虐げられた子爵令嬢は、隣国の色黒伯爵に嫁ぎます

☆ミ

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廃兵院訪問

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「助けるって約束する!」

「そう、ありがとう。まずは私が助ける番ね、戻って一緒にパンを食べましょう」

 頭を撫でてやると手を握って建物に入った。すると、子どもたちに手を借りて椅子に座ろうとしている老婆の姿が目に入る。

「初めまして、ラファ・ブラウンベリーです」

「ゴホゴホッ、シスターレイナです。このようなみっともない姿で申し訳ございませんお嬢様」

「いえ、お気になさらずに。急に押しかけてこちらこそ申し訳ありませんでした」

 約束も無く突然やって来たのは事実だ、だからと謝罪する必要もないが。ラファがそういうと、サブリナも腰を折って頭を下げる。

「そ、そんなもったいない。このように食事を寄付して頂き感謝の念に堪えません」

「それですけれど、これから定期で提供したいと考えています。サブリナ、良いかしら?」

「もちろんで御座います、お嬢様」

 即答。もしここに伯爵が居たらどう応じたか、考えるまでもなく承諾しただろう。たとえ規模がこの百倍だとしても、ブルボナ伯爵は是としたと確信している。

「シスターレイナ、私の勝手な振る舞いをお許しいただけるでしょうか?」

「おおお、なんと。聖マリーベルとブラウンベリーご令嬢に感謝いたします。これで子供らが飢えずに済みます」

 シスターは両手を合わせて神に祈りを捧げると涙を流す。子供たちが不憫でならなかったのだ。途中で何度も咳き込んでいるのは、病気なのか寿命なのか。

「マリアンヌ、シスターを休ませてあげて下さい」

「はいお嬢様!」

「今日はこれでお暇させて頂きますけど、明日また参りますわ。それでは」

 子供たちに手を振ってやると建物を出る。振り返って見あげると、銀の十字架が掲げられている。星は一つ、シスターなどの入信者が管理をしているものという意味合いだ。

「サブリナ、私やりたいことが一つ見つかりました」

「それはよろしかったです。明日に備えて色々とお付き合いいたします」

「ええ、頼みます。ルーカス卿、帰りましょう」

 これが自分のもう一人の主になるのだなと、少し嬉しくなってしまう。胸を張って生きられる、騎士冥利に尽きる主。忠誠心を満たしてくれる人物を選ぶことなど出来る立場にない、こうなったことをそれこそ聖マリーベルに感謝した。

 その晩、ブルボナ伯爵は商談の為外出して戻らなかったので、今後の事はラファの独断で行われることとなる。使える予算は自身の品位保持予算、それを割いて手当てすることを真っ先に選んだ。朝になると直ぐに、計画した内容を実行するために屋敷を出る。

「行き先にお間違えは御座いませんか?」

「ええ、ここで合っているわ」

 馬車が停まったのは銀の十字架とグランダルジャン王国の国章が並列している白い建物。朝からその周りには数人の男達の姿があった。一様に四肢を欠損したりしている傷病者に見える。

「お嬢さんらここに何か用事かい、ブルボナ伯爵家の馬車か?」

 紋章を見てそうだと思えるならば、それ相応の知識を持ち合わせている証拠になる。新興の家門を知っている、目が曇っていないか、或いは最近ここに居るようになったか。というのも、この施設にヒントがあった。

「初めましてミスター、こちらは廃兵院で宜しかったでしょうか?」

「ああそうだよ。見ての通り、役立たずが人生を垂れ流してる最中さ」

 目を失ったり、手足を失ったりして、一人では暮らすのも大変な傷病兵士達が起居している。国家から保護を与えられているが、それは衣食住であり、あとは好きにしてくれというものだった。そのせいもあって、廃兵院の者達は他者に煙たがられ自身も卑下するような雰囲気になってしまっていた。

「中へ入っても?」

「ああ、構わないさ。ここには家族も寄り付かねぇんだ、別嬪さん大歓迎ってな」

 松葉杖で歩行を補助しながら中へといざなってくれる。ルーカスはいつ錯乱した者が襲い掛かって来るかわかったものではないので、平気な顔をしつつも警戒心を強くした。敷地内、中央の建物には談話室のような場所が設けられていて、そこには数人の中年男性らが椅子に座って談笑していた。やってきたラファ達を物珍しそうに見ている。

「あんたらは?」

 不躾な物言い。片目を失って、足も麻痺して片手が硬直している。身軽な服装ではあるが、左胸の部分にある小さな刺繍とバッヂをラファは見逃さなかった。

「初めまして、私はラファ・ブラウンベリーと申します。急な来訪ご容赦ください」

 そこで言葉を区切るとカーテシーで気品ある身のこなしをみせる。そもそも家名があること自体、貴族である証拠。けれどもブラウンベリーなど聞いたことも無い。

「此度、私は幾ばくかの人材を求めに参りました」

「おいおい、ここは廃兵院だぞ。人を雇いたけりゃもっとマシな場所に行くんだな」

 彼れも自信が無かった、健常なものらと比べられることを恐れているのもある。きっとロクな目に遭わないと察知しているのだ、過去の経験からの勘とも言える。

「こここそ私の求める人材の宝庫であると確信していますわ」

 なんだなんだと人が集まって来て、十人位になる。サブリナは素早く人物を一瞥して、不審なものがないかを探った。といっても、朝方にここに来ているのは、世間と離れてしまっている世捨て人のような者達しか居ない。

「注目頂きありがとうございます。探しているのは、孤児院の子供たちの世話役ですわ」

「ガキの世話だって?」

 荒くれ者は兵士になって働くよりも、傭兵、或いは盗賊のようなことをしているのが多い。ここに居るのは国の為に兵士になり傷病を患った者達だけ、決して気性が激しいわけではない。

「年端も行かない子供たちが寄り添い暮らしています。ですが孤児院の管理者であるシスターは齢八十の老婆一人。起居することすら困難で、子供たちは生きることすらままなりません。孤児院の子供が自力で生きていけるようになるまで、大人として助けてあげて欲しいのです」

「八十歳のばあさんだけかよ……それは、確かにキツいな」

 ともすれば自分たちの母親と同年代で、弱った親の事を思い出している者もいるようだ。それに比べたら、まだ自分たちの方が元気で目があるかも、とすら考えてしまう。
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