吸血人形を殺す方法

早之瀬雫

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第1章

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 蘇芳は呆然と、紺野を見上げた。
 何が起こったのか、よく分からなかった。
 気が付けば、蘇芳の身体は、上から紺野に体重を掛けられて、身動きが取れない状態になっていた。
「……紺野さん?」
 恐る恐る、蘇芳は紺野の顔色を窺った。紺野は冷然とした眼差しで、蘇芳を見下ろしていた。時折見せる、ガラス玉のような無機質な瞳よりも、さらに得体の知れない眼差しに、蘇芳の全身が総毛立った。
 紺野の手が、蘇芳のシャツのボタンに触れた。
 ――犯される?
 蘇芳は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。 
「なっ…何する気……ですか? やめて…ください」
 蘇芳は必死の思いで、引き攣った声で抗議した。だが紺野は蘇芳を一瞥すると、蘇芳の頬を平手打った。
 ――え? 叩かれた? なんで……? 
 紺野に手を上げられたのは、初めてではなかった。だが、こんな理不尽な暴力を受けたのは初めてだった。
 打たれて熱を帯びた頬に手を当てているうちに、沸々と怒りが湧き上がってきた。
 なぜこれほど腸が煮えくり返るような怒りを感じているのか、蘇芳自身、よく解らなかった。 
「……こんな時に手を上げるような人だったなんて……、知らなかった……。そんな最低の人間だったなんて……」
 蘇芳が声を震わせながら睨みつけると、紺野は一瞬、眉根を寄せたが、やがて頬に自嘲的な笑みを薄く漂わせた。
 次の瞬間、また頬に衝撃が走った。
 さっきとは比べ物にならないくらいの大きな衝撃だった。抗議する暇もなく、次の衝撃が走った。
 紺野は何かが吹っ切れたように、続けざまに蘇芳を打ちすえた。もはや掌ではなく、拳で殴りつけてくる。
 蘇芳は必死で拳を避けようとしたが、紺野に圧し掛かられていて、まともに身動きが取れなかった。
 紺野の手加減のなさに、蘇芳は肉体的な痛み以上に、本能的な恐怖を覚えた。抵抗する気力は、完全に奪われた。
「……やめて……、許して……」
 蘇芳は哀訴したが、紺野は耳を貸す様子もなく、無表情で蘇芳を殴り続けた。
 紺野がようやく手を止めたのは、蘇芳の意識が遠のきかけた時だった。
 紺野は無抵抗になった蘇芳のシャツを、乱暴に割り開いた。布がちぎれるような音とともに、ボタンがいくつか、弾け飛んだ。
 紺野はまだ抵抗されることを警戒しているのか、手首あたりまで剥いだシャツで、素早く蘇芳の両腕を後ろ手に縛った。
 手の動きを封じられたことに、蘇芳は恐怖を覚えた。
 そんな蘇芳をよそに、紺野は淡々と、蘇芳のジーンズを下着と一緒に膝まで引きずり下ろした。手足を拘束された状態になった蘇芳は、抵抗する術を完全に失った。
 紺野の指が、蘇芳の下腹部を弄り始めた。虫がゆっくりと這うような不快な感触に、蘇芳の身体に悪寒が走った。
 ――本気なんだ……。このまま、僕を犯す気なんだ……。
 紺野に抱かれることを、想像したことがなかったといえば、嘘になる。そんな日が来ても、それほど嫌だと思っていなかったからこそ、蘇芳は紺野の傍に居続けた。
 だが、こんな風に暴力的に犯されることになろうとは、夢にも思わなかった。
 ――こんなの、嫌だ……!
 紺野に対する恐怖よりも、暴力的に犯されることへの嫌悪感のほうが勝った。蘇芳は紺野の手から逃れようと、必死で身を捩った。そんな蘇芳の無駄な抵抗に気分を害したのか、紺野は蘇芳の下腹部を弄っていた手を止めると、乾いた蕾に指を突き立てた。
「ひっ……」
 引き攣るような痛みに、蘇芳は呻き声を漏らした。
「やだ……、やめて……」
 蘇芳は喘ぎながら、指の侵入を拒むように、必死で蕾に力を込めた。
 だがそんなものは、抵抗にすらなっていなかった。紺野は容赦なく指を根元まで押し込むと、指の腹で粘膜を抉った。
「あっ、あ、やっ……痛い……」
 排泄器官に指を突っ込まれ、引っ掻き回されている。
 そんなことは、あってはならないことのように思えた。不快感が込み上げてきて、吐き気を催した。
 体内に押し込まれた指が動くたびに、蘇芳は唯一自由の利く頭部を、左右に大きく振った。
「……やめて……」
 だが、いつの間にか、蘇芳の中からくちゅくちゅと、卑猥な水音が漏れ出していた。紺野の指の動きとともに、身体が熱くなるのが分かった。
 混乱と羞恥心のあまり、蘇芳は涙を浮かべた。耳を塞いでしまいたかったが、両手の自由を奪われた蘇芳には、それすらままならない。
 ――そんな……、どうして……。こんなの、痛いだけなのに……。
 そんな蘇芳の動揺を嘲笑うかのように、指は二本、三本と増やされ、粘膜を掻き回される。
 水音は次第に激しくなり、指が動くたびに、襞が指を搦め捕ろうとするかのように、収縮を繰り返しているのが、蘇芳自身にも感じられた。
 ――気持ち良くなんか、ないのに……。
 だが蘇芳自身の思いとは裏腹に、下腹部は灼けるような熱を帯びて屹立していた。先端から、じわりと透明の液体が溢れ出した。
「あっ……、んっ……」
 蘇芳は涎を垂らしながら、喘ぎ声を漏らした。
 紺野の指で刺激された場所が疼いて、堪らなかった。知らず知らず、紺野の指の動きに合わせて、ねだるように自分の腰を振っていた。 
 不意に、蘇芳の中から指がずるりと引き抜かれた。
 ――え?
 急に刺激を失った襞が、紺野の指を恋しがるように、ぴくぴくと蠢いていた。
 蘇芳は恐る恐る、紺野を見上げた。
 紺野は、蘇芳の顔など見ていなかった。どこか遠い目で虚空を見つめながら、紺野は蘇芳の内股を掴んで大きく広げた。
 蘇芳の背筋に、悪寒が走った。
 犯される恐怖と、物のように扱われる絶望感が綯交ぜになって、蘇芳は喚きながら、足をばたつかせた。
 無駄な抵抗だと分かってはいても、従容と受け入れることなどできなかった。
 次の瞬間、下腹部に引き裂かれるような痛みが走った。指とは比べ物にならない、猛々しく反り返った塊が、襞を強引にこじ開け、粘膜を擦り上げながら、ずぶずぶと入り込んでくる。
 蘇芳は悲鳴を上げた。
 強引に押し開かれる張り裂けそうな痛みと、強烈な異物感に、蘇芳の目から生理的な涙が零れた。
 だが紺野は蘇芳の反応など構わず、激しく突き上げてきた。
 硬い肉塊が、襞を擦り上げる。そのたびに、痛みに混じって、じわりと疼くような甘い快楽が込み上げてきた。その快楽は、蘇芳の理性を呑み込むように、徐々に大きく膨らんでいく。
 ――何、これ……?
 苦痛なのか快感なのか、もはやは分からなくなってきた。肉塊を引き抜かれ、刺し貫かれるたびに、内腿が激しく痙攣し、背筋から脳天にかけて、衝撃が走った。
 やがて頭の中が焼き切れたように真っ白になって、蘇芳の意識は遠のいていった。

           * 
 
 どこからともなく、ほんのりと漂う甘い香りに、蘇芳は薄目を開いた。 
 ――沈丁花……?
 頭の中が、靄がかかったようにぼんやりしている。自分が今、どこにいるのかすら、よく分からなかった。
 どうやら、気を失っていたらしい。
 朦朧としたまま、香りのするほうに目を向けると、そこには、脱ぎ捨てられたシャツがあった。
 蘇芳はシャツに手を伸ばした。
 ――紺野さんのシャツ……。
 シャツから、かつて蘇芳が贈った沈丁花の香水の香りが、仄かに漂っていた。
 あの香水を贈ってから、紺野の身体から、ほんのわずかに沈丁花の香りが漂うようになった。
 もっとも、蘇芳は病的といっていいくらい、匂いに敏感だった。
 その蘇芳をもってしても、「ほんのわずか」にしか察知できないのだから、香水を身につけるというよりは、空中に漂わせる程度の使い方に違いない。
 それでも、香水を好まない紺野が、わざわざ使おうとしてくれたことが、蘇芳には堪らなく嬉しかった。
「壊れた人形みたいだな」
 どこか冷たい響きのある声が、頭上から降ってきた。
 蘇芳はシャツに伸ばしかけた手を止め、声のするほうに顔を向けた。
 紺野は呆れたような顔で、蘇芳の下腹部に視線を投げた。
 蘇芳は、自分が素っ裸のまま四肢を投げ出すような無様な恰好で、ソファの上に横たわっている事実に気づいた。
 ――そうだ……。僕、紺野さんに……。
 ようやく、蘇芳は自分の身に起きた出来事を思い出した。
 ――今更恥じらっても、何の意味もないんだろうけど……。
 蘇芳は足を閉じ、身体を縮こまらせた。
 居たたまれない気分だった。
 そんな蘇芳を慰めるように、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
 蘇芳は、紺野の脱ぎ捨てたシャツに手を伸ばすと、布に鼻孔を押し付けた。甘い香りに、涙腺が緩んだ。
 そんな蘇芳の行為を見咎めるように、紺野が冷たい声で訊ねてきた。
「そんなに好きか? 血の匂いが」
 ――血の匂い?
 一瞬、意味が分からなかったが、すぐに気づいた。
 ヘモグロビンを研究対象とする紺野の衣類には、しばしば鉄分の匂いが付着していた。このシャツにも、確かに付着している。
 ――特に意識した覚えはないけど……、僕はもしかして、血の匂いのせいで、この人に気を許してしまったんだろうか……?
 紺野が、シャツを蘇芳から奪うように取り上げた。
 シャツを羽織りながら、紺野は蘇芳のほうを見ずに、独り言のように呟いた。
「私から逃げたいか?」
 蘇芳はのっそりと顔を上げ、虚ろな目で、紺野を見上げた。その視線に気づいたのか、紺野は僅かに眉根を寄せ、蘇芳を見下ろした。
 互いの視線が交錯した。
 紺野の鋭すぎる眼光に圧倒され、蘇芳は慌てて目を背けた。
 ――この人の冷たい目とか、横柄なところは、嫌いじゃなかった……。でも……。
 だが、単に血の匂いに酔って、数年に亘って信頼していたのかと思うと、あまりにも自分が惨めだった。
 ――こんな風に、平然と犯すような人だったのに……。
 とはいえ、まだ頭がぼんやりしているせいか、紺野から逃げたいと思っているのか、自分に問いかけても答えは浮かんでこなかった。
 こんな目に遭わされたとはいえ、蘇芳にとって紺野は、蘇芳の性癖に寄り添ってくれた唯一の人だった。
 蘇芳は小さく溜息を洩らすと、紺野から目を背けた。
「……そうか。当たり前か」
 紺野は僅かに目を細めると、口の端だけで笑った。
 どうやら紺野は、蘇芳が頷いたと捉えたらしい。
 確かに、蘇芳が視線を逸らせた時、頷いたようにも見えなくもなかったかもしれない。
 ――違うんです……。
 蘇芳は口を開きかけたが、それよりも早く、紺野の声が落ちてきた。
「だったら、逃げればいい。その時には、好血症だと触れ回ってやる。大島美鶴が、どんな反応を見せるか、興味深いな」
 紺野は口早に言い放った。
 その瞳は、背筋が凍るほどの残酷な色を帯びて鈍く光っていた。 
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