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13.役目
しおりを挟むもう何だっていい。そんな風に匙を投げたところを、「いやいやまだですよ」と握り直させられたような状況に、今まさに直面している。
分かりづらい例えを止めると、
「変わりないだろうか」
いつも通り涼し気な美丈夫が平然と離宮を訪ねてきて、私の前に座ってお茶を嗜んでいる。
「……お、おかげさまで……」
ものすごくデジャヴを感じる。
しかし「おかげさまで本当の意味で変わらない毎日を過ごしています」なんて言えるはずもなく。
「いい天気だな。テラスにしてよかった」
「……」
「離宮から出るな」「はい」のやり取り以来ですよ。
気まずいとかないのでしょうか、私はあります。
というかもはや気まずいなんてものではなく、私は彼に対して恐怖を抱いていた。
喉はカラカラに乾いていて、でもお茶に手を付ける気になんてなれない。
何がどうして私と面と向かって同じテーブルに付く気になったのだろう──と、それについての確信に近い憶測はもう立っている。
「………殿下…クリスティナ様を差し置いて、私などにお時間を割いていて宜しいのですか…?」
彼の眉間に小さく皺が寄る。
予想通り、やはり彼女の話はタブーらしい。
単なる痴話喧嘩などで気を浮き沈みさせたりする人ではない。
婚約の話が進むまで女性関係には不自由していなかったらしいが(ある意味言い寄られすぎて不自由はしただろうけど)、クリスティナ様に飽きたから違う女を試そうなどという軽薄な行動を取る人でもない。
機械人形かのように公務を熟す人だ。
誰よりも何よりも、それを第一としている。次期王として満点とも言えるような人。
そんな人が愛する王太子妃を差し置いて私のもとへ来たと言うことは、世継ぎの問題でもあったのだろう。
側室としての役割を求められる時が来てしまったのだ。
ゼイノッド様が殿下の良い印象を私に聞かせたのは、今後のことを思ってのことだったのだろうか。
離宮に閉じこもっている私には噂話など届かないから、もしかしたらもう城では二人の関係についての色々が周知のことなのかもしれない。
この人はそこに心がなくとも、務めであるならば私のことも抱けるだろう。
クリスティナ様が私を邪険に扱う理由も頷ける。
だって心を通わせ合う二人の間で、私は本当に邪魔者だ。そりゃあ、お茶を被る羽目にもなる。
(………でも、私だって嫌ですよ)
逃げ出したい、今すぐこの場所から、彼の前から。
あの時頷いた馬鹿な自分が憎らしい。
この人に触れられたいなどと、もう少しも望めない自分になってしまったのに。今更こんなことになるなんて。
どうせなら私のことを素直に道具として扱えばいいのに、妙に義理立てされても返って嫌悪感しか生まれない。
小さく息を吐き、呼吸を整える。
「殿下、はっきりと仰っていただいて構いません」
お膳立てなどいらない。必要な時にだけ使えばいい。その為に置いておいた側室なのだから。
「………呼び方」
「?」
「そうではなかっただろう。これまで通りに呼んでほしい」
「…………………はい?」
珍しく逡巡した様子で、その後ぽつりと溢すように言うものだから何かと思えば………そこ?
「えっと…殿下、本題の方を」
「…………」
こちらをじっと見据え沈黙を貫く彼に口元が引き攣りそうになる。
結局圧に負けて「ヨシュア様…」と渋々呼び掛けた。
「ああ。では単刀直入に言うが、王太子妃が身籠らないため、君との関係の方を進めるべきと判断された」
聞いておいて何だが、吐き気を催すような回答だ。
明け透けにもほどがある。
「……ヨシュア様は、それでいいのですか」
クリスティナ様に情があるわけではないけれど、同じ女として心苦しくは思う。彼女の心中は私では計り知れない。
「魔力量のみで伴侶を決めるなど馬鹿げていると思わないか。だが、君も知っての通りこの馬鹿げた習わしが王家の規則だ。例え俺がごねたところで覆せるものではない」
だから、クリスティナ様を想いながらでも私と子を成すというのだろうか。まぁ冷酷無慈悲で有名な殿下なのだから、その選択も不思議ではない。
「しかしその規則の中でも、良い関係を結べると俺は思っている」
え? と思わず間の抜けた反応をしてしまう。
「…それは、私とヨシュア様の関係のお話ですか…?」
「ああ」
あまりに即答で呆気に取られてしまう。
今更良い関係などと、彼にしては随分と能天気な希望だと思い、息を吐くような乾いた笑いがこぼれた。
「愛もないのに、夫婦は成立しますでしょうか」
視線を落として、半ば独り言のように呟いた。
少しの沈黙の後「先王の逝去の話はここまで届いているか?」と彼は言った。
「世継ぎを急かされていたのは先王の希望があったからだ。それが無くなった今、俺たちは急ぐ必要などはない。──時間を掛けていけばいい。その末に俺を受け入れてくれたら嬉しい」
抑揚のない声が淡々と告げる。
私は顔を上げられず、言葉も返せず、ただ込み上げる吐き気を抑えることに必死だった。
「また会いに来る」という言葉を最後に、茶会はお開きになった。
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