21 / 34
21.日常
しおりを挟む
「3番、46番、発芽。その他は変化なし…と」
踏みならされた土道を歩きながら、記録帳にペンを走らせる。
ここはシオンさんが開拓した農場で、この一角はイアルイの森でしか成長しない植物の、品種改良のための検証の場所。
他にも薬草区間や食用植物区間などと色々あって、かなり立派な農園だ。
わたしは、シオンさんの魔法の術式なんかを踏まないように気を付けながら、できる範囲の手伝いをしている。
主に経過観察だとか水やりだとか、簡単なことだ。
そういった簡単なことが積み重なって、やる事が多い。でもお陰で充実している。
勿論強要されることもなく(寧ろもっと頼ってほしいのに、シオンさんは基本一人で何でも進めてしまう)、わたしはいつも自由気ままに働かせてもらっている。
「きみ」
「んひゃぁっ!」
唐突に背後から声を掛けられ飛び上がった。
静かで広大な土地にいると、たびたび自分だけの世界に没頭してしまうことがある。
そんな時に限ってシオンさんは、一切の気配もなく人の背後に立ってくるのだ。
「もう何回も言ってますけど、音もなく後ろに立つのはやめてくださいってば!」
「ああ、すまない」
驚かせたいわけではないようで、注意のたびに申し訳なさそうにしゅんとしている(ように見える気がする)。
そうしてわたしは「ぐぬぬ…」と押し黙ってしまうのが常だ。
「これを見て欲しくて。ほら、前に話しただろう。これがA2だ」
そう言ってA2なる赤い果実をわたしに握らせたシオンさんに、
「りんごですか?」
「違う。りんごに見えるが、りんごじゃないんだ。底が赤黒くて大ぶりなのが特徴だ」
「なるほど?」
他にも、名前がないせいで記号で呼ばれる様々なものが、この森にはある。また余談だけれど、Bから始まるのはバナナもどきだそう。
「味は勿論、食感も違う。食べてみればわかる」
「はあ」
「だからこれを持って大人しく家へ戻れ」
「え」
「もうすっかり日も暮れている。労働時間外に働くのは止してくれと、それこそ何度も言っているはずだ」
「あ」
シオンさんの言葉と見上げた空の色に、自分が作業に没頭しすぎてしまっていたことに気付かされた。
「ここ最近のキミは、僕に注意が出来る立場ではないぞ」
確かに。研究没頭型で休むということを知らないシオンさんに、いつも口煩く注意をしていたのはわたしだ。
『物事を効率的に行うには、適度な休息も必要なんですよ!』
『……』
『返事は?』
『……ああ』
『ほんとにわかってるんですか?』
『……善処する』
『もー…』
なんてやりとりをした記憶だってあるのに。
いつの間にか立場が逆転している。
「キミが僕に言った言葉を、今度は僕がキミに言い聞かせる必要があるか?」
「い、いえ、結構です! わかりました、もう切り上げますから!」
「よし、良い子だ」
ぽむぽむと頭を撫でられると、体から力も気も抜けていく。
ふにゃりとしたまま目を閉じて手のひらの感触を味わっていれば、頭上で「ふっ」と吹き出すような声がした。
視線を上げれば、シオンさんがわたしを撫でている方とは逆の手で口元を隠し、視線を逸らしながら、
「失礼」
そう言うが、肩が揺れているのがバレバレである。
──なんだなんだ、そんなに可笑しいか。
またジト目で見上げる。
なるほどわたしがこれに弱いことに、シオンさんは気付いていたわけだ。
「いやなおとなだ……」
「そうむくれるな。そら、モタモタしているうちに良い子が寝る時間に間に合わなくなるぞ」
「……あのですね、シオンさん。言っておきますが貴方が思うほどわたしは子どもじゃありません。自立した、立派な、貴方と同じ大人なんですからね!」
「ははは」
なんて気持ちのこもっていない笑い声だろう。
「ではレディ。森は夜が深くなるほど足元も危うい。僭越ながらエスコートさせていただこう」
そう言って手を取られ半ば強制的に家まで送り届けられたわけだけれど、その様はエスコートと言うよりはただの世話焼きのそれである。
踏みならされた土道を歩きながら、記録帳にペンを走らせる。
ここはシオンさんが開拓した農場で、この一角はイアルイの森でしか成長しない植物の、品種改良のための検証の場所。
他にも薬草区間や食用植物区間などと色々あって、かなり立派な農園だ。
わたしは、シオンさんの魔法の術式なんかを踏まないように気を付けながら、できる範囲の手伝いをしている。
主に経過観察だとか水やりだとか、簡単なことだ。
そういった簡単なことが積み重なって、やる事が多い。でもお陰で充実している。
勿論強要されることもなく(寧ろもっと頼ってほしいのに、シオンさんは基本一人で何でも進めてしまう)、わたしはいつも自由気ままに働かせてもらっている。
「きみ」
「んひゃぁっ!」
唐突に背後から声を掛けられ飛び上がった。
静かで広大な土地にいると、たびたび自分だけの世界に没頭してしまうことがある。
そんな時に限ってシオンさんは、一切の気配もなく人の背後に立ってくるのだ。
「もう何回も言ってますけど、音もなく後ろに立つのはやめてくださいってば!」
「ああ、すまない」
驚かせたいわけではないようで、注意のたびに申し訳なさそうにしゅんとしている(ように見える気がする)。
そうしてわたしは「ぐぬぬ…」と押し黙ってしまうのが常だ。
「これを見て欲しくて。ほら、前に話しただろう。これがA2だ」
そう言ってA2なる赤い果実をわたしに握らせたシオンさんに、
「りんごですか?」
「違う。りんごに見えるが、りんごじゃないんだ。底が赤黒くて大ぶりなのが特徴だ」
「なるほど?」
他にも、名前がないせいで記号で呼ばれる様々なものが、この森にはある。また余談だけれど、Bから始まるのはバナナもどきだそう。
「味は勿論、食感も違う。食べてみればわかる」
「はあ」
「だからこれを持って大人しく家へ戻れ」
「え」
「もうすっかり日も暮れている。労働時間外に働くのは止してくれと、それこそ何度も言っているはずだ」
「あ」
シオンさんの言葉と見上げた空の色に、自分が作業に没頭しすぎてしまっていたことに気付かされた。
「ここ最近のキミは、僕に注意が出来る立場ではないぞ」
確かに。研究没頭型で休むということを知らないシオンさんに、いつも口煩く注意をしていたのはわたしだ。
『物事を効率的に行うには、適度な休息も必要なんですよ!』
『……』
『返事は?』
『……ああ』
『ほんとにわかってるんですか?』
『……善処する』
『もー…』
なんてやりとりをした記憶だってあるのに。
いつの間にか立場が逆転している。
「キミが僕に言った言葉を、今度は僕がキミに言い聞かせる必要があるか?」
「い、いえ、結構です! わかりました、もう切り上げますから!」
「よし、良い子だ」
ぽむぽむと頭を撫でられると、体から力も気も抜けていく。
ふにゃりとしたまま目を閉じて手のひらの感触を味わっていれば、頭上で「ふっ」と吹き出すような声がした。
視線を上げれば、シオンさんがわたしを撫でている方とは逆の手で口元を隠し、視線を逸らしながら、
「失礼」
そう言うが、肩が揺れているのがバレバレである。
──なんだなんだ、そんなに可笑しいか。
またジト目で見上げる。
なるほどわたしがこれに弱いことに、シオンさんは気付いていたわけだ。
「いやなおとなだ……」
「そうむくれるな。そら、モタモタしているうちに良い子が寝る時間に間に合わなくなるぞ」
「……あのですね、シオンさん。言っておきますが貴方が思うほどわたしは子どもじゃありません。自立した、立派な、貴方と同じ大人なんですからね!」
「ははは」
なんて気持ちのこもっていない笑い声だろう。
「ではレディ。森は夜が深くなるほど足元も危うい。僭越ながらエスコートさせていただこう」
そう言って手を取られ半ば強制的に家まで送り届けられたわけだけれど、その様はエスコートと言うよりはただの世話焼きのそれである。
579
お気に入りに追加
4,218
あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました

氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる