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 目を覚ますと見慣れた天井だった。
 あぁ、家に戻ってこれたんだ。そう思ったと同時に吐き気がする。
 思わず口を手で覆うとティナがおけを用意してくれて体を起こしてくれた。
「ティナ、ありがとう」
 背中もさすってくれて、ようやく吐き気がおさまる。
 そこへ誰かが入ってくる。白衣を着ている様子から医者のようだ。
「こんにちは、セレーナ様。ちょっとみさせてもらいますね」
 そう言ってあちこち診察してくれる。珍しく女性の医者のようでまじまじとみてしまった。
「大丈夫そうですね。お腹の赤ちゃんも元気なようですよ」
 にこりと人当たりのいい笑顔で告げられた言葉に目を見開いた。
 思わずお腹をさする。
「いるんですね」
「はい。つわりがひどいようなので、つわりに効くハーブティを飲むといいですよ」
 優しげに教えてくれた。


 しばらくすると彼が部屋に入ってくる。ティナは部屋を出て行ってしまい、二人きりになった。
「大丈夫か……?」
「はい、さっきお医者様がみてくれて大丈夫だって」
 ぎゅっと抱きしめられる。その体は震えていて、不安にさせてしまったのだろう。わたしは両腕を背中に回す。
「本当は、すぐに助けに行きたかった。犯人の目星はついていたし、すぐに問い詰めたかった」
 彼の言葉に頷きながら背中を撫でてあげた。
「でも、兄上とルカに止められた。今行くのは得策ではない。逆にセリーヌを危険に晒すと」
 すぐに動かなかったのは理由があったようだ。王宮でカーライル王太子殿下に詰め寄ることもできたが、それをすることで場所を移動されては探すのが困難になる。だからあえて気づかないふりをして泳がせたそうだ。
 国王陛下の判断で彼は何も言えなかったのだとか。

「クレバーも今回は相手が移動しすぎて追えなかったんだ。巧妙に道を変えて馬車を変えていたから、見失ってしまった」
 声も震えていて、本当に辛かったんだと実感させられる。
「そして油断しているヤツを追いかけた。そしたらある別荘にたどりついた」
「でも、すぐには行けなかった。中の状況が掴めない。そんな時クレバーがティナを見つけてくれた」
 そうか、クレバーが見つけてくれたのね。後で高級なおやつをあげないと。
「そこで話を聞いて作戦を立てて突入した」
 なるほど。だから隠し通路から出てきたのか。他の騎士は正面から兵士たちを取り押さえながら。
「セリーヌを見つけた瞬間はらわたが煮え繰り返ったよ。押し倒されて首筋に顔を埋められて……殺してやろうと思った」
 いくらなんでも隣国の王太子殿下を殺してしまえば問題になってしまう。だからお義兄様は止めてくれていたのね。
「君は意識を失うし、生きた心地がしなかった。でも、無事で本当によかった」


 多分泣いている。色々な感情でいっぱいいっぱいなんだろう。でも、そんな彼にわたしは言わなきゃ行けないことがある。
「ノア様、顔を上げて」
 わたしの言葉に反応して彼は顔を上げてくれた。
 彼の手をとってわたしのお腹に当てる。
 首を傾げていた彼にわたしは微笑んだ。
「できたみたい。今ここにいるんですって」
 ずっと無言の彼は目を見開いて固まっているようだった。
 するとぼたぼたと音がしそうなほどに大きな涙を流す。
「ああ、俺は本当に幸せだ」
 そう言った彼の笑顔はキラキラと輝いていた。





 その後すぐに籍を入れた。
 今回の件もあって籍だけでもと国王陛下が許可してくれたようだ。
 そのまま彼は仕事を休み、ずっと屋敷にいる。

「こら、セリーヌ!歩いてはいけない」
 少し歩いただけでこの有様である。本当に困ったものだ。
「お手洗い行きたいの!」
「俺が連れて行くから」
「嫌よ!」
 トイレの中までついてこようとするので全力で拒否する。なぜそんなところを見せなければならないのか。
 何をするにも過保護な彼とそれにうんざりして怒るわたし。
 そんなわたしたちの緩衝材はティナだ。
「もう、旦那様、あまり過保護にしては体力が落ちて出産に耐えられなくなってしまいます!それに奥様。あまり怒るとお腹のお子に障りますよ」
 こうなると二人とも何も言えなくなる。
 あの日以来、ティナはこの屋敷に仕えてくれている。自身も出産経験がある上に産婆や乳母の経験もあるのだとか。高待遇で即採用だったそうだ。
 慌てて二人揃ってお腹をさする。少し出てきたかなってくらいだけど、どうやらすくすく育ってくれているようだ。


「お仕事行ってきたら?お医者様もいてくれるしティナもいるから問題ないわよ」
「それはできない!何かあったらどうする気だ」
「何かって何よ。つわりがひどかった時だってただおろおろしていただけじゃない。仕事に行きなさい!」
 わたしにズバッと言われ肩を落とす彼。
 どうやら妊娠すると性格も少し変わってくるらしい。これは大概の母親が歩む道なのだとか。
 母は強しとはよく言ったものだ。
 その日から彼は仕事に戻った。毎朝毎朝どんよりしながら。
 そんな彼をわたしは笑って見送った。
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