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本編
23.目がぁっ
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ちくちく。ちくちく。ひたすら針を刺すわたしとそれを眺めて溶けている彼。そんなわたし達を生暖かい目で見ながらお茶をしているノーラ様とマルド様。
書いた図案はとても複雑で、今までやってきた刺繍の中で一番と言っていいほど難しい。だんだん太くなったり細くなったりするところなんて、バランスがおかしいと綺麗に見えないし、曲線も同様だ。
じっと目を凝らして、図案と見比べながらバランスを見てひと針ひと針ゆっくりさす。おかげで目が開いている時間が長くなって、乾いてくる。時々手を休めて、目をしぱしぱさせて。
思った以上に疲労が溜まってくる。そのうち肩も凝り始めてきてまるでお年寄りのよう。ああ、前世のおばあちゃん、こんな感じだったんだなぁって呑気に思いながら瞼を閉じて目頭を抑えた。
「ルシア。手退けて」
彼の言葉を不思議に思いながらもいう通りにすると暖かいタオルが乗せられた。蒸しタオルっ。おばあちゃんがよくやってたけど、これってこんなに気持ちいいんだ……
じんわりと温めてくれて、血が巡っているのがわかる。目の疲労感もスッと流れていく。
「あー、気持ちいい……」
「ふふっ。それはよかった。今日はここまでにしよう」
予定よりも全然進まなかったけど、疲れを溜めるのはよくない。その言葉に頷いて今日の分は終わりにした。
案の定帰りの馬車でうたた寝してしまって、起きた時には彼に寄りかかって寝ていた。申し訳ない……と思ったけど、彼が溶けていたので、気にしないことにした。
次の日、またその次の日。目に限界が来たら休んでを繰り返す。そのうち、ノーラ様がお湯で温めるだけで効果が長持ちするアイマスクを作ってくれていて、とても快適になった。蒸しタオルってすぐに冷たくなるんだよねっ。
一日数センチずつ、少しずつ、ちくちくと縫い上げる。わたしは楽しいけど見てるだけじゃ飽きるんじゃ……なんて思ってふとシエル様を見るとそれはそれは楽しそうにじっとこちらを見ていて。
余計な心配だったと思うと同時になんだか嬉しくなった。
少しづつ出来上がってくることに対する達成感。目に見えるからわかりやすくて好き。だんだん形になっていって、最後完成した時、ものすごく満足するんだよね。
はやる気持ちを彼に抑えられながら、着実に進んでいく。
そして最後のひと針を差し終え、手を止めた。
「できたー!」
仕方なく作ったものより、誰かの笑顔のために作る方が断然楽しくて、更に難しいものへの挑戦。そして時間の制限。
わたしの満足感はこれまでにないものになっていて、頬が緩みまくる。
じっと出来上がった刺繍を見つめているとふとあることに気づく。
あれ、これ見たことあるような……どこだっけ?
「ありがとう」
もう溶け切った顔でシエル様が微笑む。相変わらず破壊力が強すぎる。これを見て倒れる女子の気持ち、本当にわかるわ……
思わず染まる頬が気になったけれど、それよりも先に彼にハンカチを手渡す。
「はい、どうぞ」
「宝物にするね」
ハンカチなんだから使って欲しいんだけど……
なんて思ったけれど、もうあげてしまったものだ。彼の好きにしてほしい。
作り終わって気が抜けたのかわたしはソファに座ったままうとうと眠ってしまった。
彼はいつものように隣に座って頭を撫でてくれていたような気がした。
準備期間中はシエル様へのプレゼントに力を注ぎすぎて、全く文化祭の気分ではなかったけれど……
「おお!文化祭って感じですねぇ」
キョロキョロ見渡すと浮き足立つ生徒達。装飾はやはり貴族というべきか本格的だ。これ、いくらかかってんだろう……
「変なこと言うね。来たことあるの?」
はっ。前世の記憶がぁぁぁぁっ。
「いやっないですけど、独特な雰囲気だなぁと。あははは」
とりあえず笑って誤魔化してみる。彼は怪訝な顔をしていてあんまり誤魔化されていないけど、それ以上は突っ込まれなかったからよしとしよう。
我がクラスの展示はただ数人の生徒だけいれば回るので、一時間おきに交代してそれ以外は自由となった。拘束時間一時間だけってことはそれ以外は遊び放題なのだ。
さっそく他のクラスの催し物を回ってみることに。ノーラ様とマルド様は一番最初の一時間クラスの展示の方に着くので、今はわたしとシエル様だけだ。
二人手を繋いで初めに入ったのは、定番のアレだった。
「お化け屋敷? 聞いたことないな。入ってみる?」
そうですよねー。日本のゲームですもんねー。
プルプル震えるわたしの手をぎゅっと握る彼につれられてお化け屋敷の入り口を進んだ。
ほ、本格的すぎるっ。真っ暗な中を渡されたランタンの光だけを頼りに進む。
「ひやっ」
首に何かがぴたりとくっつく。いや、待って、この感触……
「これはなんだろう。見たことないね」
そ、そりゃそうでしょうねっ。ゲームの舞台はイギリスだものっ。
どうやらお化け屋敷では定番のこんにゃくに引っかかったようだ。そんなとこまでこだわらなくてもっ。
人は脅かしにくるし、人形は飛び出してくるし終始悲鳴をあげてシエル様に抱きついてしまう。
「ご、ごめんなさいっ」
「いいよ。なんなら抱き上げてあげようか?」
いやっ、それは恥ずかしいので遠慮しますぅっ。
とりあえず迷惑になっていないようなので安心して抱きつきまくる。すらっとしているのに意外と硬いななんてこっそり思いながら……
書いた図案はとても複雑で、今までやってきた刺繍の中で一番と言っていいほど難しい。だんだん太くなったり細くなったりするところなんて、バランスがおかしいと綺麗に見えないし、曲線も同様だ。
じっと目を凝らして、図案と見比べながらバランスを見てひと針ひと針ゆっくりさす。おかげで目が開いている時間が長くなって、乾いてくる。時々手を休めて、目をしぱしぱさせて。
思った以上に疲労が溜まってくる。そのうち肩も凝り始めてきてまるでお年寄りのよう。ああ、前世のおばあちゃん、こんな感じだったんだなぁって呑気に思いながら瞼を閉じて目頭を抑えた。
「ルシア。手退けて」
彼の言葉を不思議に思いながらもいう通りにすると暖かいタオルが乗せられた。蒸しタオルっ。おばあちゃんがよくやってたけど、これってこんなに気持ちいいんだ……
じんわりと温めてくれて、血が巡っているのがわかる。目の疲労感もスッと流れていく。
「あー、気持ちいい……」
「ふふっ。それはよかった。今日はここまでにしよう」
予定よりも全然進まなかったけど、疲れを溜めるのはよくない。その言葉に頷いて今日の分は終わりにした。
案の定帰りの馬車でうたた寝してしまって、起きた時には彼に寄りかかって寝ていた。申し訳ない……と思ったけど、彼が溶けていたので、気にしないことにした。
次の日、またその次の日。目に限界が来たら休んでを繰り返す。そのうち、ノーラ様がお湯で温めるだけで効果が長持ちするアイマスクを作ってくれていて、とても快適になった。蒸しタオルってすぐに冷たくなるんだよねっ。
一日数センチずつ、少しずつ、ちくちくと縫い上げる。わたしは楽しいけど見てるだけじゃ飽きるんじゃ……なんて思ってふとシエル様を見るとそれはそれは楽しそうにじっとこちらを見ていて。
余計な心配だったと思うと同時になんだか嬉しくなった。
少しづつ出来上がってくることに対する達成感。目に見えるからわかりやすくて好き。だんだん形になっていって、最後完成した時、ものすごく満足するんだよね。
はやる気持ちを彼に抑えられながら、着実に進んでいく。
そして最後のひと針を差し終え、手を止めた。
「できたー!」
仕方なく作ったものより、誰かの笑顔のために作る方が断然楽しくて、更に難しいものへの挑戦。そして時間の制限。
わたしの満足感はこれまでにないものになっていて、頬が緩みまくる。
じっと出来上がった刺繍を見つめているとふとあることに気づく。
あれ、これ見たことあるような……どこだっけ?
「ありがとう」
もう溶け切った顔でシエル様が微笑む。相変わらず破壊力が強すぎる。これを見て倒れる女子の気持ち、本当にわかるわ……
思わず染まる頬が気になったけれど、それよりも先に彼にハンカチを手渡す。
「はい、どうぞ」
「宝物にするね」
ハンカチなんだから使って欲しいんだけど……
なんて思ったけれど、もうあげてしまったものだ。彼の好きにしてほしい。
作り終わって気が抜けたのかわたしはソファに座ったままうとうと眠ってしまった。
彼はいつものように隣に座って頭を撫でてくれていたような気がした。
準備期間中はシエル様へのプレゼントに力を注ぎすぎて、全く文化祭の気分ではなかったけれど……
「おお!文化祭って感じですねぇ」
キョロキョロ見渡すと浮き足立つ生徒達。装飾はやはり貴族というべきか本格的だ。これ、いくらかかってんだろう……
「変なこと言うね。来たことあるの?」
はっ。前世の記憶がぁぁぁぁっ。
「いやっないですけど、独特な雰囲気だなぁと。あははは」
とりあえず笑って誤魔化してみる。彼は怪訝な顔をしていてあんまり誤魔化されていないけど、それ以上は突っ込まれなかったからよしとしよう。
我がクラスの展示はただ数人の生徒だけいれば回るので、一時間おきに交代してそれ以外は自由となった。拘束時間一時間だけってことはそれ以外は遊び放題なのだ。
さっそく他のクラスの催し物を回ってみることに。ノーラ様とマルド様は一番最初の一時間クラスの展示の方に着くので、今はわたしとシエル様だけだ。
二人手を繋いで初めに入ったのは、定番のアレだった。
「お化け屋敷? 聞いたことないな。入ってみる?」
そうですよねー。日本のゲームですもんねー。
プルプル震えるわたしの手をぎゅっと握る彼につれられてお化け屋敷の入り口を進んだ。
ほ、本格的すぎるっ。真っ暗な中を渡されたランタンの光だけを頼りに進む。
「ひやっ」
首に何かがぴたりとくっつく。いや、待って、この感触……
「これはなんだろう。見たことないね」
そ、そりゃそうでしょうねっ。ゲームの舞台はイギリスだものっ。
どうやらお化け屋敷では定番のこんにゃくに引っかかったようだ。そんなとこまでこだわらなくてもっ。
人は脅かしにくるし、人形は飛び出してくるし終始悲鳴をあげてシエル様に抱きついてしまう。
「ご、ごめんなさいっ」
「いいよ。なんなら抱き上げてあげようか?」
いやっ、それは恥ずかしいので遠慮しますぅっ。
とりあえず迷惑になっていないようなので安心して抱きつきまくる。すらっとしているのに意外と硬いななんてこっそり思いながら……
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