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第6章 ケイル
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しおりを挟む「宝玉を造りに行く」
翌日、いきなりケイルが言い出した。
それを言われた理音は、朝食をとっている最中だった。用意された部屋で。
ケイルの後ろに控えているアシェカが、申し訳なさそうな顔で立っているが視界に入る。しかし、ケイルを止める気は一切見受けられない。
(これってかなり礼儀知らずじゃないのっ……少しは注意しろってゆーのよっ!)
理音はアシェカに非難の眼差しを向けた後、憮然とした表情でケイルを睨む。
しかし彼は、理音の様子に何の反応も示さない。ほんの少しの躊躇の色も見せないのだった。
「昨日の今日で、それは無理よっ!」
「早く仕度をしろ」
叫ぶ理音を彼はあっさりと無視した。
「人の話聞きなさいよっ!」
「お前こそ、無理かどうかは、やってみてから言うんだな」
「うっ……」
そのセリフにはさすがに返答に詰まった。
確かに正論だと思えないでもない。
しかし、今回の場合99.99%無理な話だということも分りそうなものだ。
だが、ここで理音がいくらごねても、無理だと言うことを実質的にわからせない限りは、ケイルは引きそうにないだろうと思い、渋々承知することにした。
(ごめん、レオン……今回は無理そうな気がする……)
心の中でそっと呟く。
ガイとのことで、少しは自分の力について自信を持った理音であるが、ケイルとではかなり無謀だと思えた。
ケイルはまったく理音のことを考えようとしてくれないのだから。
心を通じ合わせることなど、不可能としか思えない。
「……わかったわよ……」
理音は渋々返事をした。
その声音に、些か不満気に眉根を寄せつつも、文句は出てこなかった。
代わりに、とんでもないセリフが吐き出される。
「山に登るからな」
「や、山っ!?」
思わず、素っ頓狂な叫びを上げる理音を、ケイルは厭わしいものでも見るような眼差しを向ける。しかし、そんな視線に怯んでる場合ではなかった。
「山なんて……。竜で行けないの?」
「途中までは行ける。だが、先は細く閉ざされた道を通る」
「そんな……」
なんでこんなところに来て、山登りをさせられなくちゃならないわけ?
理音はすべて放り出して逃げ出したい心境に駆られる。
山登りなど、持久力を試されるような行為を彼女は苦手とする。
機会さえあれば、学校の遠足もサボりたいといつも思っていた理音である。
根本的に、負けず嫌いの性質ゆえに、休むことなく行事をこなしてきていたが。
いつもならば、理人がいたし、友人達も一緒だから、なんとか耐えられた。
だが、ケイルと一緒という時点で、既に気持ちが消沈している。
かなり後ろ向き的思考にとらわれてしまう。
ちらりと視界の端に、双方鳥が目に映る。
(自分を信じてくれるレオンを裏切るような真似はしたくない……)
理音は沸き上がる不安を脇に押しやるように瞑目し、心に力を込める。
「……足手まといにならないようにな……」
「それは無理っ!」
青い瞳が冷たく注がれた。絶対零度の眼差し。普通の女性であれば竦みあがり、泣き出してしまうものだろう。
「少しは、そうならないように努力すべきではないのか?」
「一応努力はするわよ?だけどね、自慢じゃないけど、体力にはそれほど自信はないわけ。とりわけ、あんたたちみたいに日常鍛えまくってると思われる男の体力に敵うわけないじゃないの?絶対足手まといにならない保証はないわよ」
ガイに散々振り回されたことを経験に、先に釘を刺しておく。
「……その口に使う体力を回せ」
「なっ!?」
理音が尚も言葉を続けるよりも先にケイルは背を向け歩き出した。
揺れる銀の髪を背中に、理音はブツブツと文句をぶつける。
(何様のつもりよっ!横暴っ!)
するとやおら、彼が振り返り理音は驚く。
聞こえるような声音ではなかったはずだ。
だが、文句を返されるのか身構えてしまう。
「あと1時間で降りて来い」
それだけ言うと、踵を返して部屋から出て行った。
「まったく、『俺様』的だわ……」
理音は深深とため息をつくと、渋々仕度を始めた。
女の子と見紛いそうな美貌。さらさらの銀の髪。顔の輪郭に沿って僅かに切り揃えられた髪。残りの髪は長く背を覆う。湖のような青い瞳。
黙ってれば美貌の王子。だが、彼が他に向ける眼差しは凍てつく湖のように冷たく厳しい。
心を通わせて、宝玉を造るなど、夢のまた夢のように思える。
「無理、あれでは、絶対無理だわよ……」
何度もそんなことを呟きながら、理音は仕度を終えると、部屋を出た。
長い廊下を通り、階段を降りようとしたとき、ふいに声がかかった。
「あなたがトラウドの巫女?」
鈴を転がすような軽やかな声。
理音がその方向へと視線を向ければ、息を飲むような美少女が立っていた。
探るような眼差しは緑水の瞳。
雪のような白い肌に、血のような赤い唇。白銀に近い絹糸のような髪を結い上げた少女に睨まれるように対峙され、理音は戸惑う。
「せいぜい、お兄様の足手纏いにならないようになさいませ」
それだけ言うと、つんとソッポを向き、理音の前から立ち去った。
(お兄様?ということは、ケイルの妹?)
理音はドレスを翻して立ち去る少女を呆然と見送りながら、彼女の正体について考える。
自己紹介もないままに、自分の用件だけを述べて立ち去った美少女。
足手纏いになるなだなんてセリフは、まさに似たもの兄妹といえるのではないか。
「まったく、失礼な兄妹だわね……。王様もへんな感じだったし……。どういう家族なんだろ……」
そういえば、と、理音は思い出す。
ガザエルに来る途中に、レオンが色々と教えてくれたことの中に、ケイルが第三王子であるにも関わらず、王位継承者だということを聞かされ、不思議に思ったものだった。
ケイルが『水の精霊王の力を継ぐ者』であるがゆえに、上のお兄さんを押しのける形で、王位につく事になる。
上のお兄さん達は、快く了承してるのだろうか、と思ったものだ。
いくら『選ばれし者』だとしても、楽しい話ではないだろう。
「ケイルがあんな態度な原因の要因は、そのへんにあるのかなぁ……」
理音は首を傾げた。
人の気持ちなんて、どうやったって100%わかるはずはない。
好き嫌いも、それぞれにあるから、ケイルがどうしても理音を好きにはなれないってこともあるだろう。
だけど、全然知らないうちから、一方的に嫌われるのは釈然としない。
理音とて、ケイルの態度に腹が立たないわけはない。既に、近づきたくない部類に入っている。
しかし、こちらから、わかろうと接しなければ、きっとこじれたまま、進展する事はないだろう。
「ま、頑張ってみるしかないか……」
理音は左手の中指にはまる指輪に目を落とした。レオンの瞳を思い出させる銀色の輝き。
それは理音に勇気を与える。
理音は深呼吸をして、ケイルの元へと向かった。
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