聖女を騙る人がもてはやされていますが、本物の私は隣国へ追い出されます

☆ミ

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牛頭魔人の襲撃

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 奇妙な鳴き声をあげて四匹が急降下して来る、頭上からの攻撃は不意打ちになるから警告が無かったら危なかったわね。とはいえ距離が開いてるのどうするのかしら、槍や剣で対抗は難しいわよ。だって攻撃範囲がとても狭いから。

「各自照準、クロスボウてぇ!」

 槍を地面に突き立てると、腰の後ろにぶら下げていた小さな箱、筒のような何かを取り出して空に向ける。二秒間のうちに、十数本の短い矢が撃ち上げられた。おー、まさかの飛び道具! 使い捨てみたいで筒をその場に捨てると槍を手に取って上を睨んでるわ。初めて見たわ、そういうのあるのね。

 ハマダ大尉だけは正面を見て皆と別の行動をしてる。何本か命中したみたいだけど、そのまま降下して馬車の円陣に襲い掛かる、一匹がこちらに向かって来るわね。ギン! 何か堅いモノ同士がぶつかる音と、馬車が揺れる衝撃があって喚声が聞こえてくる。きっと盾と爪かクチバシよね。隊商の護衛から魔法の火矢が数本空に飛んでるわ、一部が見えただけでその後どうなったかは不明よ。

「飛行物体二撃墜!」

 身を寄せ合ってる人たちから感嘆の声が漏れて来た。被害はあっても軽微ってやつかな、それにしてもあの強い意志の正体は何だったのかしら。要塞化魔法を打ち消すような存在って、うーん気になるわ。

 二匹だけ恨めしそうに上空を旋回してる、あれって目の効果を持っている可能性あるわよね。使い魔みたいなのじゃなければいいけど、きっと期待しているような結果じゃないわよ。ほら世の中そういうものでしょ?

 土砂の除去作業は中断してるけど、西側からしか接近されてないってこともないわ。そのあたりは集団のリーダーがどうとでもするでしょう。実は私は神職にあっても回復魔法とかはあまり使えないのよね、退魔専門だからなあ。要塞化魔法もその一種ってことね。全く使えないわけじゃないわよ、ただ上手に出来ないだけ、効率悪くて疲れてしまうというか……うん、苦手。

 遠くで争ってる音が聞こえるわ、西の魔物だわ。全てが終わるまでじっと待っているつもりだけど、始まりから一時間しても状況が全然わからないのよ。案外強いのが現れてるのかしら。

「ハマダ大尉、随分と長いですけどどうなってるかわかりますか?」

「レディ、現在確認中です。魔物相手に苦戦をしている可能性が考えられます」

 そうよね、楽勝なら長引かないし、負けてるなら増援を求めてくるし、ちょっと有利か不利くらいなら推移を見守るから。それなら負けてるだろうって見込んでいる方が現実的よ。黒服が一人走って来てハマダ大尉に耳打ちをする、ちゃんと情報収集をしてるのね。

「大型の魔物が現れたようです。ミノタウロス、牛人の魔族」

 上中堅クラスの魔物ね、オプファーでは出歩くことが出来ない位だったけれど、ここでは攻撃して来るだけの力を使えるのね。これじゃ街道を安心して通れないわ、困ったものね。他人ごとではないんだけれど。

「撃退は出来るでしょうけど、きっと結構な怪我人が出ますよね」

「恐らくは数十人の重軽傷者が出るでしょう」

 こういう人がいう軽傷ってかすり傷じゃないのは知っているかしら、片手を失っても生きて行動出来るなら軽傷って話よ。神殿の警備に来ていた人たちって、基本そうやってもう一般業務につけないような人だったから。どこかしら治らない怪我をしていたり、四肢が失われていたり。だからこそ神殿は仕事を割り振るの、それが救済になるから。

「教えてください。この部隊の兵ってマケンガ侯爵の配下なんですか?」

「領地軍と呼ばれるところの兵ですので、そのような認識で合っております。私兵とはまた違いますが」

 どうしてそんな確認をといわれると、私心があるからよ。模範的な公職者じゃないの、身近な人のことから何とか良くしていきたいなってちっさい女なんだから。

「ハマダ大尉は侯爵の私兵なんですか?」

 どういう分け方なんでしょうね、お給料を払う人の違いでしょうか。自分で尋ねておいて微妙な感じ。

「我々は侯爵の私兵ではありませんが、侯爵の指揮下に在ります」

 傭兵とか? でも細かいことはいいわ、大体わかったから。こういう時の為に私が居るのよ。

「ミノタウロスを退ける為に数十人もの犠牲を出すのを見てはいられません。私が加勢します」

 ピクリと眉を動かしハマダ大尉が何かを思案しているわね。護衛対象だから、危ないところに行ってくれるなということでしょうけど、このまま苦戦させているのとどちらが状況を好転させることが出来るかよ。野次馬気分で向かうわけじゃないのは伝わってるみたいね。

「自分が危険と判断したら退く、それでよろしいですか」

「ええ、あなたの判断に従います」

 その考えに全く異存ないわ。むしろ私が判断出来ない基準をしっかりと見極めてほしいくらいよ。誰かに献身するような性格じゃないの、聖女だっていうのにね!

「了解しました」くるりと振り返ると「戦場を移動する、速やかにひし形の陣を組め。突角は二人だ!」明確に命令を出す、この人って優秀ね。隊長だから優秀なのか、優秀だから隊長なのか、きっと両方でしょうけど。

 四方を護衛の黒服に囲まれて、私は馬車の円陣を離れて西へ向かったわ。たまに狼のような魔物が襲ってきたけど難なく倒されていく、槍を持った黒服の人たちが冷静に対処してるから。野獣や下級の魔獣などではビクともしないわけね。

「主戦場が近づいていますのご注意を」

 ハマダ大尉が見ている先、大声を出している人が一点を向いて包囲をしているみたい。あの輪の中にミノタウロスが居るのね。姿を見ないでどうにもならないので更に近づくわ。

「四列横隊に変更!」

 ひし形になって散っていた人たちが、目の間に横に並んでミノタウロスとの間に陣取る。そしてついに牛の角が暴れているのが見えて来た。

「あれが……凄く大きい」

 体格が立派な人が兵士になるわけだけど、そういう人たちよりも頭三つは大きな牛頭の人。胸の筋肉が盛り上がっていて、腕だって私の肩幅くらいはありそうな太さ。こめかみには血管の筋が見えていて、手には大きな戦斧を握っているわ。

 数多くの兵がたったの一体の魔物を囲んで睨んでる、ミノタウロスも無傷ではないけれどそれこそ切り傷が少しだけあるようなもの。外套を掴んで引きずられて後方へ曳かれている兵が幾人も居て、犠牲者がたくさんいるのを物語っているわ。

「神従の始めを司りし天使よ、彼の者達に守護を与え給え。プリンシパリティーズ!」

 淡い茶色の丸い板のようなものが、兵の目の間に幾重にもなり浮かび上がる。両手に乗りそうな大きさのそれはうっすらとだけ空間に残った。プロテクションが単体防御魔法なら、これは全体神聖防御魔法で敵意を持つ者からの攻撃を防ぐわ。回復と違ってこっちは得意よ、多重・複数・強化・遠距離・拡張、なんでもどうぞ。

「ブェェェェ!」
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