上 下
2 / 24

求婚の書状

しおりを挟む

 ブラウンベリー子爵の屋敷にある執務室、デスクの前に年老いた執事が手紙を持ってやってきた。家令が居ない子爵家では頂点の使用人が彼だ。時代遅れの燕尾服とネクタイの柄、主人である子爵を立てる意味から使用人はそうする。

「子爵さま、お手紙が届いてございます」

 でっぷりとした腹をゆすって、手紙を見る。もし王家や公爵家からのものならば、うやうやしく手にするつもりで。

「うん? この紋章は……誰だ?」

 見覚えが無い貴族の紋章、ということはどこかの田舎者だろうと考えてしまった。貴族のたしなみとして、主要な家紋の識別くらいは出来るから。先日の夜会の客人だと悪いので、一応の確認をする。

「はい。グランダルジャン王国のブルボナ伯爵家よりの手紙でございます」

 受け取る際に差出人を確認しているので、問われれば直ぐに応じる。もし子爵が知識として持っていたならば、それを褒めて出過ぎない。執事はこうやって永年ブラウンベリー家を取り仕切って来ていた。

「王国のだと? ブルボナ伯爵家など聞いたことが無いな」

 実はこの伯爵家、聞いたことが無いのも当然だった。何せ二年前新設されたばかりの、無領地貴族の類。地名とも連動していないので、心当たりが無ければ解るはずがない。

「どうにも商売で多大な利益を王国にあげさせたため、新たに叙爵された家のようです」

「はっ、エセ貴族か。それが一体我が家になんの用事やら」

 トレイに載せられている手紙を無遠慮に手にすると、ペーパーナイフで口を切って中を見る。家門が浮かび上がる上質紙に綺麗な文字で書き綴られていた。

「……ふむ、夜会で見た私の娘への求婚だな。エセ貴族家に本物の貴族の血を入れたいらしい。だがよりによって妹の方を求めるとはけしからん!」

 妹とは、リーナ・ブラウンベリー、後妻との間に設けた子。夜会に参加していたので、手紙にはなんら不審な点はない。子爵としては、だが。

「いずれでありましても返書は必要でありましょう」

 承諾しようと拒否しようと、手紙を受け取った以上は返事を出すのが礼儀。ましてや国は違っても、いや他国の貴族だからこそ、そういった礼儀が必須とされる。子爵の行いは、サルディニア帝国貴族の礼儀としても見られるから。

「リーナとリリアナを呼べ」

 執事を下がらせて二人を執務室に呼び出した。ややすると連れだってやって来るが、執務室に入ることは滅多にないので少しばかり緊張しているようだ。

「子爵さま、お呼びとのことで」

「リリアナ、先日の夜会に来ていたブルボナ伯爵からリーナに求婚すると書状が届いた」

「まあ。ですけどブルボナ伯爵ですか?」

 心当たりがないので、子爵夫人が娘に視線を向けた。会場に来た時ではなく、どこか別のところで知り合ってここまで話が進んでいたのかも知れないと一応。

「お父さま、私嫌よあんな色黒田舎貴族は。どこの民族衣装か知らないけど、よくもまあ恥ずかしくもなくあんな恰好をしてきたものね!」

「ああ、あの男だったか。変な奴が紛れ込んでいるなと思っていたが、あれはラーグ侯爵の紹介でやって来たんだ。お前が嫌というなら断っておこう」

 婚約をお断りするのは普通にあることなので、特に気にもせずにそうしようと口にした。だが子爵夫人が「お待ちになって」思案顔で言葉を挟んだ。

「なんだリリアナ、リーナが嫌がっているんだから無理矢理することはないぞ」

「そうよお母様、私は嫌よ」

「私がリーナの幸せを邪魔するはずがないでしょ、そうじゃないの。子爵さま、そのブルボナ伯爵ですけど何と仰って?」

 開封された手紙をそのまま子爵夫人に手渡した。読んでも良いかを確認して、許可が出たので目を通す。

「ブラウンベリー子爵家の娘を求めているのでしたら、リーナの代わりに姉のラファを送りつけたら良いんですわ。妹はまだ幼く家から出すには早いので無理ですけれども、伯爵の要求を断るのも無礼にあたりますので姉との婚約を承知しますと」

「おおそういう手があったか! 商家出の伯爵のようだから、婚礼祝い金をたくさんふんだくれるぞ!」

「それはイイわね! あんなゴミみたいな奴で大金が入って来るなら直ぐに追い出しましょ!」

 執事は目線を逸らして黙って聞いていた、意見を求められることなど無いと解っていても、面倒は背負いたくないので。心無い会話がいくらか続くと子爵が自ら書をしたためて、蝋封をして手紙を執事へ渡した。

「伯爵に返書を届けるように手配せよ」

「畏まりました」

 ラファには一言も教えずに婚約が決まった瞬間だ。ブルボナ伯爵は、姉では嫌だと文句を言える立場にないから。何せ子爵は断りたいのを半分譲って承諾を示した、伯爵もそれに歩み寄るべきだというのが貴族同士の政略結婚である。どうせそこに愛など無い、家同士の繋がりを作るためだけの行為だ。

 返書がやって来たと知らされたブルボナ伯爵が、緊張して封を切り手紙を読んで憤慨したのは当然だった。彼は誕生祭主役で夜会に出ていた『姉』に何の興味もないと信じていたから。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】金の国 銀の国 蛙の国―ガマ王太子に嫁がされた三女は蓮の花に囲まれ愛する旦那様と幸せに暮らす。

remo
恋愛
かつて文明大国の異名をとったボッチャリ国は、今やすっかり衰退し、廃棄物の処理に困る極貧小国になり果てていた。 窮地に陥った王は3人の娘を嫁がせる代わりに援助してくれる国を募る。 それはそれは美しいと評判の皇女たちに各国王子たちから求婚が殺到し、 気高く美しい長女アマリリスは金の国へ、可憐でたおやかな次女アネモネは銀の国へ嫁ぐことになった。 しかし、働き者でたくましいが器量の悪い三女アヤメは貰い手がなく、唯一引き取りを承諾したのは、巨大なガマガエルの妖怪が統べるという辺境にある蛙国。 ばあや一人を付き人に、沼地ばかりのじめじめした蛙国を訪れたアヤメは、 おどろおどろしいガマ獣人たちと暮らすことになるが、肝心のガマ王太子は決してアヤメに真の姿を見せようとはしないのだった。 【完結】ありがとうございました。

管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ
恋愛
 桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。  しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。  風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、 「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」  高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。  ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!  ※特別編10が完結しました!(2024.6.21)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

あしたの恋

水城ひさぎ
恋愛
大学の裏庭から、図書館の窓際にいる青年、明日嘉(あすか)に恋した日菜詩(ひなた)はある日、明日嘉の手が義手だと知る。手を失っている彼は日菜詩を拒絶するのだが……。

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

処理中です...