上 下
2 / 3

1 屋敷の人々-2 暖かい人たち-3 アーサーという人-4 婚儀までの準備-5 教会での誓い

しおりを挟む



 私、一つ甘く見ていました。婚儀って教会に行って宣誓をするようなのを想像していたのだけれど、どうにも違うみたい。それもやるみたいだけれど、披露宴っていう大きな宴会がセットらしくて、そこで着る服を新調することになったの。

 そもそも着替えが少しだけしかないから、直ぐに足りなくなるしドレスよりも普段着が欲しいけれど、作る人の苦労を考えたら時間が一番欲しいってところよね。採寸して用意してある生地を縫い合わせて、装飾をつけるだけでも徹夜作業を挟む未来が見えるってボヤいてたわ。

 仮止めされた白いドレスを着て鏡の前に立つと、ああ自分は結婚するんだなって強く思えるようになったの。お父さんに言われて知らない人と一緒になるって、出来るだけ淡々としていたけど、これはテンション上がるわね!

「お身体に筋肉がついてらっしゃって、これなら綺麗にラインを出せますね」

 良いのか悪いのか、農作業のせいで確かに筋肉はついています。太ってる暇なんて無かったってことで、ついでにお胸もあまり御座いません。そこはそれ、お針子もプロだから無い者の救済者として、綺麗に魅せる方法を総動員して上手い事やってくれるって。

「これ一着でも物凄いお高いでしょうに、披露宴の方のもですか?」

「もちろんですよ! いいですか、婚礼は女性の最大の戦場です。ここで全力を振るわずいつするんですか!」

「あ、はい」

 物凄い剣幕に押されてついそう応えてしまう。でもそうよね、ここで出し惜しみをしたら、旦那様に恥をかかせてしまうことになるもの。惜しむようなの何もないんですけどね!

 あと三日で本当にこの家に嫁ぐのね、まあもう後戻りなんて出来ないしする気もないし。ビッグイベントとしてはその後の初夜的なアレ……は流石に誰に教えてもらうことも無く、よ。ああでもない、こうでもないと数時間かけてお針子さんは帰って行きましたとさ。

「うわ、これは疲れるわね」

 グゥってお腹が鳴る、食べないで暫く頑張ってたからなぁ。そうだ、ちょっと厨房にいって何か食べさせてもらいましょう。もう夜中ですけど、誰かいるでしょう。

 一人で階段を降りて、灯りが付いている厨房にやって来る。姿を探すとあの料理長が一人で何かをしているわ。

「あの、こんばんは」

「ん? おお、こりゃカレン様じゃないですか。どうしたんですこんな時間に」

「少しお腹すいちゃって、ずっとドレスの合わせしてて、夜ごはん食べ損ねて」

「そりゃ寂しい、簡単なもので良ければ直ぐにおつくりしますよ。そこで待っていてください」

「ありがとうございます」

 メイドに呼ばせたせいで、あれから私の呼び方はカレンってことで統一されたわ。様は要らないんだけど、それもアーサーさんに対する礼儀の一つって教えられてからは、黙って受け入れることにしてるの。調理台の上に何かが置いてある、勝手に見るのも悪いけど興味があるじゃない。

「マギラスさん、ここにあるのって?」

「ああ、それは新しい料理何か出来ないかなと思って。香りが良い種をすりつぶして、粉で固めてみたんだが暇一つ食感が悪い」

「すこし摘んでみても良いですか?」

「上手いものじゃありませんけど、そければ改善点を聞かせて欲しいです」

 ちぎって食べてみると、確かに香りは抜群に良い。蒸しパンみたいといえばそうだけど、ねちょっとしてて今一つの食味。これをどうやって利用するか、焼き菓子にするのはありだけど、それじゃ新しいとは言えないわね。固くも柔らかくも、スープにするのも出来ないなら、その間はどうかしら。

 半分固体で液体でったらゼリーみたいな? そういえば前に粉を練り続けたらゼリーみたくなったわね、あの食感なら。でもそうなると味は塩気がある方がいいかも、生地に乳とか入れて滑らかに仕上がるように。

「言葉にするとあやふやなので、鍋を一つ貸してください」

「はあ、鍋ですか? お好きなのをどうぞ」

 厨房にある粒子が細かい粉、塩、乳の類、さっきのすりつぶした種。種と乳を混ぜて裏ごしをかける、食感優先で行くならザラザラは邪魔よね。風味だけ移して脂分も浮いているところに塩を入れて味を調整する。少しだけ舐めて見て香ばしい塩気を確認すると、粉を一緒に混ぜる、少量だけね。

 木べらを手にして、火にかけてかき混ぜ続ける。ある程度ぐつぐつなってきたら弱火にして練り続けると、急に粘りが出てきて一つの塊になる位になるのよ。そしてそれを鍋のまま水に沈めてしまうの。

「カレン様、それは?」

「粗熱が取れるのを待ちましょう」

「お夜食が出来たのでどうぞ」

 出された食事を綺麗に平らげると、自分で洗ってしまう。包丁と皿を用意して、さっきの塊を鍋ごと水からあげてまな板に転がす。不格好な白い塊を食べやすいように四角くカットして、一口サイズにして良いところだけを採り上げる。端っこは私が味見ね……うん、美味しいわ。

「試食してみて下さい」

「はい、いただきます」

 半信半疑で口に入れるマギラス料理長、その顔色が変わったのを見逃さないわ。

「これは滑らかで香ばしくて、食欲をそそります! 一体どうやってこれを?」

「味を調えて、でんぷんを加熱して練っただけです。この香ばしい材料があってこそのものですね」

「これなら新作として出せます! あの、私が使っても?」

「もちろんです、ちゃんとした料理にしてくれたら私も嬉しいです。お夜食ありがとうございます、私はこれで」

 お腹も満足したし、お風呂に入って寝ましょう。それにしても熱心なのね料理長は。



 真っ白なドレスって、何色にも染まっていない純真な色って意味だって聞いたことがあるわ。でも聞く人によっては、白こそが邪悪を祓う色だからって、まあ神父さんなんですけどね。理由はさておき、刺繍がふんだんにあしらわれたドレスを着て控室で待っている私は絶賛緊張のピークで御座います。

 こういう時って友人とか親戚が部屋にきて気持ちを落ち着かせてくれるんじゃないのって言いたい。部屋から出てないから解らないけど、誰も居ないのって凄く不安よ。

「カレン様、式場までは私が付き添わせて頂きます」

「ありがとうセルヴァンタさん、一人じゃ心細くて」

 この日ばかりはあのメイド長も表情に笑みが含まれている。けれどもしくじることは許されない、気合いを入れて婚礼を進めようってのは伝わってくるわ。先輩メイドも受付に控えていて、来客の対応に必死みたい。もう一人は給仕の司令塔だって、凄いわよね。

「いつものように振舞っていただければそれで宜しいです」

「普通にっていうのが今一番難しいですね。何せ特別中の特別な日なので」

「仰る通りです。ご安心を、何があろうと我等タージェ家の者はカレン様の味方です」

「セルヴァンタさん、ありがとうございます」

 心強い言葉ね、これからも互いを尊重していきたいものだわ。教会での宣誓は二人だけって話よ、聖堂に入る前には大勢いるみたいだけど。扉がノックされて「準備が出来ましたしたので、教会へ移動をお願いします」声がかけられたわ。いよいよね、カレン頑張りなさい!

 前後左右を黒のスーツを着た男の人に囲まれて、隣をセルヴァンタさんが歩いているわ。馬車に乗り込むとゆっくりと動き始めて、石畳の道を進んでいく。沿道では歓声が起こっていて、教会い辿り着くと大勢の人の気配。馬車の扉が開けられると、視界の先には白いスーツを着たアーサーさんが手を差し伸べてくれている。

「遅くなりました」

「私ならいくらでも待つさ、その姿を見ることが出来るならば」

 髪を後ろに撫でつけて固めている、今日の彼は少しワイルドに見えた。手を取ってもらって馬車を降りると、教会前の階段の中央に紅い縦断。その左右に大勢の人たち。でも友人も親戚も居ない、披露宴会場の方にいるのかしら?

 エスコートされて一歩一歩階段を慎重に登って行く、ここで転んだら恥ずかしくて真っ赤よ。教会の両開きの扉が開け放たれて、二人で仲へと歩むと扉が閉められたわ。神父さん……ん、装飾が煌びやかね、こういう時は特別仕様なんでしょうね。

 二人で並んで立って、十字架に一度敬意と祈りを捧げる。

「今日という日を迎えられる、汝らに神が問われます」一度言葉を区切ってからアーサーさんに向き直り「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、 真心を尽くすことを誓いますか」

「はい、誓います」

 うんと頷くと、今度は私の方を向いたわ。

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、 真心を尽くすことを誓いますか」

 先生は言ってたわ、神に誓うのも大切だけど、あなたが誓うのは夫になる人にだって。どう宣誓するかは自由だけれど、私はこの言葉を選んだの。

「夫に従います」

 神父さんは少しだけまゆをぴくっとさせたけど、何事も無かったかのように「誓いの口づけを」先に進めるの。き、緊張するわね!

 向き合うとヴェールをゆっくりと跳ねて、一歩近づいて来る。頭一つ分背が高いアーサーさんは、男の人の中でも平均よりちょっとだけ大きいのかも。上を向く形で身を固くして目を閉じる。腰に手を回されて、身体を抱き寄せられると体温を感じたわ。

 吐息が妙に気になって、息を止めようかとすら思ったけど、変な顔になるから我慢よ。そのうち何か暖かい感触が唇に当たると、直ぐに離れたしまう。これだけ? そう思ったりもしたけど、何も言わずにやや俯き加減で目を開けたわ。

「新たな夫婦の誕生に神の祝福があらんことを」

 そうやって締めくくってくれると、二人で来た時同様に赤い絨毯を歩んで外に出た。より一層の歓声があちこちから聞こえてきてるけど、何が何だかわからないうちにまた馬車に乗り込んで天井を見上げる。

「お疲れ様ですカレン様。会場に向かいそこでお召替えを。それまではお寛ぎ下さい」

「ええ、本当に疲れたわ。物凄く緊張したわ、生まれて初めてよあんなの」

 本音中の本音よ。それを聞いてセルヴァンタさんは微笑む「緊張のあまり気絶してしまう新婦も居た位ですので、あまりお気になさらないように」とんでも話を披露してくれたわ。

「気絶って……まだ大丈夫な方だったって思っておきますね」

 暫く馬車が止まらない方がありがたい、そう思いながらずーっと天井を見上げていたわ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

転移先で愛されてます

水狐
恋愛
一ノ宮 鈴華(いちみや すずか)は15歳の美少女で頭も良くお金持ちで皆が羨ましがるが実は両親に虐待され養父に引き取られた過去がある。そして血の繋がりのない従姉妹にいつも会う度いじめられているので今日もかと思いきや珍しく上機嫌だった、次の瞬間いきなりナイフを取り出して刺されて死んだ。 はずだった。 しかし、目の前に現れた美形の人間?は言った。 「何故こんな所に女性が1人いるのですか?」 あの、私死んだはずですが?あれ?この人耳尖ってる……。ハイエルフ?女性が極端に少ないから夫を複数持てるってすごいですね…… 初の作品です。たくさん投稿できるように頑張ります

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...