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君恋7
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静かに紡がれた言葉に、ゆっくり視線を上げる。
「分かっているとは思いますが、自分はあなたの事が好きです」
「! ……それは……」
「分かってます、もう届かないことくらいは。ずっと見てきましたから」
頭が真っ白になる。
上手い言葉なんて、当然出てきやしない。
それを承知してか、片山さんは気にせず話し続ける。
「だから分かってしまうんですよ、あなたが他の人を気にしていることが――」
突然腕を掴まれたかと思えば、そのまま物陰に引き込まれた。
不意を突かれたことで俺の身体が前のめりになる。
(――っ!?)
厚くて、熱い胸板に押しつけられ、体の自由を奪われてしまった。
「か、片山……さん?」
「しっ。静かに。少しだけ、このままで……」
片山さんが喋る度、髪に吐息がかかる。
背中に回された腕が、更にキツク俺を抱きしめた。
どのくらい経っただろうか。
漸く俺を解放した片山さんの表情は、寂しそうであり、それでいてどこかスッキリしたような……そんな顔だった。
「口にしたくはないですが、あなたがあの人のことを想っているのなら諦めます」
「な……っ」
「これも言いたくはないですが、お二人は上手くいくと思います」
片山さんが何を言っているのか、頭がついていけない。
いや、本当は理解できているのかもしれないが、それを認めたくない自分がいる。
そんな自分に戸惑い、――息苦しい……。
「でも、もしあなたが傷つくようなことがあれば、黙っているつもりはありません。それだけ、伝えておきます」
戸惑いに揺れる瞳を、真っ直ぐ見つめてくる片山さんがフッと息を吐いた。
「この話はこれで終わりです。そろそろお昼ですし、集合場所に行きましょうか」
何事もなかったかのように歩き出す片山さんの背中を、ゆっくりと追いかけた。
今は何も考えたくはない。
流されて歩くだけが、精一杯だった。
*****
夜になると少し肌寒く感じる。
俺は宿を出て暗い夜道を一人で歩いていた。
他のメンバーは今頃風呂や部屋で寛いでいるだろう。
(あの人の傍にいると、息が詰まるんだよな。正直片山さんとも顔合わせ辛いし……。てか、どんな顔したらいいのかわっかんね)
「いや、いつも通りでいいんだろうけど……でも……」
そう簡単にはできそうにない。
「はぁ……」
溜息をついたとき、背後で靴音と砂利の擦れるような音が聞こえた。
(! ……なんか、前にも同じような事あったな……)
嫌な記憶が脳裏を掠めた時、聞き覚えのある笑い声が届いた。
「一人で溜息なんかついて、どうしたんですか?」
「――なんだ、お前か。驚かせるなよ」
「へえ? 驚いたんですか。普通に声をかけたつもりなんですが。失礼しました」
ストーカー被害に遭った記憶が新しい俺にとっては、十分過ぎる恐怖だ。
「津田こそ、こんな時間にどうしたんだ?」
暗がりから現れた津田が俺の隣に並ぶ。
「ちょっと外の空気を吸いに。昨日はこの辺りあまり歩かなかったもので、一人散歩ですよ」
一人散歩とは、らしいといえばらしいが……。
「それで」
「ん?」
「溜息の原因はなんです? 俺で良ければ話、聞きますよ」
忘れてくれて良かったのに。と俺は顔を顰めた。
「……大したことじゃない」
「そうですか? 俺には深刻そうに聞こえましたけど。――もしかして、」
「……?」
「気になる人のことで悩みでも? 同じ立場の……」
隣を優雅に歩く津田に目を剥く。
「何で俺があんな人の……――っ」
口にしてシマッタと眉間に皺を寄せた。
「ハハっ。直ぐ誰だか思い当たるなんて、相当気にされてるんですね。榊店長のこと」
そうだ。
津田という男はこういう奴だった。
「分かっているとは思いますが、自分はあなたの事が好きです」
「! ……それは……」
「分かってます、もう届かないことくらいは。ずっと見てきましたから」
頭が真っ白になる。
上手い言葉なんて、当然出てきやしない。
それを承知してか、片山さんは気にせず話し続ける。
「だから分かってしまうんですよ、あなたが他の人を気にしていることが――」
突然腕を掴まれたかと思えば、そのまま物陰に引き込まれた。
不意を突かれたことで俺の身体が前のめりになる。
(――っ!?)
厚くて、熱い胸板に押しつけられ、体の自由を奪われてしまった。
「か、片山……さん?」
「しっ。静かに。少しだけ、このままで……」
片山さんが喋る度、髪に吐息がかかる。
背中に回された腕が、更にキツク俺を抱きしめた。
どのくらい経っただろうか。
漸く俺を解放した片山さんの表情は、寂しそうであり、それでいてどこかスッキリしたような……そんな顔だった。
「口にしたくはないですが、あなたがあの人のことを想っているのなら諦めます」
「な……っ」
「これも言いたくはないですが、お二人は上手くいくと思います」
片山さんが何を言っているのか、頭がついていけない。
いや、本当は理解できているのかもしれないが、それを認めたくない自分がいる。
そんな自分に戸惑い、――息苦しい……。
「でも、もしあなたが傷つくようなことがあれば、黙っているつもりはありません。それだけ、伝えておきます」
戸惑いに揺れる瞳を、真っ直ぐ見つめてくる片山さんがフッと息を吐いた。
「この話はこれで終わりです。そろそろお昼ですし、集合場所に行きましょうか」
何事もなかったかのように歩き出す片山さんの背中を、ゆっくりと追いかけた。
今は何も考えたくはない。
流されて歩くだけが、精一杯だった。
*****
夜になると少し肌寒く感じる。
俺は宿を出て暗い夜道を一人で歩いていた。
他のメンバーは今頃風呂や部屋で寛いでいるだろう。
(あの人の傍にいると、息が詰まるんだよな。正直片山さんとも顔合わせ辛いし……。てか、どんな顔したらいいのかわっかんね)
「いや、いつも通りでいいんだろうけど……でも……」
そう簡単にはできそうにない。
「はぁ……」
溜息をついたとき、背後で靴音と砂利の擦れるような音が聞こえた。
(! ……なんか、前にも同じような事あったな……)
嫌な記憶が脳裏を掠めた時、聞き覚えのある笑い声が届いた。
「一人で溜息なんかついて、どうしたんですか?」
「――なんだ、お前か。驚かせるなよ」
「へえ? 驚いたんですか。普通に声をかけたつもりなんですが。失礼しました」
ストーカー被害に遭った記憶が新しい俺にとっては、十分過ぎる恐怖だ。
「津田こそ、こんな時間にどうしたんだ?」
暗がりから現れた津田が俺の隣に並ぶ。
「ちょっと外の空気を吸いに。昨日はこの辺りあまり歩かなかったもので、一人散歩ですよ」
一人散歩とは、らしいといえばらしいが……。
「それで」
「ん?」
「溜息の原因はなんです? 俺で良ければ話、聞きますよ」
忘れてくれて良かったのに。と俺は顔を顰めた。
「……大したことじゃない」
「そうですか? 俺には深刻そうに聞こえましたけど。――もしかして、」
「……?」
「気になる人のことで悩みでも? 同じ立場の……」
隣を優雅に歩く津田に目を剥く。
「何で俺があんな人の……――っ」
口にしてシマッタと眉間に皺を寄せた。
「ハハっ。直ぐ誰だか思い当たるなんて、相当気にされてるんですね。榊店長のこと」
そうだ。
津田という男はこういう奴だった。
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