イーヴィルアイに宿る色は

早之瀬雫

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1章

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 昨晩、ほとんど眠れなかったせいか、翌日は朝から身体がだるかった。
 翔はのっそりと起き上がると、机の引き出しを開き、奥に手を伸ばした。指先がガラス玉に触れた瞬間、慌てて手を引き、引き出しを閉めた。
 ――やっぱり、夢じゃないよな……。
 例のガラス玉を机の奥に放り込んだのは、昨晩のことだ。捨ててしまいたいのは山々だったが、何となく怖かった。子供の頃、「この手紙を捨てると不幸な目に遭います」などと書かれたチェーンレターを受け取ってしまった時の気持ちに似ていた。
 ――あいつ、何者なんだ?
 勢田は「イーヴィルアイ」による攻撃を跳ね返した上、陶器の破片を不気味なガラス玉に変えて見せた。更に自分も特殊能力を持っていることを匂わせてきた。
 ――怖い……。これ以上、あの人には拘わりたくない……。
 もっとも、今まで翔を担当した家庭教師は全員、一日目で辞めている。
 ――そうだ、きっとあいつだって……。
 だが、そんな期待は脆くも打ち砕かれた。
 翌日の夕方、勢田は時間通りに現れた。
 一階から聞こえる勢田の声に、ベッドの上でまどろんでいた翔は、慌てて跳ね起きた。いくら拘わりたくない相手であっても、来てしまった以上はやむを得なかった。翔は折り畳み椅子を急いで用意した。
 だが、どういうわけか、いつまで経っても勢田が二階に上がってくる気配はなかった。不審に思って、翔は廊下に出て、柱の陰から一階を覗き込んだ。
 勢田はソファに腰を下ろしていた。向かいに座る母の声が、妙に弾んでいる。
 勢田は、母手作りの、お世辞にも美味しいとはいえないケーキを、歯が浮くようなお世辞を並べながら、がつがつと平らげていく。
 テーブルマナーはなっていないし、食べ物を口に入れたままペラペラとよく喋る。母が最も嫌う、品性の欠片もない男のはすだった。
 だが母は、黄色い声を上げている。母の弾んだ声を聞いたのは、何年ぶりだろうか。
 話の内容といえば、初めは翔への対応についての相談だったが、高校への不満に移行し、やがて近所の噂話になった。
 近所の噂話など、部外者が聞いて楽しいはずがない。しかも、感情任せにしゃべるせいか、突然何の脈絡のない話をしたり、ひどく説明が不足していたりする。それなのに勢田はやけに楽しそうに聞き入っていた。意気投合した二人の様子に、翔は訳もなく腹立たしさを覚えた。
 ――疎外感?
 脳裏に過った言葉を、翔は瞬時に否定した。今更、そんなものを感じるわけがなかった。翔は逃げるように部屋に戻り、ドアを施錠した。
 一時間以上経って、ようやく階段を上る音が聞こえた。スキップするような軽やかな足音が腹立たしかった。
 ドアに鍵が掛かっている事実に気づいた勢田が、ドアを乱暴に叩いた。
「翔? どうした?」
 返事をしないでいると、ドアを叩く音がますます乱暴になっていった。
「おーい、翔くん、お昼寝ですか~? もう夕方ですよー」
 ふざけた口調が、癇に障った。
「帰ってください。勉強を教えられない家庭教師なんて、必要ありませんから」
「なにふて腐れてるんだよ? いいから開けろって」
 翔は黙り込んだ。勢田も、翔の返事を待っているのか、黙っている。数分の沈黙が続いた後、勢田があっさりと白旗を揚げた。
「ふーん、そっか。じゃ、仕方ないなぁ」
 間延びした呟き声を残して、足音が遠ざかっていった。
 翔が胸を撫で下ろした、その時だった。
 轟音と共に、振動が響き渡った。ドアを蹴破る気らしい。二回、三回と立て続けに鳴り響いた。集合住宅なら、隣人が飛び出してきているであろう大音量だ。
「……あの、先生?」
 動揺した母の声が聞こえた。
 翔は安堵の溜息を吐いた。母は、勢田の非礼を咎めるに違いない。いくら勢田でも、雇い主を相手に、無茶はできないだろう。
「ああ、お母様、これは失礼しました」
 打って変わった殊勝な口ぶりで、勢田は母に応じた。
「あまり刺激しないほうが……」
「大丈夫です。こう見えても俺と翔くん、仲良しなんですよ」
 勢田は快活な声で言い切った。
「そうなんですか? でも……」
 渋る母に、勢田は畳み掛けた。
「ちょっとした悪ふざけですよ。これくらいの年頃の子は、気を許した相手に対して、この手の悪戯をすることが、よくあるんです。ハーバード大学で行われた実験で、そんな場合に有効な対処法が実証されているんです。まあ、俺に任せておいてくださいよ」
 ――えっ、そんな実験結果があるのか? そういえば、家庭教師派遣会社の担当の藤木さん……だっけ、あの人が、勢田先生のことを、心理学や人間行動学にも精通してしているとか何とか言ってたような……。
「まあ、そうなんですか……。さすが、アメリカの大学ご出身だけあって、お詳しいのね。そこまでおっしゃるなら、先生にお任せしようかしら」
 翔以上に権威に弱い母は、納得したような様子で階段を下りて行った。その足音に、翔は肩を落とした。
 思えば、母はいつも人任せだった。勢田のような押しの強い人間に対して、結局従ってしまうであろうことは、容易に予想がついたはずだ。
 ――誰も助けてはくれないんだ……。
 今更ながら、翔は痛感した。
 次の瞬間、激しい音とともにドアが全開になっていた。開いたドアから、勢田が平然とした態度で部屋に侵入してきた。
「内開きのドアは、外から簡単に開くんだよ。蹴破られたくなかったら、外開きに付け替えてもらうといい」
 さっきの胡散臭い実験結果の話よりは信憑性がありそうだが、全くありがたみのないアドバイスだった。
「おっ、蝶番は壊れてないな。軋むような音がしたから、ヤバいかな、って思ったけど」
 ――いい加減にしろよ!
 蝶番が無事でも、ドアの鍵は壊れたに違いない。翔は勢田を睨みつけた。そんな翔の視線を受け流しながら、勢田が嘯いた。
「蝶番くらい、壊れてもどうってことないよな。だってこの部屋、窓ガラスだって割れてるし、やたらこじゃれたオープンラックだって歪んでるしな。あ。掛け時計も壊れてる。君みたいな破壊魔の部屋なら、ドアが壊れているくらいがちょうどいいかもな」
 何気なく勢田の足元に目を遣ると、なぜか右足だけ靴を履いていた。
「部屋の中で、靴を履かないでください」
「あー。ごめん、ごめん。素足でドアを蹴ったら、足が痛そうだったから、つい……」
 翔の苛立ちに気づいていないのか、勢田はぬけぬけと言い放つと靴を脱ぎ、無造作に靴を床に放り投げた。
 ドアを蹴破る前に一旦階段を下りていったのは、靴を持ってくるためだったらしい。
「それにしても、部屋の物は散々壊すくせに、部屋の中で靴を履くのは嫌なんだ? ちょっとワガママすぎるんじゃない?」
 小馬鹿にしたような言葉に、翔の頭の中が真っ赤に染まった。途端に、目の奥が焼けるように熱くなった。
 軋むような耳障りな音が頭蓋に響き渡ると同時に、甲高い金属音がした。
 ――また、やってしまった……?
 音がした方向に視線を向けると、本棚のガラス戸に大きなひびが入っていた。かなり厚手のガラスだったはずだ。とはいえ、ひびが入っただけで済んだことに、翔は安堵の溜息を漏らした。
 だが、勢田の口の端に浮かんだ薄笑いを前に、怒りがぶり返した。一瞬でも、勢田に怪我を負わせずに済んだことを、嬉しく思ってしまった自分に腹がたった。
 悔しさのあまり、翔は勢田を睨みつけた。だが、目が合った瞬間、勢田のガラス玉のような目が冷たく光った。
 本能的な恐怖に、翔は後退った。だが、それほど広い部屋ではない。一歩下がっただけで翔の足はベッドにぶつかり、その衝撃でベッドの上にひっくり返った。
 起き上がろうとしたその時、突然勢田が翔の肩を掴み、ベッドの上に組み敷いた。
「何するんですか?」
 翔は必死で勢田を押し退けようとした。だが。勢田の身体はびくともしなかった。
 勢田はいつになく真剣な表情で、翔を見下ろしていた。しばらく経って、呻くような声で問いかけられた。
「君は誰を傷つけたいんだ? 俺か? それとも君自身か?」
 勢田の双眸が、憐れむような色を帯びて、鈍く光った。その眼差しを目にした瞬間、翔は激しい嫌悪感と怒りを覚えた。同情されるのは、翔の自尊心が許さなかった。
「そんなこと、聞くまでもないでしょう。どうして僕が、自分を傷つけたいと思わなければならないんですか?」
 勢田は一瞬鼻白んだ表情を浮かべたが、すぐにいつもの軽薄そうな薄笑いを浮かべた。
「そうか。それを聞いて、安心したよ」
 勢田は翔の両手を背中に回して捻り上げると、ポケットの中から取り出した結束バンドで翔の両手の親指をひとつに括った。流れるような仕草で、抵抗する暇がなかった。
 翔は慌てて両手を揺すったが、どれだけ手に力を込めても、結束バンドは外れなかった。
「無駄だよ。怪我したいなら止めはしないけど」
 勢田は余裕の笑みを浮かべている。
「何する気ですか?」
「最初に言わなかったっけ? 高慢な鼻はへし折らずにはいられない性分なんだって。もう忘れちゃった?」
 勢田はとぼけた調子で囁きながら、指の腹で翔の下唇を撫でた。指先はゆっくりと翔の唇を這った。焦らすように、くすぐるよう指は這い回る。下腹部がじわりと熱を帯びた。そんな自分の身体の反応に、翔はひどく動揺した。
「やめろ!」
 翔は叫びながら、頭を大きく振った。勢田の指から逃れられたことに安堵を覚えた瞬間、髪を掴まれ頭部を固定されたかと思えば、口の中に勢田の指が根元まで差し入れられていた。
 喉の奥を指先でつつかれ、吐き気がこみ上げた。何度もえずいたが、指は無慈悲に翔の口内を蹂躙し続けた。唾液を飲み込むことができず、口の中に溜まっていった。勢田は殊更に卑猥な音を立てさせながら、口内を引っ掻き回した。その水音に、翔は背筋が寒くなるような嫌悪感を覚えた。
 逃げようにも、勢田に組み敷かれた身体は、自由を失っていた。その上、両手が拘束されている。無様に垂れ流している唾液すら、翔にはどうすることもできなかった。
 勢田の指は、翔の喉の奥をまさぐり、上顎をくすぐり、舌を摘まみ上げた。息苦しくて堪らないのに、舌を揉みほぐすように愛撫されているうちに、未知の感覚が身体の奥から、じわじわと込み上げてきた。
「んんっ……」
 くぐもった喘ぎ声を上げながら、翔の身体はがくがくと震えた。
「女の子みたいな反応だな。口の中を責められて喜ぶ子って意外と多いけど、君もそれっぽいね」
 笑いを含んだ声で揶揄されても、頭が痺れて、もはや怒りどころか、羞恥心すら麻痺してしまっていた。卑猥な水音までが、心地よい音色に塗り替えられえていく。
 身体から力が抜け、意識が朦朧としてきた。それでも、水音がどこか遠くでひっきりなしに響いていた。
 どれくらい経ったか、唐突に指が引き抜かれた。
 翔の口の端を指先で拭うと、勢田は情欲の欠片も感じられないガラス玉のような瞳で翔を見下ろしながら、口の端だけで笑った。
「いくらなんでも、無理やり抱く気はなかったんだけど、気が変わったよ。君が相手なら勃ちそうだし、もし君が心底嫌だったら『イーヴィルアイ』で俺を殺せばいいんだから、遠慮する必要もないよね」
 理解の範疇を越える科白に、翔の頭の中は真っ白になった。
 ――今、なんて……?
 衝撃のあまり、思考回路が麻痺してしまったのか、言葉の意味が読み取れなかった。
 ――僕を……抱くってこと? 冗談だろ?
 冗談だと言って笑いだしてくれるのではないかと、祈るような思いで、翔は勢田を見つめた。
 だが、そんな祈りをよそに、勢田は翔のスラックスを下着ごと一気に膝まで引き下ろした。滾った下腹部が冷たい外気に晒され、翔は目を固く瞑った。
「もうこんなに反応してるんだ? そんなに悦かった?」
 勢田が低く笑った。
 勢田の視線が自分の下腹部に注がれているのが、目を瞑っていても分かった。その視線を意識すればするほど、下腹部が激しく脈打った。屈辱と羞恥心に、翔は身じろぐことすらできなかった。
 勢田の手が、無遠慮に翔の下腹部に伸びてきた。その手は反り返った性器を掠め、奥の狭間に触れた。勢田の無骨な指先が、ゆっくりと狭間を這う。不快感と恐怖に、背筋に悪寒が走った。
 翔は息を殺して、勢田の手が一刻も早く離れていくことを祈った。だが勢田の指先は無造作に翔の体内に入り込んできた。
 排泄器官をまさぐられる嫌悪感に、翔の身体は総毛立った。身体を強張らせ、必死で拒もうとするが、翔の唾液で濡れた指は、小刻みに震えながら、ゆっくりと奥まで侵入していく。指が粘膜を擦り上げるたびに、腰が跳ね上がった。
「そんなに気持ちいい? もう先走りが溢れ出てるよ」
 勢田が嘲るような声で囁きかけた。その間も勢田の指は、容赦なく翔の中を掻き回し、襞を擦り上げていた。
 不快感と嫌悪感しかなかったはずが、次第に身体の奥に疼くような熱を帯び、もどかしいような甘い感覚が混じり込んできた。
 自分の身体の反応が信じられなくて、翔は首を横に振った。耳を塞ぎたくなるような淫らな水音が、自分の身体の中から漏れている事実を、否定できるものならしたかった。
「い…痛い……、やめ……、あっ……」
 苦痛を訴えようとしても、喘ぎ声が混ざっ てしまう。
「何言ってんだ? 悦んでるようにしか見えないけど? ほら、襞がこんなに指に絡みついてくるよ」
 勢田が指を抜こうとすると、自分の肉が勢田の指を留めようとするかのように締めつけているのが、自分でも分かった。だが、それは本能的な防御反応に過ぎないはずだ。それなのに、まるで翔の意思であるかのように言われるのは心外だった。
「ねえ、もしかして、初めてじゃないの?」
 ――何言ってるんだ、こいつ……!
「……殺してやる」
  怒りのあまり思わず口を突いて出た言葉に、一瞬、勢田の顔から表情が消えた。だが、すぐに口許に皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「やっぱりそれが君の本音か。吉田篤君のことも、殺したいと思ったんだ?」
「……誰、それ?」
「君が線路に突き落とした同級生。名前も知らないんだ?」
 勢田は、揶揄するように咽喉の奥で笑った。 
「あれは、僕のせいじゃない」
 翔は慌てて叫んだ。だが、言い終えないうちに、勢田の低い声が、翔の耳朶を打った。 
「君は誇らしげに言い放ったよね。僕に危害を加えるのは、やめておいたほうが賢明だよ――って」
 翔は息を呑んだ。
「そこまで、聞いてた……んですか?」
 あの状況を目の当たりにすれば、翔の態度を高慢と見る人もいるかもしれない。もし勢田がそう感じ、義憤に駆られたとしたら、翔への仕打ちは当然ともいえた。
「……それで、僕にこんなこと……」
 涙腺が熱くなった。翔は目を強く瞑って、 涙が零れそうになるのを堪えた。
「へえ、ちょっとは後悔してるんだ? 当然か。吉田君、重傷だもんな。それで何も感じないなら、人としてどうかしてるよな」 
「だから、僕のせいなんかじゃない!」
  勢田はじっと翔の目を覗き込んだ。感情のない、ガラス玉のような瞳は何もかも見送かすような力を持っていた。
「じゃあ、吉田君が悪いの? 確かに暴行は褒められたことじゃないけどさ、線路に突き落とされて、危うく急行列車にはねられそうになるほどの罪を犯したの?」
 ――まさか線路に落ちるとは、思わなかったんだ。 
 思わず出かけた言葉を、飲み込んだ。そんな言い訳じみた言葉を吐きたくはなかった。代わりに、精一杯の虚勢を張った。
「同じ目に遭いたくなければ、あなたも、いい加減にしておいたほうが、身のためじゃないですか?」
 だが勢田には、翔の脅しは通用しなかった。
「さっきから言ってるじゃん。殺したければ殺せって。そうしないってことは、もっと触って欲しいってことだろ?」
 勢田は、翔を嘲るような笑みを浮かべた。
「ずいぶん物欲しげに締めつけてくるね。もしかして欲求不満だった? そりゃ、そうか。だって、バケモノを相手してくれる子なんか、そうそういるもんじゃないよな」
 勢田は、翔が力を自分でコントロールが効かない事実のみならず、勢田に対してはうまく力を発揮できない事実まで掴んでいる。その上で、翔の反応を揶揄し、まるで翔が淫らな行為をせがんでいるかのように言い立てている。絶対に、許せなかった。
「……絶対、殺してやる」
 翔は唇を噛み締め、勢田を睨みつけた。翔の「イーヴィルアイ」は、激しい憎悪を抱いた相手に発動するはずだった。何としても発動させてやると、翔は強く思った。
「はい、はい。どうぞご自由に」
 勢田は小馬鹿にした口調で受け流した。
「じゃあ、指増やすよ」
 勢田は翔の思考を邪魔するように、指を更にもう一本添えて、翔の中を掻き回した。予想以上の圧迫感に、翔は呻いた。
 勢田の指がある一点に届いた刹那、翔の身体が跳ねた。
「へえ、ここが悦かったんだ?」
  同じところを強く抉られた。 苦痛とも快楽ともつかない、脳を直撃するような刺激に、翔は悲鳴を上げた。身体が、 びくびくと大きく違撃する。
 目がくらむような絶頂感に、頭の中が真っ白になったその時、頭上で、鋭い破裂音がした。
 顔を上げようとしたが、その前に勢田が覆い被さるように翔の身体を抱き締めた。思いがけない温もりに、なぜか甘酸っぱいような切なさが胸に込み上げてきた。
 勢田は翔をしばらく抱き締めていたが、翔の手に縛った結束バンドを外すと、翔から身体を離した。
「誰も相手にしてくれなかったのは、ある意味、幸運だったかもねぇ」
 蛍光灯が割れ、ガラス片が飛び散っていた。
 ――あ……、僕が……壊したのか……。 目の奥が熱くなったかどうかは分からなかった。意識を向ける余裕などなかった。
 視線を落とすと、自分の下肢が白濁でべったりと汚れていた。排泄孔を弄られて射精してしまった事実が信じ難くて、翔は目を瞑った。涙が零れそうになったが、必死で堪えた。 泣けば、さらに惨めになるような気がした。
「怪我はないよな?」
 勢田の声に、翔は薄く目を開いた。
 勢田はすでにベッドから下り、自分の身体に降りかかったガラス片を払っていた。
 ――さっき、僕を庇った? いや、こいつ に限って、まさかそんなわけ……。 
「なんだよ? 部屋にガラス片を巻き散らす な、とでも言いたいのか? 蛍光灯割ったの君なんだから、文句言うなよ」
 勢田は翔の傍に近づいてくると、白濁で汚れた腿をそっと撫でた。這うような指の動きに、再び下腹部に熱が籠った。漏れそうになる喘ぎ声を、翔は噛み殺した。
「こんな無様な恰好で怒っても、迫力ないよ」
 勢田は翔の顔を覗き込みながら、薄笑いを浮かべて言い放った。翔の羞恥心と怒りが頂点に達した。
「出て行けよ!」
 翔が投げつけた枕を勢田は軽々とかわした。
「言われなくても、帰るよ。勤務時間が過ぎてるんだから。そこらへんにガラス片が落ちてるから、掃除しとけよ」
 勢田は平然と言い放つと、翔の返事も聞かずに部屋を後にした。
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