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婚約編
19 王都へ①
しおりを挟むレティシアが街へ誘われたのはいつも通りアルハイザー家に訪れた日のことだった。もう何度目かになる訪問で、午前の勉強を終わらせて昼食を食べている最中にイサイアスがレティシアを誘った。その日はちょうどイサイアスが街へ視察へ行く日らしい。アンネマリーへ伺うような視線を向ければ快く頷いてくれたので、レティシアはイサイアスと一緒に出掛けることとなった。
「シアは街は初めて?」
「うん、初めて。すごく楽しみ。」
アルハイザー家の紋章が付いた馬車は流石の乗り心地で、ほとんど揺れがなく快適だった。そんな馬車で十分ほど、馬車が止まって業者の男が馬車の扉を開けると、そこには活気あふれる街が広がっていた。
「す、すごい!」
レティシアは初めての光景に目を輝かせる。
レティシアたちがやってきたのは王都の平民街である。王城を中心とする王都は、中心に王城があり、その周りに貴族街、その外側にレティシアたちがやってきた平民街がある。王都の平民街は治安が良く各地から商人が訪れる。特に平民街でも中心地に来れば手に入れられない物はないとい言われるほど様々なものが売られているという。
「イアスはよく街へくるの?」
「そうだね、たまにかな。領地に帰ったらよく行くよ。領民の様子を知らないと良い政策は考えられないって父上がよく言ってるからね。」
馬車は街の中心から少し外れたところに止まったのでここから歩いていくことになる。
街へ来るときにドレスでは行けないのでレティシアはシンプルな水色のワンピースに歩きやすいヒールの低い靴に装いを変えて一見裕福な商人の娘のような恰好をしている。イサイアスも屋敷での服よりさらにいっそうシンプルなものに変わっていた。
イサイアスは馬車を降りると左手をレティシアに差し出した。
「街では手を離さないで。迷うと大変だから。」
イサイアスとレティシアは手を繋いで街へ繰り出した。
街の中心に向かうにつれて人が増え、お店も大きなものが増えてきた。
「どこか行きたいところはあるか?」
「行きたいところ......」
キョロキョロと辺りを見回したレティシアはある店に目を止めた。大きく開かれたお店が多い中、そのお店だけは扉が閉まっている。窓には不思議な形をした置物や変わったデザインのリング、キラキラと光りながら浮いている珠など不思議な雰囲気を醸し出している。窓の前には小さな子供たちが3人ほど張り付いて商品を眺めていた。
「ああ、魔道具屋か。」
「まどうぐや?」
「そう、平民は魔力が少ない人が多いからその助けになるような道具が売られているんだ。少し高価だけど便利だし、持っている者は多いそうだよ。」
レティシアの手をひいてお店の扉を開けて中へ入っていく。中は薄暗くて棚だけでなく床や壁に様々な物がごちゃごちゃと飾られている。壁にかけられている不思議な時計には文字盤はなく、棚の上には輝く壺が飾ってあった。どこからともなく不思議な音が店内を満たし、違う世界に踏み込んだかのような感覚に陥る。
「すごく不思議なところだね。」
レティシアは声を潜めてイサイアスに声をかける。イサイアスは軽く笑って店の奥に呼びかけた。店の奥から出てきたのは白髪交じりのお爺さんだった。
「おや、お坊ちゃん。また来たのかい?」
その老人をみてレティシアははっと目を見開いた。老人の目は片方が白く濁っている。おそらく見えていないのだろう。
「おや、お嬢さんは初めてだねえ。」
老人はレティシアをじっとみて驚いたように沈黙した。
「これはまた珍しいお嬢さんだ。」
そう言って一旦奥へ戻った老人は1つの箱を持って戻ってきた。
「お嬢さんにはこれがいいだろう。」
箱の中には一つの真っ黒な石がはめ込まれた指輪が入っていた。
「これは?」
箱を覗き込んでイサイアスが尋ねる。
「オーパーツと呼ばれるものじゃ。」
オーパーツとは昔ほろんだとされる文明が作り出した今の技術を凌駕する魔道具のことだ。今の技術では作れない魔道具は出回る数も少なければ、その機能も貴重であるためかなりの値段で取引される。
老人が出してきたのは魔力を保存しておくことができ、魔力を消費しなくても魔術を使うことができる代物らしい。術式も一つだけ保存することができるようだった。黒い宝石は黒曜石とオリハルコンを混ぜたものらしい。黒曜石は魔力を通す宝石として有名な石だ。
「つまり、魔力のないシアでも魔術を使えるってことか。」
「ええ、ただこの大きさですから保存できる魔力はそう多くないでしょうがな。」
「よし、これを買おう。」
「金貨10枚になりますが。」
金貨1枚は銀貨500枚に相当する。通常宝石は銀貨300枚ほどの値段であることを考えるとかなりの値段であることが分かる。が、アルハイザーの一人息子にしてみれば大した金額ではなくさらっと払ってしまったのだが。
イサイアスは指輪を受け取ってそれを握る。握った手からふわっと光が発せられて、しばらくすると吸い込まれるようにその光が消えた。
「シア、左手だして?」
イサイアスに言われた通りに手を出すと、イサイアスはその薬指に指輪をはめた。
「お、ぴったりだな。」
「え?これ私に?」
「そうだよ。俺の魔力を込めて、防御魔術の術式を保存しておいた。何か危険があったときにこの指輪に願えばいい。シアを傷つけようとする攻撃からシアを守ってくれるはずだよ。」
「そんな、こんな貴重な物もらえないよ。」
驚いて外そうとするレティシアを止めながらイサイアスが言った。
「婚約指輪とはちょっと違うけれど、俺もシアに何かあげたかったんだ。母上がイヤリングをあげていたし、お願い、貰ってくれる?」
お願い、とほほ笑まれてレティシアは断ることができずこくこくと縦に首をふる。ありがとうとイサイアスが嬉しそうに微笑んだ。
「これで、離れていてもシアを守ってあげられるね。」
とイサイアスは満足そうにうなずいた。
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