愛してほしかった

こな

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5.聖女の仕事

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 他者からの気遣いや哀れみの目には慣れつつある。

「体が開いた日には必ずと言っていいほど王太子妃の下へお目通りになるそうよ」

「随分と入れ込んでいらっしゃるのねぇ。まぁクリスティナ王太子妃は御家柄も良いし、何よりあの美貌だものね。レネ様には悪いけど、お二人の方がよっぽどお似合いだわ」

「元々あの方では役者不足だったのよ。ほら、いまいちぼんやりとしか印象に残らないと言うか、威厳がないと言うか…。パッとしないじゃない」

 私は王宮敷地内の離宮に暮らしているけれど、宮廷教会へ通うために王城内を通ることがしばしばある。
 なのでこういった話はよく耳に入ってくる。

「数日後にはケロッとして教会に顔を出していたそうだから、彼女も案外図太いんじゃない? それか単に──」

 そう、私は馬鹿だから、自分の選択が正しかったのかそうでなかったのかもわからない。
 でも上手く表情が取り繕えているようなら、それは喜ばしいことだ。





「お疲れさまです。痛みは和らいだと思いますが完治まではまだ掛かりますので、暫くは安静にしてくださいね。薬室からお薬を出していただくのをお忘れないように」

 治癒魔法を必要として教会に駆け込んでくる人は少なくない。
 特に近しい場所にある騎士団基地から、兵士たちが大小さまざまな怪我を抱えてやってくる。
 魔物討伐の団体が帰った時などはてんやわんやになることもある。

 とはいえ基本的には教会特有の静謐さを保つ凪いだ場所で、部屋に籠っているよりもずっとここは居心地がいい。

「レネ様、そろそろ休憩を取りましょう。中庭にお茶の用意をしていますので」

 治療を施した騎士を見送った後、教会のシスターであるセレナの声に振り返る。
 彼女を含め、ここに属する人達は私を哀れんだり蔑んだりせずに、これまでと変わらず優しく接してくれる。

 笑顔で彼女の誘いに応じようとした時、

「あの、すみません」

 背後から声が掛かり、振り返れば素朴な格好をした青年が立っていた。
 比較的小柄で、同い年くらいだろうか。ベルトに引っ掛けてある作業道具や土で汚れたブーツなどを見て、庭師だろうということは見当が付く。

「ちょっとヘマをしてしまって、こちらで治療を頼むよう言われてきたんですが」

 お願いできますか、と彼は控えめに手を差し出した。
 厳密にいえば人差し指。その先はぱっくりと裂けていた。たぶん見ようと思えば骨が見えるほど。
 先ほどまで反対の手で握っていたのだろうが、手を離せばパカパカとまた肉が浮いて、血が流れ出ている。

 慌てて彼の手を取り魔法をかける。
 手を握った拍子に彼がギョッとしながら「血が、」なんて言っているけれど、そんなことをいちいち気にしていたら治療なんてできない。

 淡い光が広がり、少しの間彼の手を握って、離すころには指は正常な形を取り戻した。
 ふぅと小さく息を吐く。

「すごい…こんなに簡単に治るもんなんですね─イデッ」

 自分の手を眺めながら感心したように言う彼の頭を、ぽかりとセレナが殴った。

「簡単じゃないわよ! もっと敬意を払いなさい!」

 殴られた頭を押さえながらハッとした青年は、私に向けて深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」そう言う彼に、セレナは腕を組み鼻を鳴らし、何故だか得意げにしていた。

「大丈夫ですよ。そんなに頭を下げないで、ゆっくり上げてください。血が沢山出ていたので、気持ちが悪くなっていませんか?」

 彼は私の言葉通りゆっくりと顔を上げたけれど、目を丸めて不思議そうな顔をしていた。




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