愛してほしかった

こな

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2.はじまり

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 彫刻のような方だと彼を称える言葉の裏には、一種の皮肉も隠されていると思う。
 端正なかんばせはまさに造り物のように美しく、星光を映したような銀の髪、冬の海を彷彿とさせる冷たく深いグレーの瞳は、ガラス玉のように反射して彼の真意を覗かせない。

 人間味を感じさせない雰囲気が、側から見れば冷たく硬質的なのだ。

 そんな王国第一王子である彼─ヨシュア・ユーツべルク様と、辺境地の田舎令嬢だった私─レネ・エランズが婚約に至ったのは、私が少しばかり人より魔力を多く有していたからだった。

 王都から離れた豊かな地であるエランズ領は、素晴らしい大自然の景観と住み良い田舎町が連なり、その牧歌的雰囲気が人々に好まれ慰安の地として親しまれていた。

 王家も例外でなく、国王お気に入りの立派な別荘が我が家の敷地から1キロほど先にあった。

 そういった環境もあって、幼い頃に私とヨシュア様は顔を合わせた。

 森の湖畔で一人まどろんでいたところにヨシュア様が現れたのが初めまして。
 彼はその頃から落ち着いていて、幼さ故に無邪気に声を掛けて気まずい思いをしたのを今でもよく覚えている。

 でも何度か顔を合わせるうちに彼のペースにも慣れて、私は彼に懐くようになった。

 大雑把な教養しか得ていなかった無知な私とは違いヨシュア様はとても博識で、私が聞けば何でも教えてくれた。
 あれは?これは?と彼にねだるように問うて、ヨシュア様はそれに淡々と答える。

 彼は単なる気まぐれだったのだろうけど、私にとってはかけがえのない時間で、あっという間に彼を好きになった。

「俺の婚約者候補に君を推薦しておいた」

 前触れなく切り出したヨシュア様に、私は言葉を返せないまま瞬きだけを繰り返した。

「君はいわゆる聖女と呼ばれる類の人種だ。君も、君の家族も、揃ってこの手の事に疎いようだが。有益な存在であるため王家に嫁ぐ、または王都で相応の任に就くことが定石とされている。俺も先代の例に漏れず魔力の高い聖女を婚約者候補として数人控えさせているが、見たところ君が一番適任だ」

 つらつらと述べられても半分も理解できなかった。

 魔力とは生きとし生けるもの全てに宿る特殊な力であり、一般的にはささやかな生活魔法が行えるくらいに備えられている。──これは誰もが知っていること。
 しかし中にはそれ以上の力を行使できる者がおり、特に癒しの魔力は貴重とされ、それを持つ乙女は聖女と呼ばれて尊ばれている。

 と、彼は呆ける私に丁寧に説明した。

 つまるところ私は、王子の婚約者レースに参加する条件を満たしていて、知らない間にスタートラインに立たされたという事らしい。

 ヨシュア様は既に私の家にも話を通していて、残るは私の意のみだった。
『聖女ならば当たり前だろう』という周りからの圧や、私が彼の元に嫁げばエランズ家に多大な利が約束されること、それを含めて栄誉あることに喜ぶ家族。
 何より私はヨシュア様のことが好きだったので、断る理由はなかった。




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