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別邸の茶会
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それが何を指しているか、ラファも理解している。かといって何の不満もないと繰り返しても信じて貰えない。
「私は別に……」
伏せがちな感じで伯爵を見ると、笑顔に戻り「でしたらこの話はこれで」ラファの言葉を受け入れてくれた。そんなことはない、謝罪させて欲しいと食い下がられたら余計に心苦しかったので、少しほっとしてしまう。
「実はもっと早くこうやって一緒に話をする時間を設けたかったんだ」
好意的な一面を素直に見せる。だがそれはラファにとっては社交辞令でしかないとの解釈にすり替わる。なぜなら、そうやって人生を送って来たから。子爵家にやって来る客人は、一応令嬢だからと持ち上げるし褒めるが、誰しも目が常に冷淡だった。
「伯爵さまはお忙しいでしょうから。私はこうやってたまにお付き合い出来るだけで嬉しく思います」
「いやたまにでは寂しい。そこでラファ嬢に本館へ移って貰おうと考えているんだ、そうすればもっと時間が取れる」
「そんな、つい先日別邸でも部屋を移ったばかりで、これ以上ご迷惑をお掛けするわけには」
転居することなどやや暫くしたことが無く、また棲み処を移すなど無駄な苦労をさせるだけだと信じて疑わない。
「サブリナ、手筈を実施するのに時間がかかるか?」
「今ご指示いただければ、明日の夜は本館の寝室でお休み出来るでしょう」
「そうか。ラファ嬢、私の為だと思って場所を移ってもらいたい。話をしたいんだ、あなたと」
雑事を押し付けられることはいつものことだったが、正面向かい話をしたいと言われたことなど無かった。求められているならば些細な遠慮は逆に相手を困らせるかも知れない。
「でしたらそのように致しますわ」
「ありがとう。サブリナ、速やかに手配をするんだ」
「畏まりました」
部屋の隅でメイドに何かを短く伝えると直ぐに戻って来て控える。僅かの間にどれだけ伝えられたのか、などと詮議することはない。紅茶を傾けて伯爵が切り出す。
「ラファ嬢は、旧グランダルジャン語が読めると聞きましたが」
「ええと?」
伯爵がどういうことかとサブリナへ視線を向ける、それに気づき「お嬢様、書庫でお読みになられていたグランダルジャン公国記で御座います」補足する、何故そのような反応だったのかは即座に納得の返事がなされた。
「あれがそうでしたか、でしたら読めますわ。どの書にも、これは何語ですと書かれていませんから気づきませんでした」
言われて伯爵とサブリナは、なるほどと小さく頷いてしまう。確かにその通りで、仮にそんな記述があったとしても読める者は解っているし、読めない者には無意味だ。
「それは素晴らしい技能です。どのようにして習得されたのかお聞きしてもよいでしょうか」
「子爵家に残されていた本を繰り返し読んだだけです。大おばあさまが携えて嫁入りしてきたと聞いていますわ」
曾祖母が嫁入りで持ち込んだ品、ならば自ずと出自はグランダルジャン王国だろうと推察することになる。時期的には六十年から百年前の間位、だとしてもそこの頃でも旧語扱いなのは間違いない。
「そうするとその方に教わって?」
ラファは頭を振ると「私が産まれた時にはも大おばあさまは亡くなっていて。文字を教えてくれたのはおばあさまですわ。まだ私が小さな頃に召されましたが」子供の頃の話を明かしてくれた。
「それは残念です。とても良い教育をされたと思いますよ。旧語は難解ですので、読み書きできるだけで価値がありますから」
ことさら繰り返して評価してやるが、ラファは良くわかっていない。こんなことが出来たくらいでどうした、といった感じでしかないのだ。笑うと紅茶を口にする、残りが僅かになったのでサブリナが新しい物と取り換えた。
「こちらで過ごすようになり、何か興味あることはありましたか?」
どう過ごしていたのか知りたかったので、より楽しいだろうことを想像しやすい言い回しを選ぶ。こうやって応えやすいように誘導するのは、商売をしてきた経験からだ。
「そうですわ、裏庭の菜園がとても素敵で、ジムが手塩にかけて育てた花や野菜が見事でした」
表情を輝かせてそんなことを言う。土の傍など嫌がる令嬢が殆どなのに、一切そのような雰囲気が無い。子爵邸の裏で出会った時も、土がむき出しの場所だったなと思い出す。
「ジムは私たちが子供の頃からの使用人なんだ。彼のことを褒めてくれて私も嬉しいよ、ありがとう」
星でも飛び出しそうな笑顔を向けられてラファは恥かしくて俯いてしまった。いくら自信が無く、邪魔者だと思っていても年頃の令嬢なことに違いはない。端正な顔立ちの伯爵に、そんな気持ちよい表情を向けられたら冷静でいられるはずがない。
「そ、それと、ナール騎士団の訓練も見掛けましたわ。ルーカス卿には是非ともあの日のお礼をしたく思っています」
「ルーカス卿にお礼ですか? 彼が一体何をしたのでしょう」
その話はサブリナも知らなかったので、小さく頭を振る。礼だから悪いことではないのは解るが、だとしても接点が全く見当たらない。
「こちらに向かう街道上の町で、暴漢に襲われそうになったのを助けて頂いたのです。その時はナール騎士だとしかわかりませんでしたが、こちらのお屋敷の近くで再会しました」
この話のポイントは二つある、一つ目は嫁入り時にルーカスが出迎えに行ったのに会うことが出来なかったと言っていたこと。それなのにラファは助けられたと言うではないか。相手がナール騎士と解っているのに、ルーカスがラファと気づいていない。
「そのような危険な目に遭っていたのですか。やはり子爵領にまで迎えを出すべきだった、これは私の落ち度です」
「無事に着いたので問題ありませんわ。それとコーラル市内でソフラン騎士にも出会いました。寛大な措置をとってくれたんですよ」
「ソフラン騎士ですか。彼が明かすとはなんと珍しい」
「私は別に……」
伏せがちな感じで伯爵を見ると、笑顔に戻り「でしたらこの話はこれで」ラファの言葉を受け入れてくれた。そんなことはない、謝罪させて欲しいと食い下がられたら余計に心苦しかったので、少しほっとしてしまう。
「実はもっと早くこうやって一緒に話をする時間を設けたかったんだ」
好意的な一面を素直に見せる。だがそれはラファにとっては社交辞令でしかないとの解釈にすり替わる。なぜなら、そうやって人生を送って来たから。子爵家にやって来る客人は、一応令嬢だからと持ち上げるし褒めるが、誰しも目が常に冷淡だった。
「伯爵さまはお忙しいでしょうから。私はこうやってたまにお付き合い出来るだけで嬉しく思います」
「いやたまにでは寂しい。そこでラファ嬢に本館へ移って貰おうと考えているんだ、そうすればもっと時間が取れる」
「そんな、つい先日別邸でも部屋を移ったばかりで、これ以上ご迷惑をお掛けするわけには」
転居することなどやや暫くしたことが無く、また棲み処を移すなど無駄な苦労をさせるだけだと信じて疑わない。
「サブリナ、手筈を実施するのに時間がかかるか?」
「今ご指示いただければ、明日の夜は本館の寝室でお休み出来るでしょう」
「そうか。ラファ嬢、私の為だと思って場所を移ってもらいたい。話をしたいんだ、あなたと」
雑事を押し付けられることはいつものことだったが、正面向かい話をしたいと言われたことなど無かった。求められているならば些細な遠慮は逆に相手を困らせるかも知れない。
「でしたらそのように致しますわ」
「ありがとう。サブリナ、速やかに手配をするんだ」
「畏まりました」
部屋の隅でメイドに何かを短く伝えると直ぐに戻って来て控える。僅かの間にどれだけ伝えられたのか、などと詮議することはない。紅茶を傾けて伯爵が切り出す。
「ラファ嬢は、旧グランダルジャン語が読めると聞きましたが」
「ええと?」
伯爵がどういうことかとサブリナへ視線を向ける、それに気づき「お嬢様、書庫でお読みになられていたグランダルジャン公国記で御座います」補足する、何故そのような反応だったのかは即座に納得の返事がなされた。
「あれがそうでしたか、でしたら読めますわ。どの書にも、これは何語ですと書かれていませんから気づきませんでした」
言われて伯爵とサブリナは、なるほどと小さく頷いてしまう。確かにその通りで、仮にそんな記述があったとしても読める者は解っているし、読めない者には無意味だ。
「それは素晴らしい技能です。どのようにして習得されたのかお聞きしてもよいでしょうか」
「子爵家に残されていた本を繰り返し読んだだけです。大おばあさまが携えて嫁入りしてきたと聞いていますわ」
曾祖母が嫁入りで持ち込んだ品、ならば自ずと出自はグランダルジャン王国だろうと推察することになる。時期的には六十年から百年前の間位、だとしてもそこの頃でも旧語扱いなのは間違いない。
「そうするとその方に教わって?」
ラファは頭を振ると「私が産まれた時にはも大おばあさまは亡くなっていて。文字を教えてくれたのはおばあさまですわ。まだ私が小さな頃に召されましたが」子供の頃の話を明かしてくれた。
「それは残念です。とても良い教育をされたと思いますよ。旧語は難解ですので、読み書きできるだけで価値がありますから」
ことさら繰り返して評価してやるが、ラファは良くわかっていない。こんなことが出来たくらいでどうした、といった感じでしかないのだ。笑うと紅茶を口にする、残りが僅かになったのでサブリナが新しい物と取り換えた。
「こちらで過ごすようになり、何か興味あることはありましたか?」
どう過ごしていたのか知りたかったので、より楽しいだろうことを想像しやすい言い回しを選ぶ。こうやって応えやすいように誘導するのは、商売をしてきた経験からだ。
「そうですわ、裏庭の菜園がとても素敵で、ジムが手塩にかけて育てた花や野菜が見事でした」
表情を輝かせてそんなことを言う。土の傍など嫌がる令嬢が殆どなのに、一切そのような雰囲気が無い。子爵邸の裏で出会った時も、土がむき出しの場所だったなと思い出す。
「ジムは私たちが子供の頃からの使用人なんだ。彼のことを褒めてくれて私も嬉しいよ、ありがとう」
星でも飛び出しそうな笑顔を向けられてラファは恥かしくて俯いてしまった。いくら自信が無く、邪魔者だと思っていても年頃の令嬢なことに違いはない。端正な顔立ちの伯爵に、そんな気持ちよい表情を向けられたら冷静でいられるはずがない。
「そ、それと、ナール騎士団の訓練も見掛けましたわ。ルーカス卿には是非ともあの日のお礼をしたく思っています」
「ルーカス卿にお礼ですか? 彼が一体何をしたのでしょう」
その話はサブリナも知らなかったので、小さく頭を振る。礼だから悪いことではないのは解るが、だとしても接点が全く見当たらない。
「こちらに向かう街道上の町で、暴漢に襲われそうになったのを助けて頂いたのです。その時はナール騎士だとしかわかりませんでしたが、こちらのお屋敷の近くで再会しました」
この話のポイントは二つある、一つ目は嫁入り時にルーカスが出迎えに行ったのに会うことが出来なかったと言っていたこと。それなのにラファは助けられたと言うではないか。相手がナール騎士と解っているのに、ルーカスがラファと気づいていない。
「そのような危険な目に遭っていたのですか。やはり子爵領にまで迎えを出すべきだった、これは私の落ち度です」
「無事に着いたので問題ありませんわ。それとコーラル市内でソフラン騎士にも出会いました。寛大な措置をとってくれたんですよ」
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