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「あのジョナタのことだから、おそらくあなたが手加減したこと自体にも気づいていないのだろう。だが私にはそういったは不要だ。勝敗の意味がなくなる勝負ほど無意味なものはない」

 平板な抑揚の言葉は、だが妙にエヴェリーナを動揺させた。
 ――見抜かれていたのか。だから、はじめから本気で来いと言ったのか。

 ジョナタにさえ見抜かれなかったことを、この目の前の男は容易に見抜いたというのか。

(なぜ……)

 にわかには信じられなかった。どうしてジルベルトは見抜けたのだろう。

 ――盤遊戯を習得する最中で、自分に意外な才能があったことは、師や家族にしか知られていない。
 その奥深さと戦略の無限性に引き込まれ、しまいには指南役が音をあげるほど熱中し、高い勝率を誇った。

 長じてからあまり対戦する機会はなくなったが、少なくともエヴェリーナのまわりで、エヴェリーナをまともに負かせる指し手はいなかった。
 それはジョナタも例外ではなかった。

 しかしジョナタ相手にまともに勝つなどというのは、彼の妃としては歓迎すべきものではない。ゆえに、エヴェリーナはジョナタの慈悲をむげにしない程度に優位に立ち、最後には負けた。

 ――だが、いま目の前にいる相手にはそういったがまったく無意味であるらしかった。

「……申し訳、ありません。決して両殿下を侮ったわけでは」
「わかっている。だから私相手にはくだらん配慮はしないことだ。私はジョナタとは違う」

 ジルベルトは落ち着いた、低く耳によく通る声で言った。怒りを引きずってはいないが、同じ過ちや侮辱は許さない――そんな強い意思のうかがえる響きだった。
 その長い指が、ふいに駒の一つを取った。

「……あなたがそのように自分を抑え、陰鬱に日々を過ごしているのはなぜだ?」

 盤に目を落としていたエヴェリーナは、はっと目を上げた。
 指で駒を弄びながらも、ジルベルトはエヴェリーナを射るように見つめている。

「ジョナタとの婚約が白紙になったとはいえ、修道院にでも行きかねないほどの自己謹慎ぶりらしいな。そこまで思い詰めるほど、弟を愛していたのか?」

 エヴェリーナは一瞬、頭の中が真っ白になった。
 真っ直ぐな問いが胸に刺さる。
 ――婚約が解消されて以来、こんなふうに真正面から問い質されたことはない。

 とっさにエヴェリーナは目を伏せた。どくどくと鼓動が乱れはじめる。
 答えるまでもないことだ。落ち込んでいるのも陰鬱な顔をしているのも、すべて婚約を解消されたためだ。
 誰にもわかりきったことで、ゆえに誰も正面から問うてはこなかった。

 ――愛していたのか、などと。
 まるで嘲るかのようだ。だが、ジルベルトの声に陰湿な響きも棘もない。
 ただ、冷徹に確かめようとしている。そんな気がした。

(わたくしは……)
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