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婚約編
17 宝石
しおりを挟む婚約が決まってからというもの、変わったことがいくつかあった。
それは家族の態度である。
母は異様に私に構うようになったし、父は私によく宝石やらドレスやらを送るようになった。婚約から1か月がたったいまでもしょっちゅう送られてくる贈り物にレティシアの部屋のスカスカだったクローゼットは既にいっぱいになりつつある。
「お嬢様、また旦那様から髪飾りが届きましたよ!」
今日もメイドの一人であるカリンが、送られてきた髪飾りを嬉しそうに見せてくるが私の心は晴れなかった。
「お嬢様、あまり嬉しそうではないですね? やっと旦那様もお嬢様の魅力に気づいたんですよ! わあ、この髪飾り絶対いいやつですよ。…お嬢様?」
「嬉しくなんてないわよ。」
「え? どうしてですか? やっと旦那様もお嬢様のこと見てくださるようになったってことじゃないですか…」
「これは私のために送られた物じゃないわよ。」
「え?」
「これは、『レイエアズマン家にいるアルハイザー家嫡男の婚約者』へのプレゼントよ。」
「それって、お嬢様のことじゃ…」
「そうね、私、ね。でもね、お父様にとっての私はアルハイザー家と手を結ぶための駒だもの。」
「そんな。じゃあ、この髪飾りは…」
「アルハイザー家に良い顔をしたいだけ。」
すっかりショックを受けてしまったメイドに申し訳なく思いながらも、レティシアの家族に対する気持ちはすっかり冷めきってしまっているのだった。もともと物欲より知識欲が旺盛なレティシアである。
もちろんレティシアだって令嬢らしく着飾ることは好きであるし、可愛い小物や素敵なドレスに胸をときめかせる。それでも、これほどまでに頻繁に高価な贈り物ばかりされてもときめくどころかうんざりしているのが本当だ。
ただ、母の趣味がいいのか、単に商人の腕がいいのか、送られるドレスや宝石がどれも上質でセンスのいいものだったのが救いであった。メイドたちは私を着飾ることができて嬉しいらしく暇があれば私を着せ替え人形にしようとするのが困りものであったが、レティシアは図書室にこもることでうまく回避していた。
一昨日届けられた豪華なドレスと今さっき届いた髪飾りを眺めながらレティシアはふと、それにしてもこんなに毎日のように贈り物をするお金は家にはあっただろうかと首をひねった。
しばらく考え事をしていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてマリーが一枚の手紙を持って入ってきた。
「お嬢様、イサイアス様からのお手紙ですよ。」
「イアスから? ほんと!」
先ほどの様子とは一転、頬を染めて嬉しそうに手紙を受け取って封を丁寧に切る。主人が年相応に喜ぶ姿にカリンとマリーは顔を見合わせてほほ笑んだ。
最初に手紙が届いて以来、3日に1通のハイペースで手紙をやり取りするレティシアとイサイアスだが、双方話題が尽きることはないようで嬉々として返事を書いている。最近レティシアは封筒や便箋にも凝っていて、先日父に宝石は良いから封筒と便箋を送ってくれと言ったところだった。もちろん、便箋と一緒に宝石も届いていたが。
「マリー!」
もくもくと手紙を読んでいたレティシアが顔を上げて目をキラキラと輝かせていた。
「お嬢様、どうかしましたか?」
「イアスが来週から来ていいって!」
イアスからの手紙には来週から週に一度のアルハイザー家訪問を始めて欲しいとあった。しばらく会えていなかった、イサイアスやダリアン、アンネマリーに会えると思うとレティシアは自然と笑顔になるのを感じた。
「どんなドレスがいいかしら。」
「そうですね、お勉強をされに行くのですからそれほど派手ではなく、それでいて華やかなものがいいかと。宝石なども多すぎない方がいいと思いますよ」
「そうね、お勉強かあ。アンネ様は何を教えてくださるのかしら。」
すっかり舞い上がってしまっているレティシアであった。
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