…?」と小さく呟いた。

「オマエが更生すれば、まだ希望は無きにしも非ずナ! なんたってリリの懐はちょっとびっくりするくらい広いナ! クズなオマエに何年も付き合ってくれるくらいには寛大ナ!」

「でも今はあの男がいるわけでしょ、もう俺なんてどうでもいいんだよリリは…」

「い、家のことはどうするのナ!?」

「あ、そっか…それがあったなぁ…うーん……あー……だめだ…もうあたまいたい……」

 言いながらアロイスは近くにあった大木に背を預けてズルズルと座り込んだ。

 魔法で誤魔化して、半年ほど人間らしい睡眠や食事はとっていない。
 半身を残し、休む暇なく彼女の痕跡を追う最中、退魔の瞳の情報を得て狙う輩を、しらみ潰しにして回っていたのだ。おかげでここへ辿り着くまでに何度も回り道をした。

 魔の森という場所で常に魔法障壁を体の周りに貼っておく必要もあり、加えて想い人に拒絶された特大ダメージにより、アロイスは精神的にも肉体的にもボロボロだった。

 自業自得ながら、悪魔は目の前の男を不憫に思う。
 多くのものと引き換えに落としてきたネジは、恐らく彼が最も欲するものだったのだろう。

 彼の心を映すかのようにしとしとと雨が降りだした。
 魔法でそれを弾くこともせずに身に受けながら、立てた両膝に額を擦り付けるようにしてアロイスは小さくなっている。



 しばらく雨が地や葉を叩く音だけが響いていた。

 濡れ鼠になってからまたどのくらいの時間が経っただろうか、アロイスにはそんなことを考える余裕もなく。
 ただ雨とは別のもので、自分の膝を濡らし続けていた。

「………………たしかに、たしかにさ…おれもおれをやなやつだとおもう。けど、あっちだってひどいよ。おれのことさっさとわすれて、べつのやつとなかよくやってたなんて。おれはむかしからずっとかわらず………すきなのに…」

「なるほど…そういうことだったんですね」

 はぇ、とアロイスの口から呆けた声が溢れた。
 鉛のように重たい頭を上げる。何故だか視界が霞んでいて、世界がゆらゆらと揺れているかのように思えるが、聞こえた声が最愛の人のものだと言うことは何となくわかった。

「……リリ…?」

「はい。アロイス様、もしかして魔力酔いしてるんですか? 体調が悪いからでしょうか…アロイス様のこんな姿、珍しいどころの話じゃないですね」

 困ったような顔をして笑うリリを、アロイスは幻ではないだろうかと座った目でじっと見つめた。
 彼史上最高に頭が馬鹿になっているせいで、これといって言葉を返すわけでもなく、ただ拙い手付きでリリの手を握る。

 元々の面倒見のいい性格からリリがその手を振り払うことはなく、「戻りましょうか。このままでは二人とも風邪を引いてしまいますから」と立ち上がるよう促す。

 アロイスは大人しくリリに従って立ち上がった。
 あまりに足元がおぼつかずフラフラなのでリリが肩を貸すが、いかんせん上背のある男なので支えきれない。
 馬鹿に長い四肢の男を少女が引き摺るように連れている図はひやひやするような光景だが、フラフラと揺れながらも研究所への道を引き返す。

「まさかアロイス様がお慕いしていたなんて……自分を追いかけてきただとか、わたしってば自意識過剰にもほどがありましたね…」

 リリの小さな呟きはアロイスの耳に届くことなく雨の音に紛れた。そうでなくとも、今のアロイスには正常な聞き取りはできそうにない。
 ぽやぽやとした表情のまま、

「……………ごめん」

 アロイスが突如溢した謝罪に、リリはぎょっとした。
 こんなに素直な『ごめん』、素面では絶対に聞けない言葉である。

「き、きっとシオンさんなら許してくれますよ!」

「ごめん、ごめんね、すき、すきだよ、だいすきなんだ」

「アロイス様のお気持ちはしっかり伝わりました…でもそれはご本人に言わないと…」

「すき、だいすき、ずっとずっと、きみだけがすきで、どうしようもなくて……」

 リリの肩口に額をグリグリと擦り付けながら、何度も何度も、好きだと、魘されたように呟いている。

 これは聞いてはいけないものな気がする。
 シオンがこの場にいるわけでもないのに…相当酔っ払っているようだと、リリは元主人の大っぴらな大告白に目を回しそうになりつつも、ぬかるんだ道を踏み締めた。
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