上 下
10 / 38

6-1

しおりを挟む
 やがてふっと音が止む。
 ジルベルトが静止し、その腕に抱かれたエヴェリーナも止まる。一瞬、世界が止まったかのような静寂。

 次の瞬間、歓声と拍手とが爆ぜた。
 とたん、エヴェリーナは弾かれたように意識を戻し、ジルベルトを見た。
 ジルベルトはわずかに、優しげにさえ見える笑みを浮かべていた。

「――悪くない」

 ふいに発せられたその声が、エヴェリーナの胸を震わせた。
 何か抗いがたい力でジルベルトに向かって引き寄せられていくように感じ、狼狽うろたえて目を伏せた。

「……お相手していただき、光栄です」

 決まり切った答えだけをなんとか口にし、するりと男の腕から逃れる。

 ざわざわと胸が騒いでいた。
 ――危険な人物だ。
 ただ、そういう直感があった。宮廷内における火種になりかねない人物というだけではない。
 それ以上の、言葉にしがたい別の何かがエヴェリーナの心をかき乱すのだった。

(近づいたらいけない……)

 そうしなければ、余計に面倒で、また傷つくことになる。そんなおそれがあった。
 ――ふいに、疑問が頭をよぎった。

(あの人は……妻妾を持っているのだろうか)

 なぜか、そんなことが気になった。いないはずはない。あれほどの男性なら、さぞかし多くの美女を囲えるだろう。
 しかしジルベルト自身の噂は耳にしても、彼が侍らせているだろう女性の話は聞いたことがなかった。



 ジルベルトと踊ったということは、エヴェリーナの父にもすぐに伝わった。
 いったいどういうことかと険しい顔でしつこく問い質されたが、ただ踊っただけだとエヴェリーナは短く答えた。
 実際、ただそれだけのことだった。

 あるいはジルベルトには何か別の意図があったのかもしれないが、そこまではエヴェリーナにはうかがい知ることはできない。
 父にしても、ジルベルトという存在に安易にかかわるべきではないと考えているのは明白だった。
 深入りするなという言葉に、エヴェリーナは重くうなずいた。

 けれど、ふとした瞬間に思い出す。
 ――悪くない、という言葉。
 あれは、自分の動きがよかったということだろう。たったそれだけのことが、妙に心に残っている。
 だがそのたび、エヴェリーナは頭を振って耐えた。ジョナタもマルタもジルベルトも、自分から遠ざけてしまいたかった。
 彼らが、自分の心から消えるまで――ただ耐えるしかない。



 嵐がやってきたのは、エヴェリーナがそんな決意を強くしてしばらくした後のことだった。
 宮廷内に静かな嵐を起こしている男、ジルベルトその人が、元王太子妃候補の侯爵家を急遽きゅうきょおとずれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「かわいそう」な公女のプライド

干野ワニ
恋愛
馬車事故で片脚の自由を奪われたフロレットは、それを理由に婚約者までをも失い、過保護な姉から「かわいそう」と口癖のように言われながら日々を過ごしていた。 だが自分は、本当に「かわいそう」なのだろうか? 前を向き続けた令嬢が、真の理解者を得て幸せになる話。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。

三木猫
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公の美鈴。どうせ転生するなら悪役令嬢とかライバルに転生したかったのにっ!!男性が怖い私に乙女ゲームの世界、しかもヒロインってどう言う事よっ!? テンプレ設定から始まる美鈴のヒロイン人生。どうなることやら…? ※本編ストーリー、他キャラルート共に全て完結致しました。  本作を読むにあたり、まず本編をお読みの上で小話をお読み下さい。小話はあくまで日常話なので読まずとも支障はありません。お暇な時にどうぞ。

婚約破棄された公爵令嬢と変身の魔女

うめまつ
恋愛
王子と男爵令嬢による婚約破棄の被害者公爵令嬢とその家族。心身ともに傷ついた公爵家のためにメイドがおまじないをかけた。 ※お気に入り、しおりありがとうございます。 ※被害者にメンタルセラピー的な存在がいたらいいなぁと思って書きました。 ※短編を序章に変えました。本編は侍女視点です。 ※10/9完結です。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

【完結】婚約破棄をされたわたしは万能第一王子に溺愛されるようです

葉桜鹿乃
恋愛
婚約者であるパーシバル殿下に婚約破棄を言い渡されました。それも王侯貴族の通う学園の卒業パーティーの日に、大勢の前で。わたしより格下貴族である伯爵令嬢からの嘘の罪状の訴えで。幼少時より英才教育の過密スケジュールをこなしてきたわたしより優秀な婚約者はいらっしゃらないと思うのですがね、殿下。 わたしは国のため早々にこのパーシバル殿下に見切りをつけ、病弱だと言われて全てが秘されている王位継承権第二位の第一王子に望みを託そうと思っていたところ、偶然にも彼と出会い、そこからわたしは昔から想いを寄せられていた事を知り、さらには彼が王位継承権第一位に返り咲こうと動く中で彼に溺愛されて……? 陰謀渦巻く王宮を舞台に動く、万能王太子妃候補の恋愛物語開幕!(ただしバカ多め) 小説家になろう様でも別名義で連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照してください。

申し訳ないけど、悪役令嬢から足を洗らわせてもらうよ!

甘寧
恋愛
この世界が小説の世界だと気づいたのは、5歳の頃だった。 その日、二つ年上の兄と水遊びをしていて、足を滑らせ溺れた。 その拍子に前世の記憶が凄まじい勢いで頭に入ってきた。 前世の私は東雲菜知という名の、極道だった。 父親の後を継ぎ、東雲組の頭として奮闘していたところ、組同士の抗争に巻き込まれ32年の生涯を終えた。 そしてここは、その当時読んでいた小説「愛は貴方のために~カナリヤが望む愛のカタチ~」の世界らしい。 組の頭が恋愛小説を読んでるなんてバレないよう、コソコソ隠れて読んだものだ。 この小説の中のミレーナは、とんだ悪役令嬢で学園に入学すると、皆に好かれているヒロインのカナリヤを妬み、とことん虐め、傷ものにさせようと刺客を送り込むなど、非道の限りを尽くし断罪され死刑にされる。 その悪役令嬢、ミレーナ・セルヴィロが今の私だ。 ──カタギの人間に手を出しちゃ、いけないねぇ。 昔の記憶が戻った以上、原作のようにはさせない。 原作を無理やり変えるんだ、もしかしたらヒロインがハッピーエンドにならないかもしれない。 それでも、私は悪役令嬢から足を洗う。 小説家になろうでも連載してます。 ※短編予定でしたが、長編に変更します。

虐げられモブ令嬢ですが、義弟は死なせません!

重田いの
恋愛
侯爵令嬢リュシヴィエールはここが乙女ゲームの世界だと思い出した! ――と思ったら母が父ではない男性との間に産んだという赤ん坊を連れて帰ってきた。彼こそが攻略対象の一人、エクトルで、リュシヴィエールは義弟をいじめて最後には返り討ちにあうモブだった。 最悪の死を回避するため、リュシヴィエールはエクトルをかわいがることを誓うが… ちょっと毛色の違う前世を思い出した系令嬢です。 ※火傷描写があります ※完結しました!ご覧いただきありがとうございます!

だって私たち運命のふたり。

白雪狐 めい
恋愛
病弱で優しい弟王子に予想外にざまぁされちゃった兄王子とその彼女のお話。 ※婚約者様の好きにはさせません。に出てくるソレルとウルティカの話をウルティカ視点で書いた話です。 ※あと、2話で完結の予定です。

処理中です...