【完結】お世話になりました

こな

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21.日常

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「3番、46番、発芽。その他は変化なし…と」

 踏みならされた土道を歩きながら、記録帳にペンを走らせる。
 ここはシオンさんが開拓した農場で、この一角はイアルイの森でしか成長しない植物の、品種改良のための検証の場所。
 他にも薬草区間や食用植物区間などと色々あって、かなり立派な農園だ。

 わたしは、シオンさんの魔法の術式なんかを踏まないように気を付けながら、できる範囲の手伝いをしている。
 主に経過観察だとか水やりだとか、簡単なことだ。
 そういった簡単なことが積み重なって、やる事が多い。でもお陰で充実している。
 勿論強要されることもなく(寧ろもっと頼ってほしいのに、シオンさんは基本一人で何でも進めてしまう)、わたしはいつも自由気ままに働かせてもらっている。

「きみ」

「んひゃぁっ!」

 唐突に背後から声を掛けられ飛び上がった。
 静かで広大な土地にいると、たびたび自分だけの世界に没頭してしまうことがある。
 そんな時に限ってシオンさんは、一切の気配もなく人の背後に立ってくるのだ。

「もう何回も言ってますけど、音もなく後ろに立つのはやめてくださいってば!」

「ああ、すまない」

 驚かせたいわけではないようで、注意のたびに申し訳なさそうにしゅんとしている(ように見える気がする)。
 そうしてわたしは「ぐぬぬ…」と押し黙ってしまうのが常だ。

「これを見て欲しくて。ほら、前に話しただろう。これがA2だ」

 そう言ってA2なる赤い果実をわたしに握らせたシオンさんに、

「りんごですか?」

「違う。りんごに見えるが、りんごじゃないんだ。底が赤黒くて大ぶりなのが特徴だ」

「なるほど?」

 他にも、名前がないせいで記号で呼ばれる様々なものが、この森にはある。また余談だけれど、Bから始まるのはバナナもどきだそう。

「味は勿論、食感も違う。食べてみればわかる」

「はあ」

「だからこれを持って大人しく家へ戻れ」

「え」

「もうすっかり日も暮れている。労働時間外に働くのは止してくれと、それこそ何度も言っているはずだ」

「あ」

 シオンさんの言葉と見上げた空の色に、自分が作業に没頭しすぎてしまっていたことに気付かされた。

「ここ最近のキミは、僕に注意が出来る立場ではないぞ」

 確かに。研究没頭型で休むということを知らないシオンさんに、いつも口煩く注意をしていたのはわたしだ。

『物事を効率的に行うには、適度な休息も必要なんですよ!』

『……』

『返事は?』

『……ああ』

『ほんとにわかってるんですか?』

『……善処する』

『もー…』

 なんてやりとりをした記憶だってあるのに。
 いつの間にか立場が逆転している。

「キミが僕に言った言葉を、今度は僕がキミに言い聞かせる必要があるか?」

「い、いえ、結構です! わかりました、もう切り上げますから!」

「よし、良い子だ」

 ぽむぽむと頭を撫でられると、体から力も気も抜けていく。
 ふにゃりとしたまま目を閉じて手のひらの感触を味わっていれば、頭上で「ふっ」と吹き出すような声がした。
 視線を上げれば、シオンさんがわたしを撫でている方とは逆の手で口元を隠し、視線を逸らしながら、

「失礼」

 そう言うが、肩が揺れているのがバレバレである。
 ──なんだなんだ、そんなに可笑しいか。
 またジト目で見上げる。
 なるほどわたしがこれに弱いことに、シオンさんは気付いていたわけだ。

「いやなおとなだ……」

「そうむくれるな。そら、モタモタしているうちに良い子が寝る時間に間に合わなくなるぞ」

「……あのですね、シオンさん。言っておきますが貴方が思うほどわたしは子どもじゃありません。自立した、立派な、貴方と同じ大人なんですからね!」

「ははは」

 なんて気持ちのこもっていない笑い声だろう。

「ではレディ。森は夜が深くなるほど足元も危うい。僭越ながらエスコートさせていただこう」

 そう言って手を取られ半ば強制的に家まで送り届けられたわけだけれど、その様はエスコートと言うよりはただの世話焼きのそれである。
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