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26.調子が狂う
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結局熟睡というわけにはいかなかったけれど翌朝を迎えて、いてもたってもいられなかったので研究所に顔を出すことにした。
相変わらず意地の悪いことばかりをいうアロイス様だったけれど、あんな風に弱っている姿を見るのは珍しい。知る限りでは幼い頃ぶりになる。
そういえば、成長して体調を崩すことさえ一切なくなった完璧な彼とは違い、わたしは人並みに体を悪くしたことがあった。
そんな体に鞭打って働いていたわたしに目ざとく気付いたアロイス様は、
『体調管理もままならないとかいっそ哀れだよね』
なんて言って笑って、
『人に移っても困るし、一週間くらい部屋に籠っててくれる?』
と病原菌扱いされて、元気になってからも部屋で無駄に休んでしまった。
しかしまぁ、その間お給金も食事も変わらず出たので、ずる休みをしてしまったような気分だった。
ヴァンディード家の裕福ささまさま、アロイス様のわたしに対する潔癖的な嫌悪感がラッキーに働いた一件だった。
なんて話はさておき、完璧超人な彼が珍しく体調を崩したのだ。
この森は特異でもあるし、いくら魔法に精通している彼でも何が起きるかわからない。
たがら小走りに研究所へと向かい、ノックもままならないままにドアノブを捻った。
そうして控え目に彼の名を呼んでみたのだけれど、
「な、何をしてるんですか!?!?!?」
自分でもびっくりするくらいの大きな声が上がった。
でもそれも仕方ない。だって部屋中に鋭利な刃物が浮かび上がり、それがシオンさんに向かおうとしているのだから。
犯人は、考えなくてもわかる。
「アロイス様!!!!!!」
勢いのまま非難を込めて名を呼べば、ガシャンガシャンと騒がしい音を立てて浮かび上がっていた物たちが全て地面へと落下した。
彼の肩が小さく飛び上がったように見えたのは、恐らく見間違いだろう。
「シオンさん! 無事ですか!?」
「おかげさまで」
いつもと変わらない調子で言ってのけるシオンさんにわたしの方が腰が抜けそうになるけれど、何とか息を吐き出すだけで留まった。
彼の近くで『最悪ボクがなんとかしてたナ!』と言っている可愛らしい猫(?)さんがいるけれど、いつの間にしゃべる猫さんなんて飼い始めたのだろう。
やっぱりこの森は不思議なことが多いなぁ、なんて、思っている場合じゃない。
わたしは振り返り、臆することなくアロイス様を睨み付けた。
大切な人を危険に晒されてまで、臆病でなんていられない。
「わたしを嫌うのは勝手にしてくださって結構です。でも、シオンさんを傷付けるのは絶対に許しません」
ズカズカと歩み寄れば、アロイス様はふいと顔を逸らした。
「貴方はとても意地の悪い人ですが、ここまで酷い人だとは思っていませんでした」
本当に、あの頃とは違うのだ。
彼はもう、わたしが好きになった彼ではない。
「幻滅しました」
こんな風に力で他人の人生を踏みにじるような人だったなんて。
しかし、彼は強者で私は弱者だということに変わりはない。
「先ほどシオンさんにしようとしていたことをわたしにすれば、貴方の気は晴れますか? でしたらどうぞ。わたしのことは煮るなり焼くなり好きにしてください。ですが、お願いですからこの森を荒らすことだけはしないでください」
温度の無い声で淡々と告げると、ゆっくりと金の瞳がこちらを向いた。
見下ろされているが、不思議と圧迫感はなく、どこかアロイス様の瞳が戸惑いに揺れているような気がした。
「──ない」
「…?」
「そんなこと、しない」
「………ではアロイス様は、一体何のためにここに来たんです…?」
そんな率直な疑問を投げかければ、彼が奥歯を擦り合わせた音が聞こえた。
はじめて見るような歪んだ表情を浮かべて、
「」
聞こえないほどの声で何かを呟き──そして、ぽたりぽたりと、わたしの頬に生暖かいものが落ちてきた。
わたしが驚愕に目を見開いているうちに、アロイス様はずるずると濡れた雑巾のように重たげな足取りで、研究室から出て行った。
その後を慌てた様子で猫さんが追っていくのを、わたしは茫然と眺めた。
何が可笑しいのか、シオンさんが背後で「若いなぁ」と呟いてクツクツと笑っている。
何が何だか、本当に、わけがわからない。
相変わらず意地の悪いことばかりをいうアロイス様だったけれど、あんな風に弱っている姿を見るのは珍しい。知る限りでは幼い頃ぶりになる。
そういえば、成長して体調を崩すことさえ一切なくなった完璧な彼とは違い、わたしは人並みに体を悪くしたことがあった。
そんな体に鞭打って働いていたわたしに目ざとく気付いたアロイス様は、
『体調管理もままならないとかいっそ哀れだよね』
なんて言って笑って、
『人に移っても困るし、一週間くらい部屋に籠っててくれる?』
と病原菌扱いされて、元気になってからも部屋で無駄に休んでしまった。
しかしまぁ、その間お給金も食事も変わらず出たので、ずる休みをしてしまったような気分だった。
ヴァンディード家の裕福ささまさま、アロイス様のわたしに対する潔癖的な嫌悪感がラッキーに働いた一件だった。
なんて話はさておき、完璧超人な彼が珍しく体調を崩したのだ。
この森は特異でもあるし、いくら魔法に精通している彼でも何が起きるかわからない。
たがら小走りに研究所へと向かい、ノックもままならないままにドアノブを捻った。
そうして控え目に彼の名を呼んでみたのだけれど、
「な、何をしてるんですか!?!?!?」
自分でもびっくりするくらいの大きな声が上がった。
でもそれも仕方ない。だって部屋中に鋭利な刃物が浮かび上がり、それがシオンさんに向かおうとしているのだから。
犯人は、考えなくてもわかる。
「アロイス様!!!!!!」
勢いのまま非難を込めて名を呼べば、ガシャンガシャンと騒がしい音を立てて浮かび上がっていた物たちが全て地面へと落下した。
彼の肩が小さく飛び上がったように見えたのは、恐らく見間違いだろう。
「シオンさん! 無事ですか!?」
「おかげさまで」
いつもと変わらない調子で言ってのけるシオンさんにわたしの方が腰が抜けそうになるけれど、何とか息を吐き出すだけで留まった。
彼の近くで『最悪ボクがなんとかしてたナ!』と言っている可愛らしい猫(?)さんがいるけれど、いつの間にしゃべる猫さんなんて飼い始めたのだろう。
やっぱりこの森は不思議なことが多いなぁ、なんて、思っている場合じゃない。
わたしは振り返り、臆することなくアロイス様を睨み付けた。
大切な人を危険に晒されてまで、臆病でなんていられない。
「わたしを嫌うのは勝手にしてくださって結構です。でも、シオンさんを傷付けるのは絶対に許しません」
ズカズカと歩み寄れば、アロイス様はふいと顔を逸らした。
「貴方はとても意地の悪い人ですが、ここまで酷い人だとは思っていませんでした」
本当に、あの頃とは違うのだ。
彼はもう、わたしが好きになった彼ではない。
「幻滅しました」
こんな風に力で他人の人生を踏みにじるような人だったなんて。
しかし、彼は強者で私は弱者だということに変わりはない。
「先ほどシオンさんにしようとしていたことをわたしにすれば、貴方の気は晴れますか? でしたらどうぞ。わたしのことは煮るなり焼くなり好きにしてください。ですが、お願いですからこの森を荒らすことだけはしないでください」
温度の無い声で淡々と告げると、ゆっくりと金の瞳がこちらを向いた。
見下ろされているが、不思議と圧迫感はなく、どこかアロイス様の瞳が戸惑いに揺れているような気がした。
「──ない」
「…?」
「そんなこと、しない」
「………ではアロイス様は、一体何のためにここに来たんです…?」
そんな率直な疑問を投げかければ、彼が奥歯を擦り合わせた音が聞こえた。
はじめて見るような歪んだ表情を浮かべて、
「」
聞こえないほどの声で何かを呟き──そして、ぽたりぽたりと、わたしの頬に生暖かいものが落ちてきた。
わたしが驚愕に目を見開いているうちに、アロイス様はずるずると濡れた雑巾のように重たげな足取りで、研究室から出て行った。
その後を慌てた様子で猫さんが追っていくのを、わたしは茫然と眺めた。
何が可笑しいのか、シオンさんが背後で「若いなぁ」と呟いてクツクツと笑っている。
何が何だか、本当に、わけがわからない。
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