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第6章 ケイル
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しおりを挟む「ちょっと……」
背後からからかけられた声はふてぶてしかった。
理音は声の主を一瞥し姿を確認すると、無視することにした。
「あなた、耳が遠いの?」
銀の髪の美少女が、理音の肩を掴んで振り向かせる。その手を理音は乱暴に避けて、彼女を睨んだ。
「それが人を呼びとめる態度?」
少女は明らかに気分を害しているようだったが、何故か反論はしなかった。
悔しそうに口を閉ざし俯く。
そして、挑むような眼差しを向けてきた。
「あなたに、聞きたいことがあるの」
不満そうな態度がありありと見て取れる。おそらく少女にとってはかなり譲歩した態度なんだと思えた。
だが、理音にしてみれば、不遜以外には見えない。
「それが人にものを尋ねる態度なわけ」
「何よ、文句あるの?」
「あるから言ってるんでしょ。第一、あたしあなたのこと知らないんだけど?」
本当はアシェカから教えてもらっていたから知っていた。だが、彼女自身から、挨拶はされていないので、あえて理音は知らないフリを決め込んだ。
彼女は眉を吊り上げて、キツイ眼差しを理音に向けた。
理音はそれを負けじと受け止める。
両者の間に、火花が散った。
ややして、銀の髪の少女が苦々しげに顔を一旦背ける。
「……わたくしはこの国の第一王女でリアナ。お兄様の具合はどうなのかしら?」
ソッポを向いたまま、投げやり的に尋ねられ、理音は素っ気無く返す。
「心配なら、自分で見舞ったらどう?面会謝絶ってわけじゃないし」
(第一、既に王宮内を歩き回れるほどに回復してるけど……)
理音はあえて病状を隠す。彼女の態度のせいで、正直に話す気になどなれない。
理音の言葉に、リアナは自分のドレスを握り締めた。その手が僅かに震えている。何かを堪えるように。
(なんだろう?)
理音は彼女の様子を注意深く伺う。
本当は理音に対してもっと尊大な態度をとりたいけれど、我慢してるような感じだ。もっと大事なものの為に……。
それは、つまり、ケイルの様子が知りたいということだろうか?
理音はその考えに辿り着く。
王族ともなると、たとえ兄妹でもあまり馴れ馴れしく接することが出来ないのかもしれない。
しかも、二人はいわば義理の兄妹だから、血の繋がりはない。
恋愛感情が発生してもおかしくはない状況のような気がする。
この世界ではそれらが歓迎されることなのかどうなのかはわからないけれど。
もっとも、あのケイルとの恋愛なんて、想像するのは難しい……。
そんなことを思った理音は、改めてリアナを眺めた。
もしかして、もしかすると、彼女はケイルのことを好きなのではないかと。
理音に対して当りがキツイのは、嫉妬心から来るものではないのだろうか。
「気になるんなら、部屋に挨拶に行けばいいのに……」
改めて理音が言うと、リアナは零れ落ちそうなほどに目を見開く。そしてすぐに視線を逸らした。悔しそうに。
「馬鹿なことをおっしゃらないで下さいっ。わたくしがお兄様の寝室に入ることなど……」
白い肌に朱が上っていた。
嫌でも気づかされる。
リアナはケイルを好きなことに。
兄妹としての枠を超えて、愛してるのだろう。
「……ケイルは順調に回復してるわ。もう普通に生活できるようになってるから……」
理音は正直に話した。
リアナの恋心を踏み躙る気にはなれなかった。
自分にそんな権利があるとは思えない。
誰かの想いを嘲ったり、否定したりすることは、誰にも許されることではないだろう。
理音の中に、後悔の念が渦巻いていた。
理音の暗い物思いとは対照的に、リアナは瞬間嬉しそうな顔を見せる。だが、それも一瞬で、すぐさま憮然とした表情に変わった。
「そう……くれぐれも、お兄様の気分を害さないようにしてくださいな」
相変わらずの尊大な態度で、理音の前から去っていく。
だが、リアナの気持ちを知った今、彼女の態度に怒りはそれほど沸いてこない。
好きな相手に他の女の人が寄るのは、誰だって楽しくないだろう。
理人には特別な”カノジョ”がいなかったけれど、自分以外の女の子と親しく話していたりするのは、あまり楽しいものではなかったのを覚えている。
もし理人と本当の姉弟じゃなかったら?
自分は彼に恋していただろうか?
そう考えて、それは無駄なことだと思う。
たとえ、血の繋がりがないと言われたとしても、家族としか見れないことには変わりがないのだから。
理音の中に忘れようとしても、忘れられない思いが蘇った。
傷つけてしまった弟を―――
忘れたいのか、忘れたくないのか、時々わからなくなる。
忘れてしまえれば、どれほど楽なのか。
理音は瞳を閉じて、軽く頭を振る。
瞳を開けた視線の先を、影が横切り、理音は慌ててそれを追いかけた。
「あ、あのっ!王様っ!」
理音が呼びとめると、国王は以前と同じ様に、不信そうな顔で彼女に振り返った。
「あの、差し出がましいことですが……もう少し、ケイルに対して、父親らしい愛情をかけてやれませんかっ?」
「……巫女が口出しすることではない」
国王は感情の篭らない声音で言い切る。眼差しは興味なさげな色を湛えていた。
そんな話など、時間の無駄だといわんばかりの態度が滲み出ていた。
理音は怯みそうになる心に活を入れ、ぐっと堪える。
「王は、確かに優れていなくてはなりません。だけど、愛する気持ちを疎かにして、それで民を導く事が出来るのでしょうか?」
理音はまっすぐな視線を王に向けた。
何も反応がないのを不安に思いながらも、言葉を続ける。
「べたべたに甘やかせとは言いません。だけど、適度な愛情こそが、親身になって臣民を考えることが出来る糧になりえるんじゃないんですか?今のケイルは、優秀かもしれませんが、人として大切なものが足りません。愛情に飢えてるともいえると思います」
王はじっと理音を見つめる。厳しい眼差しが、注がれる。理音は黙ってその視線に耐えた。
ケイルとは血の繋がりがないという割には、底の見えない深い湖のような青い瞳はそっくりだと思えた。
「余計な世話だな……」
長い沈黙の果てに、迷惑そうなため息混じりに言われ、理音はムッとする。
だが、そんな理音の様子など少しも気にすることなく、王は冷めた眼差しで語る。
「臣下の中には、『水の精霊王の力を継ぐ者』というだけで、王家の血の繋がりを無視した者に、王位を継がせることを反対するものもいる。『選ばれし者』をないがしろにしようなどとすれば、どのようなことになるのか、平和に浸りきった者には、想像することさえ叶わぬらしい。ケイルには歴代の王以上に、優れた能力を示してもらわねばならぬ。人は孤独では生きてはいけぬ。だが、それすらも乗り越え、絶大なる力を示すものに、人は従うだろう」
「恐怖政治じゃないんだし、そんな無理矢理孤高の王が必要ないんじゃないですか?ケイルは今だって十分、資質あるし、臣下にもちゃんと慕われてます」
ケイルが倒れてから暫くして、様々な見舞いの品があちこちから届くようになった。
それらは、勿論、貴族や、身分のある者からのものが半数を占めるが、他の半数は一般国民からのものだった。
直接届けに来た者が、アシェカの部下と話をしているのを理音が目撃したことがある。
頻繁に視察に来ていたケイルが訪れなくなって、寂しいという内容のものだった。
ケイルはよく城下は勿論、国中を隅々まで見まわっているという。
ダイルにおいて、ガイもやっていたことだけど、ケイルもきちんと民との接触を図っていたことに、驚きを隠せなかった。
一体、あの仏頂面で、どうやって接しているのか、気になった理音は、それとなくアシェカに尋ねたものだ。
彼は苦笑しながら答えてくれた。
それによると、ケイルの真面目過ぎるともとれる真面目さが人気だという。
人の話にきちんと耳を傾け、必要だと解釈したことは、すぐさま実行に移してくれるという。
下っ端役人に相手にされなかったようなことでも、ケイルは必要だと思えば、きちんと対処する。
分け隔てのない対応、行動力、真面目さ、実直さ。
それらが人気の秘密だという。
勿論、美貌も人気に加味される。
国中の女性のほとんどは、ケイルに憧れてるだろうと言われて、理音は苦笑いを浮かべた。
(普段は猫かぶってるのかも……それとも、あたしの前だけなのかなぁ……)
何やら複雑な心境になったものだった。
「たとえ血が繋がってなくても、家族なんですから……安らげる場所がなくちゃ、ずっと走りつづけるのは無理です」
「お節介な巫女だな……」
呆れたような王の声音に、理音は再びむっとした。
「そんなに心配なら、巫女がケイルの家族になればいいであろう」
「……は?」
理音は思わず、ぽかんとした顔をしてしまう。
何やら、聞き捨てならないようなセリフをさらりと言われた。
「巫女がケイルの家族になればいい」
「え?」
やはり意味を正しく理解しかねて、理音は問い返してしまう。
「あやつのことが心配ならば、ケイルと結婚しろと言っている」
「なっ!んで、そうなるのよっ!?」
理音は思わず怒鳴り返してしまった。
王は表情を変えることなく、淡々と言う。
「『トラウドの巫女』が妃になるのであれば、またとない良縁といえる。トラウド王の後ろ盾は大きいからな」
王は冷笑を浮かべた。
無理だとわかって、からかっているのか。
それとも、どこかに本気の部分があるのか。
「もう、いいですっ……」
理音はくるりと踵を返した。
これ以上話しても、進展はないだろうと判断する。
王は、理音をからかっているとしか思えない。
ケイルに対する感情は、次代の王としてふさわしいかどうか。それしかないのだ。
家族愛や、個人的な感情を与える気はないのかもしれない。
理音はそう解釈するしかなかった。
「あたしがケイルと結婚だなんて……出来るわけないじゃないっ……」
理音は顔を赤らめながら、一人ブツブツと部屋へと戻った。
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