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 父に質問攻めにされ、厳しく戒められるまでもなく、ジルベルトにこれ以上近づいてはいけないということはエヴェリーナにもよくわかっていた。
 二人とも微妙な立ち位置で、関わりを持つのは決して歓迎できない者同士なのだ。
 しかし盤遊戯に誘われ、その後に交わした会話はエヴェリーナの心をひどく乱した。

(……なぜ?)

 なぜ、どうして。婚約解消後に繰り返したその問いは、いまや少し別の意味合いを持つようになった。

 ――なぜ、自分はこれほど落ち込んでいるのか。
 なぜ――ジルベルトはここまで自分の心に踏み込んでくるような真似をするのか。
 だがそのどちらにも、疑問が深まるばかりだった。



 しかしエヴェリーナの両親の警戒とは裏腹に、ジルベルトはその後も平然とやってきてはエヴェリーナを誘った。
 観劇、茶会、鑑賞会など、あらゆる暇潰しにエヴェリーナを伴おうとしているかのようだった。

 両親は必死に断ったが、もともとジルベルトは第一王子その人である。家格や身分の上で比べものにならない相手に、常に断り続けることはできなかった。

 エヴェリーナは何度か、ジルベルトに伴われて出かけた。
 遠慮のない物言いと傲慢なほどの自信に溢れた彼は、だが仕草や行動は紳士だった。
 決して露骨な下心は感じず、不埒ふらちな真似に及ぶような気配もない。

 それだけに、ますますエヴェリーナはジルベルトの意図がわからなくなる。
 微妙な立場の二人が、のように会うことについて周りがどう思うか、ジルベルトが考えていないはずはない。

 エヴェリーナは言葉を選びながらも、本人に問うた。
 なぜ、自分をこのように伴おうとするのか。

「あなたに興味がわいた、という理由では不満か?」

 簡潔にそんな答えが返ってきて、エヴェリーナは目を瞠った。
 ジルベルトは口元にかすかな微笑を浮かべている。本気なのか戯れなのか判断がつかない。

「……殿下のお立場を考えると、わたくしのような人間を頻繁に伴うのはあまりよろしくないかと思います」
「それこそ立場なら問題ないだろう。私はいまだ独り身で、あなたもいまは自由の身だ」

 まったくためらいなく、ジルベルトは言った。
 エヴェリーナはかすかに息を飲んだ。

(――どういう、意味なの)

 含みのある言葉に聞こえる。だが、ただこちらの反応を見てからかっているだけではないのか。
 エヴェリーナが表情を押し隠していると、ふいに手をとられた。そろえた指の下に、大きな手が入り込んでくる。
 鋭利な、けれどどこか激しさを帯びた目がエヴェリーナを見つめた。

「手放された花に虫が群がる前に拾い上げるのは当然だろう?」

 形の良い唇がささやく。
 エヴェリーナは固まった。やがて鼓動が乱れはじめた。
 ジョナタはこんな言い方はしなかったし、他の人間もこんなわかりやすい誘い文句は口にしなかった。
 
 熱湯に触れたかのように手を引っ込める。淑女の振る舞いとは言えなかったが、ジルベルトの戯れはたちが悪すぎた。
 そのジルベルトは笑っていた。

「……無論、自分がどう見えているかというのは嫌気がさすほど理解している。だがこちらが何をしても注目を集めざるを得ないのだ。気にするだけ無駄だろう。あなたも既に注目を集めているのだから気にする必要は無い。閉じこもって陰鬱に過ごすよりはよほどましだろう」

 さも当然といわんばかりの口調。
 エヴェリーナは一瞬言葉を失った。そして呆れてしまった。これではただの開き直りではないか。
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