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 そんな日常の中の楽しみは図書室に通うことだった。図書室はどの生徒も静かに本を読んでいたり勉強していたりしていて、こそこそ噂をするような人もいないので心の癒しの空間で、お気に入りだ。
 いつもの特等席になりつつある一番奥の日当たりの良い場所に座って、本を開く。最近は薬草学の本を読み込んでいる。
 ある程度の人の肌に合わせたものは作れるけれど、そこからさらに個人に合わせたものを作ろうと研究していた。もっぱら男性用の化粧品なのだけれど。
 机に目線を置き、ペラペラっとページを捲りながら目についた薬草の情報をノートに落とし込んでいく。
 ふと誰かがいる気配と影が見えて顔を上げると同じクラスの男性がそこに座っていた。
 青い髪を七三にピシリと分けて眼鏡をかけているその人の名前は確か……
「ここ、いいかな?」
「どうぞ。ここは生徒みんなが使える場所ですもの。お好きになさって」
 アーサー・ノルト。確か隣国のオルビス国からの留学生だったはず。一年だけこのイーリス国にある貴族学園に通うようになったみたい。普段の教室での彼は誰とも仲良くすることもなく物静かな様子だ。
 わたくしの浮気性メーターにも引っかからないもの。ちなみにブライアンもわたくしのメーターには引っかからないので、仲良くしている。
 特に何を話すわけでもなくテーブルを二人で使ってそれぞれのことをする。
 こうやって静かな時間を過ごすことができるのって珍しいわ。ブライアン達なら必ず騒がしくなるし、イアン殿下なんて視線だけで気持ち悪いもの。
 こんな時間を過ごせるなんて幸せね。
 そんなことを思いながら本のページをめくっていた。


「うう、失敗したわ……」
 左腕をさすりながら今日も図書室へと向かう。昨日試したのは柑橘系のフローラルウォーター。実は柑橘系のものの中には、光毒性があるものがあって、光に当たると皮膚が荒れてしまうのよね。
 すっかり忘れていたわ……
 いつもの場所へ向かって本を開いたんだけれど、どうしても左腕が気になってしまって掻いてしまう。ちょっとはしたないけれどポリポリ掻いていると彼が向かい側へ座った。
「あれ、左腕どうしたの?」
「あ、少し被れてしまって……」
「薬は?」
「それが学園にきてから痒くなってしまって、塗ってないんですの」
 そう、いつもなら肌荒れの軟膏を塗るのだけれど今日は学園へ来てから痒み出してしまって困っているの。医務室に行けば済む話なんだろうけれど、
 どうしても本が読みたい欲に負けてしまって我慢してしまったのよね……
 今からでも行こうかしら……
「ちょっと待ってて」
 小首を傾げるわたくしに笑顔を向けてくださり、図書室から出ていった。何をしに行ったのかしら……
 そのまま視線を本に落としたその時、テーブルに小瓶が置かれる。
「え?」
 そのまま彼は私の左腕の裾を捲って小瓶に入ったクリームを塗ってくれる。嫌な感じとかはなくて、ただ驚くばかり。こんなことされたの初めてだわ。
「せっかくの綺麗な肌なんだから、大切にしないとね」
 まぁ、世の中にはこんな素敵な男性もいるのね。世の中捨てたものじゃないわなんて思ったわ。というかわたくしが今まで出会った男性がよろしくなかっただけなのかもしれないけれど。
「ありがとう」
 にっこりと微笑んでお礼を述べると「どういたしまして」って微笑んでくださったわ。本当イアン王子にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわっ。
 同じ年齢でもこうも違うものなのね。きっと女性にもモテるでしょうねぇ。
 そんなことを考えていたらどうやらじっと見つめてしまっていたみたい。慌てて視線を外して本を読むことに集中した。
 恥ずかしいわ。男性をこんなにじっと見つめてしまうなんて淑女としてやってはいけなかったはず。気をつけなければ。
 そうしてわたくしは肌荒れに気をつけながら実験するようになたの。その後も肌荒れが出た時にはすぐに彼がポケットからスッと軟膏を出して塗ってくれるんだもの。
 周りからの視線もちょっと気になるの。最近ではわたくしが彼と一緒にいるとチラホラと視線をもらってしまうのよね。
 別に二人きり出会っているわけでもないから、醜聞にもならないでしょうけど、貴族の中には面白おかしく誇張して話す人達もいるのよね……
 まあ、ここにいる方々はそんな心配は要らなそうなんだけれど、一応ね? わたくしイアン殿下の婚約者になっていますし……
 少し気をつけなければ。
 そんなことを考えながら手元のページをめくった。
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