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1 屋敷の人々-2 暖かい人たち-3 アーサーという人-4 婚儀までの準備-5 教会での誓い
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私、一つ甘く見ていました。婚儀って教会に行って宣誓をするようなのを想像していたのだけれど、どうにも違うみたい。それもやるみたいだけれど、披露宴っていう大きな宴会がセットらしくて、そこで着る服を新調することになったの。
そもそも着替えが少しだけしかないから、直ぐに足りなくなるしドレスよりも普段着が欲しいけれど、作る人の苦労を考えたら時間が一番欲しいってところよね。採寸して用意してある生地を縫い合わせて、装飾をつけるだけでも徹夜作業を挟む未来が見えるってボヤいてたわ。
仮止めされた白いドレスを着て鏡の前に立つと、ああ自分は結婚するんだなって強く思えるようになったの。お父さんに言われて知らない人と一緒になるって、出来るだけ淡々としていたけど、これはテンション上がるわね!
「お身体に筋肉がついてらっしゃって、これなら綺麗にラインを出せますね」
良いのか悪いのか、農作業のせいで確かに筋肉はついています。太ってる暇なんて無かったってことで、ついでにお胸もあまり御座いません。そこはそれ、お針子もプロだから無い者の救済者として、綺麗に魅せる方法を総動員して上手い事やってくれるって。
「これ一着でも物凄いお高いでしょうに、披露宴の方のもですか?」
「もちろんですよ! いいですか、婚礼は女性の最大の戦場です。ここで全力を振るわずいつするんですか!」
「あ、はい」
物凄い剣幕に押されてついそう応えてしまう。でもそうよね、ここで出し惜しみをしたら、旦那様に恥をかかせてしまうことになるもの。惜しむようなの何もないんですけどね!
あと三日で本当にこの家に嫁ぐのね、まあもう後戻りなんて出来ないしする気もないし。ビッグイベントとしてはその後の初夜的なアレ……は流石に誰に教えてもらうことも無く、よ。ああでもない、こうでもないと数時間かけてお針子さんは帰って行きましたとさ。
「うわ、これは疲れるわね」
グゥってお腹が鳴る、食べないで暫く頑張ってたからなぁ。そうだ、ちょっと厨房にいって何か食べさせてもらいましょう。もう夜中ですけど、誰かいるでしょう。
一人で階段を降りて、灯りが付いている厨房にやって来る。姿を探すとあの料理長が一人で何かをしているわ。
「あの、こんばんは」
「ん? おお、こりゃカレン様じゃないですか。どうしたんですこんな時間に」
「少しお腹すいちゃって、ずっとドレスの合わせしてて、夜ごはん食べ損ねて」
「そりゃ寂しい、簡単なもので良ければ直ぐにおつくりしますよ。そこで待っていてください」
「ありがとうございます」
メイドに呼ばせたせいで、あれから私の呼び方はカレンってことで統一されたわ。様は要らないんだけど、それもアーサーさんに対する礼儀の一つって教えられてからは、黙って受け入れることにしてるの。調理台の上に何かが置いてある、勝手に見るのも悪いけど興味があるじゃない。
「マギラスさん、ここにあるのって?」
「ああ、それは新しい料理何か出来ないかなと思って。香りが良い種をすりつぶして、粉で固めてみたんだが暇一つ食感が悪い」
「すこし摘んでみても良いですか?」
「上手いものじゃありませんけど、そければ改善点を聞かせて欲しいです」
ちぎって食べてみると、確かに香りは抜群に良い。蒸しパンみたいといえばそうだけど、ねちょっとしてて今一つの食味。これをどうやって利用するか、焼き菓子にするのはありだけど、それじゃ新しいとは言えないわね。固くも柔らかくも、スープにするのも出来ないなら、その間はどうかしら。
半分固体で液体でったらゼリーみたいな? そういえば前に粉を練り続けたらゼリーみたくなったわね、あの食感なら。でもそうなると味は塩気がある方がいいかも、生地に乳とか入れて滑らかに仕上がるように。
「言葉にするとあやふやなので、鍋を一つ貸してください」
「はあ、鍋ですか? お好きなのをどうぞ」
厨房にある粒子が細かい粉、塩、乳の類、さっきのすりつぶした種。種と乳を混ぜて裏ごしをかける、食感優先で行くならザラザラは邪魔よね。風味だけ移して脂分も浮いているところに塩を入れて味を調整する。少しだけ舐めて見て香ばしい塩気を確認すると、粉を一緒に混ぜる、少量だけね。
木べらを手にして、火にかけてかき混ぜ続ける。ある程度ぐつぐつなってきたら弱火にして練り続けると、急に粘りが出てきて一つの塊になる位になるのよ。そしてそれを鍋のまま水に沈めてしまうの。
「カレン様、それは?」
「粗熱が取れるのを待ちましょう」
「お夜食が出来たのでどうぞ」
出された食事を綺麗に平らげると、自分で洗ってしまう。包丁と皿を用意して、さっきの塊を鍋ごと水からあげてまな板に転がす。不格好な白い塊を食べやすいように四角くカットして、一口サイズにして良いところだけを採り上げる。端っこは私が味見ね……うん、美味しいわ。
「試食してみて下さい」
「はい、いただきます」
半信半疑で口に入れるマギラス料理長、その顔色が変わったのを見逃さないわ。
「これは滑らかで香ばしくて、食欲をそそります! 一体どうやってこれを?」
「味を調えて、でんぷんを加熱して練っただけです。この香ばしい材料があってこそのものですね」
「これなら新作として出せます! あの、私が使っても?」
「もちろんです、ちゃんとした料理にしてくれたら私も嬉しいです。お夜食ありがとうございます、私はこれで」
お腹も満足したし、お風呂に入って寝ましょう。それにしても熱心なのね料理長は。
◇
真っ白なドレスって、何色にも染まっていない純真な色って意味だって聞いたことがあるわ。でも聞く人によっては、白こそが邪悪を祓う色だからって、まあ神父さんなんですけどね。理由はさておき、刺繍がふんだんにあしらわれたドレスを着て控室で待っている私は絶賛緊張のピークで御座います。
こういう時って友人とか親戚が部屋にきて気持ちを落ち着かせてくれるんじゃないのって言いたい。部屋から出てないから解らないけど、誰も居ないのって凄く不安よ。
「カレン様、式場までは私が付き添わせて頂きます」
「ありがとうセルヴァンタさん、一人じゃ心細くて」
この日ばかりはあのメイド長も表情に笑みが含まれている。けれどもしくじることは許されない、気合いを入れて婚礼を進めようってのは伝わってくるわ。先輩メイドも受付に控えていて、来客の対応に必死みたい。もう一人は給仕の司令塔だって、凄いわよね。
「いつものように振舞っていただければそれで宜しいです」
「普通にっていうのが今一番難しいですね。何せ特別中の特別な日なので」
「仰る通りです。ご安心を、何があろうと我等タージェ家の者はカレン様の味方です」
「セルヴァンタさん、ありがとうございます」
心強い言葉ね、これからも互いを尊重していきたいものだわ。教会での宣誓は二人だけって話よ、聖堂に入る前には大勢いるみたいだけど。扉がノックされて「準備が出来ましたしたので、教会へ移動をお願いします」声がかけられたわ。いよいよね、カレン頑張りなさい!
前後左右を黒のスーツを着た男の人に囲まれて、隣をセルヴァンタさんが歩いているわ。馬車に乗り込むとゆっくりと動き始めて、石畳の道を進んでいく。沿道では歓声が起こっていて、教会い辿り着くと大勢の人の気配。馬車の扉が開けられると、視界の先には白いスーツを着たアーサーさんが手を差し伸べてくれている。
「遅くなりました」
「私ならいくらでも待つさ、その姿を見ることが出来るならば」
髪を後ろに撫でつけて固めている、今日の彼は少しワイルドに見えた。手を取ってもらって馬車を降りると、教会前の階段の中央に紅い縦断。その左右に大勢の人たち。でも友人も親戚も居ない、披露宴会場の方にいるのかしら?
エスコートされて一歩一歩階段を慎重に登って行く、ここで転んだら恥ずかしくて真っ赤よ。教会の両開きの扉が開け放たれて、二人で仲へと歩むと扉が閉められたわ。神父さん……ん、装飾が煌びやかね、こういう時は特別仕様なんでしょうね。
二人で並んで立って、十字架に一度敬意と祈りを捧げる。
「今日という日を迎えられる、汝らに神が問われます」一度言葉を区切ってからアーサーさんに向き直り「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、 真心を尽くすことを誓いますか」
「はい、誓います」
うんと頷くと、今度は私の方を向いたわ。
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、 真心を尽くすことを誓いますか」
先生は言ってたわ、神に誓うのも大切だけど、あなたが誓うのは夫になる人にだって。どう宣誓するかは自由だけれど、私はこの言葉を選んだの。
「夫に従います」
神父さんは少しだけまゆをぴくっとさせたけど、何事も無かったかのように「誓いの口づけを」先に進めるの。き、緊張するわね!
向き合うとヴェールをゆっくりと跳ねて、一歩近づいて来る。頭一つ分背が高いアーサーさんは、男の人の中でも平均よりちょっとだけ大きいのかも。上を向く形で身を固くして目を閉じる。腰に手を回されて、身体を抱き寄せられると体温を感じたわ。
吐息が妙に気になって、息を止めようかとすら思ったけど、変な顔になるから我慢よ。そのうち何か暖かい感触が唇に当たると、直ぐに離れたしまう。これだけ? そう思ったりもしたけど、何も言わずにやや俯き加減で目を開けたわ。
「新たな夫婦の誕生に神の祝福があらんことを」
そうやって締めくくってくれると、二人で来た時同様に赤い絨毯を歩んで外に出た。より一層の歓声があちこちから聞こえてきてるけど、何が何だかわからないうちにまた馬車に乗り込んで天井を見上げる。
「お疲れ様ですカレン様。会場に向かいそこでお召替えを。それまではお寛ぎ下さい」
「ええ、本当に疲れたわ。物凄く緊張したわ、生まれて初めてよあんなの」
本音中の本音よ。それを聞いてセルヴァンタさんは微笑む「緊張のあまり気絶してしまう新婦も居た位ですので、あまりお気になさらないように」とんでも話を披露してくれたわ。
「気絶って……まだ大丈夫な方だったって思っておきますね」
暫く馬車が止まらない方がありがたい、そう思いながらずーっと天井を見上げていたわ。
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