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やがてふっと音が止む。
ジルベルトが静止し、その腕に抱かれたエヴェリーナも止まる。一瞬、世界が止まったかのような静寂。
次の瞬間、歓声と拍手とが爆ぜた。
とたん、エヴェリーナは弾かれたように意識を戻し、ジルベルトを見た。
ジルベルトはわずかに、優しげにさえ見える笑みを浮かべていた。
「――悪くない」
ふいに発せられたその声が、エヴェリーナの胸を震わせた。
何か抗いがたい力でジルベルトに向かって引き寄せられていくように感じ、狼狽えて目を伏せた。
「……お相手していただき、光栄です」
決まり切った答えだけをなんとか口にし、するりと男の腕から逃れる。
ざわざわと胸が騒いでいた。
――危険な人物だ。
ただ、そういう直感があった。宮廷内における火種になりかねない人物というだけではない。
それ以上の、言葉にしがたい別の何かがエヴェリーナの心をかき乱すのだった。
(近づいたらいけない……)
そうしなければ、余計に面倒で、また傷つくことになる。そんなおそれがあった。
――ふいに、疑問が頭をよぎった。
(あの人は……妻妾を持っているのだろうか)
なぜか、そんなことが気になった。いないはずはない。あれほどの男性なら、さぞかし多くの美女を囲えるだろう。
しかしジルベルト自身の噂は耳にしても、彼が侍らせているだろう女性の話は聞いたことがなかった。
ジルベルトと踊ったということは、エヴェリーナの父にもすぐに伝わった。
いったいどういうことかと険しい顔でしつこく問い質されたが、ただ踊っただけだとエヴェリーナは短く答えた。
実際、ただそれだけのことだった。
あるいはジルベルトには何か別の意図があったのかもしれないが、そこまではエヴェリーナにはうかがい知ることはできない。
父にしても、ジルベルトという存在に安易にかかわるべきではないと考えているのは明白だった。
深入りするなという言葉に、エヴェリーナは重くうなずいた。
けれど、ふとした瞬間に思い出す。
――悪くない、という言葉。
あれは、自分の動きがよかったということだろう。たったそれだけのことが、妙に心に残っている。
だがそのたび、エヴェリーナは頭を振って耐えた。ジョナタもマルタもジルベルトも、自分から遠ざけてしまいたかった。
彼らが、自分の心から消えるまで――ただ耐えるしかない。
嵐がやってきたのは、エヴェリーナがそんな決意を強くしてしばらくした後のことだった。
宮廷内に静かな嵐を起こしている男、ジルベルトその人が、元王太子妃候補の侯爵家を急遽おとずれた。
ジルベルトが静止し、その腕に抱かれたエヴェリーナも止まる。一瞬、世界が止まったかのような静寂。
次の瞬間、歓声と拍手とが爆ぜた。
とたん、エヴェリーナは弾かれたように意識を戻し、ジルベルトを見た。
ジルベルトはわずかに、優しげにさえ見える笑みを浮かべていた。
「――悪くない」
ふいに発せられたその声が、エヴェリーナの胸を震わせた。
何か抗いがたい力でジルベルトに向かって引き寄せられていくように感じ、狼狽えて目を伏せた。
「……お相手していただき、光栄です」
決まり切った答えだけをなんとか口にし、するりと男の腕から逃れる。
ざわざわと胸が騒いでいた。
――危険な人物だ。
ただ、そういう直感があった。宮廷内における火種になりかねない人物というだけではない。
それ以上の、言葉にしがたい別の何かがエヴェリーナの心をかき乱すのだった。
(近づいたらいけない……)
そうしなければ、余計に面倒で、また傷つくことになる。そんなおそれがあった。
――ふいに、疑問が頭をよぎった。
(あの人は……妻妾を持っているのだろうか)
なぜか、そんなことが気になった。いないはずはない。あれほどの男性なら、さぞかし多くの美女を囲えるだろう。
しかしジルベルト自身の噂は耳にしても、彼が侍らせているだろう女性の話は聞いたことがなかった。
ジルベルトと踊ったということは、エヴェリーナの父にもすぐに伝わった。
いったいどういうことかと険しい顔でしつこく問い質されたが、ただ踊っただけだとエヴェリーナは短く答えた。
実際、ただそれだけのことだった。
あるいはジルベルトには何か別の意図があったのかもしれないが、そこまではエヴェリーナにはうかがい知ることはできない。
父にしても、ジルベルトという存在に安易にかかわるべきではないと考えているのは明白だった。
深入りするなという言葉に、エヴェリーナは重くうなずいた。
けれど、ふとした瞬間に思い出す。
――悪くない、という言葉。
あれは、自分の動きがよかったということだろう。たったそれだけのことが、妙に心に残っている。
だがそのたび、エヴェリーナは頭を振って耐えた。ジョナタもマルタもジルベルトも、自分から遠ざけてしまいたかった。
彼らが、自分の心から消えるまで――ただ耐えるしかない。
嵐がやってきたのは、エヴェリーナがそんな決意を強くしてしばらくした後のことだった。
宮廷内に静かな嵐を起こしている男、ジルベルトその人が、元王太子妃候補の侯爵家を急遽おとずれた。
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