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伯爵家所蔵の歴史書

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 別邸の二階中央の部屋、そこへの引っ越しが行われている。かつての館の主人の部屋で、広く明るく清潔な場所。庭が一望でき、安全面の考慮もなされていた。

「ラファお嬢様、以後はこちらでお過ごしください。ブルボナ伯爵より、品位維持のための予算が出ております。また新品ドレス十着、装飾品などが贈られておりますので後程ご確認を」

 ラファ付侍女に所属替えになったサブリナがそのように報告を上げた。本来、伯爵付から客人付になるなど降格でしかないが、そんなことはどうでもよかった。大切なのは主人にとってより良いかどうかだけ。

「私はあのお部屋でも満足でしたけれど……」

「どうぞこちらをお使いくださいませ。ご希望がありましたら私にお申し付けいただければ、速やかに実現いたします」

 無茶を言うような人物ではないだろうことと、要望があれば叶えてやりたいとの伯爵の意思によりこのような台詞になっていた。古いドレスは全て廃棄して、遠慮することを出来ないようにしたのもサブリナだった。使用人には階級があり、主に二つに分かれている。
 上級使用人、執事や侍女、料理長や馬房長、それにメイド長などの他者に命令を与える側の者。下級使用人の中でも上下に別れていて、副執事や副料理長など見習いと、それ以外の雑務を行うメイドや馬丁などが存在した。

「イゼラやルチルはどうなるのでしょう?」

「あの二人も侍女として残ります。きっちりと申し送りをしておりますのでご心配なく」

「そうなの、良かったわ」

 ラファとしては日常の世話をしてくれた人たち、という意識でしかない。サブリナからみれば、何ともいえない者達。責めることは出来ないけれども、もっとどうにかすることは出来たのではないか、と言いたくもあった。

「基本的には私が身の周りのお世話をさせて頂きます。ですが不在時にはイゼラとルチルが担当させて頂くことになりますのでご承知の程を」

 なにせ侍女としての役目だけではなく、ブルボナ伯爵の商人としての仕事の補佐もしなければならない。ずっと一人に掛かりきりというわけにはいかないのだ。

「わかりました。一つお願いがあります」

「何なりとお申し付けください」

 宝石が欲しいと言われても、別の屋敷が良いと言われても、もっとドレスを新調したいと言われても、全て是で返答するつもりでいた。伯爵の為、それが至上目標。

「本を読みたいです、この国のことをもっと知りたいです」

 サブリナは目をパチパチをして言葉の意味を反芻した、けれども本を読む以外の何も思いつかずに返答に詰まってしまう。外の大図書館に行きたいというわけでもなさそうだったから。

「それでしたら、ブルボナ家の書庫にご案内致します」

 本の保存に適した建物に保管してあるので、そこへ連れてゆくことにした。専属の司書が控えていて「ご希望の本がありましたらご用意致します」久しぶりの対人仕事をすることになる。

「グランダルジャン王国の歴史についてを読んでみたいです」

「史書ございますね、少々お待ちください」

 何せ子爵家にあったのは古い本ばかりで、時代が昔で止まってしまっていた。その後、どうなって今があるかを知りたいと思ったのは自然なことだろう。数冊抱えて司書が戻って来た。

「これらであればご満足いただけるかと存じます」

 サブリナが史書を受け取り「お嬢様、こちらへどうぞ」ゆっくりと読める場所が設置されているので案内をする。小さな部屋に椅子と机があり、メモ帳も用意されていた。そこへ招き入れるとラファを座らせる。

「私は近くで控えておりますので、お好きなだけどうぞ」

「ありがとうサブリナ、とても楽しみだわ!」

 数時間たち、昼食時間を越えてしまった。そっと様子を見ると読書に没頭していたので声をかけることをやめる。外が夕焼けに染まりだしたので「お嬢様、お戻りになりお食事をされてはいかがでしょうか」いよいよ部屋に入った。

「あら、夢中になり過ぎてしまったわね。これ凄く興味深いわ!」

 満面の笑みで史書を両手で胸の前に持っている。それで良ければ差し上げますと言いたいくらいだった。そんな感想と同時に、伯爵にこの笑顔を見せてあげたかった、とも思ってしまう。

「お気に召されたようで嬉しい限り。別邸へ持ち出して、続きは寝室で読まれてはいかがでしょうか」

「良いんですか? 是非お願いします!」

「もちろんですお嬢様。それでは私が持ちますので」

 そういって積まれている史書を取ろうとして手が滑ると、パカっとページがめくれて開かれてしまう。そこには、サブリナが見たことが無いような文字でびっしりと文章が書かれていた。

「お嬢様、こちらの書は?」

「これは、グランダルジャン公国記ですね。王国になる前のことが綴られている史書よ」

 こともなげにそんなことを言う、つまりは概要だけだとしてもこれを読んだのだ。公国、或いは公爵領だったのは、もう二百年は前の話だ。

「この言葉がお解りになられるのですか?」

「え? ええ。子爵家にあった本の半分くらいがこの字で書かれていたので読めます。でも発音がどうかは自信ありませんけど」

「そうでしたか。別邸へ戻りましょう」

 研究している者や、一部の神学者、或いは宮廷の知識人しか理解していない古語を読める。まさかそんな特技があったとは考えもしなかった。伯爵への今日の報告は間違いなくこれだと確信するサブリナであった。
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