君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋6

6-4

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 *****

 夕方六時三十分。
 夕食の時間。
 少し早い気もするが、大広間に全員集合した。
「優ちゃん飲んでる~?」
「お前はもう酔ってんのかよ」
 食べ始めて十五分足らずで小笠原の絡み酒に遭った。
 俺の肩に腕を回してきた小笠原が、半ば強引にビールを勧めてくる。
「ほらほら~~。全然減ってないじゃないっスかあ」
 俺の手元のグラスを見るなり、目一杯ビールを注ぐ。
「おま、減ってないって分かってんならそんなに注ぐなよ。零れるだろうがっ」
 ビール瓶を持つ手首を掴んで止めさせる。
 が、今の小笠原が言う事を聞くわけもなく、ヘラヘラ笑ってさらに絡んでくる始末。
 そして、俺の耳元に顔を近付けてきた。
「この後、優ちゃんと一緒に風呂入りたいな~」
(っ……コイツ!)
 耳に息が掛かってくすぐったさに身を引く。
「勝手に入って沈んでこいっ!」
 ――ゴスッ。
 俺の肘鉄が小笠原の脇腹に命中した。
「っ……コホッ。優ちゃんのケチ。オレはただ優ちゃんの背中を流したかっただけなのにぃ……!」
「嫌だ」
「何でよ!?」
「何となく」
「それじゃあ納得できませ~ん」
 俺の頬をつつこうとする指を、すんでのところで掴む。
「お前と入るのは面倒そうだから、だっ」
 言いながら、握った指を逆方向へ反らしてやった。
「イタタタタッ! 優ちゃんギブギブ!!」
 大袈裟に喚き、俺から取り返した指を庇いながら小笠原は口を尖らせた。
「うー……、どうしても、ダメなんスか?」
「俺はゆっくり入りたいんだ。お前、どうせ騒ぐだろ」
「静かにしてる!」
「無理だな」
「間髪入れずに否定!? 少しは考えて欲しいっス! ……うぅ……」
「おいっ。何泣いてんだよ……」
 今度は泣き上戸か。
 あまり可哀想とは思えない泣き方に、俺は冷静さを欠かなかった。
「ほらほら清ちゃん。楽しみはお風呂だけじゃないよ。明日一緒に観光できるから、ね?」
 ナイスだ日野! と言いたいところだが、その一緒にとやらは俺のことか。
 団体行動だからそれは間違っちゃいないが……。
(まあ、今この場が治まればいいか)
 日野に背中を擦られながら連れて行かれる小笠原にホッと息を吐く。
「あはは。大変ですね~、英店長」
 向かいに座って酒を優雅に呷っている津田が俺に笑いかけて来た。
「他人事だと思って……、見てたならフォローしてくれても良かったんじゃないか?」
「嫌ですよー。助けちゃったら面白くもなんともないじゃないですか」
「お前……そんなキャラだったか?」
「人間、誰しも裏の顔があるものです」
 ふふ、と楽しげに含み笑いを零す津田。
(……いや、でも、違和感はない気もすんな……)
 口元が引き攣りそうになって、咄嗟にビールを口に流し込んだ。
 羽目を外すとテンションが可笑しくなるのは皆同じか。
 俺は気を取り直し、小分けされた山菜の煮付けをパクリと頬張る。
(やっぱ美味いな。レシピとか貰えねぇかな……。なんて、無理か)
 料理は嫌いじゃない。
 簡単な物なら是非とも覚えたいが、ココにはココの拘りがあるだろうから絶対に同じ味は出せないだろう。
(もっと店にもバリエーション増やして……――って、今は仕事のことを考えるべきじゃないよな。止め止め!)
 俺の悪い癖だ。
 軽く首を横に振ったところに、片山さんが声をかけてきた。
「店長、隣いいですか?」
「もちろん、どうぞ」
 俺に許可を貰った片山さんが隣に腰を下ろして表情を緩めた。
「今何か、考えてました?」
「どうしてですか?」
「何となく、そう見えたので」
 読まれたことに僅かに眉を上げる。
「そんなに分かりやすかったですか?」
「半分は勘ですが、……分かりますね、自分には」
 何故だか最後の言葉が引っかかった。
(他の人には無理……って言いたいのか? いや、それは考え過ぎか……)
 変な思考を断ち切って、苦笑を零す。
「大したことじゃないんですよ。旅行にまで来て仕事のことを考えてしまって……、癖ですかね」
「……そうですね。でも、社員旅行だと、それも仕方ないんじゃないですか。プライベートとはやはり違うものですから」
 確かにそれは言えている。
 仕事場で常に一緒にいる連中なのだ。考えてしまうのは、仕方ないと諦めよう。
「それで、風呂はいつ頃入る予定なんですか?」
「――っゴホ。……き、聞いてたんですか?」
 ビールで咽て、口を押さえながら目を丸くする。
「聞こえてしまったので。――でも大丈夫ですよ。邪魔はしないのでゆっくり入って下さい」
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