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第6章 ケイル
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しおりを挟む理音はケイルを無理矢理庭の散策に付き添わせる。
彼女曰く、リハビリの目的である。
もっとも、もう既に完全に以前と何ら変わらない生活を出来るほどに回復したケイルである。
そのようなことは不用であるのだが、一時でも長く一緒に居たいと思うケイルは、理音の提案に憮然としながらも承諾していた。
内心、喜んでいるのだが、表面的には、あくまでも理音に付き合ってあげている風である。
雪の多い寒い地域ながらも、気候に対応した花が雪景色の中、色を増やして視界を楽しませてくれる。
理音は見たこともない冬の花々に歓声を上げては、ケイルに説明を促した。
晴れ渡る空は高く澄み渡り、日差しは暖かく、ケイルの心の中までも優しく温めてくれる。
二人はゆったりとしながら、そぞろ歩いていた。
「リオン、あの……」
ケイルが少し言い難そうに口を開いた。
「何?」
理音は立ち止まり、少し後ろで止まったケイル振り向く。
彼が何か言葉を発しようとした時、その唇は閉じられる。ケイルは他の人物の存在を視界に捉えた。
「……リアナ」
さくりっと、雪と共に落ち葉を踏む音がして、少女が二人の前に現われる。
「ケイル兄様……」
ケイルの表情が心なしか、曇る。理音は、どこかで見たような顔だと思い記憶の糸を手繰った。
「お元気そうですわね、お兄様」
「ああ、お前としては不満だろうけどね」
ケイルが言うと、リアナは顔を怒りで染めた。
二人を眺める理音は不思議に思う。
(何?この二人って……)
「……別に、わたくしのことはお気になさらずに。お兄様がどなたとお付き合いなされようと構いませんわ。ただ、他所に子供を作られては困りますけど」
リアナはちらりと理音に視線を投げながら、言い放つ。
すっと、ケイルの眼差しが細められた。
リアナは自分の失言に気づいたように、はっと口元を抑えると、慌てて頭を垂れた。
「あ……わたくし……」
「私も、お前が誰と付き合おうと構わないよ……。たとえ、子供を身篭ろうともね。男の子なら、継ぎの王子にしてあげよう」
皮肉げに片頬を歪めて、ケイルは笑いながら語る。
リアナは怒りの為か、それとも悔しさなのか、ぶるぶると身体を震わせ、目に涙を溜めていた。
「ケイル……」
言い過ぎだと、ケイルを静止しようとした理音を、リアナはきつく睨む。
焼けつくような視線。それだけで、射殺しそうなほど激しくて、理音はびくっと身体を震わせた。
リアナは何も言わず、ただ理音を激しく睨み続けると、やがてふいっと顔を背けて駆け出して行った。
重苦しい空気から解放された理音はほっと息をつくと、リアナに敵意を向けられた仕返しとばかりに、ケイルを睨みつける。
「あんた、言い過ぎだよっ!なんで、あんなこと言うわけ?一応、妹じゃないのっ」
とても兄妹のやりとりには見えなかった。
もっとも、本当の兄妹ではないのだから、どこかよそよそしさがあってもおかしくはないのかもしれない。
それにしても、少し常軌を逸してるような感じも見うけられる、奇妙なやりとりだった。
「……リアナは私の婚約者でもあるんだ……」
重苦しいため息と共に吐き出される言葉は、意外なものだった。
「え?婚約者?」
二人のやりとりを思い出して、理音はようやく気づく。似たような光景を確かに目にした。
ガイとメイルーナ。
二人の会話を思い出す。
あの時も、自分が原因で二人がケンカみたいになってしまった。
またしても、似たような状況を生み出してしまった。
いや、こちらの方が、毒が強いのだが。
(でも、メイルーナとリアナって、似てるなぁ……容姿とかじゃなくて、基本的な感じが。いかにもお姫様って感じで、自分の本心を隠しちゃう、みたいな……。この世界のお姫様ってあんな感じが多いのかな……そうすると、あたしってやっぱりお姫様枠からはみ出してるよね)
「いいの?このままで……」
「いいとは?……」
「だって、リアナってあんたのこと好きなのに……」
理音がそう言うと、ケイルが不信そうな顔で彼女を見た。
「……何を言っている」
(もしかして、全然気づいてない……のかな……。あたし、マズイこと言っちゃったかも……)
好意の有無を、他人の口から知らされるのは、気分のいいものではないと思う。
「リアナは俺のことを毛嫌いしている。王家の血の流れていない、俺を」
ケイルは嫌そうな溜め息をつきながら言葉を吐き出す。
確かに、あのリアナの態度では、嫌ってると思うかもしれないと、理音は納得してしまう。
リアナはたった一人の王女だという。
「リアナを好きになれないが……次の王位を、王家の血筋に戻す為に、リアナとの結婚はする」
「ケイル……」
なんで、そんなに気持ちが滞ってしまったのだろう。
リアナはケイルを好き。
だが、ケイルは、王家の中で異端であることに負い目を感じ、それを億尾に出さないように虚勢を張って生きている。
リアナにしても、王家のたった一人の王女という立場、プライドが邪魔して、素直に感情を表せないのかもしれない。
ケイルの様子を心配していた彼女は、どこにでもいる恋する女の子だったといのに。
なんだか痛々しくなる
ケイルはちゃんと、リアナに好意を持たれているのに、少しも気づかない。
自分はガザエルの王家の人間に受け入れられないものだと、思い込んでるのかもしれない。
何が原因かはわからない。
だけど……。
「ケイルは……楽しいこと、ある?」
理音はおもむろに尋ねる。
「何?」
「幸せだって、感じること、あるの?ほんのちょっとでも、ささやかな幸せって必要だよ」
ケイルは訝しげな顔で理音を見つめる。
「リアナの話ではないのか?」
「彼女のことも気になるけど……それよりもケイルだよ」
「……お前は、へんなことばかり言うな……」
ケイルは少し複雑な笑みを浮かべたっきり、何も答えなかった。
どこか悲しそうな感じにも見える。
痛々しいような。そんな笑みに、理音の胸は痛む。
王子という立場は決して楽なものでないと想像していたが、想像以上のものがあると思わなくてはならない。
それは、レオンにも言える。
孤独を抱えるケイルの重荷を少しでも軽くしてあげたいと思う。
それはレオンにも繋がるような気がして。
彼に自信を与えたい。
理音の胸の中に沸きあがる衝動。
今なら出来そうな気がする。
ケイルと心を通わせることが。
「ねえ……宝玉を造りに行こうか」
理音はケイルの手を取った。
彼は一瞬びくりとしたが、理音の手を振り解くことはしない。
青い瞳を、じっと理音に注ぐ。
僅かの間を置いて、ケイルは自分の手を開き、理音の手を握りしめた。
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