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もう一人の監視者
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街はとても広く、人混みで疲れることはないが、歩き疲れるぐらい広かった。
街の周りには、壮大な自然が広がり街の建物より高い山々がそびえているのが見える。
「ねえ、コリン。あの山、とてもきれい!」
ララは、左に見える大きな山を指差して言った。
「おお! あれは――」
「あれは、わが城を構える〟ベルゴン山脈〝だ」
コリンは、ベラに横取りされてばかりで、自分の知識を離せないことに憤慨していた。だが、ベラはそんなことは気にせずに話した。
「あの山に住んでるの?」
ララは、ベラの真横に走り寄って、ベラの顔を見上げて訊いた。コリンは、ララの肩の上で、そっぽを向いている。
「そうだ。あの山の頂上に、わが城、〟雪のひまわりの城〝がある」
「へえ~……」
ベラの話を聞いたあと、ララはゆっくりと山に向き直し、じっと目を凝らして城を探した。
山は、荘厳にたたずんでいた。青い空にほど近い頂上付近は、木がなく岩肌が見えていて、頂上に白い建物がかすかに見えた。そこから延びる道のようなものがあり、その下に生い茂る森へと続いていた。
「あれ……?」ララは、その山をまじまじと見ていると、一つの疑問を抱いた。
「ねえ、ベラ。木に葉っぱがついてる?」
ララは、山を指差しベラを見上げた。
山の森には、白く雪が乗っかっているが、所どころ葉の緑が見える。ベラは、ララを見降ろして話した。
「そうだ。〟ベルゴン山脈〝の森の木々には葉が生っている。秋には紅葉しきれいに彩る。冬は、わが夫〟夏の王ラマー〝の力によって、緑の葉が生っているのだ。わが娘〟春の姫リンネ〝が喜ぶからな。優しい人よ」
そう話すベラの目は、妻と母親の目になっていた。ララはその目に、自分の母であるレジュリーの目を思い出した。その優しい目にララはレジュリーが恋しくなってきた。
「優しい王様なんだね……」
ララは自分のその言葉に、〟夏の王ラマー〝を勝手にイメージした姿と父親の真咲の姿が重なった。二人を重ねた姿の父親は優しくララの頭の中で微笑んだ。
「あの向こうにも、山や森が広がってるの?」
ララは、反対側に見える山を指さして聞いた。ベラは、ララの言葉に表情が一変した。
「行くぞ」
ベラは正面に向き直ると、また足早にシュワルツを連れて歩き始めた。シュワルツは、一度ララを振り返り、そのあとベラを見て従うように黙ってついて行った。
「私、なんかいけないこと言った?」
ララは、先を歩くベラを追いかけながらコリンに訊いた。コリンは、嬉しそうに話し始めた。
「山の向こうにはな、ベラの宿敵――」
コリンが、嬉しそうに話し始めようとしたとき、前でシュワルツが大きな遠吠えをして、ベラの前に立ち戦闘態勢になっていた。ララは遠吠えに驚き前を向き、コリンはまた話すチャンスをつぶされ頭を押さえていた。
「何で……」
コリンは頭を下げ、目をつむってつぶやいているが、ララは聞いていなかった。
「シュワルツ、大丈夫だ。これ、姿を見せんか!」
ベラは、シュワルツを落ち着かせ、前に出ると誰もいない道の真ん中で叫んだ。
「いや~、これは、これは冬の女王ベラリサ王妃。ご機嫌麗しゅう……」
ララがベラの横に駆け寄ったとき、前に立っていたのはシルクハットを持った小太りな薄紫色の動物だった。
「久しいな。幻ウサギ……」
ベラは見下すように一歩前へ出て睨みつけると、幻ウサギはシルクハットを上げて挨拶をした。そのときに、幻ウサギのピンと立ち先の曲がった長い耳が見えた。
「幻ウサギって?」
ララは、幻ウサギを見ながら顔をしかめてコリンに訊いた。でも、コリンは返事をしなかった。
「コリン……?」
ララは、肩にいるコリンを指で突っついたが何も返答がない。ララは、おかしいなと思い、コリンの体を掴んで見た。
「……マジ?」
ララは、幻ウサギを見たときよりも顔をしかめてつぶやいた――コリンは、口を大きく開け、いびきをかいて寝ていた。
「信じられない……」
ララは、コリンを雑に持ったまま、幻ウサギを見た。
幻ウサギは、シルクハットをかぶってララたちを見ていた。その目はまんまるで、瞳が細く猫の目に似ていた。体は小太りだが可愛げのある体で、腕が短く、親指と人差し指が異様に離れている大きな足は、これまた大きなお腹のすぐ下に短く見える。幻ウサギは、ずっと笑いながらララたちを見ていたが、その笑顔はいやらしく、あとに残る嫌な笑顔だった。
「でも、コリンの言ってたことが当たった……」
ララは、幻ウサギを見ながら泡の精のことを思い出した――確かに、ウサギに出会った。
「おや~……」
幻ウサギはララを見ると、首をかしげいやらしい笑顔を残して消えた。ララとシュワルツは、姿を消した幻ウサギを探して周りをキョロキョロ見渡している。
「君は――」
ララたちの周りの空気が喋っているように幻ウサギの声がした。
「どこにいるの?」
ララの顔が、恐怖で曇っていく。すると、ベラがララに向き直り、見降ろすようにララを見た。
「な、何?」
ララは、後ずさりしながらベラに言った。
「ボギービーストを持ってる君が……ララちゃんだね?」
幻ウサギは、ララの背中からヒョイと顔を出した。ララはバッと振り返り、飛び跳ねながら驚くと、ベラの背後に回り込んでベラの着ているドレスを強くつかんだ。でも、そこに幻ウサギはいなかった。
「ふ~ん……、まだ幼いね……」
幻ウサギは、ララのスカートを掴んでめくりララの顔を見ると、ニターっと口を横に開き笑った。
「やめてよ!」
ララは顔を真っ赤にして、自分のスカートを引っ張り、片手で幻ウサギを突き飛ばした。幻ウサギは、ララを見ていた笑顔のまま飛ばされ、地面に倒れこんだとき頭と体が離れ、頭が地面に笑顔のまま転がった。
「キャアァァァァ!!」
ララは、口を両手で覆いながら悲鳴を上げた。目が見開き、幻ウサギを突き飛ばした感触がまだ手に残っている。ララの手は、口を抑えながら震えていた。
「大丈夫だ」
ベラは、そっとララの肩に手を置き、鼻で笑うように幻ウサギを見た。ララは、心配そうにベラを見ると、ごそごそと何かが動いた。
「いや~……、まさか突き飛ばされるとは」
幻ウサギの頭が、器用に長い耳を使って起き上がった。それを見たララは、思わず息をのんだ。
「こっちだよ」
ピョンピョン飛び跳ねて、幻ウサギの頭が体に向き直ると、体が頭なくのそっと起き上り、体の土ぼこりを払った。
「倒れそう……」
ララは、頭をクルクル回しながら、倒れそうになるのをグッと耐えていた。
「貴様、何の用だ?」
ベラは、幻ウサギの頭を見降ろして言った。幻ウサギの頭に体が乗り、耳を掴むとホッピングのように飛び跳ね始めた。
「何の用だはないだろ……? カイヤックブールを見張れって言ったじゃん。それに、僕を探してたんだろ?」
飛び跳ねながらしゃべってるので、幻ウサギの声が、時折、潰れて聞こえる。でも、憎たらしい笑顔は変わらない。
「そうだったか? でも、貴様は一回か見張ったことあるのか?」
「いや~……、それを言われたら、何か言ってほしい?」
「シュワルツ」
ベラがシュワルツを呼ぶと、シュワルツは幻ウサギの体を吹き飛ばし、前足の鋭い爪を幻ウサギの頭に立てて、唸りながら抑えた。
「何か言えるか?」
「確かに……」
抑えつけられながらも笑顔の幻ウサギの頭が、シュワルツの足の下から消え、体もムクッと起き上がると、一回クルッと回りながら消えた。シュワルツは、地面に足をつけると、あたりを見渡し幻ウサギを探した。ララも、あのいやらしい笑顔に何されるかわからないと必死で探した。
すると、ベラがゆっくり建物の屋根を見た。そこに、寝そべるように幻ウサギがいた。ララたちが見ると、またニターっと笑う。
「でも、貴様の言っていたことも当たっている。私は貴様を探していた」
ベラは、会いも変わらず冷たい態度で話した。
「でしょ。だから、今年はちゃんと見張ってたよ。なぜなら――」
そう言うと、ララを見ながら目を見開き、さらに大きく口を横に開き笑顔になった。目を一回大きく瞬きすると、先の折れた長い耳も一緒に折れた。ララは、幻ウサギのいやらしい笑顔に見られるたびに、心が締め付けられるような恐怖を感じた。
「この子がなんなのだ?」
ベラは、ララをチラッと見て、幻ウサギを見上げて訊いた。
「いや……、まだ確かじゃないからね……」
幻ウサギは話し終えると、目をつむり耳が垂れると、猫のように寝そべりながら、寝むってしまった。
ララは、不安そうにベラを見ると、ベラもララを見ていた。ベラと目が合ったララは、とっさに目線をそらした。
「お前、何か隠してないか?」
ベラは、鋭い目つきで、冷たく無感情な話し方で訊いた。
「別に何も……」
ベラの目の恐怖で顔を上げれないララは、ウソなくベラに答えた。ベラも、それを察したのか、目線をララから幻ウサギに移した。
ララは、コリンを恐怖で強く握ってしまったのか、コリンは寝ながら小さく唸った。ララは声に気付き。握る力を弱めた。それでもコリンは、クチャクチャ口を鳴らしながら寝ていた。
「それで、奴はどうした?」
ベラは幻ウサギに向き直ると、叫ぶように言った。その声に反応して耳が動く。目を開けた幻ウサギは笑顔になり、おもむろに口を開いた。
「もう動き始めるんじゃないかな? 今日中には――」
幻ウサギが話しているとき、隣にそびえる岩山の頂上から笑い声がとどろいた。ララたちは、一斉に顔を岩山の頂上に向ける。
その声は、この世界中に聞こえたのではないかと言うほどに響き反響した。森にすんでいる鳥たちが一斉に飛び立ち、動物たちは岩山から離れるように走り出した。
森だけではない。扉を固く閉ざした街の家や建物の中から、金槌を壁に打ち付ける音が一斉に鳴りだした。その音は、まるでカイヤックブールから身を守るために、さらに扉を固く閉ざしている音だ。屋根に寝ていた幻ウサギは、壁を打ち付ける振動で屋根から落ちた。しかし、地面にぶつかる寸前に姿を消し、道の真ん中に現れると、耳をピンと立て笑って立っていた。
「もう、戻ったみたい」
幻ウサギ親指みたいな指で岩山の頂上を指し、肩をすくめて笑った。
「急がねば……」
ベラはララを見ると、足早にシュワルツを連れて幻ウサギを通り過ぎた。ララもベラについて行くが、幻ウサギに後ろ髪引かれる思いだった。何か大切なことを、幻ウサギは知っているのではないかとララは考えていた。
「冬の女王ベラリサ」
ベラは立ち止り、顔を半分だけ幻ウサギに振り返る。ララとシュワルツは、一度ベラを見てから振り返る。コリンは――寝ている。
「城に帰ったら、〟虹の楽譜のタペストリー〝を見てみな。面白いことになってるよ……」
幻ウサギが笑顔で話すと、ベラが眉間に深いしわを寄せて向き直った。幻ウサギはその反応を見ると、さらにニターっと笑い首をかしげた。
「貴様、何を――」
「そして、ララちゃん……」
ベラの話を遮って、幻ウサギは話を続けた。
「僕は、ずっと見てるよ……」
幻ウサギは、笑いながらララを見ているが、体だけが回れ右をして、手足を大振りで歩き始めた。ララは、あり得ないことになっている幻ウサギを見て気味悪がった。
「僕だけじゃない……、この世界が君を注目してるよ~……」歩き去りながら、幻ウサギは消えていった。
いなくなった後も、その場所には、やけに親指と人差し指の離れた幻ウサギの足跡と、あの憎たらしいニターっとした笑顔が残像のように残った。
「まったく、あいつはつかめん奴だ」
ベラは、幻ウサギの残像を見ながら、踵を返し先を急いだ。
「ふあ~あぁぁ……」
コリンが、ララの手の中であくびをし、大きく手を広げた。
「コリン、起きたの?」ララは声低く、しかめっ面でコリンに訊いた。
「ああ……、よく寝たよ」
コリンは、目をこすりながら、まだ眠たそうだった。
「コリンが寝ている間に、いろんなことがあったんだから!」。
「何があったの?」
コリンは、あっけらかんと訊きながら、ララの指にしがみつきもたれていた。
「コリンに似た人――人じゃないけど――に会った」
「オレに?」
「そう。コリンそっくり。というか、コリンよりある意味ひどかった……」ララは、あの笑顔を思い出すたび、背筋がゾクッと寒気がした。
「ね、ね、誰? 誰さ!?」
コリンは、ララの手をすり抜け肩によじ登る。コリンは何をそんなにワクワクしているのか、ララには皆目見当もつかなかった。
「ま、幻ウサギだよ……」
ララは、肩に乗った息の荒いコリンから顔を遠ざけた。
「ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、幻ウサギ!!!」
「ま、言い過ぎ……」
ララが呆れている肩の上で、コリンは両手で顔を覆いながら膝をついた。
「あぶね……」その為、肩から落ちそうになった。
「何で起こしてくれないのさ!?」
コリンは、ララの肩の上で地団駄踏みながら怒っていた。
「痛い、痛いって……」
ララは、肩に乗るコリンを右手でつかみ、自分の顔の前に嫌そうに上げた。
「起こしたよ。私、驚いて強く握ったとき、コリン苦しそうにしたけど、全く起きないでこんな顔してたよ」と言うと、ララは目をつむり、牛のように口をクチャクチャ動かして、コリンの寝顔のまねをした。
「そ、そんな顔で寝てないよ!」
コリンは、ララの手の中で暴れ出した。それでも、ララは顔真似を止めなかった。
「してなーーーい!」
「何をしておる!」
ベラは振り返ると、すごい剣幕で怒鳴った。ララもコリンもその迫力に、一瞬でその場に立ち尽くし黙った。
「敵は、私たちがここにいることに気付いておる。遊んでる場合ではないぞ!」
「すみません……」
ララとコリンは、声をそろえて謝った。ベラは何も言わずにまた歩き始める。シュワルツは、軽く頭を振り、ベラについて行った。
「あいつ、オレをバカにしやがったな」
「バカにしたんじゃなくて、呆れたんだよ……」
ララは、深いため息をつきながらベラのあとを追いかけた。
道を進んでいくと、街の外れに突き当った。ここには塀がなく、木で造られた入り口の門だけが大きく口を開けて建っていた。
「何でここは塀がないの?」
「ここからは、私の力で結界を張っておるから誰も入れないのだ。ゆえに、塀を作る必要もない」
「え? ずっと、結界が張ってあるの?」
ララは、門に張ってある見えない結界を見ていた。ララは、目を凝らして見たが、まったく見えない。それは当たり前のことだった――なぜなら、魔法の結界なのだから。
「この街は、奴が生まれた後にできた街だからな。街の者に何かあっては困るから、毎年様子を見に来ているのだ」
ベラはそう言うと、結界に近づいた。ララは、シュワルツと一緒にベラの後ろに立って様子を見る。ベラは、結界に手を伸ばし、手の平を向けると目をつむり、何か呪文をつぶやいた。ララとシュワルツは黙ってベラを見ていた――コリンは、またビスケットを食べていた。
「問題はないか……」
ベラは、安心したようにつぶやいた。
「結界は大丈夫なの?」
ララは、後ろ向きに立つベラを覗きこむように体を伸ばして訊いた。
「ああ、大丈夫だ」
ベラは、ララたちの顔を見ずに答えると、顔を上げ、山の頂を睨みつけた。
「問題は、奴のところまでどうやって行くかだ……」
「え? ここ通っていくんじゃないの?」
「ここからではない。ここの結界を解いてしまうと、すぐにでも奴が現れて襲い掛かってくる。そんな危険を冒すわけにはいかない。かといってどうすれば――」
ベラが、杖で左手の手の平で叩きながら考えていた。
「スノー・テレポは嫌だよ!」
コリンが懇願するように叫んだ。
「そんなに魔力を使うわけにはいかぬ。ただでさえ、魔力が落ちているというのに――」
ベラは、チラッとララの方を見た。ララは、その目がララたち人間のせいだと言っているように見えた。ララは、すぐにベラから目をそらした。
「どこかに――」
ベラが、振り返り空を見ていると、シュワルツが大きな声で遠吠えをした。
「……ミタ・インディオの集落か」
ベラは、何かを思い出したように、ハッと顔をシュワルツに向けた。シュワルツは、一回大きくうなずいた。
「ミタ・インディオの集落……?」
ララは肩に乗るコリンを見ながら訊いた。コリンは、肩の上ではしゃぎ始めた。
「あいつらの集落に行けるのか?」
コリンの顔は、喜びで目が見開き、ララの肩の上で小気味よいステップを踏んだ。その度に、ララの肩がチクチク痛くて下がった。
「仕方ない。ミタ・インディオの集落に向かおう」
ベラはそう言うと、ララたちの前に立ち、杖でララのわからない記号のようなものを並べ描くと、ララにはわからない言葉で何かをつぶやいた。
「今の何語?」
「フローラ語だよ。妖精の世界で魔法を使うには、フローラ語を覚えなきゃいけないんだ」
コリンは、足をぶらつかせて説明した。
ベラが魔法を唱え終わると、雪の地面がモゴモゴと動き出し始めた。ララが気持ち悪そうに見ていると、一頭の大きな白いユニコーンが大きな声でいななきながら現れた。
「きれい……」
ユニコーンは、勇ましく可憐で穢れのない真っ白な馬体に、頭にある角は長く鋭い。その立派な馬体に乗せられた鞍は、硬そうな革で作られていた。その見事なユニコーンの姿に、ララは惚れ惚れして見ていた。ベラはユニコーンに近づくと、乗りなれたように鞍にまたがり、ララに手を伸ばした。
「乗れ」
ベラの冷たい言葉を聞いたララは、ベラの手を掴み、ユニコーンにまたがった――ベラの手は、意外にも温かかった。
「うわぁ……」
ユニコーンの首にララの手が触れると、ユニコーンのひんやりとした、だが温かく脈打つ鼓動が伝わった。前を見ると、ララがいつも見ている風景とは違い、まるで自分が巨人のように大きくなったような景色が広がった。風はひんやり冷たいが、とても気持ちのいい風になった。
「たてがみをしっかり握れ」
ララの耳元でベラが囁くと、ララの耳元に冷たい息がかかった。ララは、大きくうなずいて返事をした。コリンはララの肩から降りると、たてがみを掴んで遊び始めた。
「シュワルツ! 集落まで先導するのだ!」
ベラの声を聞いたシュワルツは、空に咆哮すると、地面に積もった雪を舞い上げ、勢いよく駆けだした。
「行くぞ! しっかりつかまっておれ! ハッ!」
ベラは、手綱を引きユニコーンを一回立ち上がらせると、ものすごいスピードでシュワルツを追いかけた。
「危ないじゃないか!」
たてがみで遊んでいたコリンが必死にしがみつきながら叫んだ。
「お前が悪い」
「コリンが悪い」
ララとベラは声を合わせて冷たい視線をコリンに送った。
「フンだ!」
コリンはすねたが、すぐにたてがみを結んだりして遊び始めた。
街の周りには、壮大な自然が広がり街の建物より高い山々がそびえているのが見える。
「ねえ、コリン。あの山、とてもきれい!」
ララは、左に見える大きな山を指差して言った。
「おお! あれは――」
「あれは、わが城を構える〟ベルゴン山脈〝だ」
コリンは、ベラに横取りされてばかりで、自分の知識を離せないことに憤慨していた。だが、ベラはそんなことは気にせずに話した。
「あの山に住んでるの?」
ララは、ベラの真横に走り寄って、ベラの顔を見上げて訊いた。コリンは、ララの肩の上で、そっぽを向いている。
「そうだ。あの山の頂上に、わが城、〟雪のひまわりの城〝がある」
「へえ~……」
ベラの話を聞いたあと、ララはゆっくりと山に向き直し、じっと目を凝らして城を探した。
山は、荘厳にたたずんでいた。青い空にほど近い頂上付近は、木がなく岩肌が見えていて、頂上に白い建物がかすかに見えた。そこから延びる道のようなものがあり、その下に生い茂る森へと続いていた。
「あれ……?」ララは、その山をまじまじと見ていると、一つの疑問を抱いた。
「ねえ、ベラ。木に葉っぱがついてる?」
ララは、山を指差しベラを見上げた。
山の森には、白く雪が乗っかっているが、所どころ葉の緑が見える。ベラは、ララを見降ろして話した。
「そうだ。〟ベルゴン山脈〝の森の木々には葉が生っている。秋には紅葉しきれいに彩る。冬は、わが夫〟夏の王ラマー〝の力によって、緑の葉が生っているのだ。わが娘〟春の姫リンネ〝が喜ぶからな。優しい人よ」
そう話すベラの目は、妻と母親の目になっていた。ララはその目に、自分の母であるレジュリーの目を思い出した。その優しい目にララはレジュリーが恋しくなってきた。
「優しい王様なんだね……」
ララは自分のその言葉に、〟夏の王ラマー〝を勝手にイメージした姿と父親の真咲の姿が重なった。二人を重ねた姿の父親は優しくララの頭の中で微笑んだ。
「あの向こうにも、山や森が広がってるの?」
ララは、反対側に見える山を指さして聞いた。ベラは、ララの言葉に表情が一変した。
「行くぞ」
ベラは正面に向き直ると、また足早にシュワルツを連れて歩き始めた。シュワルツは、一度ララを振り返り、そのあとベラを見て従うように黙ってついて行った。
「私、なんかいけないこと言った?」
ララは、先を歩くベラを追いかけながらコリンに訊いた。コリンは、嬉しそうに話し始めた。
「山の向こうにはな、ベラの宿敵――」
コリンが、嬉しそうに話し始めようとしたとき、前でシュワルツが大きな遠吠えをして、ベラの前に立ち戦闘態勢になっていた。ララは遠吠えに驚き前を向き、コリンはまた話すチャンスをつぶされ頭を押さえていた。
「何で……」
コリンは頭を下げ、目をつむってつぶやいているが、ララは聞いていなかった。
「シュワルツ、大丈夫だ。これ、姿を見せんか!」
ベラは、シュワルツを落ち着かせ、前に出ると誰もいない道の真ん中で叫んだ。
「いや~、これは、これは冬の女王ベラリサ王妃。ご機嫌麗しゅう……」
ララがベラの横に駆け寄ったとき、前に立っていたのはシルクハットを持った小太りな薄紫色の動物だった。
「久しいな。幻ウサギ……」
ベラは見下すように一歩前へ出て睨みつけると、幻ウサギはシルクハットを上げて挨拶をした。そのときに、幻ウサギのピンと立ち先の曲がった長い耳が見えた。
「幻ウサギって?」
ララは、幻ウサギを見ながら顔をしかめてコリンに訊いた。でも、コリンは返事をしなかった。
「コリン……?」
ララは、肩にいるコリンを指で突っついたが何も返答がない。ララは、おかしいなと思い、コリンの体を掴んで見た。
「……マジ?」
ララは、幻ウサギを見たときよりも顔をしかめてつぶやいた――コリンは、口を大きく開け、いびきをかいて寝ていた。
「信じられない……」
ララは、コリンを雑に持ったまま、幻ウサギを見た。
幻ウサギは、シルクハットをかぶってララたちを見ていた。その目はまんまるで、瞳が細く猫の目に似ていた。体は小太りだが可愛げのある体で、腕が短く、親指と人差し指が異様に離れている大きな足は、これまた大きなお腹のすぐ下に短く見える。幻ウサギは、ずっと笑いながらララたちを見ていたが、その笑顔はいやらしく、あとに残る嫌な笑顔だった。
「でも、コリンの言ってたことが当たった……」
ララは、幻ウサギを見ながら泡の精のことを思い出した――確かに、ウサギに出会った。
「おや~……」
幻ウサギはララを見ると、首をかしげいやらしい笑顔を残して消えた。ララとシュワルツは、姿を消した幻ウサギを探して周りをキョロキョロ見渡している。
「君は――」
ララたちの周りの空気が喋っているように幻ウサギの声がした。
「どこにいるの?」
ララの顔が、恐怖で曇っていく。すると、ベラがララに向き直り、見降ろすようにララを見た。
「な、何?」
ララは、後ずさりしながらベラに言った。
「ボギービーストを持ってる君が……ララちゃんだね?」
幻ウサギは、ララの背中からヒョイと顔を出した。ララはバッと振り返り、飛び跳ねながら驚くと、ベラの背後に回り込んでベラの着ているドレスを強くつかんだ。でも、そこに幻ウサギはいなかった。
「ふ~ん……、まだ幼いね……」
幻ウサギは、ララのスカートを掴んでめくりララの顔を見ると、ニターっと口を横に開き笑った。
「やめてよ!」
ララは顔を真っ赤にして、自分のスカートを引っ張り、片手で幻ウサギを突き飛ばした。幻ウサギは、ララを見ていた笑顔のまま飛ばされ、地面に倒れこんだとき頭と体が離れ、頭が地面に笑顔のまま転がった。
「キャアァァァァ!!」
ララは、口を両手で覆いながら悲鳴を上げた。目が見開き、幻ウサギを突き飛ばした感触がまだ手に残っている。ララの手は、口を抑えながら震えていた。
「大丈夫だ」
ベラは、そっとララの肩に手を置き、鼻で笑うように幻ウサギを見た。ララは、心配そうにベラを見ると、ごそごそと何かが動いた。
「いや~……、まさか突き飛ばされるとは」
幻ウサギの頭が、器用に長い耳を使って起き上がった。それを見たララは、思わず息をのんだ。
「こっちだよ」
ピョンピョン飛び跳ねて、幻ウサギの頭が体に向き直ると、体が頭なくのそっと起き上り、体の土ぼこりを払った。
「倒れそう……」
ララは、頭をクルクル回しながら、倒れそうになるのをグッと耐えていた。
「貴様、何の用だ?」
ベラは、幻ウサギの頭を見降ろして言った。幻ウサギの頭に体が乗り、耳を掴むとホッピングのように飛び跳ね始めた。
「何の用だはないだろ……? カイヤックブールを見張れって言ったじゃん。それに、僕を探してたんだろ?」
飛び跳ねながらしゃべってるので、幻ウサギの声が、時折、潰れて聞こえる。でも、憎たらしい笑顔は変わらない。
「そうだったか? でも、貴様は一回か見張ったことあるのか?」
「いや~……、それを言われたら、何か言ってほしい?」
「シュワルツ」
ベラがシュワルツを呼ぶと、シュワルツは幻ウサギの体を吹き飛ばし、前足の鋭い爪を幻ウサギの頭に立てて、唸りながら抑えた。
「何か言えるか?」
「確かに……」
抑えつけられながらも笑顔の幻ウサギの頭が、シュワルツの足の下から消え、体もムクッと起き上がると、一回クルッと回りながら消えた。シュワルツは、地面に足をつけると、あたりを見渡し幻ウサギを探した。ララも、あのいやらしい笑顔に何されるかわからないと必死で探した。
すると、ベラがゆっくり建物の屋根を見た。そこに、寝そべるように幻ウサギがいた。ララたちが見ると、またニターっと笑う。
「でも、貴様の言っていたことも当たっている。私は貴様を探していた」
ベラは、会いも変わらず冷たい態度で話した。
「でしょ。だから、今年はちゃんと見張ってたよ。なぜなら――」
そう言うと、ララを見ながら目を見開き、さらに大きく口を横に開き笑顔になった。目を一回大きく瞬きすると、先の折れた長い耳も一緒に折れた。ララは、幻ウサギのいやらしい笑顔に見られるたびに、心が締め付けられるような恐怖を感じた。
「この子がなんなのだ?」
ベラは、ララをチラッと見て、幻ウサギを見上げて訊いた。
「いや……、まだ確かじゃないからね……」
幻ウサギは話し終えると、目をつむり耳が垂れると、猫のように寝そべりながら、寝むってしまった。
ララは、不安そうにベラを見ると、ベラもララを見ていた。ベラと目が合ったララは、とっさに目線をそらした。
「お前、何か隠してないか?」
ベラは、鋭い目つきで、冷たく無感情な話し方で訊いた。
「別に何も……」
ベラの目の恐怖で顔を上げれないララは、ウソなくベラに答えた。ベラも、それを察したのか、目線をララから幻ウサギに移した。
ララは、コリンを恐怖で強く握ってしまったのか、コリンは寝ながら小さく唸った。ララは声に気付き。握る力を弱めた。それでもコリンは、クチャクチャ口を鳴らしながら寝ていた。
「それで、奴はどうした?」
ベラは幻ウサギに向き直ると、叫ぶように言った。その声に反応して耳が動く。目を開けた幻ウサギは笑顔になり、おもむろに口を開いた。
「もう動き始めるんじゃないかな? 今日中には――」
幻ウサギが話しているとき、隣にそびえる岩山の頂上から笑い声がとどろいた。ララたちは、一斉に顔を岩山の頂上に向ける。
その声は、この世界中に聞こえたのではないかと言うほどに響き反響した。森にすんでいる鳥たちが一斉に飛び立ち、動物たちは岩山から離れるように走り出した。
森だけではない。扉を固く閉ざした街の家や建物の中から、金槌を壁に打ち付ける音が一斉に鳴りだした。その音は、まるでカイヤックブールから身を守るために、さらに扉を固く閉ざしている音だ。屋根に寝ていた幻ウサギは、壁を打ち付ける振動で屋根から落ちた。しかし、地面にぶつかる寸前に姿を消し、道の真ん中に現れると、耳をピンと立て笑って立っていた。
「もう、戻ったみたい」
幻ウサギ親指みたいな指で岩山の頂上を指し、肩をすくめて笑った。
「急がねば……」
ベラはララを見ると、足早にシュワルツを連れて幻ウサギを通り過ぎた。ララもベラについて行くが、幻ウサギに後ろ髪引かれる思いだった。何か大切なことを、幻ウサギは知っているのではないかとララは考えていた。
「冬の女王ベラリサ」
ベラは立ち止り、顔を半分だけ幻ウサギに振り返る。ララとシュワルツは、一度ベラを見てから振り返る。コリンは――寝ている。
「城に帰ったら、〟虹の楽譜のタペストリー〝を見てみな。面白いことになってるよ……」
幻ウサギが笑顔で話すと、ベラが眉間に深いしわを寄せて向き直った。幻ウサギはその反応を見ると、さらにニターっと笑い首をかしげた。
「貴様、何を――」
「そして、ララちゃん……」
ベラの話を遮って、幻ウサギは話を続けた。
「僕は、ずっと見てるよ……」
幻ウサギは、笑いながらララを見ているが、体だけが回れ右をして、手足を大振りで歩き始めた。ララは、あり得ないことになっている幻ウサギを見て気味悪がった。
「僕だけじゃない……、この世界が君を注目してるよ~……」歩き去りながら、幻ウサギは消えていった。
いなくなった後も、その場所には、やけに親指と人差し指の離れた幻ウサギの足跡と、あの憎たらしいニターっとした笑顔が残像のように残った。
「まったく、あいつはつかめん奴だ」
ベラは、幻ウサギの残像を見ながら、踵を返し先を急いだ。
「ふあ~あぁぁ……」
コリンが、ララの手の中であくびをし、大きく手を広げた。
「コリン、起きたの?」ララは声低く、しかめっ面でコリンに訊いた。
「ああ……、よく寝たよ」
コリンは、目をこすりながら、まだ眠たそうだった。
「コリンが寝ている間に、いろんなことがあったんだから!」。
「何があったの?」
コリンは、あっけらかんと訊きながら、ララの指にしがみつきもたれていた。
「コリンに似た人――人じゃないけど――に会った」
「オレに?」
「そう。コリンそっくり。というか、コリンよりある意味ひどかった……」ララは、あの笑顔を思い出すたび、背筋がゾクッと寒気がした。
「ね、ね、誰? 誰さ!?」
コリンは、ララの手をすり抜け肩によじ登る。コリンは何をそんなにワクワクしているのか、ララには皆目見当もつかなかった。
「ま、幻ウサギだよ……」
ララは、肩に乗った息の荒いコリンから顔を遠ざけた。
「ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、幻ウサギ!!!」
「ま、言い過ぎ……」
ララが呆れている肩の上で、コリンは両手で顔を覆いながら膝をついた。
「あぶね……」その為、肩から落ちそうになった。
「何で起こしてくれないのさ!?」
コリンは、ララの肩の上で地団駄踏みながら怒っていた。
「痛い、痛いって……」
ララは、肩に乗るコリンを右手でつかみ、自分の顔の前に嫌そうに上げた。
「起こしたよ。私、驚いて強く握ったとき、コリン苦しそうにしたけど、全く起きないでこんな顔してたよ」と言うと、ララは目をつむり、牛のように口をクチャクチャ動かして、コリンの寝顔のまねをした。
「そ、そんな顔で寝てないよ!」
コリンは、ララの手の中で暴れ出した。それでも、ララは顔真似を止めなかった。
「してなーーーい!」
「何をしておる!」
ベラは振り返ると、すごい剣幕で怒鳴った。ララもコリンもその迫力に、一瞬でその場に立ち尽くし黙った。
「敵は、私たちがここにいることに気付いておる。遊んでる場合ではないぞ!」
「すみません……」
ララとコリンは、声をそろえて謝った。ベラは何も言わずにまた歩き始める。シュワルツは、軽く頭を振り、ベラについて行った。
「あいつ、オレをバカにしやがったな」
「バカにしたんじゃなくて、呆れたんだよ……」
ララは、深いため息をつきながらベラのあとを追いかけた。
道を進んでいくと、街の外れに突き当った。ここには塀がなく、木で造られた入り口の門だけが大きく口を開けて建っていた。
「何でここは塀がないの?」
「ここからは、私の力で結界を張っておるから誰も入れないのだ。ゆえに、塀を作る必要もない」
「え? ずっと、結界が張ってあるの?」
ララは、門に張ってある見えない結界を見ていた。ララは、目を凝らして見たが、まったく見えない。それは当たり前のことだった――なぜなら、魔法の結界なのだから。
「この街は、奴が生まれた後にできた街だからな。街の者に何かあっては困るから、毎年様子を見に来ているのだ」
ベラはそう言うと、結界に近づいた。ララは、シュワルツと一緒にベラの後ろに立って様子を見る。ベラは、結界に手を伸ばし、手の平を向けると目をつむり、何か呪文をつぶやいた。ララとシュワルツは黙ってベラを見ていた――コリンは、またビスケットを食べていた。
「問題はないか……」
ベラは、安心したようにつぶやいた。
「結界は大丈夫なの?」
ララは、後ろ向きに立つベラを覗きこむように体を伸ばして訊いた。
「ああ、大丈夫だ」
ベラは、ララたちの顔を見ずに答えると、顔を上げ、山の頂を睨みつけた。
「問題は、奴のところまでどうやって行くかだ……」
「え? ここ通っていくんじゃないの?」
「ここからではない。ここの結界を解いてしまうと、すぐにでも奴が現れて襲い掛かってくる。そんな危険を冒すわけにはいかない。かといってどうすれば――」
ベラが、杖で左手の手の平で叩きながら考えていた。
「スノー・テレポは嫌だよ!」
コリンが懇願するように叫んだ。
「そんなに魔力を使うわけにはいかぬ。ただでさえ、魔力が落ちているというのに――」
ベラは、チラッとララの方を見た。ララは、その目がララたち人間のせいだと言っているように見えた。ララは、すぐにベラから目をそらした。
「どこかに――」
ベラが、振り返り空を見ていると、シュワルツが大きな声で遠吠えをした。
「……ミタ・インディオの集落か」
ベラは、何かを思い出したように、ハッと顔をシュワルツに向けた。シュワルツは、一回大きくうなずいた。
「ミタ・インディオの集落……?」
ララは肩に乗るコリンを見ながら訊いた。コリンは、肩の上ではしゃぎ始めた。
「あいつらの集落に行けるのか?」
コリンの顔は、喜びで目が見開き、ララの肩の上で小気味よいステップを踏んだ。その度に、ララの肩がチクチク痛くて下がった。
「仕方ない。ミタ・インディオの集落に向かおう」
ベラはそう言うと、ララたちの前に立ち、杖でララのわからない記号のようなものを並べ描くと、ララにはわからない言葉で何かをつぶやいた。
「今の何語?」
「フローラ語だよ。妖精の世界で魔法を使うには、フローラ語を覚えなきゃいけないんだ」
コリンは、足をぶらつかせて説明した。
ベラが魔法を唱え終わると、雪の地面がモゴモゴと動き出し始めた。ララが気持ち悪そうに見ていると、一頭の大きな白いユニコーンが大きな声でいななきながら現れた。
「きれい……」
ユニコーンは、勇ましく可憐で穢れのない真っ白な馬体に、頭にある角は長く鋭い。その立派な馬体に乗せられた鞍は、硬そうな革で作られていた。その見事なユニコーンの姿に、ララは惚れ惚れして見ていた。ベラはユニコーンに近づくと、乗りなれたように鞍にまたがり、ララに手を伸ばした。
「乗れ」
ベラの冷たい言葉を聞いたララは、ベラの手を掴み、ユニコーンにまたがった――ベラの手は、意外にも温かかった。
「うわぁ……」
ユニコーンの首にララの手が触れると、ユニコーンのひんやりとした、だが温かく脈打つ鼓動が伝わった。前を見ると、ララがいつも見ている風景とは違い、まるで自分が巨人のように大きくなったような景色が広がった。風はひんやり冷たいが、とても気持ちのいい風になった。
「たてがみをしっかり握れ」
ララの耳元でベラが囁くと、ララの耳元に冷たい息がかかった。ララは、大きくうなずいて返事をした。コリンはララの肩から降りると、たてがみを掴んで遊び始めた。
「シュワルツ! 集落まで先導するのだ!」
ベラの声を聞いたシュワルツは、空に咆哮すると、地面に積もった雪を舞い上げ、勢いよく駆けだした。
「行くぞ! しっかりつかまっておれ! ハッ!」
ベラは、手綱を引きユニコーンを一回立ち上がらせると、ものすごいスピードでシュワルツを追いかけた。
「危ないじゃないか!」
たてがみで遊んでいたコリンが必死にしがみつきながら叫んだ。
「お前が悪い」
「コリンが悪い」
ララとベラは声を合わせて冷たい視線をコリンに送った。
「フンだ!」
コリンはすねたが、すぐにたてがみを結んだりして遊び始めた。
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