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三者の想い
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「皆さまの経験と、大人としての矜持に期待しています。無論、些少ではありますが給金もご用意いたします」
そういうとサブリナが手にしていた書類を数枚手渡す。そこには王国語で、学生がアルバイトする程度の金額が書き込まれていて、契約内容が書き連ねられている。文字の読み書きが出来ない者には隣の男が読んでやった。バカにしているかのような額ではあるが、男たちは誰一人として不満を口にしない。
「いかがでしょう、ご興味がある方はいらっしゃいませんでしょうか」
一人一人の目を見詰めて、言葉が返ってこないかを問いかける。誰一人返事をしないが、迷っている様子を浮かべている者がいた。ラファは歩み寄ると、その男のすぐ傍で立ち止まる。
「銀獅子の咆哮、勇敢なる者」
「これが何かわかるのか?」
よれよれになった服にある刺繍と、酸化したバッヂに手を当てた男が動揺する。
「平民より選抜された王国の先導者、度重なる不遇にも負けずに挑み続けた勇者。もう一度王国の為に、この国の未来を担う宝である子供たちを守ってはくれませんでしょうか?」
「俺は……子供の世話なんてしたこともないし、出来るとも思ってない。けど、見守る位はやれる。そんなのでもいいのか?」
「いまあの子たちに必要なのはその見守りですわ。痛みも悲しみも知っている大人が必要なのです」
男は口をパクパクとさせてから、椅子を降りてその場で膝をついた。
「また誰かの役に立てるってなら、俺を雇ってください」
「ありがとうございます。子供たちの事を見ていてあげて下さい。もし興味がある方がいらっしゃれば、これから孤児院へ向かうので仰ってください。外でお待ちしています」
そういって微笑むと、サブリナらを連れて廃兵院の外へ出て行く。馬車の中で目を閉じて小一時間待つ「お嬢様、志願者が外に並んでおります」サブリナが小窓からそう呼びかけた。扉を開けて降りると、そこには二十人以上の男達が並んで待って居るではないか。
「皆さまのお心にラファ・ブラウンベリーが感謝を申し上げます。孤児院へ向かいましょう」
大勢でのろのろと動き出す、さして遠くはないので足を患っている者が居ても長くはかからなかった。いきなりみなで行くと子供を不安がらせてしまうので、代表者を一人だけ連れて建物へと入る。
「皆さん、おはようございます。シスターレイナはいらっしゃるかしら」
「お嬢様! はい、案内しますのでどうぞこちらです!」
マリアンヌが奥の部屋へと先導するので、黙ってそれについていく。サブリナは馬車に積んできていたパンを子供たちに配ってやって後ろへ続いた。部屋ではシスターがベッドに寝ていて、気づくと枕を背にして半身起き上がった。
「お見苦しい姿で恐縮です」
「いえ、お気になさらずに。シスターレイナ、本日は私より提案がございますの」
「提案ですか?」
首を傾げてラファを見る。見覚えが無い傷病者が一人後ろに居るが、何だろうかとも。マリアンヌは出来るだけ邪魔にならないようにと、息を殺してじっとしていた。
「廃兵院の方々に、交代でこちらに来ていただいて、子供たちの見守りをしていただこうかと考えていますわ。もちろんお給金はこちらでお支払いいたします、僅かな額でしかありませんけど」
「ああ、廃兵院のお方でしたか。でもどうして」
「シスターに無理がかからないようにと、子供たちに異変が起こらないかを見ていてもらうためにですわ」
確かに今のままでは数日ベッドのうえから動けないこともあるし、何かあっても直ぐには対応出来ない。人の目があるなら安心出来るが、逆に子供たちを不安がらせるかも知れない。
「えーと、シスター。俺達は廃兵院で何もせずに、ただ過去のことを思い出しては時間を無駄にすごしてきていたんだ。けどお嬢様が俺達でも役に立てるって仕事を持って来てくれた。だから心配しないでほしい、俺達にとっても必要とされることが嬉しいんだ、子供たちと上手く接することが出来るかはわからねぇけど、出来る限りの努力はするから」
「ああ、神よ、なんと良い方に引き合わせていただけたことでしょう。どうか、どうかよろしくお願いいたします」
人というのは自分の居場所を求めるもので、そうだと決めたら大事にするものでもある。他では厄介者扱いされてばかりなのに、こんなにもありがたがられたらそこを守ろうとする。双方にとってより良い出会いとはこの事。
「そうと決まれば実務を詰めましょう。マリアンヌ、お手伝いしてくださいね」
「はい、お嬢様!」
建物を出ると、外で皆と大まかな話し合いをする。孤児院の責任者はシスターだが、実務についてはマリアンヌが役目を引き受けた。廃兵院からは日に三交替で二人ずつ、二十人で週に二度ここを訪れて様子を見守るという形に落ち着いた。ラファもまた、たまに様子を見に来ると約束する。
「お嬢様にお願いがあるの!」
「なにかしらマリアンヌ」
「あたしが大きくなったら、お嬢様のところで働かせてください! まだ弟妹が小さいうちはここで頑張ります!」
「ふふ、待っているわよ」
「絶対ですよ、あたし必ずお嬢様の役に立ちますから!」
真剣にラファを見詰めて想いを言葉にする。ラファは微笑して、首に巻いていたスカーフを外すとマリアンヌに巻いてやった。
「約束の印としてこれをマリアンヌに差し上げます。ブラウンベリー家に連なる証よ」
まだ婚約者の状態なので、新調した装飾品にはブラウンベリー子爵家紋が刻印されている。いずれブルボナ伯爵家のものに変わるまでは、こちらが正式なものだ。
「これ大切にします!」
馬車に乗り込むと孤児院を後にする。マリアンヌは馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。対面に座っているサブリナが余計なことと知りつつ声を出す。
「将来マリアンヌがやって来ることがあれば、私が侍女としての振る舞いを教育させて頂きます」
「ありがとう、サブリナの最大限の誉め言葉だと受け取りますわ」
なるほどラファは他者を行動させる何かを持っている、そう感じた。そしてこれはブルボナ伯爵にとっても非常にプラスであるとも。報告したいことが山ほどあると考えていてふと気づく、いつのまにか報告すべきことからしたいことになっていると。心境の変化、いつからだったかもう覚えてなどいなかった。
そういうとサブリナが手にしていた書類を数枚手渡す。そこには王国語で、学生がアルバイトする程度の金額が書き込まれていて、契約内容が書き連ねられている。文字の読み書きが出来ない者には隣の男が読んでやった。バカにしているかのような額ではあるが、男たちは誰一人として不満を口にしない。
「いかがでしょう、ご興味がある方はいらっしゃいませんでしょうか」
一人一人の目を見詰めて、言葉が返ってこないかを問いかける。誰一人返事をしないが、迷っている様子を浮かべている者がいた。ラファは歩み寄ると、その男のすぐ傍で立ち止まる。
「銀獅子の咆哮、勇敢なる者」
「これが何かわかるのか?」
よれよれになった服にある刺繍と、酸化したバッヂに手を当てた男が動揺する。
「平民より選抜された王国の先導者、度重なる不遇にも負けずに挑み続けた勇者。もう一度王国の為に、この国の未来を担う宝である子供たちを守ってはくれませんでしょうか?」
「俺は……子供の世話なんてしたこともないし、出来るとも思ってない。けど、見守る位はやれる。そんなのでもいいのか?」
「いまあの子たちに必要なのはその見守りですわ。痛みも悲しみも知っている大人が必要なのです」
男は口をパクパクとさせてから、椅子を降りてその場で膝をついた。
「また誰かの役に立てるってなら、俺を雇ってください」
「ありがとうございます。子供たちの事を見ていてあげて下さい。もし興味がある方がいらっしゃれば、これから孤児院へ向かうので仰ってください。外でお待ちしています」
そういって微笑むと、サブリナらを連れて廃兵院の外へ出て行く。馬車の中で目を閉じて小一時間待つ「お嬢様、志願者が外に並んでおります」サブリナが小窓からそう呼びかけた。扉を開けて降りると、そこには二十人以上の男達が並んで待って居るではないか。
「皆さまのお心にラファ・ブラウンベリーが感謝を申し上げます。孤児院へ向かいましょう」
大勢でのろのろと動き出す、さして遠くはないので足を患っている者が居ても長くはかからなかった。いきなりみなで行くと子供を不安がらせてしまうので、代表者を一人だけ連れて建物へと入る。
「皆さん、おはようございます。シスターレイナはいらっしゃるかしら」
「お嬢様! はい、案内しますのでどうぞこちらです!」
マリアンヌが奥の部屋へと先導するので、黙ってそれについていく。サブリナは馬車に積んできていたパンを子供たちに配ってやって後ろへ続いた。部屋ではシスターがベッドに寝ていて、気づくと枕を背にして半身起き上がった。
「お見苦しい姿で恐縮です」
「いえ、お気になさらずに。シスターレイナ、本日は私より提案がございますの」
「提案ですか?」
首を傾げてラファを見る。見覚えが無い傷病者が一人後ろに居るが、何だろうかとも。マリアンヌは出来るだけ邪魔にならないようにと、息を殺してじっとしていた。
「廃兵院の方々に、交代でこちらに来ていただいて、子供たちの見守りをしていただこうかと考えていますわ。もちろんお給金はこちらでお支払いいたします、僅かな額でしかありませんけど」
「ああ、廃兵院のお方でしたか。でもどうして」
「シスターに無理がかからないようにと、子供たちに異変が起こらないかを見ていてもらうためにですわ」
確かに今のままでは数日ベッドのうえから動けないこともあるし、何かあっても直ぐには対応出来ない。人の目があるなら安心出来るが、逆に子供たちを不安がらせるかも知れない。
「えーと、シスター。俺達は廃兵院で何もせずに、ただ過去のことを思い出しては時間を無駄にすごしてきていたんだ。けどお嬢様が俺達でも役に立てるって仕事を持って来てくれた。だから心配しないでほしい、俺達にとっても必要とされることが嬉しいんだ、子供たちと上手く接することが出来るかはわからねぇけど、出来る限りの努力はするから」
「ああ、神よ、なんと良い方に引き合わせていただけたことでしょう。どうか、どうかよろしくお願いいたします」
人というのは自分の居場所を求めるもので、そうだと決めたら大事にするものでもある。他では厄介者扱いされてばかりなのに、こんなにもありがたがられたらそこを守ろうとする。双方にとってより良い出会いとはこの事。
「そうと決まれば実務を詰めましょう。マリアンヌ、お手伝いしてくださいね」
「はい、お嬢様!」
建物を出ると、外で皆と大まかな話し合いをする。孤児院の責任者はシスターだが、実務についてはマリアンヌが役目を引き受けた。廃兵院からは日に三交替で二人ずつ、二十人で週に二度ここを訪れて様子を見守るという形に落ち着いた。ラファもまた、たまに様子を見に来ると約束する。
「お嬢様にお願いがあるの!」
「なにかしらマリアンヌ」
「あたしが大きくなったら、お嬢様のところで働かせてください! まだ弟妹が小さいうちはここで頑張ります!」
「ふふ、待っているわよ」
「絶対ですよ、あたし必ずお嬢様の役に立ちますから!」
真剣にラファを見詰めて想いを言葉にする。ラファは微笑して、首に巻いていたスカーフを外すとマリアンヌに巻いてやった。
「約束の印としてこれをマリアンヌに差し上げます。ブラウンベリー家に連なる証よ」
まだ婚約者の状態なので、新調した装飾品にはブラウンベリー子爵家紋が刻印されている。いずれブルボナ伯爵家のものに変わるまでは、こちらが正式なものだ。
「これ大切にします!」
馬車に乗り込むと孤児院を後にする。マリアンヌは馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。対面に座っているサブリナが余計なことと知りつつ声を出す。
「将来マリアンヌがやって来ることがあれば、私が侍女としての振る舞いを教育させて頂きます」
「ありがとう、サブリナの最大限の誉め言葉だと受け取りますわ」
なるほどラファは他者を行動させる何かを持っている、そう感じた。そしてこれはブルボナ伯爵にとっても非常にプラスであるとも。報告したいことが山ほどあると考えていてふと気づく、いつのまにか報告すべきことからしたいことになっていると。心境の変化、いつからだったかもう覚えてなどいなかった。
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