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第3章 トラウド王国
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しおりを挟む(……あれ……?)
理音はぼんやりとした眼差しをさ迷わせる。
今がいつなのかどこなのか、思い出せない。
(…眠っていたんだ……)
寝たはずなのに身体がだるいし思考が今一つはっきりしない。
長い夢を見ていた気がする。
目に写る光景は見慣れないもので、まだ夢の続きかと思われた。
「お目覚めになりましたか?」
少女の声がすぐ間近で聞こえ、理音はそちらに顔を向ける。
薄い布越しに映る人影。
天蓋付きのベットから下がる紗幕だと気づく。理音は慌てて身体を起こし、ベットの端に寄った。
「失礼いたします」
声と共に、少女が紗幕を引き、姿を現した。
「初めましてリオン様。わたくし、ラムネアと申します。リオン様のお世話をさせていただくことになりました。なんなりとお申し付け下さい」
レオンと単語に、ぼんやりとしていた思考が正常に動き出そうとする。
(そうだ……あたしは……)
ようやく、今の状況を思い出す。
理人を探して、トラウディアに来てしまったことを。
「……あ…はい。こちらこそよろしくお願いします」
理音は慌ててベットから飛び降りると、ぴょこんと頭を下げた。
現れた少女は、理音と同じぐらいの年頃に思えた。丈の長い青いドレスに、白いエプロン。癖の強い茶色の髪を一つに結わえアップにしている。髪と同じような茶色の瞳は大きく、好奇心ゆえか輝いていた。
満面の笑みで、理音を見つめている。
理音に対して、並々ならぬ期待を寄せているような気がする。 パトゥラにされた、観察されるような機械的で、嫌なものではないが、あまりにも何かを期待されてるような眼差しにも困る。
理音は苦笑した。
「勝手ながら、お食事の用意をさせていただきましたが、お召し上がりになりますか?」
言われみて、空腹なのを思い出した。あちらでは、夕飯を食べずに、そのまま真夜中までいた。
そして、何時間かはわからないけれど、歩きつめて、ここに辿りつけば、昼間だ。
長い間、何も口に入れていない。あまりにも色々とありすぎて、気づかなかった。
「あ、じゃあ、頂きます」
ラムネアは微笑み、手を叩いた。ドアを開けて、五人の少女が入ってきた。
ラムネアが着ているのと同じような服装だったが、丈が違う。
後から来た少女達は膝下の丈だが、ラムネアは足を覆い隠すほどの丈だ。あまり実用的とは言いかねるその長さは、雑用をしないゆえなのだろう。
貴人の傍近くに仕え、何かあれば彼女達を呼んで細かく指示する役目に違いない。
部屋の中央にあるテーブルに、瞬く間に、様々な料理が並べられた。
次々と運ばれる、ワゴンと食事の量に、目を奪われてると、あっという間に、テーブルが埋め尽くされる。
後から来た五人が部屋を退出すると、ラムネアは椅子を引いて、理音を促す。
「どうぞ、リオン様」
「あ…あの…これ、もしかして、あたし一人で食べる…の?」
あまりの量に思わず尋ねた。一体、自分はどう思われているのか不安にもなる。
多すぎる、あまりにも。それともこの世界の人は、大食いなのだろうか。
理音の心配を知ってか知らずか、ラムネアは微笑を増す。
「一体、どのようなものがリオン様のお好みかわかりませんでしたので、とりあえず、皆様に人気の高いものを取り揃えてみました。ですが、お口にあわなければ、また違うものをご用意させていただきますから、遠慮なさらなずに、お申しつけくださいませ」
「…は、はあ……」
理音は目の前の料理をつくづくと眺めた。確かに、見た事もないような食材がちらほらとある。
なんとなく、見た事のあるような…と思い、ミートソースらしきものがかかったパスタを口にして驚いた。まったく味付けや食感が、見た目を裏切っていた。つるつるした感じを想像したパスタは、塩味がついて、しこしこしたうどん系で。ミートソースを思われたものは、カレーに似た味わいを持っていた。
(カレーうどん?)
理音は見た目とのギャップに悩まされながらも、味は悪くないと、次々を試してみる。
あらかた料理を片付けた理音は、自分の食欲の凄さに少々恥じ入った。
「……いい訳するみたいだけど、あたし、普段はこんなに食べないから……」
「あ、いえ、お気になさらずに。これほど召し上がっていただければ、料理を作った者も喜ぶことでしょう」
そういって微笑みつつも、付け加えてくれる。
「ですが、正直、ここまで見事に召し上がるご婦人を初めて拝見いたしました」
誉め言葉なのか、嫌味なのか。
咄嗟には判断に苦しんだが、ラムネアの表情のどこにも、蔭りは見うけられず、素直な驚きなのだと解釈することにした。
「…ところで、あの、聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「あの……」
理音は言い淀む。
気がついたらこの部屋だったけれど、自分はレオンの部屋にいたと思う。 何時の間にか、移動させられていた。しかも眠ってる間に。 レオンの部屋から自分をここまで連れて来たのは誰かと尋ねたかった。
だが、レオンだといわれれば、嬉しさと恥ずかしさに苛まれるだろうし、パトゥラだったらと思うと、それはそれで気まずい。
他の誰か知らない男の人に、眠ったまま連れてこられたというのもまた、考えるにおぞましい話だ。
結局のところ、レオンという答えが欲しい。しかし、それを望むのはあまりにずうずうしい。レオンは王なのだから。誰か臣下に命じたと考える方が妥当だろう。
王が女性を抱きかかえ運んでいたなどということは、あらぬ誤解を生むに違いない。
「……あ、え、えっとね、お風呂、とか、入れるのかな?」
結局、理音は誤魔化すことにした。思いもかけないほどの自分の勇気のなさに驚きを覚えながら。
でも、お風呂に入りたかったのは本当だからと、自分を慰めてみたりもする。
「ご入浴ですね。準備は出来ております」
ラムネアは別段理音の様子を訝しく思うこともなく、にっこりと微笑み返してきた。
隣室にはバストイレが完備されていた。
トイレといっても理音の家のお風呂場くらいあるのではないかと思える広さがあり、お風呂に至っては、家庭風呂のイメージではなかった。
(温泉……?)
理音は絶句してしまった。
大理石のようなすべすべしたプレート状の石が敷き詰められ、自然岩を積み重ねたような湯船。真ん中に、岩が積まれてその間からちょろちょろとお湯が流れていた。
中世のお城のような内部で、天然温泉のような風情に出会うとは思わなかった。
理音はそのギャップにまたしても眩暈を感じる。
「…所変わればなんとやらだわ。……ま、これが常識なんだと思うことにしよう……」
理音は自分を納得させて身体を洗ってお湯につかる。
思わず「極楽、極楽」という言葉が口をついてしまうのほどに気持ちの良いお湯で、異世界であること、自分の置かれた環境を一時的に忘れて一息付けた理音であった。
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